廣済堂ブルーブックス 平成3年(1991年)6月初版
カバーイラスト:西村春海
の…のりピーか…
「富島作品悪趣味タイトルベスト10」に入るのではないか、と荒川さんと盛り上がっていた作品。「情欲の門」とか「性欲物語」とか、“官能もの”には「なんだかなあ」というものが多い。そこには作者のいいかげんさがあらわれているような…。
目次をみて「9つの短編」が収録されているのかと思ったら、9章だった。読み始めからもう「く、くだらない…」という気持ちだったので、第1章を読み終えると続きがあってがっかりしてしまった。
出世街道をはずれたサラリーマン、敬助が飲んで帰る途中、若い男に「女と話をしてくれませんか」と声をかけられる。女に会うと「わたしはT女子大生で、ちょうど二十歳です。不感症みたいです。その気になって下さったら、治療してください。のぶ子」という手紙を渡され…
ここまでの展開で3ページ。『のぶ子の悲しみ』ののぶ子が泣きますよ。
妻は浮気公認だし、のぶ子は案の定“体験したい”友達、栄子を連れてくるし、未亡人と寝てくれと上司に声をかけられるし…さらに都合よく話は進む。
展開はこんなにいい加減なのに、「敬助はマンション派ではない。東武東上線志木に五十坪ばかりの土地を買い、そこに小さな家を建てて住んでいる」なんて話に関係ない部分がやたら丁寧だったりする。
『女人追憶』を雑に切り取ったような作品。下半身の描写にカタカナが使われ、近親相姦的なエピソードもちょっと悪趣味(『七つの部屋』にも近親相姦は出てくるがちょっと違う)。表現に『女人』ほど神経を使っていないなあ、と思わせられる。
最後は登場人物たちのスワップを予感させて終わる。若者3人の中におじさんが一人まざったら気持ち悪いと思うのだが…。いちおう主役は敬助だが、やっぱり富島作品には若者がいないと成り立たないのだな。
カバー裏、著者のことばにはこうある。
みずから、「自分は異性にモテない」
そう思い込んでいる人が多い。ひとつの不幸だね。
人間、だれにだってチャンスはある。
そのチャンスにどう対処するか、それが運命の岐れ路になる。
ただし、長い目で見て悪いチャンスも世には多く、注意がたいせつ。
最後の「たいせつ」に脱力。
こういうストーリーって、やっぱり“男のロマン”なのか。ちょっと青年マンガみたいだなと思った(小谷憲一とか村生ミオとか思い出したのだけど、よくわからんので違ったらごめんなさい)。雑だな。
ここまで酷評?したが、作者自身は気に入っていたようで、コンタクト誌(夫婦交換の相手を探す雑誌)の素人対談ではこんな会話を。
※表紙は自主規制。背表紙には「薔薇族・百合族真っ青のコンタクト・マガジン」とあります。
富島―(略)そこでいま、日刊ゲンダイに不感症をなおす小説を書いています。“今夜のチャンス”という題ですけど、小説の中の主人公は女性に対して非常にうまくいくけど、現実のわたくしはなかなかうまくいかないというジレンマがありますな。小説家の中には(笑)。
さえ子―まあ、面白そう!読んでみたいわ。
富島―“今夜のチャンス”っていう表題いいでしょ。あるなまけもののサラリーマンが主人公でね。これがね、会社の仕事もできなくて、うだつもあがらん男でね。ただ会社の仕事には熱心でね。ただただセックスは大好き人間なんだな。
(略)
富島―(略)現代版「与兵衛」ですな。一朝一夕に、そんなにすぐ女学生が成長してよくなるなんてことはなかなかないですよ。そこで主人公がいろいろとお手伝いする。そのプロセスを書いているわけです。このプロセスが小説の世界というわけです。
スウィンギング対談「富島健夫VS木下さえ子」(月刊「虹の世界」4号 1987年11月)
なんだかんだいって富島健夫はこういうのが好きなのではないかと思う。
くだらんくだらん言いながら最後にはこの展開になれてしまっている自分もまた何とも…。
2012年5月25日読了