よみびとしらず。

あいどんのう。

雨が降ったら濡れる町

2021-03-27 01:06:03 | 散文
その町には雨が降っても傘をさすという習慣がなかった。
大雨であれ小雨であれ、空から降りてくる雨を弾いて防ぐという思考をそもそも持たずに、植物の如く石仏の如く、雨が降れば晒(さら)される。そんな毎日を過ごしていた。

そこにひとりの男がやってきた。
彼の住む大きな街では当然のように雨が降れば皆一様に傘をさし、晴れている日には日傘で日を塞ぐ。晴れの日も雨の日も、彼の街には色とりどりの傘が咲いていた。そんな景色を愛している彼は、雨が降っても傘をささない町の人たちに驚愕した。彼は傘の素晴らしさを説くも、町の人たちは侮蔑(ぶべつ)の眼差しを彼に向けるのみでまるで聞く耳を持たず。雨に濡れたままというのは身体にも悪い。きっと小さな子供たちは何(いず)れ風邪をひいてしまうぞと、男は大急ぎで彼の住む大きな街に舞い戻り、私財を全て投げ打って買えるだけの傘を買い込んだ。あの町の人たちは傘を手渡してもきっと素直に使ってくれることはないだろう。男は一所懸命に思案して、買い込んだ傘を駆使し大きな大きな傘を拵(こしら)えた。あの町全体を雨の脅威から守れるくらいの、大きな傘を。

そしてその雨の日はやってきた。
どんなに激しい雨の日も、その町の人たちは頓着もせず、むしろ半ば嬉しそうに空を仰いで降りてくる雨を享受している、そんななか男は大きな大きな傘を目一杯に広げた。つぎはぎだらけの、彼の大好きな色とりどりの傘から生まれた巨大な傘に町の全ては覆われて、その町のうえにある空からは雨の一粒も落ちてこなくなった。
町の人たちは一体何が起きたのか直ぐには理解出来なかった。
得意げな顔でこちらを見つめる男の顔を唖然として眺め、激怒し吼(ほ)えた。
それとほぼ同時に、大きな傘から滴る大量の雨水により町のぐるりにある川はすぐに氾濫を起こし、濁流はかの町をそのまま飲みこんだ。男は彼の作った大きな傘と共に風に飛ばされて、その町のあった一帯は今はもう昔、湖の底に沈んでしまった。町の人たちはいつでも濡れたままでいられる今の環境を殊の外喜んでいる。
この町に傘を持ちこんだ男は、災いをもたらした祟り神として今も忌み嫌われている。

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