matasaburo3の散歩日記

日本各地を旅しながら、日本の四季を撮ります。
又、世界各地の街を巡りながらの印象記やあれこれ。

別所沼公園とヒアシンスハウス(風信子荘)

2019-01-17 11:18:18 | 日記




 さいたま

 さいたま市にある別所沼公園を訪ねま
した。JR埼京線「中浦和駅」東口から
徒歩5分です。

別所沼にはかつてはウナギも棲息してお
り、江戸時代には浦和宿の名物として知
られたそうです。



「浦和うなこちゃん」は、さいたま市観
光大使でうなぎキャラです。

やなせたかしさんの創作です。


  (竜舌蘭)

竜舌蘭(リュウゼツラン)はアメリカ・
メキシコ原産の常緑多年草。50年に
1度、生涯で1回の開花といわれます。

この別所沼公園の竜舌蘭は2003年
に開花したそうです。


沼の周辺には、中国原産のメタセコイア
やメキシコ原産のラクウショウが茂り、
緑豊かな公園です。

春には桜の名所として知られ、多くの花
見客で賑わうそうです。


  (風の神)

メキシコ広場のモニュメント「風の神」
は健康・豊作・知恵をもたらす恵みの神
といわれ、メキシコ州から友好の証とし
て贈られた像です。


  (長谷川かな女・句碑)

「曼殊沙華あつまり丘をうかせけり
              かな女」

「戦後間もない昭和21年頃、沼の付近
一帯は、赤い曼殊沙華の花ですっかり埋
まったものでした。かな女」
浦和市広報昭和38年10月号より。



ヒアシンスハウス(風信子荘)は、詩人・
建築家の立原道造が構想した図面に基づ
き、2004年に竣工しました。

片流れの屋根をもつ5坪(15平方m)
の小さな建物で、週末専用の別荘として
考案され、50枚ものスケッチを重ねて
いたそうです。

立原道造(1914-1939年)は、
日本橋に生まれ、9歳で関東大震災を体
験、千葉県への疎開ののち日本橋に戻り
ますが、復興後の東京の激変を意識しま
す。

「僕にはほんとうのふるさとはどこにも
ないのです。ふるさとをさがしてゐるの
です」と、手紙に記します。


  (ヒアシンスハウス)

別所沼の畔に「あたらしいふるさと」を
夢見た若き詩人は、結核のため、24歳
で没します。

「さまよいはもうをはった。家郷のない
者は家郷をさへつくらねばならない。そ
のつくりだす愛情の世界を信じるがいい」

立原の死後2年後の1941年、堀辰雄
は立原をモデルとした青年を登場させて
小説「菜穂子」を執筆しています。

(日経新聞2018.9.8付書評欄
「立原道造 故郷を建てる詩人 岡村
民夫著」管啓次郎評より引用しました)



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