昔を思い出す。
小学二年の春は男の先生だった。
一学期だけの先生だったが、非常に熱心な先生で、社会人になってもお世話になった先生だった。
そのころ、高等学校の入学は秋にも行われていたらしい。
旧制の中学から○○高校と言う具合に・・・その入学時期までの先生であったのだ。
熱心と言う言葉で片づけたが、今で言う熱血先生でもあった。
勉強はもちろん、日常生活までよく目を注いでいただいたようだ。
他人事のように言うが、そのころの自分たちは考えて行動をすると言うものではなかった。
おこられ、注意されて始めて止まると言ったほうが当たっていた。
短かったが、やはりそのころの強烈な指導が今でも忘れることができなくて心に残っている。(良い意味で)
何が国際化かは分らないが、このような秋入学が行われるようになったら、また、別のドラマが生まれるかも知れない。
小学二年の春は男の先生だった。
一学期だけの先生だったが、非常に熱心な先生で、社会人になってもお世話になった先生だった。
そのころ、高等学校の入学は秋にも行われていたらしい。
旧制の中学から○○高校と言う具合に・・・その入学時期までの先生であったのだ。
熱心と言う言葉で片づけたが、今で言う熱血先生でもあった。
勉強はもちろん、日常生活までよく目を注いでいただいたようだ。
他人事のように言うが、そのころの自分たちは考えて行動をすると言うものではなかった。
おこられ、注意されて始めて止まると言ったほうが当たっていた。
短かったが、やはりそのころの強烈な指導が今でも忘れることができなくて心に残っている。(良い意味で)
何が国際化かは分らないが、このような秋入学が行われるようになったら、また、別のドラマが生まれるかも知れない。