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絵、大好き・Yoh-Mのブログ

ジャズ聴きながら絵を描くYoh-Mが、自身の頭の整理の為に書くブログです。

再び「二都物語・福本章作品」について

2013年05月31日 | アート・文化

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再び、二都物語福本章作品について

↑ 上の画像の作品タイトルは・・正式には知らないのですが 通称 『 鳥 』。

この作品についてうんちくを一つ・・・・

私はこの作品が好きです。

好きと言う感情を説明する必要は無いと思うのですが・・・

福本さんの懐の深さを分って頂く為に前回ブログに載せた、作品『 鳥 』を解説してみます。絵の見方には、こんな見方もあるんだー

って思って下されば実に幸いです。

実物作品は小品でして、私の友人が大切にして下さっている作品です。

一見したところ、早朝、暁のピンク空へ鳥が悠々と舞っている作品に仕上がっていますが、この作品では単に鳥を描いている訳ではありません。

福本さんは大空、鳥の群れ飛ぶ姿、雲間の虹等を連作、大作として、然も壁画としても描いています。が、この作品は小品として、作者が飛び切り思いを込めた感じが有り好きなのです。

では絵を描く立場からの話ですから、オイオイと突っ込ないよう、お願いします。

まず、空、雲、虹等を描くに当たり、人間の力では精々写真のように描くか、大和絵のように線で表現するしかありません。

西洋画に於いては、人物、山、木々、海等の画面にあって色で説明するしかなく、精密画以外の方法では、抽象的と云うか私レベルだと・・いい加減に色合わせし塗って描かざるを得ません。

印象派のモネ、マネ、ピサロ等々、又セザンヌ達が明るい空を描いていますが、あくまで背景として同じようなタッチで描いているだけです。

人間の目に最も馴染んでいる風景で最も抽象的な部分が・実は、空、雲、水なのです

空だけ、雲だけ、水だけの絵って見た事ありますか? まず無いと思います。それだけ難しい題材です。

中には表情の異なるゴッホ、ムンクとかがいますが、福本さんは、どちらかというとセザンヌの方。正統派であって異端児と云われる作者ではない。のですが~~・・

実は、私から言わせると、異端児。

画風からは穏やかな画風。と思わせていますが、何の何の。

作品『 鳥 』の下の方に描かれた白い部分。

何を描いていると思いますか?  川? 海? 陸?

いえいえ・・・雲を表していますが・鳥を描いています。それも私、福本さんも好きな・ブラックの描いた鳥を描いています。

皆さんがポスター、画集等で良く目にするブラックの鳥を、実は福本さんは描いている。

彼はセザンヌだけではなく、ブラック、スタールの影響も受けていたのです。

『 鳥 』と云えばジョルジュ・ブラックが思い起こされるほどに連想されます。そのブラックがデフォルメした鳥の図を、福本さんはこの上記の作品へ大胆にも取り入れている。

ブラックの描いた空は単色に仕上げ、鳥だけを強調している。

が、福本さん、鳥が悠然と舞飛ぶ姿を描いている。 言葉で伝えるには何の事ないが、難しい題材と高さを表現する構図。小品とは言え至難の技で、彼が描いた意図を実に感じるのです。

その作品を友人は大切にしている。彼も何かを感じているでしょう、作品の訴える力が強いからです。

展覧会ではともすれば大きい作品が重宝され、実際、鑑賞者へのアピールにもなる。が、作者の隠れた意図はこんな小品の中に・・実は隠されています。

そういう作品こそが・・名画。

皆さんも是非、そんな作品に出合うと良いですね。 私がこうして書くだけでも、福本さんは画家冥利に尽きると思います。

福本章・『二都物語』展覧会は現在、九段南のイタリア文化会館にて開催中です。

是非、ご覧下さい。

                    2013.5.31

                           Yoh-M.


