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1964年元日、長崎は老舗料亭「花丸」。侠客達の怒号と悲鳴が飛び交う中で、此の国の宝となる役者は生まれた。男の名は、立花喜久雄(たちばな きくお)。任侠の一門に生まれ乍らも、此の世ならざる美貌は人々を巻き込み、喜久雄の人生を思わぬ域に迄連れ出して行く。
舞台は長崎から大阪、そしてオリンピック後の東京へ。日本の成長と歩を合わせる様に、技を磨き、道を究め様と踠く男達。血族との深い絆と軋み、スキャンダルと栄光、幾重もの信頼と裏切り。舞台、映画、テレヴィと芸能界の転換期を駆け抜け、数多の歓喜と絶望を享受し乍ら、其の頂点に登り詰めた先に、何が見えるのか?
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吉田修一氏の小説「国宝 上 青春篇」及び「国宝 下 花道篇」は、歌舞伎の世界を描いた作品で、上&下巻合わせると700頁近い長編。
「ヤクザの親分の息子で在る立花喜久雄は、父親が殺された事により、知己の歌舞伎役者の二代目・花井半二郎(はない はんじろう)の下に預けられる事に。映画俳優としても有名な半二郎には、喜久雄と同い年の俊介(しゅんすけ)が居る。10代の2人は半二郎の下、切磋琢磨して歌舞伎役者の道を歩んで行く。」というストーリー。
兄弟の様な関係になった喜久雄と俊介だが、軈て2人の進む道が大きく変わる。其処には、芸に対して非常に厳しい半二郎の存在が関係しており、「“父”で在る事を捨て、“師匠”に徹する非情さ。」という物が垣間見える。
同じ道を歩むも、軈ては道を違え、そして再び同じ道を歩む事になる喜久雄と俊介。共に波乱万丈な人生を送り、喜久雄が60過ぎになった所で、話は終わる。「芸に精進し、自らの“幸福”を掴み取る代償として、“身内”に次々と“不幸”を呼び込んでしまう様な喜久雄の悲しみ。」もそうだが、「有名な歌舞伎役者の息子として生まれ乍ら、思うに任せない人生を送る俊介の苦しみ。」というのも、何とも切ない。
ハッキリ言って、歌舞伎には興味が無いし、知識も殆ど無い。そんな自分だが、「国宝」のストーリーには、すっかり引き込まれる事に。“講談風の話し言葉”で進められて行く文体はとても心地良かったし、歌舞伎に関する蘊蓄も興味深かった。又、登場人物達の中には、「彼の人が、モデルとなっているのでは?」という有名人が思い浮かぶ人も居たりして、そういう意味でも感情移入し易かったと思う。
「どてらい男」等、花登筺氏の作品が大好きな自分だが、「国宝」には花登作品と“同じ匂い”を感じた。今迄の吉田修一氏の作品とは毛色が全く異なるけれど、そういう挑戦をした事に拍手を送りたい。
総合評価は星5つ。多くの人に読んで貰いたい。