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─光る波の間─

現在ほぼツイッターまとめ投稿。アート(名和晃平、奈良美智他)映画・音楽・食べ物(日々のご飯)・雑貨etc...

『陰陽師』完結

2005-09-29 20:51:19 | 
はぁ~~~。。。13年ですか。

ついに完結してしまいました。
話がどんどん宇宙的になっていって、
ものすごいストーリーへと変貌していった。

ストーリーもだけれど、
絵の変化も凄まじいものがありました。
1巻の線と全然違う。
ぞくぞくと背中に鳥肌が立つような、
研ぎ澄まされて、透明な絵。

そして、凝りに凝った装丁と印刷技術の高さ。
マンガの単行本とは思えないですよ。
この造本をしたのが、祖父江慎さんなんですが、
とてもこの、




『言いまつがい』を作った同じ人とは思えませんな。笑
「デザインのプロってすごいわ」という、
ヘンな感心もしつつ。

大幅に加筆されたという完結巻。
じっくり読ませていただきます。


*



読んだ本/読んでる本

2005-09-14 12:47:26 | 
読んだ本。
『釈迦』-瀬戸内寂聴-
経典などを読むのが難しく、やっぱり
文学だと分かり易いし、すっと入ってくる。
もちろん寂聴さんの解釈がありますから、
研究者からは文句が出るのかもしれないけど。
でも人間としての釈迦や阿難が、こうであり、
こういう思いがあったとしても不思議はないよね。
と思った。
そういえば、人間キリストの迷いを描いた
『最後の誘惑』って映画もあったっけね。




『禅を探して』-アンリ・ブリュネル-
フランスの方が書いたもの。
修行を積んだ禅猫コヤバシ(コバヤシではない)と、
弟子のタネダの珍道中。
このタネダがおかしい!およそ禅から程遠い。
いつも余計なことを言っては蹴りを入れられたり。
でもお師匠さまのことが大好きで、
コヤバシも、出来の悪さにイライラしつつも
やっぱりこの弟子が好き。
禅らしく、こちらに考える余地を残した書き方。
俳句やキリスト教からの言葉も引用している。




『のだめカンタービレ13巻』-二ノ宮知子-
どうなるんでしょうねぇ。。。千秋くん。
ルー・マルレ・オケに前途はあるのか?!
キャラしおりはのだめでした。


読み始めた本。
『進化しすぎた脳』-池谷裕二-
著者が高校生を相手に講義をした。
以前『海馬』を読んで、分かりやすさと面白さが
印象的だったので、今回もまた勉強させていただく。
私は脳が全てだとは思ってないですけどね、でも
サイエンスは大好きだし、面白い話も大好きなのだ。
先を読むのが楽しみ。

*




2005-08-31 14:50:06 | 

河合さんは偉い人なのに、
いつもにこにこしていて、ダジャレを言う。
私と話してるわけじゃないのに、
対談本を読んでるだけでカウンセリングされたような
マジックを使う。(^^)



収めるところがないのに、
増える一方。
地震の被害をまっさきに受ける。タハハ



『水の女』は映画とは無関係だ。
潰れてしまったけど、トレヴィルの出版する
画集は大好きだった。
こんな本を出してくれるところは
他になかったのに・・・。



こないだ読んだ『中陰の花』
ちょっとばかし怖かったな。

最初主人公に玄侑さんの顔が浮かんでしまい、
没頭できなかった。(笑)
でもすぐに“則道”という人物ができあがって、
話に引き込まれていった。



今、読みかけ。『典座教訓・赴粥飯法』
うんとさぼって、原文は飛ばしてる。(笑)
がっつり読むというより、
寝る前などにうらうらと読む。

一般人として、仏道修行を抜きにしても、
「調理すること。食べること。」を
あらためて考えさせてくれる本。


*



『生きて死ぬ智慧』

2005-08-25 00:18:41 | 
今日は「地蔵盆」という日だそうですが、
残念ながら何をすれば良いのか解らなかったので、
(゜◇゜)ぼーーーっとしたまま過ぎました。

