酔生夢死の日録

ド素人が好き勝手に語る妄言です

ツイッターの伝達力と感染力

2010年09月29日 | インターネット
私自身が、始めてまだ1ヶ月ほどなので、ツイッターについて語ることなど

おこがましいのだが、昨日ちょっと印象的なことがあったので、書いてみたい。

(尚、ツイッターを利用したことのない人には、理解しにくい部分があるのは

許していただきたい。)


さてここからは野球絡みの話になる。

それというのも、私は中日の試合のある時には、中継放送のあるなしに拘わらず

ツイッターの中日ファンの集まるサイトを見ている。

(放送のない時は、現場のファンからの”実況”報告を放送代わりにしている

のだが、これがなかなかのもので「ヤフー1球速報」などのポータルサイト

のものよりも、速報性においてはるかに速いのだ。)

それは1つのプレイに対するファンの反応や感想を知るためである。

また、選手の様々な情報も得ることができる。

内容は投稿者によってまちまちだが、重宝している。


ところで昨日は中日の試合はなかったのだが、現在首位争いが熾烈を極めて

おり、ファンは阪神X巨人に注目していた。

この試合の結果は、中日の優勝争いに非常に大きな影響を与えるので、

ツイッターに集まったファンも興奮気味であった。

この一体感がまたなんとも言えず、快感なのだ。

そして結果は、中日ファンが望んだとおり巨人の勝ちに終わった。


試合終了後はいつものとおり、勝利を喜ぶ書き込みが殺到した。

その中に「残り試合を巨人5勝で優勝」という誤った書き込み情報があったのを

私は見つけた。

(正しくは、「巨人5勝でも、中日が負けないと優勝できない」)

訂正を求める投稿をしなくては、と私が思ったのもつかの間、表示画面には

あっという間にリツイート(他人の投稿を多くの人に知らせるための操作)が

殺到してしまい、私の投稿などは完全に霞んでしまっていた。


しかしやがて私の投稿を支持してくれる投稿も現れ、事態は時間の経過とともに

少しずつ沈静化していった。


事実はたったこれだけのことである。

しかも誤報の中身はたかだか野球の情報に過ぎない。

別にそんな情報が流れたところで、なんということはない。

実際そのとおりではあるが、私が驚いたのは極めて狭い特定の範囲の情報

とはいえ、その伝達力の速さと感染力であった。


これは一定の条件下では、パニックを引き起こしかねないだろう。

何ヵ月か前に実際に、東京・原宿で「近くにアイドル芸能人がいる」

という情報(誤報)が流されてファンが殺到して騒動になったことがあった。


こういうものを意図的に利用しようとする勢力が出て来ることは充分予想

できる。

集団心理の恐ろしさを、今更ながら感じさせられた。





















死者のプライバシーを明かすテレビ

2010年09月28日 | テレビ
東京・池袋のラブホテルで女子大生が殺される事件があった。

テレビでは被害者の名前を出して報じていたが、私は疑問に感じた。

名前を出す必要がどこにあるのだろうか。

犯人が逮捕されていないのなら、情報提供を呼びかける意味もあるとは思うが

既に犯人は逮捕されているのである。


言うまでも無いことだが、彼女がどこで何をしようと全く自由である。

さらに言えば、実名を出せば当然遺族等も周りの好奇の目に晒される

ことになる。

そこまでして名前を出すことに、一体何の意味があるのだろうか。


実はこの死者のプライバシーという問題は、2月にNHKが「孤独死」を取り上げた

番組を放送した時にも感じたことである。


その番組では故人の履歴や、故人に関する関係者の話まで報じていたので、

さすがに私も腹が立って、NHKにメールを送った。


  「必要不可欠の部分のみを故人の尊厳を鑑みて、問題のない範囲内で
   紹介しています。」

  「法律的観点からいうと、個人情報の漏洩にあたらないかという
   意味においては、「個人情報保護法」では、第二条に、
   個人情報について「生存する個人に関する情報」と明記されています。
   こうした故人の情報については、法律上の個人情報に当たらず、    報道機関に提供したとしても問題はないとされています。」

