これはプロフィール欄に使用している画像で、私の横顔を切り絵にしたものです。
昭和63年(1988年)7月1日。
今から20年ほど前、札幌・すすき野のバー「やまざき」でのこと。
静かに落ち着いて飲める往年のバーという雰囲気に、若かった私は多少気後れ気味。
しばらくするとマスターがカウンターの中で、やおら紙と鋏を取り出して何か切り始めたのでした。
私が覗き込もうとすると「動かないで」という顔と仕草でそっと制止。
私の横顔を切り絵にしていることを知らされました。
意外な事の成り行きに、私はカウンター越しに洋酒の並んだ棚を見つめるしかなく
視野の隅にマスターの動きを捉えながらグラスを口に運んでいました。
マスターは白い紙を2枚重ねて切り絵を作り
1枚をモデルに贈呈、1枚を店に保存するとのこと。
店に保存されている膨大な数の切り絵を一部だけ見せてもらった記憶があります。
その場に私の同行者は2名いましたが、マスターはどういう理由からか私を選んだのでした。
イケメンの度合いから言えば、誰が審査しても私は3人中の3番目であるのは明らかだったのですが
切り絵のモデルに採用される基準は、どうやら顔の造作の良し悪しとは別にあったようです。
黒い台紙に貼られた切り絵を受け取った私は、少し得意げな気分だったことを覚えています。
「やまざき」のマスターの切り絵が評判の特技であることを知ったのは少し後のことでした。
私は私の横顔を客観的に観るのは不可能ですが
切り絵を見た人は、「よく似ている!」と口を揃えますから、きっと実際こうなのでしょう。
子供の頃から変化の少ない私の顔は、あれから20年たっても相変わらず大きな変化はありませんが
眼鏡とあごひげの無い切り絵の顔に、過ぎて二度と戻らぬ時間を感じてしまいます。
自分の身に起こった出来事・記憶であっても
20年の年月が積み重なってしまうと、半ば伝説のように思えてしまうものです。
私は学生時代に自画像を何点か描いたことがありますが
他人の作品のモデルになったのは、後にも先にもこの1回きりです。
おそらく、私をモデルにしようなんて、そんな酔狂な人は今後二度と現れないでしょう。
あれから20年。
バー「やまざき」に行ったのは、その1回だけ。
マスターは今でもお元気なのか、店は変わらずに続いているのか、全く判りません。
黄土色に変色した切り絵には、ボールペンでこう書いてあります。
「63.7.1. すすきの 山崎作る No,9417」
-------------- Ichiro Futatsugi.■
日本画の制作の様子やスケッチ旅行で出会った風景や
出来事などとても楽しみにしています。
バー「山崎」のマスターのお話も郷愁をさそわれました。
「きままに写楽」からリンクさせていただきます。
今後ともよろしくお願いします。
思えば、パソコンを買ってから、ずっとげんくろうさんの後を追いかけていますね。
ホームページを作ったのも、ブログを始めたのも、すべてげんくろうさんの影響です。
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