だいずせんせいの持続性学入門

自立した持続可能な地域社会をつくるための対話の広場

農の最前線2題

2005-12-10 15:58:21 | Weblog

 先日、愛知県安城市の生涯学習講座「安心して暮らせる未来の安城市をデザインしよう」の参加者とともに、市内の農家を訪ね、食糧生産の最前線のようすを学んだ。安城市は西三河に広がる平野の真ん中にある。明治用水が開かれてからは農業がさかんになり、大正から昭和初期にかけて「日本のデンマーク」などと呼ばれ先進的な農業経営を行ってきた歴史がある。一方で現在では自動車関連の工場が集積する製造業の町でもある。

 車で走るとだだっ広い平野に区画整理された耕地が広がる。その真ん中にきゅうり農家のFさんのビニールハウスが並んでいる。外は晩秋のさえた日差しに冷たい風が吹いていたが、ハウスに入ったとたん、むっとする暖気にしばらくいると汗ばむほどであった。整然とならんだきゅうりの苗がもう背丈くらいになって、下の方ではつややかに輝く実がつるにぶらさがっていた。農家のFさんは私と同じぐらい、40過ぎかと思う。Tシャツに汗がびっしょりだ。
 安城のきゅうり栽培には長い歴史がある。戦後すぐからさまざまな技術開発や品種改良がすすみ、全国でも有数の産地となった。9月に苗を植えて、11月の中頃から収穫がはじまり、その後、年を越えて6月まで同じ苗から収穫する。すなわち、きゅうりの旬をみごとにはずした栽培だ。これは西三河方式と呼ばれ、この地方の冬は晴天が多く、日照量が豊富なことを活かしたやり方だそうだ。つる下ろしという手法で、頭上にさしわたしたひもにクリップでつるをつりさげる。つるが伸びるとクリップの位置をつけかえていく。それで、最後にはつるの長さは8mにもおよぶ。その間、ずっと収穫期が続くのだ。
 作業はFさん夫妻とご両親の4人で行う。午前中収穫を行い、午後はつる下げ作業を行う。10日でひろいハウスを一巡するという。この作業を11月から6月まで、一日の休みもなく続ける。「日曜日もないし、暮れも正月もありません」とFさんは笑う。

 ハウスの中は整然として、青々とした葉っぱが美しい。土はほとんど見えない。苗床はマルチ(黒いビニールシート)で覆ってあり、通路もおがくずがしきつめてある。畑というよりは工場のようでもある。水はマルチの下に通してある給水管から自動的に給水される。昼間は真冬でも25℃程度にまで温度が上がる。夜は10℃を下回ると重油炊きのボイラーが自動的に点火するようになっている。以前は「まっすぐなきゅうり」をつくるために果房にひとつずつプラスチックのカバーをとりつけていたという。たいへんな作業だ。今では、品種改良と栽培方法の工夫によって、そのような手間をかけなくても「まっすぐなきゅうり」ができるそうだ。
 肥料について尋ねると、有機肥料主体で土作りを行い、補助的に化学肥料を施しているという。前は化学肥料主体であったが、その時代には連作障害がひどかったそうである。有機肥料主体にしてからは連作障害はでないとのこと。病気については、いったん広がり始めると強い薬を使わなくてはならなくなるので、早い段階から弱い農薬を小分けにして施すのがこつだという。
 愛知県のJAでは、従来より化学肥料と農薬の使用量を半分にし、決められた資材を使用し、栽培管理記録をきちんとつける、というやり方を農家にすすめている。達成できた農家の作物には「いきいきあいち」のブランド名がつく。Fさんのハウスの入り口にも「いきいきあいち」の認定証がさりげなく掲げられていた。
 私はFさんに最初から農業をつごうと思っていたのかを聞いた。若い頃から迷いはなかったそうである。栽培のこつがわかり、思ったとおりにいくようになるとおもしろくなったという。このあたりでは後継者はけっこうちゃんといるそうだ。自分の仕事が好きで誇りを持っている人には特有の明るさというものがあるものだが、Fさんにもその表情が確かにみられた。
 今年は重油の値段が上がっているので、やはり経営はたいへんだという。昨年にくらべて3割上昇している。できるだけ油を節約する工夫をやってみると話してくれた。