これがNHKから来た返事の一部である。

要するに法律的にも、死者のプライバシーは認められていないとされているから

問題ないと考えているというのである。


私は何も法的に問題かどうかを言っているのではない。

モラルの問題なのだ。

それに「必要不可欠の部分のみを・・・問題のない範囲内で
   
紹介しています。」と言ったって、「問題のない範囲」は一体誰が決めるのか。

もちろん遺族の了解は得ているとは思うが、私には不満が残る。

当然のことだが、本人(故人)は了解のしようがない。

これは先頃施行された臓器移植法の問題でもそうだが、家族の同意を本人の同意と

みなすということには、私は基本的に賛成しかねる。


最後に一言、

私は日本のマスメディアが、「弱い者にはひたすら強く

強い者にはひたすら弱い」という基本姿勢を持っていることが許せない

のである。








解説者の習性

2010年09月26日 | 野球
今朝のテレビで楽天・前監督の野村克也氏がこう言っていた。

 「この時期になると、上位チームは下位チームに勝つのが大変だ。
  なぜなら、上位チームは負けられないから、緊張でカチカチになる。
  しかし下位チームはそんなことに関係ないから、リラックスしてのびのびと
  プレイできる。」

一見もっともらしく聞こえる考えだ。

しかしこれを反対の視点から見てみるとどうなるか。

つまり、緊張=気迫、リラックス=気の緩み。

実際こういう場面はよく目にするものだ。


要するに先程の発言は、ある一面について述べているだけであり、

(露骨に言えば)他の一面を敢えて見ないことによって成り立つ発言

だと言えるのではないか。


早い話がマスメディアの”受け”を狙った「意外性のある発言」

ということだろう。


まあ職業上必要なこととは思うが、それも栗山英樹氏並みにやられると

いい加減うんざりさせられる。

針小棒大というか、中身は何も無いに等しいというか・・・。











イチローの苦悩

2010年09月25日 | 野球
昨日の10年連続200本安打達成後のインタビューにおいて、イチローは、

2年前の200本安打の時にチーム内部から「個人記録優先」「身勝手」という批判

を浴びたという報道について触れて、「それがトラウマ(精神的な傷)になって

いた」と語った。

これを聞いて私はずいぶん驚いた。

彼はそんな苦悩を抱えていたのか。

昨年の200本安打の時にどんなことを言ったのかは覚えていないが、

彼はこのトラウマを2年間も引きずっていたいたことになる。


ここにインタビューが載っている。(デイリースポーツ

「チームメイトが祝福してくれて、喜んでもいいんだなと思った。」

これではまるで、親の顔色を伺う子供のようではないか。

彼はそれほどまでに萎縮していたのか。


実際イチローは200本安打を打って1塁に立っても、当初は表情が少し硬かった。

その後周りの祝福の声を耳にして、ようやくヘルメットを掲げて

それに応えていたほどだった。











イチローVS日本プロ野球

2010年09月24日 | 野球
イチローがついに200安打を達成して、これで10年連続の偉業である。

朝からテレビ各局は大々的に報じている。

当然である。

一時は記録達成は危ないかなと思った時もあったが、さすがである。


そして一方、昨夜のスポーツニュース。

こちらは日本のセ・パ両リーグの優勝争い。

かつてないほどに両リーグとも大接戦を続けている。

しかしその割には、取り上げ方が小さいように私には感じる。


それはもちろん、私が中日ファンであり、その分思い入れが深いからだろう。

そしてそれは、世界レベルでの新記録樹立と国内大会の首位争いの違いだから

止むを得ないとは思う。


さらに言えば、そのことは日本のプロ野球人気の翳りを示している

のだとも思う。


無理もない話だ。

プロ野球の首位争いなどは、所詮プロ野球の世界の話にすぎない。

興味のない人には「どうでもいい」話にすぎないだろう。


一方イチローの新記録達成は、単に野球のみならず、「総合ニュース」で

取り上げられる価値を持っていると私は思う。

日本人選手が本家本元のアメリカに乗り込んで、新記録を樹立するということ、

このことの意味は測り知れないほど大きいはずだ。

(私は先日の「日米通算記録」については、その環境・条件が違いすぎる点で

殆ど関心がなかったが、今回は意味が違う。)


