真夜中の映画&写真帖 

渡部幻(ライター、編集者)
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『コールガール』アラン・J・パクラ監督とゴードン・ウィリス撮影による闇深いノワール映像

2010-07-11 | 映画作家




アラン・J・パクラは70年代社会派フィルムノワールの異才である。代表作にはニクソン大統領の汚職を追い詰めたワシントンポスト紙の記者を描いた「大統領の陰謀」(76)や、政治的謀略の闇を追う記者を描いた「パララックス・ビュー」(74)、アウシュビッツを生き延びてアメリカに亡命した女性の運命をアメリカ人青年の視点から描いた「ソフィーの選択」(82)がある。しかし、個人的には「コールガール」(71)こそ最高だと思う。失踪した科学者を追跡する探偵クルートの物語は、やがてその科学者と関係のあったニューヨークのコールガール、ブリーの存在に行き着く、というシンプルかつ複雑なノワール・ストーリーは、そのこと以上に、都市生活者としてのコールガールを描いて女性映画として優れている。

60年代にグラマー女優として名を馳せたジェーン・フォンダが「ひとりぼっちの青春」(69)に続いて、いわゆる汚れ役を演じて演技派としての名声を確立、アカデミー賞主演女優賞を獲得した作品である。その後も時代を代表する女優として「帰郷」「ジュリア」などに出演(前者で再度アカデミー受賞)。本作では彼女が着こなすニューヨーク・スタイルのファッションが話題となった。
原題の「krute」は探偵の名前である。演じるのはドナルド・サザーランド。彼もまた国際俳優として70年代を代表するの「顔」の一人だ。「マッシュ」(アルトマン)「1900年」(ベルトルッチ)「カサノバ」(フェリーニ)と世界中の映画作家に起用されたアメリカを代表する異能派俳優で、一度見たら忘れられない顔である。ロイ・シャイダーも悪役で出演。凄みを見せる。僕はこの時代の彼のファンで「フレンチコネクション」「恐怖の報酬」(フリードキン)「ザ・セブン・アップス」(ダントニ)「ジョーズ」(スピルバーグ)「マラソンマン」(シュレシンジャー)で忘れがたいが、「オール・ザット・ジャズ」(フォッシー)こそ最高である。

しかし「コールガール」の真の魅力は、ドラマや主演者より“ニューヨークという都市”を捉えた映像美にこそある。つまり本作は、「真夜中のカーボーイ」(シュレシンジャー)「フレンチコネクション」(フリードキン)「タクシードライバー」(スコセッシ)「ウォリアーズ」(ヒル)「マンハッタン」(アレン)「マッドフィンガース」(トバック)「グロリア」(カサヴェテス)と並ぶニューヨーク映画の代表的な一本なのだ。

見事に70年代初頭ニューヨークの景観を斬りとったのはアメリカ映画界の伝説的撮影監督ゴードン・ウィリス(パクラ、コッポラ、ウディ・アレンとのコンビで有名)。隙のない構図の中に捉えられた“黒”の深さに浮かびあがる低彩度の色彩。その漆黒と色彩のコントラストに現代の不安が滲み、登場人物たちを脅えさせる。ほのかに現れる光も救いとはならず、かえって孤立感を深めさせるばかりなのだ。
本作の黒い映像は、妄執的かつどこか物悲しい。

「コールガール」の“暗く何も見えない映像”はカラ版フィルムノワールの最高峰だ。









渡部幻


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