ケパとドルカス

『肝心なことは目では見えない』これは星の王子さまの友達になったきつねの言葉。

占い屋

2011年02月02日 | 信仰

 いつもよく通っている駅デパートの通路の奥まった所に、Uranaiya 占い屋がある。通り道を利用し営業をしているのだが、三つとも満席で大繁盛のようだった。人はどうも自分の未来を知りたいらしい。教会でその話をすると、ある人は大いに関心があると言い、ある人は「怖い。知ってどうなると言うの?」とそれぞれだった。私は後者に近いが、恐れはなかったような気がする。因みに「こっくりさん」とか「星座」「おみくじ」「血液型」などをしなかったし、関心もなかった。ちょっと高ぶっていたと思うが、このようなことを愚かな迷信と見ていたからだ。

 ところで聖書に占いのことでおもしろい記事がある。主から見放されたサウル王が、迫り来るペリシテ人との戦いに「口寄せ」という降霊術師に頼り、死んだ大預言者サムエルを呼び出し、戦いの行く末を知ろうとしたのである。サムエル記上28章の聖書では口寄せに応じサムエルが現れ、王の要望通り正確に翌日の戦いの結果をサウル王に伝える記述がある。それらはすべて翌日の戦いで実現し、結果サウルとその3人の息子すべては死んでしまった。
 確かに未来のこと、明日のことが「不安で知りたい」かも知れないが、知ったところで結果が変わらないのであれば、いったい何の意味があるのだろうと私は思う。サムエルも口寄せで聞かない方が、少なくとも最後の1日はまだマシだったのではないか。

 私たちの神、主イエス・キリストの神は真実な神であり、「預言」という聖霊の賜物を与えてくださっている。また「示し」として神からの召しを果たしていくに必要な知るべきことは、これまで教えてくださっている上、そのすべては成就して来たし、これからもそうである。わたしは自分の人生において、その一つ一つの成就を見ていく平安を与えられている。特に大事なのは、たとえ横道にそれかけても、警告や予知に従い、悔い改め祈れば赦されない罪はなく、最悪の結果が変えられていくという特別な恵みがあることである。駅で見かけた占い屋ではなく、どうか愛とあわれみに満ちた、真の神に導かれてほしいと思う。 (ケパ)

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