それはさておき。

仏教で、宗派を超えて読まれる「般若心経」。
それほどポピュラーでありながら、
難解で意味がわからないといわれ続けています。
よって、解釈本がたくさんある。
必死に「解りやすく・易しく」しようとした結果、
般若心経そのものの存在感のない本もけっこう多いと思う。

かくいう私も、思想的な興味とか、
また心理・カウンセリングと仏教の近さへの興味から、
大雑把でいいから内容を知りたいと思って本屋へ出かけてはみても、
「どれみてもわかんねぇ~~。…もっとシンプルなのは無いの?」
と常々思っておりました。 そこで…

これこの本。『生きて死ぬ智慧』はいいです。

玄侑宗久さんがよくおっしゃる、「物理の量子論がすでに語られている」
に当たる一節も語られています。
河合隼雄さん、中沢新一さん、養老孟司さんなど、みな仏教に言及してます。
科学と宗教が融合できる可能性や、宗教を超えたメタ宗教になれる可能性が
仏教にはあるといわれてます。っていうとめんどくさくなる?

もっとシンプルに、日々をラクに生きる智慧の話ってことでいいか。

書かれた方は生命科学者で、「あくまで私にとっての般若心経です」と
おっしゃってますが、それだけに我々に身近な感じがします。
それと挿絵が豊かですね。
日本画家の作品だそうですが、日本画という感じがなく、
フランク・ハウエルのインディアンの絵によく似た雰囲気。

お釈迦様の言葉は、戒律とは趣きが違って、一人ひとりの個性に合わせたものであり、
指導の仕方も違ってました。
「決まりを作ってくれ」といわれても、「問題があったら私に直接聞きなさい。」といって、
ひとつひとつ、その問題や人物に合わせた答えをしていた。
だから、それを平面に並べてしまうと「言ってることが違う・矛盾がある」と
思われてしまいますが、そういう面こそカウンセリングに近いんですよね。

そういう感じなので、読んだときに何を思うかはまた個人個人のもので、
わからないなら解らないでも、いっこうに構わない。
第一、西洋的教育法で馴らされた我々に“自分は存在しない”と言われたって、
「はぁ~?なに言ってるの?」に…そりゃなるもんね。

しかし、資本主義や科学偏重のおおもとは西洋的一神教思考で、
いまやその限界がとうに見えている。
日本も一神教的思考の時代があった。戦国時代がそれだ。
それで色々なところで破綻してしまった反動と反省で、江戸時代ができた…。
繰り返してるね。でも単に進歩がないと嘆くことでもない。
振り子みたいに行ったり来たりすること、動くこと、変化することでエネルギーが
生まれているんだから。

仏教は、生きてるなかで役に立つ智慧がいっぱいある。
生きてるときこそ必要な智慧が。
“「空」のこころを持つ人は迷いがあっても迷いがないときと同じこころでいられる。
 苦しくても、苦しいままで幸せに生きることができる…”


お釈迦様は、「生きるとは苦だ。だから、こころが楽になる智慧を」と言い、
最後には「この世は美しい。人生とは甘美なものだ」とおっしゃった。
外国の心理学者にも、同様のことを言った人がいる。
「親が子どもに教えなければならないこととは、“人生とは甘美なものである”ということだ」と。

自己啓発や、癒しの本は山ほどある。
そのなかの1冊にでも、加えておきたい本。
英訳も付いてます。

 ----- ----- ----- -----




余談ですが。
教育テレビの子ども向け番組「からだであそぼ」で、
男の子が禅寺に修行に行ってます。
ロケ地は横浜の曹洞宗総持寺だそうで。
姿勢やものごとへの心構えなど、教えられてます。

がんばれ!たいきくん!(^^)

*



中沢新一 『アースダイバー』

2005-08-03 16:27:03 | 
まだ読みかけなんだけどおもしろい!!