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二都物語

2013年04月30日 | アート・文化

 福本 章 

 『 二 都 物 語 』

          ~・ プロヴァンスからヴェネツィアまで ・~

            

   「青の世界展」

        5月7日~5月30日   日仏会館(渋谷区恵比寿)

   「ヴェネツィアの光展」    

        5月24日~6月22日  イタリア文化会館(千代田区九段南)

                           

私の大好きな絵描き『福本章さん』の展覧会が、上記日程、上記会場で二都物語とのタイトルで開催されます。

日本特有の汚い画壇を嫌い、制作の拠点を海外に求めた作家は多くいますが、福本さんもその一人。強靭な体力の持ち主でしたが欲しくも一昨年亡くなられましたが、その色気はまだまだ画風に未到着と言われる位若々しく、78歳で亡くなった事が今も信じられない程の作品が残されました。

構図、色彩は既に多くの芸大及び絵描き後輩達が追随し、各地の展覧会で真似作品に近いものを見ますが、まだまだ一般日本人には知られていない福本さんです。

フランス、イタリアでは既にFukumoto's Blueと呼ばれるほどの人気を博していますが、今回、作品のテーマとして良く取り上げたプロヴァンス」「ヴェネツィアをタイトルに、日仏会館、イタリア文化会館の協力で展覧会です。

福本さんは、後輩達に「フェルメールは良いよ」と言い、日本のフェルメール人気に火をつけた人です。が、本人は、フェルメールとは全く正反対の福本絵画を残しました。今後、日本人としては藤田嗣治同様に評価される作品と、私は信じています。

多くの画家達がヨーロッパに渡り、印象派の真似で終わってしまっているのとは大違い。彼は独自の画風を作り上げました。それ故、シビアな眼力を持つ、ヨーロッパの人々に受け入れられたのです。

音楽、文学以上に厳しい絵の評価。福本さんの作品は30年、50年、100年後の日本人にとって誇りとなるでしょう。

今回の展覧会が福本さんの総てではありませんが、絵の醍醐味を味わえると思います。

5月、6月は福本さんの好きだった季節。作品も光とマッチして素晴らしい展覧会になると思います。会場へは外国の方々も多く来場されると思います。皆さんには是非、ご覧になる事をお薦めします。

                      

                    2013.04.30.

                          Yoh-M.

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白隠禅師 展覧会を見終えて

2013年01月24日 | アート・文化

渋谷東急文化村で『白隠禅師展覧会』が開かれている。

私が家のお寺さんからも1点出品されており、年末、和尚より【白隠さんの初めてと言ってもよい大きな展覧会なので是非】という言葉に刺激されて行ってきました。

白隠作品はどこかしらで何となく見ていましたし、親戚も怖~い図柄の作品を所有している関係から親しみを持っております。

『座禅和讃』も時々は読みますが、深い意味を汲み取りもせず【その教えに沿えば何も出来ないじゃないか】と思う心の狭い私。更に文字よりも絵から受ける感覚の方を大事にするタイプが私です

が、今回の展覧会では・・・

和讃にしても、絵にしても、白隠さんの偉大さを肌で感じて戻り、凄さを知った次第です。

まず、白隠絵画について;

いわゆる坊主が描いた絵だから仏画のジャンル。と現代ではとかく区別されますが、私の目は節穴ではありません。

細かい線、線と線の間隔。なぞりもしない大作に於ける線描の達者さ。

白隠さんは、相当の線描を研究してから独自の作品作りに向かったのでしょう。福禄寿、観音、布袋の繊細なタッチ。関羽を描いた伝統的な南画的作品。

絵の背景部分にお坊さんらしく『和讃』を書いているので、鑑賞者の目が誤魔化され易いですが、独学とは言へ、実に基礎的な部分がしっかりしています。

そして大胆な達磨と書・・・この個性だけは稀有の個性ですね。

池大雅作品が何故か2点陳列されていましたが、陳腐さは否めなかった。やはり、『哲学』が内包する精神差でしょう・・・並べ比較すると明らかな差となって出るようです。

白隠と大雅の付き合いから、絵を池大雅。賛に白隠書との事ですが、絵描きの目から見れば作品であり、並べられた池大雅がチョッピリ可哀相に思えました。

白隠書について感じた事を;

