欲から解き放たれて
戦争は資本主義がある以上
また、起こりうるとおもいませんか?
「終わりが無い人間の欲」が
もたらすものではなかろうか?
戦い、主張し、アピールし
人間が創り守ってきた何百年分のものを
自然は
「一瞬で原型をとどめないまで一掃」してしまう。
イースター島の小さな山に
溜まっている水は
津波だったのだろうか?
カムチャッカ半島の活火山は
日本列島を隆起させたのだろうか?
再び沈没させるのだろうか?
富士火山帯は
本当に大地震を起こすのだろうか?
東京は空から見ると
光の海
人工の光は
原発に支えられて光続ける。
東京に集中したのは
コンクリートに包まれた
科学だったのだろうか?
つつましい思いやりや
自然や動物との共存共栄は出来なかった。
戦後の科学の発展は目覚しいものがある。、、、が、、
小学校の頃。
昭和20年代、
小学館の少年少女の雑誌に
太陽の光で映るカメラの
組み立てセット(日光カメラ)が
付録にあった。
印画紙と光と化学変化の写真。
まもなく、
ヤシかの子供カメラを手に入れた。
8ミリのフィルムだった。
叔父さんたちが抱えていた
ガラスの板の写真機や
縦型の箱のようなカメラが
一眼レフになった。
ペトリカメラを買ってもらった。
修学旅行に持っていった。
おじいちゃんの持っていた
茶色の布の張られた古風な味わい深い
大型の「電蓄のラジオ」と
「レコード」がセットになったものが
小学校3年の頃は
ソニーの弁当箱大の
トランジスターラジオになっていた。
母はピアノのレッスンに
テープレコーダーを買ってきた。
日立の前身の会社のものであったが、
音楽家の母には
回転数が、ミクロに違うといって
会社を相手に、
交換を幾度となくしたが、
回転数や、音域が違うことを
わかる社員がいなかった。
其の会社はつぶれてしまったが、
その後、
見事なテープレコーダーが売りに出た。
コロンビアの箪笥ほどのステレオを買った。
雑音が、ジージーと入り、
誰も聴かなくなった、
カメラはいつしか
「ハーフサイズ」の
フィルムのエコなバージョンが出た。
オリンパスーペン!
覚えていますよね!
高校時代、手に入れたときは
マスコットのように持ち歩いたものでした。
後の仲人になってくださった方が
オリンパスーペンの開発者の方でした。
東大を卒業された
3尺後ろを歩きたくなるような
オーラーのあるかたでした。
人生の山坂を乗り越えられたのも
、
この方の静かな慈愛に満ちた手が
ヨチヨチ歩きの長男の靴を履かしてくれたとき
私たちごとき者のために、
見守ってくださった心に
大きな力をいただいて、
支えられたからだと思います。
後に、内視鏡の指導医だった兄と
胃カメラの太さや、先端の回転角度など
両手を胃袋の形にして語り合っていました。
その後、兄は
胃カメラや医療機器を使用する時の電圧の危険度を
論文にして、胃カメラの開発の
盲点を伝え、オリンパスの名は
忘れられない社名となりました。
デジカメを5万円で買ったのは
デジカメの出始めで300万画素でした。
スマートメディアはまもなく使えなくなり
発売されなくなり
カメラは使えなくなりました。
オリンパスらしくない
消費者の立場になって考える事が
「仲人をしてくれた、方」の
オリンパス気質だったはずなのに
信じられない気持ちで
リコーに乗り換えました。
このときすでに
社長も、会社も
アメリカになってしまっていたのでしょうか?
愛する、尊敬もしている
オリンパスペンと
内視鏡の素晴らしい発展を実現させた
オリンパスの先ごろの
不名誉な報道に
暖簾を大切にする日本よ!
