ケパとドルカス

『肝心なことは目では見えない』これは星の王子さまの友達になったきつねの言葉。

夫婦

2016年04月15日 | 
. 私たち夫婦は、いつもどこででも一緒に行き、一緒にいるので、おしどり夫婦であると見られている(はずだ)。

しかし私にはかつて、まだ幼い二人の子どもを抱えながら妻の入院や闘病を支え、家庭崩壊、別居と今でも思い出すだけでも辛い、長い年月を過ごした時代がある。それだけに神から導かれたこの結婚には、①ケンカOK、ただし就寝までには復元力のあるケンカ。②できるだけ夫婦で共に同じ風景を見ていく。この二つをあらかじめ祈っていた。
ケンカしない夫婦というのは、ケンカすると壊れてしまう恐れがあるために出来ないわけで、これは表面上仲良くしているだけの偽りの夫婦である。男と女、体も違えば心も違う。互いの違いを理解し、その分だけ人間の幅を広げるものの、それには互いの葛藤、ケンカという生みの苦しみがつきものだ。しかし男女の違いが二本のレールを走る列車のように、子どもという命を与えられ、両性をバランスよく育て、多くの喜びを運んでいくものとなる。
しかしレールの幅が寄り添うのではなく、広がり続ければいろいろ夫婦関係が難しくなる。昔、普通の農家や商店などは夫婦で力を出し合って家業を支えた。だから互いをよく知り、互いが必要であった。しかし今の夫は会社、妻は家庭ではお互いの日常や問題がわからず、会話はすれ違う。これは心の一致に大きな障害となるのは当然だ。

今私たちはもうすぐ結婚して満8年になる。この間、神さまに祈った二つのことは、満願成就である。だからよくケンカもするが、すぐに仲直りする私たちは、嘘偽りない仲の良い夫婦である。
私はよく木工をするが、板と板を接着剤で貼り合わせた合板は、同じ暑さの1枚板より強い。接着剤はそれほど強力である。夫婦も二人だけより、神様が接着してくださった二人の方が強力である。
ただし今のところ、「猫の手も借りたい」ではないが、猫のコールも夫婦ゲンカの仲直りに一役かっている。
私たちがケンカを始めると、ドルカスが怒るぶんには逃げていて息を潜めているくせに、私が怒っている時は「止めなさい!」とばかりに噛みついてくるのだ。たとえ猫でも夫婦のケンカが分かり、ドルカスには猫手の打ちようがないものの、私は静止できる?とみているようだ。確かに可愛いコールの注意では、私も矛先を納めざるを得ない。これは猫の手を用いての神の手なのだろうか?

たとえどんな困難が人生にあったとしても、人間の幸せを清算するとしたら、世界で1人だけの理解し尊敬する伴侶を得るかどうかにある。神に人生を委ね頼る者は、間違いなく祝福される。



ケパ
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