もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

再びスリーパーについて思う

2018年03月03日 | 社会・政治問題

 北朝鮮のスリーパーセル(休眠細胞)の有無が国会の場まで登場した。

 立民の逢坂議員の質問主意書に対して「関係機関が協力して対策を進めている」という趣旨の答弁書を閣議決定したと報じられている。スリーパーとは、日常は平均以上の愛国者や市民が指令を受けた日に突然宗主と仰ぐ国のスパイやテロリストに変身するもので、英国の上流社会やMI6で、米国のCIAやNASAで、韓国国会で、と摘発された例は数知れない。冷戦時代は共産主義の心酔者が機密情報の窃取を、現在は中国人としてのアイデンティティに基づく産業情報の漏洩やイスラムへ帰依者の単独テロが日常的に起こっているのは周知のとおりである。政府答弁書では監視を強化するとしているが、スリーパーはもともと監視対象とは成り得ない平均以上の市民であるために、予防的に特定・監視・拘束することは不可能で、行動を起こして初めて実像が露になるものと思う。昨年の10月6日「蓮舫物語」として書いたような出来事も起こり得るかもしれない。尊敬していたり人もうらやむ生活をしていた隣人が、ある日突然スパイやテロリストに変身するのは予測すらできないことで、こちらが無防備であるために被害はさらに大きくなるものと思う。

 アメリカでは、メールを含むSNSや携帯電話で「特定の言葉(キーワード)」を複数回使用すれば、通信傍受等の監視対象になると囁かれており、イスラムテロにおびえるEUでは、住民相互の監視システム構築を模索しているともされている。好むところではないが、"人を見たら泥棒と思え”の格言に秘められている監視社会の再来は、確実に現実のものとなりつつあり、そのことを容認しなければ安全が確保できない社会情勢になりつつあると思う。