結局イチローの新記録の話題なら、ふだん野球にあまり関心がない人にも

見てもらえるということだ。






判定を検証する制度の必要性

2010年09月21日 | 野球
昨日の当ブログ(小久保の打球のファール判定を巡るトラブル)に書いた

良川審判であるが、今度は彼が球審を担当していて、またもや小久保のプレーで

もめた。

要するに、スイングが振った(ストライク)かどうかの判定である。

振ったとなれば三振の場面だった。


ストライクという球審のジャッジに対して、小久保は驚くほどの大声を上げて

抗議して1塁塁審に確認しろというようなジェスチャーを見せた。

当然秋山監督も出て来た。

だが良川球審は塁審に確認することもしない。

そしてほどなく2人とも引き下がって行った。

振った振らないでもめても、仕方ないという判断が働いたのかもしれない。


だがスロービデオを見ると、明らかに振っていない。

通常この種の場合は、スローで見ると殆どが振っているものだが、

今回は違った。

あれでスイングを取られては、打者はたまったものではない。


良川球審が塁審に確認もしないことに腹を立てた私は、彼はまたしても

「自信があるから」確認しないのだと邪推した。


しかしこれは私の無知によるものだった。


規則にはこうある。(規則9・02(c)の【原注】)


「球審がストライクと宣告しなかった時だけ、監督または捕手は、振ったか否か

について、塁審のアドバイスを受けるよう球審に要請する事ができる。」


驚くべき規則である。(私はスイングに関する規則全てを読んではおらず、

引用者の文章を読んだだけではあるが・・・。)

