「カフネ」

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
最愛の弟・春彦（はるひこ）が急死した。２９歳の誕生日を祝った許りだった。姉の野宮薫子（のみや　かおるこ）は遺志に従い、弟の元恋人・小野寺せつな（おのでら　せつな）と会う事に成る。無愛想なせつなに憤る薫子だったが、疲労が祟り、其の場で倒れてしまう。

実は離婚を切っ掛けに、荒んだ生活を送っていた薫子。家迄送り届けてくれたせつなによって振る舞われたのは、其れ迄の彼女の態度からは想像もしなかった様な優しい手料理だった。久し振りの温かな食事に、身体が解れて行く。そんな薫子にせつなは、「家事代行サーヴィス会社『カフネ』で、掃除の仕事を手伝わないか？」と提案する。

食べる事は、生きる事。家事代行者の２人は、出会う人々の暮らしを整え、そして心を救って行く。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

第２２回（２０２５年）本屋大賞を受賞した小説「カフネ」（著者：阿部暁子さん）を読了。「タイトルの『カフネ』って、どういう意味なんだろう？」と思って読み進めると、「ポルトガル語で『愛する人の髪にそっと指を通す仕草』を意味する。」らしい。非常にロマンチックな意味合いでは在るけれど、「こういう仕草を意味する言葉が存在する。」というのは「面白いなあ。」と思った。

「特別に美しい訳でも無く、特別に愛される訳でも無いけれど、決めた事は諦めず、独力で半生を切り開いて来た。」という薫子。個性的な両親の意向に抗う事無く、今は東京法務局八王子市局で供託官として働いている彼女は、融通が利かず、面白味の無い人間と言って良い。一方、彼女より１２歳年下の弟・春彦は、幼い頃より優秀＆快活で愛らしく、誰からも愛されるタイプ。年が一回り離れているという事も在り、薫子は母親の様な感じで春彦を慈しんで来た。

そんな春彦が或る日、急死する。一人暮らしのマンションで亡くなっているのを発見され、事件性は無いと判断されたのだが、春彦は亡くなる前日、自身の誕生日に「自筆証書遺言書」を提出していた。其の中で約３千万円の遺産に付いて、「１千万円は人道支援医療団体に、残りの約２千万円は両親、薫子、そして恋人のせつなに分配する。」という旨が記されていたのだった。

無愛想で非常識とも思える言動等から、薫子も両親もせつなには良い感情を全く持っていない。春彦からは「既に、彼女とは別れている。」と聞いていたのに、何故、春彦は遺産をせつなに分配する事にしたのか？抑、２９歳の若さで、其れも亡くなる前日に、何故、春彦は自筆証書遺言書を提出したのか？様々な疑問を持ち乍らも、最愛の弟の遺志を尊重すべく、薫子は相続手続きの為にせつなに会ったのだが、春彦の思いを蔑ろにするかの様な彼女の言動に激怒してしまう。

そして、色々在った末、薫子はせつなが働く家事代行サーヴィス会社「カフネ」で、せつなとペアを組んで掃除の仕事を行う事に成るのだが、薫子に対する無愛想で喧嘩腰な言動は変わらないものの、せつなの意外な面を知って行く事に・・・というストーリー。

「本当に困っている人を助けたい。」という思いから立ち上げられたというカフネ。ヴォランティア的な部分も在り、最初は戸惑いも見せていた薫子。彼女もそうだが、「非常に不器用で、人に頼るのが不得意。頑張り屋過ぎて、心身を病んでしまっている。」という人々が多く登場する。一見すると"そういうタイプとは正反対に思える彼"も、実はそうだった事が、後に成って判るし。「人って表面的に見えている"顔"だけでは無く、様々な"顔"を持っている。」というのを、改めて感じさせられた。

見た感じとは全く異なり、実に繊細で相手を気遣った料理を作るせつな。食材やレシピ等、読んでいるだけでも「美味しそうだなあ。」と涎が出そうに成る。そんなシーンが、ふんだんに登場する。

社会的弱者やマイノリティーと位置付けられる人々が抱える、様々な苦悩。「色んな意味で我が国は、"社会的セーフティー・ネット"が不充分だな。」と考えさせられる。又、「食べる事は、生きる事。生きる事は、心を育む事。」というのが、犇々と伝わって来る作品。

総合評価は、星４つとする。