まず、日本に於いては【白隠さんの書ありき。】ではないでしょうか。

書道家でしょうか、あるいは字を習っている人でしょうか。妙齢のご婦人二人して私の前で、『この人の字は頭でっかちでバランスが悪いね』と、クスクス笑っていましたが、それも愛嬌。

実にお二人の仰る通りなんですが、さてさて・・・

白隠さんが天皇の子女に贈った。という文がケースの中にありました。これこそが達筆と言うべきサンプル書でした。

お坊さんらしく『無』という字が数有りましたが、この無の形、大きさ、墨の濃淡。総てが同じ筆跡です。勿論、他の文字も行間も素晴らしかった。

私の言う達筆とは、性格が表れ且つ一つの文字に乱れがない事を指します。

書道家が大昔の王羲之等々を真似るのとは全く意味が異なります。

つまり、私には書道家の文字はツマラナイという事です。習字に意味を見いだせない。という性格の私が言うのですから、白隠さん・・・強烈な個性で達筆者です。

更に、書又は句には哲学がより反映されます。達者=哲者と捉えても構わないと考えます。

さてさて、私は一通り鑑賞してから、『白隠精神』を感じ取るべく、意識的に会場の中央に位置し、突っ立っている時間が長かったように思います。同行した家内は和讃を読み下しながらゆっくり鑑賞し、ついには感激しまくっていました。

イヤホーンで説明を聞く事無く、自らの目と感覚で白隠さんを嘗め回した家内の態度こそ、白隠さんは褒めているでしょう。

いわゆる仏画といわれる絵画は私の好みに合いません。綺麗なものが多すぎる。

が、白隠さんは、今もって生身の白隠さんとして私には迫って来た。いや、現代人に語りかけているのでしょう。

和讃は哲学です。それを思うと現代宗教者達から哲学を感じないのは時代の流れでしょうか。

大拙、西田、和辻等の巨人とも言われる人達の哲学より勉強するのではなく、近くに住む宗教者からさりげなく何かを感じ取れる時代に・・・戻れればな~とも感じた次第。

ともすれば現存の宗教者達が、白隠さんから叱られているように思える展覧会。日本人に身近な存在の白隠禅師展覧会は、「必見」です。機会を与えてくれた我が寺の和尚には感謝です。

今回、初めて新東名高速道路を走りました。(時代に遅れているが~)

往きはボーっとしてましたが、帰りはパトカーに捕まらなかったのが不思議な位に抜かれる事無く、久し振りの高速運転は気分が良かったです。

この冬は雪国へ何回か行かなければならない。運転に自信が戻りましたが、落とし穴に落ちないよう【無事是名馬】を目指したいと考えています。

白隠禅師展覧会、是非、鑑賞されることをお勧めします。

                  2013.01.24.

                       Yoh-M.