もう一度!と思います。
結局、デジカメは、、、リコーの
小さなサイズに飛びついた、
かって、昭和40年前後に
ソニーはマイクロTVを出し
入院患者さんは飛びついた。
まだ、「白黒のTV」が出たばかりである。
やがて大学に入る頃
高校の同級生の女生徒は
「PCのプログラマーになりたい」といって
千葉工業大学に進学した。
当時の女生徒はほとんどが
家政科、文学、経済、教育科、国際語学、、、と
しなやかな生き方を選ぶのが通例だった。
つまり
時代と共に
新しい知識が追い越してゆくような
忙しすぎる科は避けていた。
味噌や醤油のように
じっくりと熟成して
自分なりに
人生の味を創り上げてゆくことを考えていた。
機械の発達に追い越してゆかれそうな
企業の一部になって戦う気持ちは
女生徒には少なかった。
彼女が大学を卒業するときは
就職が容易に内定した。
大型PCを相手に
世界を駆け巡る
「最先端のキャリアウー-マン」になった。
世界のあちこちから
絵葉書をいただくたびに
独身で、しかも
自由に自己実現している
時代の先取りをした彼女が
なんとも羨ましかった。
お互いに40歳を過ぎた頃
時代は大きく変わり
「VM21」が出たのだった!
フロピーは10センチほどもあった
内蔵メモリーは現在の
「CD-R一枚」ほどしかないのであるが
ゲームも出来た。、
私は「シメタ!」と思った。
パーソナルPCなら使えこなせそうだ!
行を変えるにも、
from to ,,,とHTML並みの
ドスバージョンであるが
私はこれを手に入れた。
そして、
職業に就いた。
一年間は見事に
薬品管理に役立ったのであるが、
2年もすると容量が足りなくなった、
フロピーでは追いつかない。
、
すばらしいPCが出始めた。
ウィンドウ95、、、98、、キャンビー
ペンティアム、、1、2、3、4
バリュースター、バイオ、、、
ウインドウXP
DELL、、富士通、、
一通り買った。
月給は全部PCになってしまった、
アップルのも半年で置物になった。
PCを習得し、職場に復帰して
第二の人生を
しっかりと確保したかった。
しかし、、、
ソフトがどんどん使えなくなるし
周辺機器はどんどん進み、
対応しなくなった、
MOも内臓が普通になった。
ウイルスは入るし、
ウイルスバスターもなんのその、、、
徹夜で初期化して
そのまま勤務、、、眠い。。。
結局プロバイダーも変えて
PCも変えて、、、これを繰り返した。
勤めもやめてしまった。
PCにかじりつく生活は
肝臓に脂肪も溜まった。
お金は残らない。
やっぱり、
電子機器の進むのに
追いつくことなど出来なかった。
PC業界にすっかり振り回されて
敗北宣言である。
私が敗北するのは
小さな個人だから良いものの、
使って間もないPC関連のゴミは
国としても、大損害である。
内視鏡を20本以上買った段階で
兄は。指導医として勤務する為に
父の代からの開業をたたんでしまった。
閉院である。
白いペンキ塗られた看板は
無性にさびしかった。
「医療制度も変わるし、医療器械の会社に
いつまでも付き合っていられなくなった。
お兄ちゃんは、医者だから、医療のために
追いかけられるのはかまわないが、
医療制度と医療器械の狭間のクレパスに落ちて
医者が出来なくなるのだけは
避けなければならないからね!
閉院は巨額がかかった。
23人居た職員の退職金だけでも
父の遺産分配どころではなかった。
もらえるはずだった別荘も売ってしまい
ゴルフ場は無料で引き取られていった。
未亡人になった母は
ピアノの教室を続ける事で
自立した。
閉院して半年後
ピアノを弾きながら
母は弟に看取られ3日間寝ただけで死んだ。
兄に手紙を残して死んだ。
「長い間、ありがとう、心より貴方には感謝します。」
書き出しは、父の死んだ後、弟妹が卒業するまで
持ちこたえてくれた事への感謝と、
「閉院」は時代の推移から考えて、
母も正しい判断と思うと
書かれてあった。
チーム医療になり、制度も変わり
一部の開業医や医師が
多くの善良な心ある医師まで
風評被害で追い詰めてしまった結果でしょうと
時代の移り変わりを先取りした兄の
巨大病院で、指導医の腕を
患者さんに向けて役に立たせる環境に
感謝で、見送るさようならの手紙であった。
「お医者様の奥様」ピアニストだった奥様
昭和と共に、
裕福な家の子息が医者になっていた時代は終わった。
「医師」が優雅なステータスが保てた時代は終わった。
同時に「医師の奥さんという特別な風評も終わった。」
医療器械に追いまくられ、
個人経営の医療施設への税制も変わり
病院を集会場にしていた老人も
行き場所が違ってきた。
赤字を抱えたまま
借金の返済に働く医師も珍しくなくなった。
政治が変わるだけで
医療は「仁」どころではない
企業に組み込まれてしまうのかと
改めて知った。
医療に従事していた事務系が
どんどん理事になって行く。
看護師が副院長や院長になって行く。
某病院では薬剤師が理事であり
副院長である、
老人施設の医師は
居ることが条件であったが
それも無くなる。
医療の世界は
どのようになってつくのだろうか?