東京の地理に詳しいほど面白さが増すと思うけど、
知らなくても十分面白い。
一度でも行ったことがあれば、その土地の
雰囲気やなんかを思い浮かべて、
イメージを膨らませることができる。

これでは、東京のまったく違う顔が見えてくる。
当たり前に感じて、気にも留めなかったものが
急にワクワクドキドキさせてくれるアイテムになる。
東京がそうなら、今自分がいる土地にだって何かあるに違いない。
そんなふうに思えて、近所を見る目が変わりそうである。(笑)

地形が及ぼす人間の意識への影響。
どんなに時代が変わろうと、無意識のうちに“それ”を選択する私たち。
なぜ世界的経済都市東京が、升目でなく円環状に発達したのか。
なぜ神社・寺・テレビ塔が立つ場所がそこに決定づけられるのか。
江戸が作られるにあたって、風水が用いられたのは有名な話だけど、
現代でも、人は無意識に土地のパワーを感じ取り、
その場にふさわしい建物を建て、あるいはふさわしい人間が集まり、
ふさわしい発展の仕方をしていってるのだ。

この本には「縄文地図」というのが付いていて、
かつて東京がフィヨルドだった時代の地図と、縄文遺跡、弥生遺跡、
神社の場所が記されていて、その上に鉄道地下鉄路線が重ねられていている。

驚かずにはいられない!渋谷にこんなに縄文の墓跡があるなんて?!

そうそう、修学旅行なんかで東京に行ったら、東京タワーには昇るもんだろう。
なんで、あんなところに「蝋人形館」なんてものがあるんだ?と、
疑問に思ったことはないですか?
そんな謎にも中沢氏は、地形によって生まれる力とその意味を用いながら語るのだ。

この本を読むと、東京タワーが巨大な塔婆に見えてくる。
お寺に大きな塔が建ってることがあるでしょう?あれは昇るためでなくて、要するに卒塔婆。
東京タワーはまさにそれなんだ。
私はそういうのをべつに気味悪いとも思わないし、死を忌んだりしないけど、
でもそういったパワーのある土地に、無意識のうちにそういうものを建ててしまう感覚等、
人知の及ばない強大なエネルギーが渦巻いてる感じがして、ワクワクする。


・・・そういえば、広瀬川の川沿いにも神社が多いなぁ。 ・・・そういえば、
あの山にはテレビ塔が3つも立ってるよ?
そういえば、上流の崖横に遺跡があるんだった・・・。
今、自分が住んでる土地が急にミステリーゾーンに思えてくる・・・!!

『アースダイバー』 時間があったら(無くてもできれば)ぜひどうぞ!

*



あった!!

2005-07-30 17:05:31 | 
昨日が発売日だということはちゃんと知ってた。
で、買わなきゃとは思っていたのだが
仙台の南に位置する某大型書店にはなぜか並ばない。
駅前方面に出るには、暑いし身支度がメンドウだし・・
ということで、ダメもとで1キロほど行った商店街の
本屋さんにでかけたのである。

『陰陽師』が並んでいるのを見たことは無かったけど、
意外とマイナーな雑誌も置いてたりする。
奥のマンガコーナーに行く。
・・・やっぱり無いか・・・ と、ぐるりと回ってみたら

あった!!12巻だけ!!

なんで少年マンガのところに積んでるかな。(^^;
岡野版『陰陽師』は、どんどん話が宇宙的になってしまって、
立ち読みでは到底頭が着いていけなくなっていた。
とりあえず、立ち読みはしても単行本が出ないことにはどうにもならんなぁ、と。(苦笑)
しかも以前の『今昔物語』風な、ただの面白い話と思っていたものが、
蔦のように絡まってくるのだから、立ち読みで理解するなんて最初から無理って話。(笑)

まだ7~8巻目のころ、同僚の子に貸してあげたらすっかりはまって、
京都に行くのが趣味になり、お土産に晴明神社のお札を買ってきてくれたりした。(笑)
それから職場が離れたんだけど、その後の分だけ単行本を買えばいいやと思ってたら、
「話が前に結びつくんですよね~。結局全巻買っちゃいましたよ。」
ということになったそうだ。
そうだろそうだろ、ホホホホホ。。。




『陰陽師』の新刊が出たとあらば、
また『ダ・ヴィンチ』で特集が組まれることだろう。
岡野さんのインタビューとか読めるかな。

ところで、写真の実は食べられるのだろうか。
本屋からの帰りに見つけたのだが・・・。

なにはともあれ、発泡酒をグラスに注いで
読み始めるとしますか!


