■ 第1セットは6−0、最高のスタート
1時間56分の中に、さまざまなストーリーが濃縮されたゲームだった。現地時間1日、ロンドン五輪テニス・男子シングルス3回戦、日本期待のエース・錦織圭(日清食品)は、ベスト8を懸けて世界ランク5位の強豪ダビド・フェレール(スペイン)と対戦した。まずはいきなり相手のサービスをブレークすると、エンジンがかかっていないフェレール相手に「序盤から打っていくしかない」と攻めのプレーを展開。サービスキープはもちろん、フェレールのサービスも次々とブレークし、わずか21分、なんと6−0で第1セット先取という最高のスタートを切った。
続く第2セットは、ようやく本領を発揮し始めた世界5位に攻め込まれ、3−6で落とし、セットカウントは1−1のドローに。流れが相手に向きかける嫌な展開かと思われたが、錦織は冷静だった。
「1セット目が良すぎた分、自分が落ちるのは把握していたので、ファイナルまで行くことは何となく感じていました」
すぐさま気持ちを切り替えた錦織は、第1セット同様に攻めのプレーを徹底しようと自らに言い聞かせる。第3セットは互いにサービスをキープし合う互角の展開。4−3のリードで迎えた第8ゲームで、ようやくブレークポイントのビッグチャンスを迎えるが、ことごとくフェレールにしのがれ、都合3度のブレークチャンスを逃したのちにキープされてしまう。逆に続く第9ゲームでブレークポイントを握られるが、慌てずにきっちりとキープして5−4。ここで流れを確実につかんだと、錦織は振り返った。
「第8ゲームは取りたかったゲームでした。ブレークポイントもありましたし。でも、ああいうゲームを多くすることで、確実に相手のダメージになっている。取れなかったのは痛かったけれど、次のサービスゲームをしっかり取れたので、それでいい流れになったと思います」 <:section>
■ 日没のため、戦いの舞台は照明のあるセンターコートへ
それまでの試合の舞台だった第14コートで勝負の行方を見守っていたおよそ100名ほどの観客や、別のコートからつられてやって来たファンは一斉にセンターコートへ。もちろん、急な変更だったので満員になるはずもなく、それぞれ自由に思い思いの座席、それこそ最前列だって座れるという贅沢(ぜいたく)なひと時に、ファンのテンションも最高潮。両選手を待つ間、自然発生したウェーブが何周も場内を回るほどだった。
ただ、ファンのうれしい気持ちとは裏腹に、選手本人にとって流れがバッサリと断ち切られるこの急なコート変更はありがたいものではない。
「誰にとってもたぶん気持ちいいものではないと思う」。だが、錦織は「逆に4−5でサーブという、相手にもプレッシャーがかかる場面だったので」と冷静に状況を分析すると、「本当にほぼ賭けに出たと言いますか、打っていくしかないと思っていきました」と一気に勝負に出ていった。
この賭けがずばりと的中し、フェレールのサービスゲームを一気にブレーク。勝負を決めると、錦織は何度も何度も大きなガッツポーズを出して、喜びを体中で表現した。セットカウント2−1(6−0、3−6、6−4)の勝利。センターコートでの試合時間はわずか3分だったが、この3分間の中にこの試合のすべてを注ぎこんだと言っていいくらいの集中力だった。
■ 難敵打倒と92年ぶりメダルへ「攻めていくことが自分の一番いいプレー」
「圭は今、日本代表としてプレーすることで力を発揮しているんだと思いますね。彼は幼いころから米国で生活するようになっていたから、年を追うごとに日本に対する気持ちが強くなっているんだと思う」試合後、こう語ったのは日本代表の村上武資監督だ。確かに、開会式当日に開かれた会見で錦織は「日本代表という誇りを持って」と強調していた。また、国の代表として戦うことに加えて、五輪という舞台が錦織の大きなモチベーションになっているのだという。村上監督が続けた。
「圭は小さいころからオリンピックが夢だと言っていた。この舞台が圭をアグレッシブにしているんだと思う」
五輪の男子シングルスでは日本勢として88年ぶりに踏むベスト8の舞台。相手は、世界ランク9位のフアン・マルティン・デル・ポトロ(アルゼンチン)だ。先月のウィンブルドン選手権3回戦でも激突し、錦織は完敗している。また2008年全米選手権でもストレート負けを喫するなど、過去3戦全敗と分が悪い。しかし、ウィンブルドンでの借りは五輪で、とばかりに錦織はキッパリと答えた。
「調子は上がってきているので、対策をしっかり考えて、先月負けている相手ですし、気持ちを切り替えていきたい。芝(のサーフェス)に関してもだいぶ自信がついてきていますし、だんだん合ってきている」
4強入りへのカギは、錦織本人が何度も口にし、この試合でも実践し続けた“攻める姿勢”にあるだろう。
「攻めていくプレーが自分の一番いいプレーなのかなって、きょうのゲームで再認識できました」
難敵打倒、そしてメダルが視界に入る4強へ。日の丸をパワーに変え、この日以上の攻めのテニスを貫いた時、錦織は92年ぶりのメダルへ王手をかける。