すれっからし手帖

「気づき」とともに私を生きる。

雨の日の「とげぬき地蔵」

2006-05-17 21:28:53 | 日記・できごと

つい先日、そぼ降る雨の中、おばあちゃんたちの原宿「巣鴨」まででかけてきた。とげぬき地蔵尊高岩寺に参詣するためだ。

初巣鴨、初とげぬき地蔵。ひそかに以前から参拝したかったお地蔵様だ。

ご本尊のとげぬき地蔵は秘仏ということでお目にかかれず、境内にいらっしゃる洗い観音とお会いしてきた。
(この洗い観音さまをとげぬき地蔵だと思っている人多いみたい。何を隠そう、実は私もその一人でした・・・。笑)

普段の境内はおばあちゃんたちの長蛇の列で、洗い観音さんのところにたどり着くまでには、それなりの覚悟が必要のようだ。たまたま私が参拝した日は、雨ふりが幸いして、 数人の方たちが待っているだけで、するするっとおそばによることができた。

いやぁ、なんというお優しいお顔なのだろう。言葉を失うほど感動を覚えた。すべてを包み込む温かで、美しいまなざし、優雅なお姿。

もともと、仏像好きで、お気に入りの仏像というのも色々あるけれど、 これほどお優しいお顔をした観音さまは初めてお目にかかった。

いつまでも、いつまでも、ずーっと見ていたくなる、そんなお顔だ。

別れが名残惜しくて、帰るときに携帯の写真を撮ろうかとも考えたけれど、写真におさめるのが、なんだかもったいない気がして、やめてしまった(少し後悔・・・悲)。

この洗い観音さま、お腹の悪い人はお腹、頭痛のする人は頭痛、腰の悪い人は腰、という具合に、体の治したい箇所を白いお手拭でこすると効果があるという。直接手で触れてもいのだとか。

特に身体に悪いところのない私は、迷わず、水にぬれた観音さまの心(心臓)に手を当てて、ゆっくり撫でてみた。石の感触が、優しく指先に伝わる。なんともいえない心地よさ、そして安心感。

なんだか、心の棘がすっと抜けたように、わたし自身も優しい気分になってくる。

まるで、恋わずらいのように、今でもあの慈悲ぶかいお顔を頻繁に思い出す。とびきり悲しいことや辛いことがあったときには、迷わず会いに行こう!そう思っている。(まあ、すこし悲しかったり辛いときでもいいけど)

ゆっくりじっくり時間を掛けてお顔を見るために、もちろん雨の日をねらって。