江戸の妖怪、怪奇、怪談、奇談

江戸時代を中心とした、面白い話を、探して、紹介します。

『浪華奇談』怪異之部 6.唐橋屋九郎兵衛 地獄で、飼い犬に助けられる

2024-03-05 20:04:30 | キツネ、タヌキ、ムジナ、その他動物、霊獣
『浪華奇談』怪異之部 6.唐橋屋九郎兵衛
                  2024.3
地獄で、飼い犬に助けられる

正徳の頃、東堀に唐橋屋九郎兵衛と言う鉄屋があった。
豊かな家であって下人も多く召仕っていた。

その家では、白い大を養(か)っていたが、九郎兵衛は大変可愛がっていて、犬の好める食べものを与えていた。
しかし、この犬は突然病気になって死んでしまった。
九郎兵衛は、大いに残念に思ったが、すこしして九郎兵衛も大病にくるしんで、様々な医療を尽くしたが、効果がなく、亡くなってしまった。

不思議なことに、その死骸はあたたくて生きている人のようであったので、葬儀もせず、家人は昼夜見守っていた。

さて、九郎兵衛は夢現(ゆめうつつ)の心持ちで、ただ徐々(ゆるゆる)と歩いていたが、見渡せば河原のような場所に至った。
草木もなく、茫然としてあたりを見たが、はるか向うに人の声が聞えたので、そこにたどって行った。
広い川に至ったが、人声は、川向いの方から聞こえていた。

よって、川を渡ろうとしたが、水は浅くて、楽々と向うの岸に行けた。
そこに、五六人の人が、横ざまに臥していた。
九郎兵衛は、彼らに、
「ここからの帰路を教えて下さい。」と頼んだ。
彼らは、
「我々の在所へ来て休息して下さい。」と答えた。
「その後で、帰る道を案内して差し上げましょう。」と言った。
九郎兵衛はうれしくて、
「これはよろしくお世話頼み入ります。」と言った。

同道して行くと、五六町(5・6ちょう:約600m)も行くと、あやしい草庵が多くあった。
彼のものどもは、この家の内に伴いつつ、
「食事をあたえましょう。ここで暫く休息せられよ。」
と言いのこして、勝手の方へ入っていった。

その行った後を見ると、庭より犬が一疋尾をふって来た。
九郎兵衛がよく見れば、彼が可愛がっていた前に死んだ犬であった。
「どうしたんだ。お前は死んだのでなかったのか?元気にしているのかい?。」と言った。
すると、犬は人のように言葉を話した。
「あなた様は、気がついていないようですが、もう死んでしまったのですよ。
又、ここは人間界ではないのですよ。」と。
九郎兵衛は驚き、
「私は、死んでしまったのか?又、ここはどこなんだろうか?」
犬は答えて、
「このの勝手をのぞいてみてください。」
すると、今迄、人と見えて居たのは、皆、兎猿狐狸の類(たぐい)で、眼をいからし、牙をかんで話している有りさまは、大変に恐ろしかった。

九郎兵衛は驚いて、
「さては、ここは畜生道なのか。早く立ち去ろう。」と言った。
犬は、九郎兵衛の袂(たもと)をくわえて、留(とど)めて、
「逃げても、彼の者どもは、逃しはしないでしょう。
暫く待って食事をして、休息してください。
私が、時分を見計らって案内し、家に帰られるようにしましょう。
しかしながら、膳に向っても青い物を食べてはいけなせん。
これを食べれば、たちまち獣類に変ってしまいます。」
九郎兵衛は、戦慄して着座すると犬は出て行った。

しばらくしてから、彼らは、勝手より食膳を持って来て、九郎兵衛にすすめた。
九郎兵衛は犬の教えの通りに青い物は残して食べ、それより休息した。
かの畜類どもは、次の間にいて話をしていた。

その間に白い大が来て、「今の中に逃げ走って下さい。」と言った。
九郎兵衛は、足に任せて逃げ出すと、狼牛馬の類が大勢で追いかけて来て、「残念なり残念なり」と言った。
みなみなが川岸に来る頃、九郎兵衛は、かの川を半ば渡りかかった。
獣(けだもの)どもは怒って、「これは仕方がない」と言って、石を掴んで九郎兵衛に向って投げて、帰って行った。
この川をかの者どもが、渡って来られないのが不思議だ、と思うと、夢から覚めたように蘇った。


それで、九郎兵衛は、人々にこの体験を物語ったりした。
馬に打たれた礫(つぶて)の跡を見れば、白い毛を生えていたが、それは不思議なことである。

それより、九郎兵衛は、全くあのような場所に至ったのも、わが不徳のせいである、と感じた。
その後は、神儒仏の三道を学んで、聖人と成った。


愚老(ぐろう:筆者)が考察するに、昔から、犬が主人を助ける例は、和漢ともに多い。
犬が、間違ったことをした、として、一方的に笞でたたいたりしては、いけない。
人であっても、大きな間違いをする。
まして畜類ではなおさらのことである。

そうであるので、我が国の昔、王代(王朝時代)のころ、馬牛鶏犬のたぐいは、人家に益ある生類であるのでその肉を食べてはいけない。
又、猿は人によく似ている獣なので、六畜の外ではあるうが、これを殺害してはいけない、と告諭した古い法律がある。

西洋とは違って、君子国である我が国のこの法律習慣は、仰ぎ尊むべきではなかろうか?



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