だいずせんせいの持続性学入門

自立した持続可能な地域社会をつくるための対話の広場

ネパール断章(2)

2014-05-17 19:57:24 | Weblog

 ネパール国内で移動するのはたいへんである。カトマンズ市内の移動はほぼタクシーしかないのであるが、料金メーターが付いているものの、動いているのをついぞ見たことがない。料金はすべて事前交渉制である。とても外国人には乗りこなせない。今回もブサール君と彼のいとこでカトマンズで日本語学校を経営しているウンナティさんにすべておまかせである。タクシーの値段交渉はときに長くなる場合もあり、双方熱くなることもある。それでも客から断ることはなく、交渉は妥結する。おもしろいのは、そうやってタクシーに乗り込んでしまうと、客とドライバーはすぐさま昔からの友達のように世間話をはじめるのである。

 カトマンズから他の都市へはバスで移動。トラックもバスもはでな装飾が施されたものが多い。ドライバーのおじさんがローンを組んで買ったものだろう。たいてい使い古されてボロボロである。ドライバーの他に若い男性の「車掌?」が付いていることが多い。バス停のようなものはなく、当然時刻表もない。客が道ばたに立っていると、バスが速度を落として車掌役が声をかける。行き先が合えばどこでも止まって客を乗せる。切符などはなく、車掌役の男がお札をわしづかみにして車内で料金を徴収する。もちろん料金表のようなものはなく、バスに乗ってしまえば車掌役のいう値段を払うほかない。

 

 ネパールでおもしろいのは、走っているバスやタクシーはたいてい満員を通り越してすし詰め状態である。例えば長距離用の小型バスとしてトヨタのハイエースがたくさん走っているが、日本では10人乗りのハイエースに、こちらでは20人以上が乗っているのである。その上、道は舗装路でもでこぼこが多く、遅いトラックなどを抜いていくので急な加減速がくりかえされ、乗り心地は最低である。(ちなみに日本の自動車学校では無理な追越しをしてはならないと教えられるが、ネパールではほぼすべてが無理な追越しである。)かつて世界のどこでも旅は苦しいことの代名詞であったが、ネパールではその片鱗を体感することができる。

 

 調査を終えて、地方都市のバグランからポカラに帰る時。ホテルの前で待っていたら、スカスカのバスがやってきた。ラッキー、道中ゆったりすごせると思って乗り込んだ。しばらく走って郊外の町に停車したら、いつまでも動かないでいる。車掌役の若い男が降りて行ったまま帰ってこない。そのうちドライバーもエンジンを止め、客を残してバスから降りて横の雑貨屋に入っていき、そこにたむろしている男たちと談笑している。つまり、車掌役の男が客を探しに!行っているのである。満席にならない限り出発しないのだ。

 もう夏の日差しがじりじりと照り付け、車内は蒸し風呂である。のどが渇いてきたが、この時、私たちはいつも持ち歩いているミネラルウォーターのペットボトルを持っていなかった。横の雑貨屋で買ってこようかとも思ったが、ブサール君もウンナティさんも動かず席に座ったままじっとしている。こういう時、私は流れに任せることにしている。前の席の客は降りて雑貨屋に入っていった。その間に別の客が乗ってきて、その席に座った。ウンナティさんがつぶやく。「ここで降りると席をとられる」・・・なるほど、と合点したのである。

 車掌役の男がさみだれ式に客を連れてくる。そのうち満席となってやっとスタートしたのだが、私たちはそれまでもう小一時間も暑い車内でじっと待っていたのである。

 

 日本だったらとうの昔に客が騒ぎ出すだろう。日本ではお金を払えば想定されるサービスを受けるのは一種の権利であり、バスの場合であったら、時刻表通りに走ってもらうということだ。なので、渋滞などやむを得ない理由で遅れても、運転手さんはアナウンスで何度も謝罪する。運転手も客がいてもいなくても給料に変わりはないので、ガラガラでも時間がくれば発車する。

 ではなぜネパールでは客はじっとがまんして文句も言わずに待っているのか。ここからは私の推測であるが、客もドライバーや車掌役の男の気持ちを共有しているのではないだろうか。席が空いたまま走るとその日の稼ぎは赤字になりかねない。大規模な会社組織で運行しているのなら、一便が赤字でも他の便の黒字で補てんできる。日本だと自治体から補助金が出て赤字を補てんすることもある。個人事業でやっていればそのような悠長なことは言っていられないだろう。車のローン返済や燃料代がかかるなかで、赤字を許容する余裕はないのだろうと思う。

 前の記事にも書いたとおり、人々は大なり小なり個人事業主として生計をたてている。客が不便になってもその日の営業を赤字にならないようにする、というのは誰でもそう思う、ということではないだろうか。そういう思いが暗黙のうちに共有されているとしたら、なんだかとっても人間的なような気がする。

 

 人々は消費する存在であると同時に商品を生産したり、サービスを提供したりする者である。抽象的な「消費者」という人間は本当は存在しない。ところが日本では商品やサービスを購入する時は、「消費者」であり、その権利が保障される存在である。それで、たいしたことではないのに延々とクレームをつけるクレーマーも出てくる。なんせ「お客様は神様」なのだから。「生産者」の側では、そういう少数のクレーマー対策のために何重もの保護対策が行われて、ますます「生産者」と「消費者」の距離は広がっていき、社会は心が通わなくなっていく。

 日本では物を買うにもサービスを受けるにも、対応するのは会社組織の職員であり、たいていは制服を着ていて、マニュアルどおりの応対である。ロボットと話しているようで、こちらもロボットのような受け答えにならざるを得ない。ネパールでは、制服を着ているのは警察官と学校に通う子どもだけだ。食料品を買うのもスーパーマーケットのようなものはなく、道ばたの露店であり、女性たちが色あざやかな民族衣装を身に着けて商売をしている。値札がついているわけではなく、値段交渉が必要だが、それはコミュニケーションでもある。商談成立した時は、どちらもニコニコして、たぶんお互いに「ありがとう」と言っているのだと思う。私は今回のネパール訪問で、こういう小商いで成り立つ社会というものの気持ちよさを感じた。ひるがえって、日本のような「高度消費社会」として当たり前と思っていたことの気持ち悪さを認識することができた。

 

 最近、日本の農山村に移住してくる若い世代にその理由を聞くと、「都市での消費するだけの暮らしは気持ち悪い、田畑で農作物を作り生産もする存在になりたい」という声を聞くことがある。そういう若者たちがブースを連ねるイベントなどに行くと、商品を買うことで会話がはずみ、買物がとても気持ちがよい。新顔のブースにわざわざ買いにいって、どういう人かコミュニケーションをとったりしてみたくなる。日本の農山村で、またそういう気持ちのよい社会を作っていけるとよいなと思った。


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