「ホテルのマッサージ」 2025.5月
知り合いの居酒屋のマスターの紹介で、ある宿泊施設の客室でのマッサージをすることになった。ただひとつだけ懸念材料があった。自分の治療院であれば、施術することが危険とみなされる飲酒や重い疾患が隠れている場合などは、お断りする場合や一旦医療機関での受診を勧めることがある。その裁量、責任は全て自分にある。しかしここでは私の施術を受けてくれるお客様であり、宿泊施設の宿泊客なのだ。施術方法はマッサージ師に委ねられているもののリスクにどう対応するか不安があった。私はどこにいようと治療院と同じように臨むことにしている。プロなら触っただけで分かるのだろうと、多くを語らぬままベッドに寝てしまう。「旅の疲れを癒すだけ。」という雰囲気に流されてはいけない。
客室に赴くとお客様は首を寝違えていた。そういう場合患部を刺激し過ぎると筋肉の炎症を助長させてしまい逆効果になる。それを踏まえて痛みの箇所から離れた部分の操作を試みていた。しかしそこではないと自らの手で私の手を首に誘導しょうとする。日本語が全く話せない方だったので、英語でこちらの意向を説明した。こういう場合はよりシンプルな施術に留め、時間を短縮し、余計な刺激を与えず体の持つ再生力に任せた方が効果的だ。マッサージのお陰でその旅を台無しにしてはならない。
そんなシビアーな体験ばかりではなかった。体の特徴を見極めた後に施術を行うと終了後「体のことを詳しく診て、説明してもらったのは初めてだ。」と喜んでいただき、チップをいただいたり、名刺を要求されることもあった。
環境を変えたことで新しいアイデアが生まれることにも繋がった。治療のマインドを持った慰安的マッサージとでも言うのか、初心に返り、忘れかけていたサービスという観点から施術に対する考え方が変わる経験になった。開業30年も経つと色々なことがマンネリ化し、技術や考え方が劣化してしまう。今回のこの貴重な体験のチャンスを与えてくれた居酒屋のマスターには感謝している。