*




部屋で立ち読み

2005-07-23 16:31:11 | 
積み上げた収納ボックスの後ろに用があった。

仕方が無いので手前のモノをどけ、
ボックスを移動させ、ついでにちょっと
ホコリを掃除したりしてふとボックスに目をやる。
ずっと昔に買った本やビデオが詰まってる。

うわ~~~ なつかし~~~・・・

廃刊になったけど、『ぶ~け』っていう
月間マンガがすごく好きでね~。
派手じゃないけど、実に名作揃いだった。
その頃の作家さんは今でもあちこちで描いてるけど、
彼女らの作品を全部いっぺんに読めたんだから、
オイシイ雑誌この上なかったんだよねぇ~。

中でも異色だったのが写真の『船を建てる』(鈴木志保)
全6巻のうち、2巻だけある。
いつか買おうと思ってたけど忘れてるうちに絶版。タハハ...
中古品は手に入りますけどね。

これをはじめ、逢坂みえこ『永遠の野原』、吉野朔美『いたいけな瞳』等、
すごい懐かしい本が出てきてつい読み始めてしまった。
しかも、前述したように本来違う用事でボックスを退けてたんで、
自分の立ってるとこから脱出するのがメンドウな状況にあった。
そういうわけなので、

その場で1時間ほども立ち読み。(笑)

だってまた、仕舞ってフタして上にボックスを積み上げるんだからね。
でも、なんとなく『船を建てる』だけは本棚に再び昇格。
かわりにボックスに入ったやつは、熟成され、いずれまた私に感動を
与えてくれることだろう。


『船を建てる』
『船を建てる』キャラ占い(キャラを知らなきゃなんにもならないw)





ウォーホール

2005-07-11 21:42:18 | 
日本語で、“アート”と“芸術”って言ったら
違うニュアンスを受けるけど、
“アート”を訳せば“芸術”なのだ。

でも個人的にはA・ウォーホールを“芸術”とは
思っていない。
映画『バスキア』でデヴィッド・ボウイが
ウォーホールに扮したときは「そっくり!!」って
爆笑したけど。
イタリアンレストランにウォーホールの『マーサ・グレアム』って、
「全然合ってないな~」ぐらいは思うけど。

だけどこの小さな絵本は好きなんだな。
ちょいとコクトーにも似たタッチだけど、
このイラストは好きだな。

なにか・・自分に必要な言葉、メッセージを、
本からもらうことが私は多い。
ぱっと開いたページにあった言葉が、そのときの自分にぴったりってことが
わりとよくあるほうだ。

この絵本も、監修が横尾忠則さんだったのでふと手に取って、
一番最初に開いたページにこう書いてあった。

 でも、大切なのは、きみがもう 未来 にいるということに
 気づくことなんだ。


それがそのときの私に具体的にどうだったとかいうのは、口じゃうまく言えないけど、
ぱっと視界が開けるような感覚があって、すぐにレジに持っていったのだった。
「アンディも、なかなか言いこというじゃん」
て、思う言葉がいっぱいある。これなんかどう?


 スタイル は、そんなに重要じゃないんだよ。


*



『イン・ザ・プール』/奥田英朗

2005-07-04 16:46:33 | 
ここ仙台ではようやく、ようやっと!今週末から
上映される『イン・ザ・プール』の原作。

私はどちらかというと、映画を観たあとに
原作を読む方なんだけど、ちょっと待ちきれない感じで
読んでみたのだった。 面白かったデス!

