だいずせんせいの持続性学入門

自立した持続可能な地域社会をつくるための対話の広場

根羽村

2007-03-21 00:38:13 | Weblog

 長野県根羽村(ねばむら)を訪問した。根羽村は愛知県、岐阜県との県境に位置する茶臼山の山裾に集落が身を寄せ合うように点在する山間の村であり、村の面積の92%が森林(8,995ha)でそのうち74%がスギ・ヒノキの人工林の林業の村である。1955年に3,300人いた人口は現在1,259人、高齢化率41%、財政力指数0.10の典型的な過疎と少子高齢化の地域だ。

 このような村が合併せずにまだ存続しているのか、とお思いになる方もいるかもしれない。ところが根羽村は小木曽亮弌村長のもとで「ネバーギブアップ宣言」(2004年)を出して自立の道を選択している。私はこの宣言を読んで、涙がでそうなくらい感動した。小さな村が国の無策を指摘したうえで、「この地域に将来に渡り人々が住み続けられるように皆が知恵を出し合い、更なる努力をしていかなければならない」と自らの責任を明らかにしつつ、「私達は決してあきらめることなく、村民と行政が共に汗を流すことにより、誇りと希望の持てる『ふるさと根羽村』を築いていくことを、ここに宣言します」と結ばれている。行政の文書にありがちな作文くささがまったくない、一字一句に気迫のこもった宣言である。

 このある種の自己矜持の裏付けになっているのが村独自の林業政策である。根羽村はかつてから「林業立村」をかかげてきた。一般に日本の人工林は木材自給率の低下、木材価格の低迷とともに山主の林業経営への意欲が薄れることによって荒廃しつつある。根羽村はその流れに抗していち早く手を打っていく。その先見性を示すのが徹底した地籍調査だ。
 山主の経営意欲の低下を象徴的に示す現象が山主が自分の山の境界がよくわからなくなっていることだ。根羽村はひとつひとつの区画(地番)ごとに山主立ち会いのもとで、境界を確定し、杭を打ち、図面を整備してきた。これに実に25年の歳月をかけて、昨年完成したところである。他のふつうの林業地域は根羽村に少なくとも25年の遅れをとっているといえるだろう。

 1997年には277haだった間伐面積は2002年に633haまで強化され、以後、毎年600ha程度の実績を残している。また高性能林業機械を村が独自に購入し、間伐後の搬出作業を効率化・低コスト化した。間伐作業の団地化もすすんでいる。根羽村では山林の所有形態にきわだった特徴がある。村の全世帯が山主である。また、森林の61%がかつての入会地をもとにする村有林であり、その半分で分収林や貸付林という形で地上権を村人に配分している。また一村一森林組合であり、村役場と森林組合の連携がうまくとれているようだ。これらのことから、山林所有者の意思疎通が比較的容易で団地化がすすんでいるという。これは他の林業地域からすればうらやましいかぎりだろう。

 村に一つ残った民間の製材所が閉鎖されるのを機に村が買い取り、これを拡張・強化した。そして満を持して「根羽杉」ブランドでの産直住宅の取り組みをはじめた。これは「伊那谷の森で家を造る会」が設計したほぼオール杉材の家である。昨年、村にモデルハウスが完成した。そこを訪問すると、室内は柱や梁がむきだしの重厚な作りである。田の字型の間取りに「渡りアゴ」構法という梁を積み重ねる伝統的な構法を採用している。一方、構造材を規格化し、刻みはプレカットで行うなど現代的な手法を取り入れてコストを抑えている。床も杉材で私たちも靴下を脱いでやわらかな感触を確かめた。温熱構造はOMソーラーを採用して、冬も暖かい家になっている。床下をのぞくと暖かな空気が立ち上ってきた。二重窓の窓枠も杉材で作られているのに関心した。これこそ私が実現してほしいと思っていたアイテムだ。開放的でひろびろとした縁側も魅力である。さらにリーゾナブルな価格設定だ。これは売れる、と直感した。

 現に口コミで関心が広がり、飯田や松本など長野県内で建ちはじめ、おかげで製材所はフル稼働状態だという。製材所にくるのは主に高性能林業機械を用いて搬出された間伐材である。間伐材といってもけっこう太い丸太が土場に積み上げられている。それをまず皮をむき、あらく製材して人工乾燥させる。その後、プレナーがけをされ、プレカット工場へ向けて出荷される。
 出荷を待つ材には「○○邸」という張り紙があった。すべて注文を受けてから邸ごとに製材をする。最終的に一邸ごとに「どこの誰の山のどういう木か」ということがわかる情報をつけて出荷されるという。その情報を頼りに施主が山を訪ねてくることもあるという。施主・工務店・設計者・製材・伐採・山主が心を通わせる家造りである。

