自室の書棚にずっと“眠っていた”本。その奥付を見ると、「昭和57年2月25日 第一刷」となっている。今から四半世紀以上前、親戚から「面白いSF小説が在るので読んでみたら?」と言われて購入。しかし何故か読む気が起こらず、未読のままで此処迄来た。その本、「マイナス・ゼロ」をこの程読破。
著者の広瀬正氏は“不遇の作家”と言われる。1961年、37歳を迎えるこの年に作家デビューを果たすも、それから約10年間は日の目を見る事が無かった。1970年に刊行された「マイナス・ゼロ」が第64回直木賞候補となった事で注目を集めるも、残念乍ら落選。その後に刊行された「ツィス」及び「エロス」で第65回&66回直木賞候補となったが、やはり落選。SFファンから高い評価を受け始めた中、1972年に心臓発作により47歳の若さで亡くなったという作家だ。あの星新一氏は、その夭逝を「最も残念でならない第一の事。」としている。又、広瀬氏には“時に憑かれた作家”という呼称も在る。「時間」をテーマにした作品を多く残している事からだが、タイム・マシンを題材とした「マイナス・ゼロ」もその一つ。
****************************
物語は昭和20年5月の東京大空襲から始まる。戦火を免れた中学2年の少年・浜田俊夫は、隣に在るドーム状の研究室が燃えているのに気付く。其処には大学の先生と娘の啓子親子が住んでおり、俊夫は3つ年上で女学校5年の啓子に淡い恋心を抱いていた。火を消そうと駆け付けた俊夫に先生は一つの頼み事を残して亡くなり、焼け落ちた家の跡から啓子は発見される事が無かった。そして時は18年が過ぎ、行方不明になっていた啓子が俊夫の前に現れる。18年前と全く変わらない姿で・・・。
****************************
何しろ38年前の作品なので、文体的に古さを感じてしまうのは否めない。その辺が読み進めて行く上で、ネックとなるかもしれない。又、ストーリー的に面白い事は面白いのだが、「親戚に推奨された四半世紀に読んでいた方が、もっと面白く感じたかも。」という思いは正直在る。「過去に遡った“時間旅行者”が自分が誕生する前の両親を殺した場合、両親は自分を生む前に死亡するので自分は『生まれていなかった」事になるが、自分が生まれていなければ両親が死亡する理由がそもそも無くなってしまう。」という例で良く紹介される「タイム・パラドックス」の概念を上手く利用しているものの、今となってはそれ程の目新しさは無いし。
とは言え、あの時代にこの手の作品を生み出せた才能は凄いと思う。もっと長く生きていたならば、その評価はもっと高くなった作家の一人かもしれない。
総合評価は星3つ。
著者の広瀬正氏は“不遇の作家”と言われる。1961年、37歳を迎えるこの年に作家デビューを果たすも、それから約10年間は日の目を見る事が無かった。1970年に刊行された「マイナス・ゼロ」が第64回直木賞候補となった事で注目を集めるも、残念乍ら落選。その後に刊行された「ツィス」及び「エロス」で第65回&66回直木賞候補となったが、やはり落選。SFファンから高い評価を受け始めた中、1972年に心臓発作により47歳の若さで亡くなったという作家だ。あの星新一氏は、その夭逝を「最も残念でならない第一の事。」としている。又、広瀬氏には“時に憑かれた作家”という呼称も在る。「時間」をテーマにした作品を多く残している事からだが、タイム・マシンを題材とした「マイナス・ゼロ」もその一つ。
****************************
物語は昭和20年5月の東京大空襲から始まる。戦火を免れた中学2年の少年・浜田俊夫は、隣に在るドーム状の研究室が燃えているのに気付く。其処には大学の先生と娘の啓子親子が住んでおり、俊夫は3つ年上で女学校5年の啓子に淡い恋心を抱いていた。火を消そうと駆け付けた俊夫に先生は一つの頼み事を残して亡くなり、焼け落ちた家の跡から啓子は発見される事が無かった。そして時は18年が過ぎ、行方不明になっていた啓子が俊夫の前に現れる。18年前と全く変わらない姿で・・・。
****************************
何しろ38年前の作品なので、文体的に古さを感じてしまうのは否めない。その辺が読み進めて行く上で、ネックとなるかもしれない。又、ストーリー的に面白い事は面白いのだが、「親戚に推奨された四半世紀に読んでいた方が、もっと面白く感じたかも。」という思いは正直在る。「過去に遡った“時間旅行者”が自分が誕生する前の両親を殺した場合、両親は自分を生む前に死亡するので自分は『生まれていなかった」事になるが、自分が生まれていなければ両親が死亡する理由がそもそも無くなってしまう。」という例で良く紹介される「タイム・パラドックス」の概念を上手く利用しているものの、今となってはそれ程の目新しさは無いし。
とは言え、あの時代にこの手の作品を生み出せた才能は凄いと思う。もっと長く生きていたならば、その評価はもっと高くなった作家の一人かもしれない。
総合評価は星3つ。
古い原作を映像化する際、原作と同じ時代で描くのか、それとも現代に置き換えて描くのか、これは原作の内容によってその良し悪しが在るでしょうね。概して無理無理に現代に置き換えた作品は、見ていて白けてしまうもの。
携帯電話の無かった時代のラブ・ストーリー、不測の事態が起こってしまい、待ち合わせ場所で入れ違いになってしまうなんていうのが定番でしたが、今はそんな事態も無いでしょう。逆に携帯でのメールが一般化した事で、当人がそういった思いが無いのに、受け取り手が表面的な文字(乃至は絵文字)で誤解してしまって、心が離れてしまうなんて事が起こりそうな気も。
筒井さんは
「報いられることなき期間があまりにも長かった作家であり、それに比して報いられることがあまりにも短期間だった作家」
と評していました。事実、「マイナス・ゼロ」も書かれてから5年間刊行されなかったといいますし、その期間、一切作品を発表していなかったのだといいます。代表的な長篇小説はそれから2年間で全て書き上げ、書きかけの小説の資料を文藝春秋社まで取に行く途中に、赤坂の路上で心臓発作を起こして倒れ、そのまま息を引き取ったのだそうです。
'60年代に書かれた、彼のショートショートの多くは、タイムマシンで過去の歴史に干渉しても、歴史の「自己補修作用」が解決する、というテーマが多いのですが、マニアックなSFファンでもあった藤子・F・不二雄さんも影響を受けたのではないかと思います。「ドラえもん」こそ、タイム・パラドックスを小学生にも分かりやすい形で紹介した漫画だと僕は思うからです。
広瀬さんの葬儀の際、棺には「タイムマシン搭乗者」という紙が貼られていたのだそうです。ブラック・ジョークが好きなSF作家仲間たちにとっての、一番のはなむけの言葉だったのでしょう。