本当にこんな医師がいたらたぶん、二度と来院しなくなる
どころか精神科医そのものに不信感を持ってしまって、
病状を悪化させてしまう方が多いんじゃないかと思うのだけど。(笑)
それでも妙に説得力があって、
“相性が合いさえすれば起こり得ること”って、思ってしまうね。
じっさいに、「なんで?」って思えるようなことで治ってしまうバアイってあるらしいし、
でもそれは万人に通用しないってことがほとんどみたいだし。

伊良部総合病院神経科に訪れる患者たちには一応、
それぞれに「~~症」という病名がつけられてはいる。
しかし、“そういう傾向”みたいなことは大なり小なり皆覚えがあるはず。
そのなかに携帯依存症の高校生の話があった。
その高校生はメール量で「自分には“親友”が30人はいる」と信じていた。
“親友”が30人もいてたまるか!!と読んで笑ってしまうんだけど、
医師の伊良部や看護師のマユミちゃんは「ともだち?いないよ」と軽く言うので、
高校生は愕然とするのだ。

“ともだちがいないなんて!たとえそうでもそれを言うなんて!”信じられない、と。

ここでふと『ほぼ日』のなにかのコンテンツで読んだ文を思い出した。
屋久島の、屋久杉を守るおじいさんは寝ても覚めても屋久杉のことばかり考え、
それを中心に生活がまわってるので、友だちがいない。
いないけれどもそれをなんとも思ってないし、その人を取材したライターさんも、
「僕は友だちがいないことが悪いことだと思ってません」とはっきり言う。

・・・・言われてみればそうだよね。
友だちがいないその内容もいろいろあるだろうけど、友だちはいるべきもので、
たくさん仲間がいる奴ほどいい人間で、友だちがいないのは何か問題があるに違いないって、
教え込まれてしまったから、そうだと信じ込んでいる部分てあるんじゃないか?
だから、自分がそうじゃないからといって悩んだり、ほんとは不得意なのに大勢でつるんだり、
逆に友だちが少ない人を“カワイソウ”なんて、高飛車に哀れんでみたりするのだ。

一人で昼食をとれないOLだとか、自分の評判を確かめるために興信所に依頼するとか。
冗談でショ???って苦笑してしまう。 け・ど、
まぁ、私だって偉そうなことは言えないです。
調子が悪くて凹んでいたら、ありもしない妄想にかられることがないとは言えない。
だって 「ニンゲンだもの。」

とにかく!映画を観るのがますます楽しみになってきたなぁ~~♪な読後でした。

*







『食う寝る座る永平寺修行記』/野々村馨

2005-07-02 20:18:17 | 
「おやじ!カツ丼とカレーライスとラーメンくれ!」
と、たった今下山したばかりの雲水が、
店に入るなり大きな声で注文したんですよって、
兄貴が“かいど”の主人に聞いたエピソードの一つ。

ある日を境に、一切の肉を絶って菜食になる。
しかも大の男に足りるとは思えない量で、ほとんど全員が
栄養失調やそれにともなうむくみ、脚気になるのだ。
身体が慣れるまでにはそれなりに時間がかかるが、
修行生活は待ってくれない・・・。

あまりの空腹から、残飯を争って食べもする。
理性では抑えられない己の欲望それ自体におののく。
そういうあさましい自分が露呈されてしまうのだ。

山に入ってまず最初に「覚悟」のほどを試される。
罵声を浴び、平手打ちされ、蹴られ、
それまで築き上げた「自我・価値観」を全て剥ぎ取られる。
西洋式の教育で、“自分を持つ”ことを良しとされてきた人間が
突如ぶつかるこの壁。 口ごたえ一つ許されない。

「執着から逃れること。自分にさえも執着しないこと。」

寺の息子たちばかりではなく、会社員や、料理人など、
一念発起してやってきた者もいるわけで、この本を書いた著者も
寺とは関係のない人間だった。
やはりというか、マンガのように全面的に「あ・かるく」なんて
やってられないのだな。
著者がもともととても真面目なタイプであるらしいというのも手伝うんでしょう。
読んでるこちらも身が引き締まる文だ。

「何故なしに、心身を一つにして行う」

この本ではしきたりや作法、教えや仕事の細かい内容についても読みやすく書かれ、
個性的な古参(先輩雲水)や老師たちについても書かれている。
そして著者が接した、門前町の人々や信徒についても、
涙なくして読めないような美しい話に満ちている。