なぜなら、球審を通して塁審に確認できるのはボールの判定を下した時に限られ

るのである。

つまり球審がストライクと判定した時は、それで終わり、何も出来ない。


球審が塁審に判断を仰ぐシーンはよく見るが、あれはボールと判定した時だけ

だったのか。


しかしいくら何でも、これではおかしくないだろうか。

要するに、白か黒かの判定が問題とされる場面において、白判定(ボール)の時

には他の審判に確認できるが、黒判定(ストライク)の時は何もできずに

そのまま通すしかないというのである。


そして規則がこうなっている以上、良川球審の行為は間違っていない

ことになる。


先日のヤクルトX中日戦のライン際のフェア判定に続いて

またしてもオヤオヤである。


ここまで来ると、もはや審判員の判定に関する検証・査定を行う制度を

是が非でも作るべきだろう。


誤審は100%避けられるものではない。

だからこそ、それを少しでも減らす努力が求められるのではないか。


















野球の判定トラブルに改善策を

2010年09月20日 | 野球
昨日のスポーツニュースを見ていたら、ソフトバンクx西武戦で小久保の打球の

判定(ホームランか、ファールか)について審判が場内説明でこう言っていた。

  「私は自信を持って判定したのでビデオ判定は行わない。」


唖然とした。

私はホームランかどうかの時は、ビデオを見て判定するものだと思い込んでいた

からだ。

そこで少し調べてみたら、元々ビデオ判定は「責任審判が必要と認めた場合に

のみ行われる」ことになっているそうだ。


ということは、責任審判が”自信がない”時に限ってビデオを見るということな

のか。

これはいかにも日本的というか、玉虫色の規定ではないか。

曖昧さ100%の産物であり、プロ野球界の事なかれ主義が存分に発揮された

仕上がりになっていて、もはや感動すら覚える。


一昨日のヤクルトx中日戦のファール・フェアの判定の問題(抗議した落合監督

は退場処分)もあって、私などはビデオ判定の拡大を願っていたのだが、

こんなことでは期待する方が無理だろう。


さらに言えば、日本野球機構(プロ野球の統括本部)にも抜本的な対策を講じて

もらいたい。

聞くところによると、Wカップでは審判の判定を検証・査定する制度があった

という。

これなどはプロ野球にも是非導入すべき制度だと思う。

そうでなければ、一層の客離れを招くことになるのは容易に想像できる。


それはそうだろう。

審判の判定がいい加減なものだったら、誰も安心して観ていられないでは

ないか。


とにかく改善しようという姿勢を見せて欲しい。

大相撲のあの体たらくは、決して他人事ではないはずだ。











石山審判の信じ難い大誤審

2010年09月19日 | 野球
ちょっと常識では考えられない誤審が起きた。

昨日のヤクルトX中日の5回裏1-1の同点、2死2・3塁の場面で

ライトのライン際に上がったフライを、ライトの藤井がダイビングキャッチ

しようとしたがグラブに当てて捕り損ねた。

1塁の石山塁審の判定はフェア。

当然ランナー2人はホームインして1-3と逆転。


そしてこれが試合の流れを大きく変えた出来事であった点は忘れてはならない。


これに猛抗議した落合監督は「暴言」を吐いたとの理由で退場処分。


私が聞いていた文化放送では、解説者もアナウンサーも「これはファール」と

断言していた。

特に斉藤アナは、アナウンサーとしては異様なほどにその後もずっと「誤審」と

言い続けていた。


私はその時点では映像を見ていないので当然判断できなかったが、

今NHKでスポーツニュースを見て呆然とした。


問題の場面は微妙な点など微塵もない、完全にファールゾーンでの落球だ。

スローで見る必要すらない、一目瞭然の場所である。

当然ファールである。



と、ここまで書いて来て、今、テレビ東京の映像を見たらこれがまたびっくり

仰天させられた。

このテレビ東京のカメラのアングルでは微妙に見えてしまうのだ。


さらに今、日本テレビの映像を見たら、こちらは明らかなファール。


要するにライン上からのアングルなら、完全にファールということが

確認できるが、1塁側ベンチ寄りからのアングルだと角度がありすぎて

判断に迷うことになるのだ。


だがこの種の判定はライン上から見るのが常識。

石山審判が見ていた位置は確認できないが、球審の位置からだってファールだと

いうことは確認できたはずだ。

判定は最も近い位置の審判が下すという規則は知ってはいるが、今回のように

明らかな誤審の場合は、責任審判でもある球審が訂正すべきではないか。


明白な誤審にも拘らずそれを貫き通すなどというのは、それは規則が悪い

のだから改正すべきだろう。


石山審判は1軍の審判になってまだ日が浅いようだが、プロ野球機構は

ぜひとも検証して、出場停止くらいの厳正処分を下してもらいたい。



最後に各テレビ局の映像を見た印象を述べておく。


        印象     スロー映像   スローの印象

NHK      明らかにファール   なし     なし

日本テレビ  明らかにファール    あり   明らかにファール

フジテレビ    微妙        あり    やや微妙  

テレビ朝日   やや微妙       あり   明らかにファール 

テレビ東京    微妙        なし     なし



これで見ても分かるように、スローで見ても「やや微妙」だったのは

フジテレビだけであった。  
 








菅に不思議の勝ちあり、小沢に不思議の負けなし

2010年09月15日 | 政治
私は決して小沢一郎を熱心に支持する者ではない。

それどころか、つい数ヶ月前まではむしろ積極的に嫌悪していたくらいだ。


その私がここに来て大きく考えを改めたのには訳がある。

その最大のきっかけを与えたのは、つい1週間前の9/6夜のTBS系列の「NEWS23」

である。

その番組での小沢一郎に対する杉尾・TBS解説室長の興奮ぶりは尋常では

なかった。

私がそれまでに見て来た杉尾氏は、むしろ温厚な印象を抱かせたものだが

その日はまさに別人のように激高していた。

それは通常、テレビ局関係者がゲストに対して取る態度としては、考えられない

程のものだった。

私は彼のあまりの剣幕を見せられて、その原因は一体何なのだろうと考えた。


しかしながら、彼は単に他の人より突出しているだけで、読売テレビの辛坊治郎

解説委員長も中々の興奮振りを見せていて呆れたものだった。

(司会者である辛坊氏も、杉尾氏同様にゲストの小沢支持議員に対して

まさに噛み付かんばかりの勢いだった。)