国税を上げるとか、、、
消費税云々、、、が先に必要とは思えない。
国民を翻弄する
電気製品の消費につながらないように、
つまり
、
カメラもジャバラから一眼レフ、、、
デジカメも、コロコロと
画素が変わらないように、
5年に一度
見直しバージョン期間で
いっせいに更新すると
オリンピックのように
5年間切磋琢磨した製品が出るから、
統一されてくるはずでしょう。
電子機器やカメラやハード名部分の
周辺機器のゴミが出なくなるから
国の財産の無駄な買い物が無くなり
節約になります。
国民が無駄遣いを強制されるような
電気店の競争は
機能とデザインに絞られてしまうと、
電気屋さんの社員の喜びも
「欲」を相手に
「ノルマ」と「時代遅れの製品を売りつくす」のとで
「使い捨て精神」を培うのとちがいますか?
店が無機質になってしまいませんか?
何十年も変わらないレトロな幸せは
お金では買えない
精神の贅沢打破ないでしょうか?
復興するにあたり
日本全体の節約精神を
合理化に向けて統一し、
本来の日本の在り方が
世界に認められるような
開発、流通、世代交代の節目のシステムを
政治的にも、
専門家と、学者、民間が円卓に座り
流通させる節目のシステムを先行させて
国際競争を国際的に合理化して
地球につまらない廃棄物を増やさない
根本的な「欲」の見直しを
してほしいものですよね。
一階と二階の間は空間を設け
人がかがんで入れるようにして
時代と共に変わる機器の為の
配管や、周辺機器の交換を
部品料金だけで修正できるように
建築物の基準を組み込むとか、、、
国としての基準で
ヴァージョンを
安定させてほしいと思いました。
たとえば、CPUなども交換は
5年間は格安保障で
性能の良いものにしてくれることで
ハードなゴミは減るでしょう、
国際間の競争も対応できるでしょう。
国民から搾り取るような
知識は
科学の悪用だとおもいませんか?
ソフトバンクの社長さんが
利益を寄付して行かれたように、
心は循環してほしいものです。
電気機器を持って
2進法のゲームのように
虚数の世界を弄ぶのは
麻薬のように
恐ろしいことではありませんか?
国民全体が
電子機器のゴミを作るために
お金を出して、
「欲の成れの果て」が
貧乏国日本になりはしませんか?
情報を金で買う今日、
パソコンゲームや
スマートホンに
しがみついた若者は
何人が
情報社会の
虚数利益と
5部に戦えるのだろうか?
携帯電話、情報料金
無料にすれば
結婚資金も
出産資金も貯金できるはずです。
スピードが、若者の時間を奪います。
スピードが
不要な仕事を増やします。
「よく考えた時間の有効な活用」が
実数を生み出し
「少子化日本を、、、子沢山に出来るとおもいませんか?」
電車の中、バスの中、
どこでも携帯にしがみついた若者たちを
可哀想と思うこともあります。
実社会に居るのに
心も目も「虚数の世界」に釘付け。
自分という
カプセルに入ってしまった若者が
人とのふれあいのある接触が出来なくなるのは
カプセルが邪魔なのでは?
若者をカプセルから出す
社会のシステムを、
業界も政治も、学会も
一丸となって
日本のシステムを「実数へ」「愛」へ
何を言いたかったのか判らなくなりました。
おやすみなさい。。。