渡辺松男研究2の23(2019年4月28日実施)
Ⅲ【交通論】『泡宇宙の蛙』(1999年)P109~
参加者:泉真帆、岡東和子、A・K、T・S、鹿取未放
レポーター:泉真帆 司会と記録:鹿取未放
173 旃陀羅(チヤンダーラ)鈴鳴らしゆく街角にいかなる色の夕日を見るや
(レポート)
旃陀羅は古代インドで、として四姓(カースト)の外におかれ、宗教、職業、服装など様々な差別をうけた。街に入るときには鈴をならして自分たちが入ってゆくことを知らせなければならなかったという。夕日の空さえ堂々と仰ぐことは許されなかっただろう。作者はそんなチャンダーラ達に心を寄せ、その目に映った夕日の色をおもう。鈴のおとがさびしさを一層かき鳴らす。(真帆)
(当日意見)
★チャンダーラって音が哀切ですね。鈴を鳴らさないと街に入っていけなかったって知り
ませんでしたが、ひどい話ですね。(鹿取)
★私が調べたのでは木を鳴らすって書いてありましたね(真帆)。
★なるほどね、木なら只だけど鈴だったら手に入れるのが大変だったかも。(鹿取)
★チャンダーラの意味が分からなかったので、何って平凡な歌だろうと思っていました。
(T・S)
★この人、歌の守備範囲がとても広いですね。単なる自然だけじゃ無く、歴史的なことも
あるし、いろんなことにテレパシーをもっている。(A・K)
★これは割とストレートに旃陀羅と呼ばれる人々に心を寄せていますよね。「夕陽を見るや」
って現在形で言っている所にそれがよく現れています。キャップテンクックも現在形でした
が。「同苦」って軽々しく言ってはいけないけど、松男さんが東日本大震災を歌った歌に感
動したのですが、この歌もちょっと同じような気分になりました。(鹿取)
★渡辺松男って人は感覚としてこういう人たちが分かるんでしょうね、だから読者にも伝
わってくる。「いかなる色の夕陽を見るや」ってジーンときますよね。とってもいい歌だと
思いますね。(A・K)
★そうですね、下の句でまとめないでスッと放してますよね。(鹿取)
★「鳴らしゆく」もいいですね。動きがあって、そして街角に来た時鐘を鳴らす、大変な
生活じゃないですか。そういう人たちを思う想像力がある人。惻隠の情というか、これ
があるかないかで人間の幅が決まるような気がします。(A・K)
(後日意見)
松男さんの東日本大震災の歌は、たとえば次のようなもの。(鹿取)
まぼろしのわがたなごころとびてゆき生きのこり哭くひとの背をなづ
『雨る』(2016年)
わが掌ひやくにひやくさんびやくあらばともおもふ慟(な)く背をさするまぼろし
Ⅲ【交通論】『泡宇宙の蛙』(1999年)P109~
参加者:泉真帆、岡東和子、A・K、T・S、鹿取未放
レポーター:泉真帆 司会と記録:鹿取未放
173 旃陀羅(チヤンダーラ)鈴鳴らしゆく街角にいかなる色の夕日を見るや
(レポート)
旃陀羅は古代インドで、として四姓(カースト)の外におかれ、宗教、職業、服装など様々な差別をうけた。街に入るときには鈴をならして自分たちが入ってゆくことを知らせなければならなかったという。夕日の空さえ堂々と仰ぐことは許されなかっただろう。作者はそんなチャンダーラ達に心を寄せ、その目に映った夕日の色をおもう。鈴のおとがさびしさを一層かき鳴らす。(真帆)
(当日意見)
★チャンダーラって音が哀切ですね。鈴を鳴らさないと街に入っていけなかったって知り
ませんでしたが、ひどい話ですね。(鹿取)
★私が調べたのでは木を鳴らすって書いてありましたね(真帆)。
★なるほどね、木なら只だけど鈴だったら手に入れるのが大変だったかも。(鹿取)
★チャンダーラの意味が分からなかったので、何って平凡な歌だろうと思っていました。
(T・S)
★この人、歌の守備範囲がとても広いですね。単なる自然だけじゃ無く、歴史的なことも
あるし、いろんなことにテレパシーをもっている。(A・K)
★これは割とストレートに旃陀羅と呼ばれる人々に心を寄せていますよね。「夕陽を見るや」
って現在形で言っている所にそれがよく現れています。キャップテンクックも現在形でした
が。「同苦」って軽々しく言ってはいけないけど、松男さんが東日本大震災を歌った歌に感
動したのですが、この歌もちょっと同じような気分になりました。(鹿取)
★渡辺松男って人は感覚としてこういう人たちが分かるんでしょうね、だから読者にも伝
わってくる。「いかなる色の夕陽を見るや」ってジーンときますよね。とってもいい歌だと
思いますね。(A・K)
★そうですね、下の句でまとめないでスッと放してますよね。(鹿取)
★「鳴らしゆく」もいいですね。動きがあって、そして街角に来た時鐘を鳴らす、大変な
生活じゃないですか。そういう人たちを思う想像力がある人。惻隠の情というか、これ
があるかないかで人間の幅が決まるような気がします。(A・K)
(後日意見)
松男さんの東日本大震災の歌は、たとえば次のようなもの。(鹿取)
まぼろしのわがたなごころとびてゆき生きのこり哭くひとの背をなづ
『雨る』(2016年)
わが掌ひやくにひやくさんびやくあらばともおもふ慟(な)く背をさするまぼろし