【社説①・06.29】:週のはじめに考える 「諍い」を食らう怪獣
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説①・06.29】:週のはじめに考える 「諍い」を食らう怪獣
「ウルトラマン」シリーズのような作品には、実に多彩な怪獣が登場します。「えさ」というべきかどうか、「ウラン」だとか「電気」だとか、怪獣によってエネルギー源とするものもいろいろのようです。中には、「大きな音」を食らう怪獣もいて、テレビ情報誌『テレビマガジン』のサイトによれば、その名も<騒音怪獣「ノイズラー」>というのだそうです。
■騒音怪獣 ノイズラー
◆「独裁者」然とした決断
さて、この人も、まるで怪獣のような暴れ方です。トランプ米大統領。まだ就任半年足らずなのに世界中を啞然(あぜん)、憤慨、落胆させる行いは枚挙に暇(いとま)がありませんが、ついには、電撃的にイランを爆撃するという暴挙に出ました。
対象は「核兵器開発の施設」だと主張しましたが、イランは否定しており、その証拠も示されていなければ、議会の同意もなし。民主主義のルールを度外視する「決断」はさながら独裁者のそれで、以前の抗議デモで響いた「王様はいらない」の訴えと整合します。
その攻撃より前に、ネタニヤフ首相率いるイスラエルがイランを攻撃、イランも反撃する事態が続いており、米国が爆撃で加勢した結果、対米全面対決を恐れるイランがとりあえず、イスラエルとの停戦をのむ形にはなりました。ただ、戦火を一気に拡大し得る危険極まりない行動だったことに変わりはありません。
万事、「取引」と考えるビジネスの人。もしや、最初に受け入れがたい過激な要求(戦争)を相手に突きつけ、後でより穏健な要求(停戦)をのませやすくする「ドア・イン・ザ・フェース」というセールスの手法を使ったつもりでしょうか。そうなら、「戦争」を駆け引きに使う神経を疑います。
いずれにせよ、「暴力で相手に言うことを聞かせる」というトランプ氏の恐るべき前近代性が一層露(あら)わになったのは確かです。「問題は対話によって解決する」という外交の原則が無視されたこととも合わせ、今後、世界をさらに歪(ゆが)めていかないかと危惧します。
イランを巡っては、2015年に、同国と米、英など6カ国の間で、イランが核開発を制限(ウラン濃縮は原発燃料程度の3・67%以下)する代わり、欧米が制裁を解除する「イラン核合意」が結ばれた経緯があります。粘り強い対話で成果を紡ぎ出した画期的な外交成果であり、関係国の交渉の苦労は生半(なまなか)でなかったはずです。
◆苦心作も「壊す」のは簡単
大統領1期目のトランプ氏は18年、それをあっさり破壊します。前年に「イランが合意違反をしている」と非難した時、国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長(当時)が、すかさず「イランは合意事項を履行している」と声明を出したことからも分かるように、トランプ氏は、何でもいいから破棄したかったのです。
その後、イランは、濃縮度を核兵器級(90%)に近づく60%程度にまで高めたとされますが、無体な破棄への意趣返しなのは明白。そうさせたのはトランプ氏だといって構わないでしょう。
諺(ことわざ)に<上り一日、下り一時(いっとき)>などというように、何事も、「つくる」のは地道で時も手間もかかる難事ですが、「壊す」のは一瞬で簡単。イラン核合意がいい例ですが、将来的なイスラエル、パレスチナの「2国家共存」を前提とした「オスロ合意」(1993年)もしかりでしょう。当時の両者の指導部や欧米諸国が、さんざん苦労して練り上げた和平プロセスですが、ネタニヤフ氏らの思惑通り破壊されてしまいました。
首相は今もガザ地区への攻撃を執拗(しつよう)に続け、和平の道の完全破壊に躍起です。トランプ氏が国内では、リベラル層と保守層の分断を煽(あお)り、差異をことさらに強調して人種間、宗教間などの軋轢(あつれき)が深まるにまかせていることを考え合わせると、2人に共通の行動原理が浮かび上がってくる気がします。
◆「摩擦熱」をエネルギーに
それは「融和」より「対立」、「維持」より「破壊」、「和平」より「戦争」…。人々や集団間の不和や敵意を昂(こう)じさせることで生じる「摩擦熱」を、自己の政治的エネルギーにしているように見えるのです。もし2人が怪獣なら、「えさ」はきっと「諍(いさか)い」です。
深刻なのは、2人が、民主主義下の選挙で選ばれているということ。されば、「私たち」選ぶ側の問題と考えてみるべきなのかもしれません。もし私たちに「融和」や「維持」のような穏健で地道な政治を退屈と感じ、「対立」「破壊」のような派手で極端な政治に惹(ひ)かれる傾向が強まっているとしたら…。怪獣は暴れ続け、新たな怪獣も生まれるでしょう。今後の世界は、私たちが選挙でどうするかにかかっています。この世に、ウルトラマンはいません。
元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2025年06月29日 07:54:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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