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歴史認識

2012年09月29日 | アート・文化

この夏は実に暑かった。いいお歳の私は少し夏バテでしたよ。

ブログを更新しない間に中国・韓国からの脅しがあって、呆れ、政府対応を考えさせられ、余計ブログ更新が遅れました。

さて、今回、「歴史認識」としてタイトルを付けましたが、

言いたい事は、言い続ければ、嘘も歴史になる』。と言う事です。

この暑い夏、近所の古刹の「縁起」、つまり、歴史調査をしていました。

現在も尚継続中ですが、そこで、一つの人間心理を見た思いがします。

お寺を調査していくと、思いがけない口伝、イワユル『伝承』にぶつかる事が多々あります。

調べると、殆どの寺の過去は、実際よりかけ離れた、『都合の良い伝承』によって、組み立てられている事に気が付きました。

徳川時代の歴史、現在の日本史も徳川の御都合によって残された文書より成り立っています。徳川幕府の圧政は語られていません。

更に、今日現在も自分の生い立ち、家系歴史についても『都合良く話す人』の存在も、お目に掛かりました。

言ってみれば、法螺を吹く。という事ですかね。

その法螺を辿ると、昔何某が、何をした。何時代に何が有った。とかの類から、我が家の何代かの前の何ベ衛が・・・何をした。だから、今、こうなっているんだ。

との形で、伝承なるものが形作られて来ています。

ま、古き歴史への検証なるものは、行われていないと断定できます。

個人のレベルでの『法螺』、『伝承と称する類』を言うのは可愛いのですが、寺の調査で、そんな部分を見ると『いやらしさ』に繋がります。

皆さんの周りの寺の『縁起』を調べてみて下さい。大概、どこかで歴史認識に疑問を感じるはずです。

さてさて、今問題の尖閣諸島・中国共産党の近代歴史認識・・

まさに、日本の寺の多くの『縁起』以上の近代歴史認識歪曲を感じます。

『言い続ければ歴史になる』・・それを中国、韓国政府が公の場で言っているのです。

向こうは「日本こそ・・」と、当然反撃歪曲するでしょうが・・

ここからは、偏見でもない正当な歴史認識よりの意見です。

今後、対中国、対韓国との付き合いをどうしようか? と考えるに当たり、野田総理が国連で言っている程度の説明では交渉には全くなりません。

まあ野田さんは、総理になってから、役人連中との慣れない料亭通いに忙しい様で、交渉事は不慣れ、『高級酒を目の前にしないと座る時間も取らず、立ち話しか出来ないタイプらしい。』

残念ながら『言い続ければ歴史になる』という中国、韓国相手の交渉術が分らないようですな。

ヨーロッパ、アメリカ辺りの単純思考の政府、メディアは、アジアの歴史を知らない。勿論、尖閣諸島の場所も知らない連中ばかり。中国国民の殆ども、問題以前は知らなかったでしょう。

そういった連中を煽る中国独裁恐怖政府。

寺の縁起を調べたり、家系を調べるのと異なり、国家間の特に、近代歴史認識は国際的に大大アピールが必要です。

まして、大量虐殺を繰り返してきた中国共産党相手だ。共産党の歴史を振り返ると実に恐ろしい。故に、中国人民も共産党には・・立ち向かえない。そんな相手と交渉するのであるから、しっかりして欲しい。

(スターリンの虐殺と毛沢東の虐殺・・どちらが酷いだろうか?)

中国の国土は広い。民族も多様。であるから当然あちらはアチラの権力闘争にも影響が及ぼす。単民族に近い我々日本人に、彼らの感覚は多分理解できないだろう。 が、それでも、

日本政府は近代歴史を言い続けなければ、今後の交渉に於いて、負ける可能性大である。

戦後の膨大な援助金額、円借款。更に技術援助金額を公表するのも良いだろう。

日教組の組合運動から近代日本歴史は、実の処、日本人、特に若い人達へ伝わっていない。この辺りで年寄も声を出し伝えるべきだろう。教職員も近代歴史について勉強する必要を感じる。

身近な寺の歴史でさへ、『言い続ければ歴史になる』で有る。

ゴチャゴチャ、ムニャムニャ理屈を言っても効果は上がらない。こういう場合は、屁理屈こそが道理としてまかり通る。

政府には是非、屁理屈こいて『歴史認識』を世界に広めて頂きたい。中国の屁理屈にはそれ以上の大屁理屈が必要だ。

例えば、「元の時代はヨーロッパの資産さへ大量はく奪した国である。九州での強奪などはす凄まじかった。」とか、明時代どうのこうの持ち出す中国共産党に対しては、世界に大げさ発信をすべきである。

経済界は今回の事で口出しすべきではない。黙って民間交流に努力すれば構わないと思う。又、アメリカに媚び売る必要もない。

いずれにしても、中国、韓国への投資より今後、東南アジア、インドとの協力が重要になると・・当然考えます。

農業再構築が世界の最大の課題です。

その為には福島再生を願いたい。

                     2012.9.27

                         Yoh-M.

