長崎県佐世保市女子高校生による同級生女子殺害事件に思う
行われた犯罪行為の猟奇性により大変な騒ぎとなっている。その騒ぎは他の多くの人に語って貰うこととする。
事件の猟奇性や直接-間接の原因などは、全く過去の事件のリフレイン(繰り返し、焼き直しとしか思えぬ言葉が並ぶ。従って出される結論も過去と同様な結果を仰々しく並べただけとなっている。
宮崎事件、酒貴薔薇事件事などなど。過去の資料を読み返してみるがよい。同じだ。
この事件の報道に接する内に頭の中で渦巻いたことは、「メデイアはここまで方いて良いのか」「こういう表現を使って良いのか」といった思いであった。頭部や腕を切断までは許すとして、一部マスコミの中に「腹部を切り開き、その中を覗いた可能性がある」とまで報じている。遺体には様々に切りつけた跡があった、ぐらいではすまないのか。
いつも思うのだが被害者のご遺族にとっては、ここまで書き曝かれる必用があったのか、被害者の少女のご遺体が、もう一度、マスコミという社会の目で無機質興味本位に切り刻まれたなどという思いがするのではないか。
一番問題としたいのは、こうした事件をいかに未然に防ぐか、ということである。これまでに行われてきた「命の教育」が問われる。命の教育が喧伝され、全国の学校で広められた背景には、同じ佐世保でおこった、少女による同種の事件があった。命の教育が唱われた初めの頃から、現場で少年問題に取り組む専門家の中で「あんな坊さんが言うようなことをやって、すめば大したもんだ」という声があったのは確かだ。
今後「あれは高校生だから」という論調が出るに違いない。そうではない、高校生だから問題なのだ。彼/彼女らは小・中学校時代に十二分に「心の教育」を時間を掛け心と身に染みこませ、高校生になったはずだ。文部科学省を始め「心の教育」に携わって来た方々は、長崎佐世保の方だけでなく、全国の方が「何だったのだ、命の教育は」と深く考え方策を考えるべきではないか。
問題を解く鍵は既に考えられ用意されている。
酒貴薔薇事件の少年が立ち直った過程を辿ってみるべきだろう。また人間とは何ものか、という問を突き詰めて考えるべきだろう。もう一度いう、答えはある。その答えを導きだそうと努力しない限り再度の同種事件の発生、そこまで行かずとも「いじめ」の中から悲惨で凄惨な事件が生じてくるであろう。(清永奈穂・清永賢二)
行われた犯罪行為の猟奇性により大変な騒ぎとなっている。その騒ぎは他の多くの人に語って貰うこととする。
事件の猟奇性や直接-間接の原因などは、全く過去の事件のリフレイン(繰り返し、焼き直しとしか思えぬ言葉が並ぶ。従って出される結論も過去と同様な結果を仰々しく並べただけとなっている。
宮崎事件、酒貴薔薇事件事などなど。過去の資料を読み返してみるがよい。同じだ。
この事件の報道に接する内に頭の中で渦巻いたことは、「メデイアはここまで方いて良いのか」「こういう表現を使って良いのか」といった思いであった。頭部や腕を切断までは許すとして、一部マスコミの中に「腹部を切り開き、その中を覗いた可能性がある」とまで報じている。遺体には様々に切りつけた跡があった、ぐらいではすまないのか。
いつも思うのだが被害者のご遺族にとっては、ここまで書き曝かれる必用があったのか、被害者の少女のご遺体が、もう一度、マスコミという社会の目で無機質興味本位に切り刻まれたなどという思いがするのではないか。
一番問題としたいのは、こうした事件をいかに未然に防ぐか、ということである。これまでに行われてきた「命の教育」が問われる。命の教育が喧伝され、全国の学校で広められた背景には、同じ佐世保でおこった、少女による同種の事件があった。命の教育が唱われた初めの頃から、現場で少年問題に取り組む専門家の中で「あんな坊さんが言うようなことをやって、すめば大したもんだ」という声があったのは確かだ。
今後「あれは高校生だから」という論調が出るに違いない。そうではない、高校生だから問題なのだ。彼/彼女らは小・中学校時代に十二分に「心の教育」を時間を掛け心と身に染みこませ、高校生になったはずだ。文部科学省を始め「心の教育」に携わって来た方々は、長崎佐世保の方だけでなく、全国の方が「何だったのだ、命の教育は」と深く考え方策を考えるべきではないか。
問題を解く鍵は既に考えられ用意されている。
酒貴薔薇事件の少年が立ち直った過程を辿ってみるべきだろう。また人間とは何ものか、という問を突き詰めて考えるべきだろう。もう一度いう、答えはある。その答えを導きだそうと努力しない限り再度の同種事件の発生、そこまで行かずとも「いじめ」の中から悲惨で凄惨な事件が生じてくるであろう。(清永奈穂・清永賢二)