2021年7月、コロナが世界中で大流行していた。選手自身もマスクを着用し、私たちもマスクに目にはゴーグルをした。手には医療用のビニールの手袋を装着する。これには抵抗があった。直接の皮膚接触を避けるためだが、マッサージとは、直接肌に触れ、感触を直に感じ取り、手の温もりを相手に伝えるものだと学校で教わった。何十年もこれを貫いてきたのに、グローブをしろだと?
それに慣れるために事前に治療院で練習したが、どうにも慣れない。いざ本番。やってみると意外や意外。手にしっくり来るのだ。オイルマッサージをする時に、まずオイルを自分の手のひらに必要な分だけ垂らして、手に馴染ませる。次に手にすくったオイルを相手の体に塗って広げていくのだが、皮膚は、水分を吸収するので、何度もオイルをつぎ足すことになる。しかし、ビニールが被さっているので、自分の手からは、吸収されず、いつまでもオイルが伸びて続くので、オイルを継ぎ足す手間がなくなるのだ。これは意外な発見だった。その他の感染症対策も厳重に行われ、上着は一回毎に取り替えるとか、ベッドの消毒、換気など施術側も選手側もかなり入念に行った。
さて、本題の実践だが。ヨーロッパのウィンドサーファーは、連日の練習で腕と背中の疲労を訴えていた。いい施術をしてコンディションを整えてもらって何とかメダルを取ってもらいたい。
この選手は、地元では風がない時は、サーフィンをやっていると言っていた。最近は、フォイルにはまっていると教えてくれた。私もサーフィンやSUPをやると言うと意気投合した。選手村での最初のこの選手は、結局全9日間のうち一番多くマッサージをすることになり、思い入れのある選手となった。
帰り際、「明日も頼む。」と言ってくれたのが嬉しかった。
2021年7月23日~8月8日東京オリンピックは開催された。
私は、セーリングの選手が滞在する大磯選手村で働くことになった。
開催10日程前から各国の選手団が入村している。私は、7/13が初日だった。
朝から15:00頃までビッグマッサーで仕事をし、16:30には、大磯プリンスホテルの選手村に入った。
私たちが働く場所は、地下にあるメディカルステーションだ。
午後の診察は、17:00~23:00となっていて、選手は時間になると続々と集まって来る。まず、受付を済ませると医師の診察を受ける。そこで問診を受けた後、症状によって、どのような医療が必要なのか判断し、看護師、理学療法士、鍼灸マッサージ師がチームで選手に対応する。
選手は、競技開始までに大磯から毎日のように江の島まで移動し、最後の調整をしている。選手村に帰ってくると、その日の疲労を取り除くために、メディカルステーションを訪れる。毎日のようにマッサージを求めてくる選手もいる。
私が一番最初に対応した選手は、ヨーロッパのウィンドサーフィンの選手だった。ここからは、一人で英語でやるしかない。一番奥のパーテーションで仕切られた私のマッサージルームに案内した。

オリンピック選手をマッサージできるチャンスがある。私は、手を挙げた。
しかし、「やりたい。」と言って誰でもできるわけではない。審査がある。
スポーツ競技大会での選手のマッサージを何年にも渡って行い、それについて報告書を提出し、どんなマッサージができるのかを示し、オリンピック委員会との面接を経て、最終的に英語のテストに合格して初めて採用となる。
私は、サーフィン世界大会やNSA全日本支部予選、本大会、湘南国際、横浜マラソン大会などの実績を書き、技術的には、按摩、指圧、整体、ストレッチ、オイルマッサージができる。そして英語に関しては、面接官と「中学生の時の部活動について」というテーマで英会話し、何とか合格することができた。
その後、東京とリモートでの研修を受けた後、正式に認定されたのだ。
TOKYO2020
日本でオリンピックが開催される。このチャンスにマッサージ師としてオリンピックに関わることができるかもしれない。私は、手を挙げた。
そして、「東京オリンピック」は、1年遅れて2021年に開催された。