では彼らをここまで駆り立てたものとは一体何か。

私の短絡的な結論は官房機密費の問題である。

マスメディア全体が小沢一郎のネガティブ・キャンペーンを行っていたとはいえ

彼らのあの必死さはちょっと怖いくらいだった。

余程たくさん貰っているのだなと感じたものだ。

それに加えて、上層部からの圧力も相当なものだろうという想像は

容易にできた。


さて昨日の代表選の結果である。

あっけないほどの大差が付いたが、驚かされたのはその内訳である。

菅 721  小沢 491 の差230は

殆どが「党員・サポーター」の差198によるものだ。

この「党員・サポーター」のポイントは全国300の小選挙区方式なので

元々大差が付きやすい制度である。

1年前の衆議院選挙で小沢が主導して大勝したその小選挙区方式で、今度は

小沢自身が大敗したのは皮肉というほかない。

私は事前には何も考えていなかったので、全体の中での構成比が4分の1くらい

にすぎない「党員・サポーター」のポイントが全体を決するとは夢にも

思わなかった。

しかし国会議員票が接戦になれば、キャスティング・ボート(結果的に少数者が

握った決定権。鳩山内閣において、圧倒的少数者なのにも拘らず

国民新党や社民党が驚くほどの力を持っていたのがその例。)は

「党員・サポーター」が持っていたのだ。

専門家ならこのくらいの分析は予めできただろうから、この層への”大攻勢”が

行われたことは想像に難くない。


そしてまたしても私の短絡的な感想を述べると、要するに小沢は庶民レベルでは

「腹黒い」というイメージが最後まで拭えずに嫌われたということだろう。

私といえども、彼に対して決していい印象は持っていない。

そして小沢が毛嫌いされたおかげで、消去法で選ばれたのが菅だということだ。


それはそうだろう。

ここ何ヶ月かの菅首相を見て来た現在、積極的に彼を選ぼうという人は

少ないだろうというのがまともな見方だと思う。

しかし昨日のテレビでは、いわゆる”街の声”で「首相がコロコロ変わるのは

よくない」という人が結構多かったのには驚いた。

それはないだろうと私は思った。

彼では駄目だということが殆ど明らかになっているというのに、これでは理由に

ならないはずだ。

駄目なものは早めに変えたほうがいいに決まっているではないか。


ところで唐突ではあるが、私はあの膨大な反小沢キャンペーンの背後にある巨大

勢力の存在を疑っている。

アメリカという巨悪の巣窟の関与を。


しかしながら、消去法で選ばれたものは程なく消えるのが世の常である。

小沢には一度やらせてその力量を見てみたかったが、止むを得ない。


これで日本はしばらく(?)変わらないだろう。

要するに、そのことを喜ぶ勢力が勝利を収めたということだ。

















ダルビッシュの心配事

2010年09月13日 | 社会
「本当にコーラン焼いたのか・・・。何も起きなきゃいいけど。」


これは日本ハム・ダルビッシュ投手の今日のツイッターである。

一読して胸に迫るものがあった。


知られているように彼のお父さんはイラン出身である。

但し彼自身はイスラム教徒ではないそうだ。

(ツイッターでファンの質問にそう答えていた。)

私を含めて日本ではこの問題に対する関心は薄い。

それが彼我の違いというものだろう。


しかし、まさに

  「何も起きなきゃいいけど」・・・・・・。


「残り試合が多い阪神が有利」という都市伝説

2010年09月12日 | 野球
近頃巷に流行る物・・・・・・。


ここに来てプロ野球(特にセリーグ)の優勝争いが熾烈になって来て、

テレビでは解説者がしたり顔で説明している。

彼らにとってはまさに「書き入れ時」なのだろう。


しかし明確な根拠の無いことを、堂々と語るのは少し控えたほうがいいのでは

ないかと私は思う。


彼ら曰く「阪神は残り試合が中日より7つ多いから有利」。


私も彼らの言わんとするところは分かる。

だがそれは、「可能性として(計算上)はある」ということに過ぎないはずだ。

従ってそれを達成する為には、驚異的な勝率で勝たなければならない。


しかしそうは言うものの、残り試合が7つというように少ない場合には、

7戦全勝ということも十分起こり得る。

それを実現させるものこそが”勢い”である。

シーズン途中でも「破竹の7連勝」などということはザラにある。

従って「阪神有利説」を実現する為には、阪神には神懸り的な”勢い”が必須

とされるはずだ。


ところで先程、残り7試合の場合で「7戦全勝も十分起こり得る」と説明したが

この7つという数字は、現時点での両チームの残り試合数の差である。


言うまでもないことだが、9/11終了時点での残り試合は、阪神20、中日13

である。


要するに阪神は、1.5ゲーム差をつけられた中日を追い抜く為には、

残り20試合を驚異的な勝率で勝たなければいけないのである。

これが現状である。


この現状から、一体どう考えれば「阪神有利」という結論を導き出すことが

出来るのだろうか。

(ここでは話の都合上、テーマを「残り試合数の差」に限った。

戦力及び日程の問題は考慮していない。)


最後に蛇足ながら、現状について触れておく。

私は阪神については門外漢ではあるが、現状の阪神は、中継ぎ陣・首脳陣ともに

好材料がないように見える。

残り20試合で果たしてここから巻き返せるかどうか。




球児は真弓監督に殺される

2010年09月11日 | 野球
(予めお断りしておく。私は中日ファンであり、阪神ファンが以下の文章を
読んだ場合、気分を損ねる方がいるかもしれないが、そのへんを承知した上で
お読みいただきたい。)