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Suminato021

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ボストン美術館より、里帰り日本人の宝を見て

2012年05月10日 | アート・文化

9日、上野で開かれている

『ボストン美術館・日本美術の至宝』展に行ってきました。

多くの参観者がそうであった様に、私も大変感激致しました。

現在も余韻が残っておりますが、感想をここに書いてみます。

この展覧会を知ったのは親友からのメールと案内状からでした。

「僕の曾祖父の作品が1点戻ってきているよ」との言葉で検索したら、6月10日迄が上野。

巡回展も企画されていますが取りあえず混雑が比較的少なさそうな昨日を選んで行って来ました。

最近、朝が弱い私。前の日に新幹線の予約を取った為、その時間に合わせなければ  と、久し振りにノンビリ屋さんを返上して電車に・・

ところが、前の電車で急病人が出、搬出に手間取り予約新幹線へは発車1分位前にかろうじて。

普段の行いを反省すべきか? いや、行いが清く正しいから間に合った?のかな・・・と思いつつ車上の人になり上野へ直行しました。

唐招提寺展の時は2時間以上並んだ経験がありますが、今回は日を選んだ所為でしょうか、すんなり入館できました。そして、正直、それほどの期待はなかったのですが・・・・

至宝展で最初に出迎えて呉れた作品は、なんと平櫛田中ではないですか。

遠くから瞬時に平櫛作品と判り、しかも彼の大傑作だと感じました。 その作品が入り口で・・

絶対に平櫛だ。と思いつつ近づき確信しました。いや~~・素晴らしい作品です。彼以後、これほどの木彫作品を制作する作家はいるでしょうか?  NON です。

もうこの作品を見ているだけで今回の上野は充分。と思えるぐらいの傑作ですが、この出会いで、親友の曾祖父の作品に期待が強まりました。

平櫛作品から3作品目。とても綺麗な色使いで線描に長けた『弁天』さんの軸装が表れて来ました。というより本来軸装仕上げなのに現在は保護の為、金箔を廻りに配した額装となって飾られていましたが・・・

この弁天さんの描き主が親友の曾祖父『橋本雅邦』。作品題名は『騎龍弁天の図』

今迄の、水墨画の橋本雅邦という概念を一変させる、ご機嫌な作品です。

龍に乗って波うねらせながら、水上を走る弁天さん。題材もそうですが、色彩、線描による細部への配慮。正直に驚きました

平櫛田中と同様に、橋本雅邦以降、今日までの日本画家は到底太刀打ちできないな。との感想を瞬時に持ちました。・・・間違いのない判断と思います。

平櫛作品と雅邦作品の2点だけで、今回の入場料と旅費分は充分にお釣りが来るはず。保存状態を保ってくれたボストン美術館に感謝です。同じく、現在はIT科学者の親友招待にも感謝です。

彼等の時代が日本文化のピークなのか? 今迄の展覧会とは趣が全く違うな。と緊張感を持ち次のコーナーへ向かいました。

さて、この橋本雅邦から次のコーナーは鎌倉、室町時代の曼荼羅作品の大傑作ばかり。

現在、近所の寺の調査に加わっている関係もあって、勉強を兼ねてしっかり見ようと思い、目を近づけたり離したりして曼荼羅を隅々まで拝見しました。

ご承知の通り、日本曼荼羅は飾るものではなく、線香を焚き手を合わせる仏ですから・・画面は黒くなっています。が、それでも往時の色彩の残り具合、描き手の豪胆さ、顔料、金箔の消え具合等々。ボストンという地で保護されていたので、現在まで残っていたような作品ばかりです。それも大作。と言って良い作品ばかりでした。

(文化財の流出; 明治維新を挟んで日本の内政は文化財を守る意識が希薄であったし、神仏分離政策の影響も大きかった。と推察する。)

今回の会場では、鑑賞者は密教の時代とそれ以前の時代へ思いを馳せたのではないでしょうか。周りの人達の表情もそんな風に見えました。

『一字金輪観音像』曼荼羅の観音さんが、少し離れたところから私に『ウインク』している?って感じちゃいましたので長々と鑑賞。が、ヨクヨク見ると、両目とも開いていました。

多分、少し離れていた私に、『何かの合図』を送ってくれたのでしょう。素晴らしい出会いでした。それでいっぺんに気に入ってしまいました。やはり美女には弱い私ですよね~~

曼荼羅のコーナーを見終わって仏像の入り口では・・快慶作『弥勒菩薩立像』

横のケース内には快慶自筆の『弥勒上生経』が陳列されています。最後尾で『快慶自筆』と判ります。内蔵されていたのが明治修復で判明し、岡倉天心が快慶筆のお経を取り出した。との説明がありました。