 つぎに訪問したのは、有機農業に近い農作をされているAさんのところにおじゃました。Aさんは年齢不詳の小柄なおばさん(60歳はすぎているらしいが、とてもそうは見えない)で、作業小屋の前でいろいろとお話しをしてくださった。Aさんが農業をはじめたのは、お父さんがお亡くなりになって、突然あとを継がざるをえなくてはじめたのだとういう。最初は右も左もわからず、まわりの農家にいろいろと教えを請いながらやってみると、聞く人によって言うことがまったくちがう、ということがわかった。それで、自分で勉強することにして、本屋に行けば農業について書かれた本ぐらいあるだろうと思って行ったら確かにたくさんある。それを片っ端から読んで勉強した。また、さまざまな機会に講習会などに積極的に参加した。
 そこで出会ったのが、EMや島本式という、微生物資材を使った土づくりだ。気のあった集落の女性二人とともにグループをつくり、化学肥料をいっさい使わない野菜作りをはじめた。農業には土づくりが一番大切と、Aさんはくりかえす。土とは、単に砂粒の集合体ではない。そこに有機物が入り、それを分解する微生物の生態系ができることが必要である。微生物資材を土に施すことによって、土の中の有用な微生物を増やし、作物の栄養分吸収を助け、また病気を予防する。農薬は普通は使わないが、病気が出てどうしてもという場合にのみ使用する。試行錯誤の上、満足できる品質の野菜を作れるようになった。作物はJAや市場には出さず、健康野菜の宅配などに直接卸す。

 野菜の品質は、Aさんの表情をみれば分かる。お肌はつやつや、血色もよく、健康そのもの、という感じだ。
 最近、縁があってセイショー式という微生物資材農法に出会い、今はこれにぞっこん、という感じであった。この資材には、発酵菌など有機物を分解する微生物の他に、窒素固定菌が含まれており、肥料をあまりやらなくても、微生物が栄養分を作り出してくれるので作物がりっぱに実る、とのことだ。実験的に使いはじめ、手応えを感じているという。
 畑に行ってみると、そこは矢作川のすぐ近くの氾濫原で、もともと肥沃な土地である。確かに土はほこほこで、とてもよい状態のように見えた。収穫期を迎えたダイコンやハクサイが美しい。もうすぐ収穫というコマツナは、少し前まで被覆資材をかけて虫の害を防いでいたという。虫食いはまったくみられない。畑一面に濃い緑色の絨毯が広がっていた。

 私は今まで中山間地の農業を見てきて、その衰退に目を覆うばかりであったのが、今回は、安城市のような都市近郊の平地農業の元気さを知ることがでた。日本の農業はカロリーベースの食糧自給率が40%と、きびしい局面にある。しかしながら、よく見ると、金額ベースの自給率は70%程度で、30年前からそれほど変わっていない。つまり、日本の農業はカロリーあたりの単価の高い作物の生産にシフトしてきたのである。その代表がハウスで旬をはずして作られる園芸作物であり、また、有機農産物である。戦後、化学肥料や農薬を導入して単収を格段にあげたいわゆる慣行農法でも、連作障害の問題などから、有機質肥料中心となり、また、消費者の不安感に応える形で農薬はできるだけ使わない農法にシフトしている。慣行農法と有機農法は近づきつつある、ということを感じた。
 ところがそのような農家の努力のメッセージが消費者まで伝わっていない。二、三年前にはスーパーで「いきいきあいち・化学肥料農薬半減」というシールのついた野菜を見かけたが、今では見ることができない。流通の段階で評価されていないのである。JAの方に聞くと、お客さんからこれはどういうことだと聞かれた時に説明することが難しいということで小売店から敬遠され、シールがはがされたり、つけなかったりしているとのこと。商売人が自分の売りモノの優れたところを説明し、お客に売り込まなくてどうする、と思う。これでは農家の努力が消費者にはわからないし、その結果、値段にも反映されない。今の日本の消費者はこのような農家の努力を支持すると思うので、再び表示が徹底するように望みたい。

 今、農水省は日本の食糧自給率を向上させる施策の柱のひとつとして、「地産池消」を推進している。この言葉を作った元農林水産政策研究所長の篠原孝氏(現在民主党の衆議院議員)はまた、「旬産旬消」も提唱している。篠原氏のお話を聞いた時は、わたしもふむふむと思っていたのだが、今回の訪問を機に、少し疑問に思えてきた。安城のきゅうりは「旬産旬消」の対極にある。また、できるだけ高く買ってくれる市場に出荷するため、「地産池消」を旨ともしていない。とすれば、仮に「地産池消」「旬産旬消」がトレンドになれば、日本の専業農家は市場を狭められてしまう危険性がある。そこまでいかなくても、努力する農家を支持しはげますことにはならない。
 確かに、石油を大量に消費して冬に夏野菜をつくるのは問題である。しかしこれは、エネルギー源を木質ペレットなどの自然エネルギーに転換することで解決できる。石油の値段の高かった1980年代前半にはハウスでペレットボイラーが燃えていた。今、また各地でハウスでのペレット利用がひろがりつつあるのは、平地の農家にとっても、山間地の林家にとっても、都市の消費者にとっても喜ばしいことと思う。
 日本のカロリーベース食糧自給率が低いのは主には飼料穀物と油をほぼ100%輸入に頼っているからであって、野菜の自給率はそもそも高い。逆風の中でがんばって経営し、技術的にも努力している専業園芸農家の思いにそわないようなやり方は、見当はずれというものではないだろうか。
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