紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

終焉の舞

2020-07-18 08:32:58 | 風に乗って(おばば)


   終焉の舞

「やめなさい、やめろってばぁ」
 お婆が大声をたてた。
「なんてぇことを。尾花田の奥さんよぉ」
 巾着みたいな口を、開けたり閉めたりして力んだ。
「隣村のおばばさん。そんなことおっしゃってもね、わたくしの家じゃ困っていますの」
「なんとかならんのかい、そんなことする前に後悔したって、間にあわんよぉ」
「ええ長い間考えたことですわ。それにおばばさんには、別にご迷惑にはならないでしょ」
「ああ、迷惑にはな……。お、奥さん。お節介だって言うのかい」
 大声を張り上げた途端顔が火照った。
 心臓は早鐘を打つし、両腕に鳥肌がたった。
「皆さん、どうぞお仕事に取りかかって」
 奥さんの声に、五人の職人が、大きな鋸や鉈を光らせた。
「だめだぁ、たのむよう」
 お婆は、欅の大木の前で両手を広げた。
「おばばさん、息子が嫁を迎える前に、住まいを建てなければならないの。可哀想だけど、この欅が邪魔なのよ」
 頭が指図をすると、お婆の喚きも聞こえない風に、男たちが動き出した。
 太い枝に上り、綱を掛ける者。小枝をはらう者。根元の幹を挟んで、二人の男が大鋸を挽きだした。
 お婆は、塀にもたれて座り込んだ。
「ズッドドドーン」
 地響きを立てて欅が横倒しになった。尾花田家の母屋の前まで枝先が投げ出され、空中で青葉が蝶のように舞った。
 一瞬、周りを包んだ砂埃が、音もなく消えたとき、お婆の耳にうめき声が聞こえた。
 この村一番の高い欅が……消えた。