 私の研究室の木下知久君は修士論文で根羽村の人工林の間伐状況を地番ごとに評価する森林GIS(地理情報システム=コンピュータ上の地図情報)を作成した。全7740個の地番境界を打ち込み、空中写真から木の間隔を算出し、森林の戸籍簿ともいうべき森林簿の情報から樹高を計算して、森林の混み具合(立木間隔/樹高)を評価した。さらに、混み具合のひどいところから優先して毎年622haの間伐を続けた時に、10年後にどのような森林の姿になるかをシミュレーションした。それによると、このペースで間伐を続ければ10年後には根羽村からは過密な森林は消滅し、全地番が適正な状態になることがわかった。今回の根羽村訪問はこの研究成果を村役場のみなさんに報告するためのものだった。振興課長さんをはじめ、森林行政担当のみなさんに「日頃漠然と思っていたことが一目でわかる」と好意的な評価をいただいた。10年後のシミュレーション結果には皆さん自信を深めたようすだった。
 このような森林GISが作成できること自体が、根羽村の先進性を示している。地籍が確定し、森林簿の情報に信頼がおけることが前提だからだ(私たちはその信頼性を独自に確認した)。

 もちろん財政力指数0.1のこの村が独立した自治体としてやっていくことの困難さは変わらない。しかし小木曽村長は私に対して、財政がどうこうと言うより先に、村人の暮らしの基盤である森林の状況とその可能性を把握しなければならないと強調された。「持続可能性」ということの中心にあるコンセプトは、その地域の住民が地域の課題を自らの問題として主体的とらえ、周囲のチャンスを活用しながら自分たちの力でそれに取り組むところにある。私はこの小さな村が日本の山間地の進むべき方向を指し示していると頼もしく感じた。私も学生たちとともに微力ながら専門家としての立場から応援したいと思う。

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6 コメント

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Unknown (松沢)
2007-03-21 06:28:14
森林は人類を含めた動物の寝床、それを持続する事
こそ人類の未来もあるのでは、基調な環境持続型の
お話を伺いましてありがとう
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頑張ってますね (江崎 忠男)
2007-03-21 20:49:31
高野様

ご無沙汰いたしております
いいお話をありがとうございます。
いま森林認証の本をみんなで作っています

根羽村の村長さん頑張って欲しいですね
今後とも宜しくお願い申し上げます。

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山の境界線整備 (前田雅之)
2007-03-22 20:53:11
高野先生ご無沙汰しております。
過疎の村と評されながらの山の境界線整備は本当に大変だったことでしょう。25年経過され、しかし完備されたことに、みなさんの信念が伺えます。山主の在村率も全国平均的だったのではないでしょうか?すばらしいです功績ですね。
しかし、日本の山々がみな出来る訳ではない。
25年の遅れを同じ様に25年かけるのではなく、何か別のソリューションは無いでしょうか?
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感心です。 (nagasaqa)
2007-03-23 00:15:11
 杉の構造材を乾燥、プレナー処理、渡りあご掛け仕口をプレカットで刻んで、OMソーラーハウス。さらに木製サッシというのは、よく揃えたものですね。そうしたい、という話は聞いていましたが、実際に行われているのなら見に行きたいです。伐採も大型機械を使われてるとなれば、全国で使える汎用モデルですね。
 感心いたしました。
 ご紹介頂きましてありがとうございました。
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美味しい根羽村豆腐ステーキ (松井 賢子)
2007-03-23 12:45:02
  6年前に娘と、お盆明けに何処かへ行こうと、津具から153号に出て、お昼を食べたくてもお盆明けで何処も休みで、やっと開いていたのが、根羽ランド豆腐工房のレストランでした。豆腐ステーキがとても美味しかったです。手打ちそばも、地元のそば粉で、美味しく出来ていました。昨年の・健康診断・根羽村に申し込みしたのだすが、急遽入院してしまい残念でした。まだ開いていますか?もう一度生きたいです。
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風と土と太陽 (豊島)
2007-03-29 12:24:35
ご無沙汰しています、凄いですね。。。木質バイオマス利用ネットワークのMLで紹介されてさっそく拝見しに来ました。
飯田街道を行くとき根羽村を通りがかるといつも「坂町」という町がいつも気にかかっていました。文字通り街道の坂道を利用した町の形成と人心地のするその佇まいに、この地をこよなく愛してる人たちが時間を越えてここで暮らしているんだろうなって思っていました。
長年にわたる林分簿の整備という大事業は、そこに住む方達がそこで暮らしていくために身近な環境と共に生きていくと決意した表れなんですね。あたりまえのことと言われればそれまでですが、本当に凄いです。
そういう培い(土)の上に一迅の風としてだいずせんせいや研究室の皆さんが関わる事になったのかなと思いました。
北欧の童話、ムーミンと風貌そのままのだいずせんせいことスナフキンとの出会いがネバランドでしっくりしたパラダイムを生み出せることを願っています。
大丈夫、太陽が燦燦と力を与えてくれますから。。。^^
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