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「『今の自分に出来る事等、何も無い。』と思っていたけど、可能な事が1つ在る。」。
職場の人達の理解に助けられ乍らも、月に1度のPMS(月経前症候群)で苛々が抑えられない藤沢美紗(ふじさわ みさ)は、遣る気が無い様に見える、転職して来た許りの山添孝俊(やまぞえ たかとし)君に当たってしまう。山添君はパニック障害になり、生き甲斐も気力も失っていた。
互いに友情も恋も感じていないけれど、御節介な者同士の2人は、自分の病気は治せなくても、相手を助ける事は出来るのではないかと思う様になる。
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小説「そして、バトンは渡された」で第16回(2019年)本屋大賞を受賞した瀬尾まいこさん。彼女の「夜明けのすべて」は、「同じ職場で働くPMSに悩む女性と、パニック障害に悩む男性を描いた作品。」で在る。
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・PMS(月経前症候群):数ヶ月に亘って月経の周期に伴って、黄体期で在る月経の3日から10日位前から起こり、月経開始と共に消失する、一連の身体的、及び精神的症状を示す症候群。
・パニック障害:予期しないパニック発作が繰り返し起こっており、1ヶ月以上に亘りパニック発作に付いて心配したり、行動を変えているという特徴を持つ、不安障害に分類される精神障害。
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パニック障害は知っていたが、PMSというのは今回初めて知った。「月経開始が近くなると、些細な事で苛々してしまい、感情のコントロールが出来なくなってしまう疾患。」という事で、此の疾患に関する知識が無い人達からすれば、「何でも無い事に対して急に打ち切れる、とても扱い難い人。」という印象を、PMS罹患者に対して持つ事だろう。パニック障害もそうだが、罹患している当事者は「疾患による肉体的な苦しみに加え、他者からの無理解による精神的な苦しみ。」というのが在ろうし、“とても厄介な疾患”だと思う。
藤沢美紗はPMSで、そして山添孝俊はパニック障害で前職を辞める事となり、栗田金属という零細企業に転職した経歴を持つ。共に20代の彼等は、人には言えない(言い辛い)疾患、其れも何時治るかも全く判らない疾患に苦しんでいる。特に孝俊の場合、“罹患する前の自分”と“罹患後の自分”とのギャップにも苦しんでいる。罹患する前の彼は非常に快活で、仕事もバリバリ出来る人間だったし、自分自身もそういう自負を持っていたからこそ、今の“無気力な自分”がどうしても受け容れられないのだ。
2人の言動は、彼等の疾患の特徴を知らない人間からすると、「変わった人達だなあ。」と思われてしまう事だろう。「全てを疾患の所為にして、逃げているだけではないか?」というのも完全否定は出来ないけれど、「実際に経験した者で無いと、本当の所は判らない。」というのも事実だと思う。罹患している人は「疾患に付いて他者に、少しでも理解して貰おう。」という努力が、そして罹患していない人は「疾患に付いて、少しでも理解したい。」という努力が、共に求められているのかも知れない。
「恐らく、こういう方向に向かうのだろうな。」という予想をしたら、そんな感じの結末だった。だから意外性は全く無いのだけれど、こういうテーマを扱う以上、ベターな結末だったろう。「世の中、悪い事や悪い人許りでは無い。」のだから。
総合評価は、星3つとする。