あれでは藤川球児がかわいそうだ。

先日の中日戦でも2試合に登板(共に2回をフルに投げた)したが、

結果は何とか抑えたとはいえ、とても藤川の投球とは思えないほどのひどい内容

だった。

そして今日のヤクルト戦でも、2-0とリードした8回表に登板したが

結局2-3と逆転されて、9回には久保田が出て来た。

もし逆転されていなければ、当然9回も投げただろう。


投手陣の事情もあるのだろうが、こんな使い方をされたら本当に潰れてしまう。

藤川クラスの選手は、阪神のみに留まらずプロ野球界全体の財産である。

1人の監督の無謀な起用法によって、トップクラスの選手が故障したら

一体どうしてくれるのか。

そうでなくても、今年の猛暑の影響もあってか、各チームの投手の疲労が

ピークに達して来ている感がある今、無理使いは厳禁なはずである。


真弓監督は今日になってようやく「考えなあかん」と言っているそうだが

今更遅いよ。





















小田の絶妙な一言

2010年09月11日 | 野球
昨日の中日対横浜、中日の先発投手はプロ入り2年目で、1ヵ月ぶりの1軍登板

となる岩田(23)。

この大事な試合ということで試合前は相当緊張していたようだ。

それも無理はない。

これまでの成績は4試合(13回3/2)投げて1勝1敗。

(このプロ入り初勝利が7月の対横浜戦)

横浜に勝ったことがあるとはいえ、こういう若手をここで先発させるという

首脳陣の選択も恐るべきものである。(吉見が負傷という事情があるにせよ)


それはともかく、試合前に緊張している岩田に(昨日は控えの捕手の)小田は

笑顔でこう話したそうだ。

  「今日投げられる喜びを持って投げろ。」

それを聞いた岩田は

  「その言葉でリラックスして投げられました。」

結局岩田は7回を2安打0点に抑えて交代した。

上出来である。


私が小田に感心したのは、彼がまるで心理カウンセラーのように感じられた

からだ。

まず相手の緊張をほぐす為に笑顔で話しかけ、この舞台に立てることに感謝する

という気持ちの切り替え方は絶妙に思える。


最近出番が減って来た小田だが、ベンチでこういうフォローをしてくれれば

本当に価値がある。
























上杉隆氏の言語感覚

2010年09月09日 | 言葉
上杉隆氏は、例の「官房機密費」報道以来、一部では何かと話題となっている人

である。

私も機密費及び記者クラブ問題に関しては彼に注目している。


しかしここでの問題は(些細なことではあるが)、彼の言葉の問題である。


実は彼の言葉の使い方については、過去にもこのブログで取り上げた

ことがある。

それは彼が「盛り上がる」の対義語として「盛り下がる」などという奇妙な言葉

を使ったことに異議を唱えたのだ。(当時のブログはこちら)


そして今回である。(元記事はダイヤモンド・オンライン)

(以下引用)
 


「世論」は常に正しいとは限らない。・・・(中略)・・・

  政治家に求められるのは、場合によってはそうした「世論」に掉さしても 「にもかかわらず」と言い切る信念によって、決断するつ(ママ)ことではないか。

 これは筆者の言葉ではない。約90年前の1919年、ドイツのマックス・ウェーバーがその講演の中で語った言葉である。


(引用終わり)


言うまでもなくこれは「流れに棹さす」という言葉を誤用したものである。
諺百科

ここでは「世論に逆らう」という意味で使われているが、本来の意味は全く逆で

「世論の潮流に乗る」というような意味のはずである。


ところで上杉氏は、問題の部分の言葉はマックス・ウェーバーのものだと

言っている。

彼がこの言葉をどこから引用したかは知る由もないが、もしこれが原典から彼が

直接翻訳したのではなく、訳本からの正確な引用だとしたら、翻訳者も誤用して

いたことになってしまう。


ツイッター始めました

2010年09月09日 | インターネット
少し前からツイッターを始めました。(http://twitter.com/unagiinu_japan


まだ使い方がよく分からなくて、思うようにならないのですが・・・。

ただ速報性は圧倒的なものがあり、興味津々です。

中継のないプロ野球の情報入手は、最近は専らツイッターを利用しています。


また、マスメディアに流れない情報が得られることも貴重です。

さらに言えば、あの簡便性も大いに魅力です。