月日が過ぎて、今度は自分が新しく入山した者を指導する立場になる。
罵倒し、殴り、蹴る側になるのだ。
山から下される配役は、適材適所ではない。そして逆らうことはできない。
人を殴ったことなどないぼんぼん育ちが、役目に徹して打つ。
そこに迷いがあると、あとで困るのは指導されたその新参たち。
打つほうも手が痛むのだ。

1年が経つころ山に残るか降りるかを問われる。
残るもの、去る者。著者は山を降りた。
逃げたのでなく、新たな挑戦の場を娑婆に求めて。


先日の永平寺参りのときにもらったみやげの中に、
『傘松(さんしょう)』という機関紙も入っていた。
そこにいくつか寄せられた随筆が載っているのだけど、
上山して半年の雲水の文があった。

“私の趣味は、車の改造、洋楽(HIPHOP)を聞くことでした。・・”

板前修業中に師匠に勧められて上山した、と。
仏事など何も知らず、気散らし(けちらし:へま・失敗)てばかりで
“気散らし王”と呼ばれましたなんて、いかにも暢気そうに書いてるけど、
大変だったんだろうなと、想像するしかできないけど、そう思う。

修行年数が増えるに従って、縛りが緩められていくそうだ。
自由な時間も増えるし、外出も割りと自由にできるらしい。
ということは、自分で自分を律していかなければならないわけで、
そういう意味では修行は厳しくなっていくといえるのかもしれない。
人間の最もあさましい面と最も気高い面、両方に接し、
厳しい生活をやり遂げても、娑婆へ戻るとそれを忘れて堕落していく者は大勢いるだろう。
じっさい、私の母方の寺も曹洞宗だが(本山は違う)、先代住職が亡くなって
後を継がねばならない息子は、“人物に問題あり”としてしばらくの間住職になる
許しが出なかったそうなのだ。

今の日本人に宗教心は薄いけれど、曹洞宗だけみても760年連綿と続いていて、
和食の常識とされる食べ方の作法も、基本は禅から生まれているし、
夜明けを見たり、嬉しいことがあったときに思わず手を合わせてしまう精神が、
私たちの底には生きている。

私は時々、私ら家族を世話してくれたあの雲水の笑った顔を思い出す。
顔の造作まではっきり覚えているわけではないんだけど、ぱっと、笑ったときに広がった
オーラみたいな輝きが印象深く思い出されるのだ。
吉祥閣で私らの面倒をみる「接茶寮」は、満足に睡眠も取れず、“地獄の”という
形容詞が付く部署だと、この本で知った。
手を煩わさないようにとスリッパを自分で揃えようとしたら、「あ!けっこうですから!」
と、すごい勢いで止められた。(笑)
もしそこを古参が見ていたら、彼らは叱られてしまうんだろう。
“がんばれ”ただがんばれというしかない。返す返すも、“お菓子置いてくれば良かったな・・”
という思いが残った、超個人的な部分での本の感想だ。


時期に限らず、今日も下山する雲水がいるかもしれない。
「おやじ!カツ丼とカレーライスとラーメンくれ!」
そんな雲水たちに、門前の人々はきっと大盛サービスするに違いない。
“ご苦労様”の気持ちを込めて。

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ところで、先日の永平寺の記事で「どうして日曜だと起床が1時間遅いの?」という
疑問を書きましたが、これは私の大きな勘違いというか聞き間違いでした。
供養の日が19日で「四九日(しくにち)」という、浄髪(じょうはつ:髪を剃る)などをする
一種の安息日で、その日は起床が遅いんだそうです。

そしてかわいらしい話としては、寺での講義のときにビデオ研修と称して映画鑑賞を
することもあるらしく、この本では『となりのトトロ』を見たということでした。(微笑)

いまやHPを作っている寺社は数多くありますが、先日発見した
『典座ネット』がなかなかおもしろいです。
典座(てんぞ)という、簡単にいうと精進料理を作る和尚さんのHPで、
ブログもあります。ナマなお寺ライフが覘けることでしょう。

*