寄木造りで金粉仕上げ、玉眼入り。

まさに現在調査中の阿弥陀仏と同じ製作法。この快慶さんの寄木造りをぐるりと観察させてもらいました。

首部、手足それぞれ2箇所、胴部に組み立てを感じさせる部署がありましたし、カタログの図写真と比べると、実物は腰部に装飾品を巻いていました。この装飾品は像が倒れるのを防ぐ為に修復師が制作したのでは・・と推測しています。又、頭部の古い感じが往時そのももの雰囲気を感じさせます。

そして、赤漆を思わせる塗りの残る寄木造り仏像が続く中、眼を引いたのが『玉眼』入り、運慶の流れを引くと伝えられる、康俊作 『僧形八幡神坐像』

東大寺に似た作品があるとの事ですが、寄木造りの傑作と思います。唇には紅の色も残ってます。衣は黄色い感じの木の色。もしかしたら表面には漆無しで金粉塗り彫刻?? 非常に興味を持ちました。今回出展の木造仏ではこの仏像が気に入りました  断っておきますが同性愛の持ち主ではありませんよ 

その木像の横のケースに飾られた『絵巻』・・・参った。です。

日本人の持つ色彩感覚。日本人の持つ画面構図に対する感覚。日本人の線にたいする拘り。日本人の伝承への思い。非常に誇らしく思いました。

この展示歴史作品のように、殺戮、血祭りをも描く作品を見る時、キリスト信者であろうとも日本人は誇りを感じるのではないでしょうか。

先達の素晴らしさを、凄さを絵巻の中に感じさせて呉れます。往時の絵描き、仏師達は失敗すれば首をはねられた事は充分に予想されます。従って、現在の世の中のようにアマノジャクでは済まされず、命を賭して仕事していた。と余りある推測です。

絵巻についてはこの程度の感想しか書けません。

さて、この絵巻を見た後、メインといえる絵画作品のコーナーです。

初めて観る作品が殆どでしたが、以前より好きだった狩野山雪

自分の家へ飾っておきたい作品が出てました。優しい水墨色彩の絵描きで、山雪作品は大向こうに受ける作品ではないですが・・・人物の書き方と良い、家の配置と良い、ご機嫌な気分で暫く椅子に座って鑑賞しました。

探幽を始めとする狩野派、等伯、宗達、光琳、光起等の蒼々たる名画がボストンで保管されていたことに驚きながら鑑賞していましたが・・・

日本美術史を根本的に変える作品に出会い・・大ショックを受けました。

今回展覧会の目玉として宣伝されていて、名前を聞いたこともなく、作品さへ知らない・・・『曽我蕭白』

・日本美術史を変えますね。間違いありません 。いや、既に変わった筈です。

『鷹の図』1点のみが正当と思える、いや、今まで我々が錯覚していた正当な日本画と呼べる作品。技術力を充分に堪能させてくれる作品です。が、

展示大作は全てが・・・技術も、人間性も、仏教思想、更に宇宙をも見つめる第1級の人物でないと成し得ない作品ばかり。 スケールは途方もなくでかく、古今東西で特筆されるべき作品ばかり。 

が・・目の前に陳列されていました。

この曽我蕭白の前で、言葉を失いました。

カタログ類、いかなる技術を使ってのプリント、現代科学の全てをぶち込んでも不可能な世界が・・原画作品の中に詰め込まれていました。

バチカンでのミケランジェロ。オランジェリーでのモネ。

み~~んな・すっ飛んだよ『曽我蕭白』には。

暫く夢にでそうな感じ。

『一字金輪観音』さんが私にウインクした意味が分かりました。『曽我蕭白』が来ているよ。って言葉を掛けてくれていたのですね。

少し間を置いて、名古屋での展覧会へもお邪魔するとします。

そんなショックを引きずって戻りました。

                      2012.05.09

                                                                                 Yoh-M.

ボストン美術館日本の至宝展 ネット画像より『曽我蕭白・虎渓三笑図』

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