まったり風景

アルビレックス新潟のゲーム画像と、散歩写真+戯言のブログです。

ブログ納め

2005年12月29日 | アルビレックス新潟

<チームカラーに染まったバックスタンド風景 vs FC東京戦>

今日、天皇杯の準決勝をTV観戦した。
浦和と清水が、元日決戦へ進出を果たした。
年越しで、応援ができるチームのサポーターは本当にうらやましい。

今月から来月にかけては、来年のチーム編成へ向かって、ストーブリーグたけなわである。
今日の新聞では、菊池はジュビロへ復帰と掲載されていた。
アルビの主力組は、契約更改のアナウンスがまだ聞こえてこない。
リーグ戦とは違った、ヤキモキした日々となっている。

アルビは、J1で2年を過ごすことができた。
守って、走り勝って、縦への速い攻撃も良いのだが、J2時代に見せていた両サイドをぶち破る攻撃や、中盤の攻撃に厚みを感じさせるサッカーも見たい。
チーム構成を若手に切り替えつつ、サポーターが満足する内容を伴ったサッカーが見られるように、鈴木新監督の手腕に期待したい。

J1の3年目は、岡山選手が言ったように「優勝争いに加わりたい」ものだ。


大停電

2005年12月23日 | マッタリ風景


12月23日午前中に撮影
水面の杭にへばりついた雪が印象的。
これは昨日、真冬の台風が一方方向から吹いたために、風を受ける方向だけに雪がついて凍り付いてしまったもの。
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12月22日の朝、新潟県下越地方は未曾有の大停電に見舞われた。
最大で62万戸が停電となって、信号は止まる、列車も止まると言う人災となった。

この日は、夜中から真冬の台風と表現したい強風が吹き始めて、朝も続いていた。
朝、出勤時に乗る何時もの列車が30分ほど遅れて到着して、午前8時30分前に隣の駅に向かって発車した。
2分ほど走行して、列車は突然停止。
場所は、強風が吹き続ける、田んぼのど真ん中。
これからが、大停電の序奏曲であった。

車掌からは、故障が発生した模様と取り合えずの放送があった。
私は、通勤時は携帯ラジオを聴いている。
地元放送局は、停電が発生していることを伝えた。
しかも、放送局自体が停電に見舞われていて、自家発電機で放送を続けていると付け加えた。
次々に入ってくる情報は驚くべきものだった。
信号が停止している、新潟県内のJR在来線はすべて運行を停止しているなど。
列車に乗って孤立はしていたが、的確な情報は得ることができた。

車掌からの情報は、停電で止まっていると追加があった。
褒めておかなければならないのは、今列車の中に居る乗客に取って必要な情報はしっかりと伝えてくれたことだ。
まずは、トイレが設置されている車両の情報が伝えられた。
次に、停電で止まってはいるが、列車内の照明および暖房の電力は確保されていることも伝えられた。
(ただし、暖房は効いている様には思えなかった。私は、立ちっぱなしな状態で足元が冷えて困った。多分、座席に座っていた人は恩恵を受けていたのかも知れない。)
そのうちに、私と同じラジオから情報を仕入れたのか「NHKの情報によると、停電は新潟市を含む後半で発生している」と社内放送がなされた。


列車が停止して2時間を過ぎた頃、どこから電力を見つけてきたのか今でも不思議なのだが、のろのろ運転で次の駅に列車を動かし始めた。
10分ほど走行して再び停止、その後は断続的に停止しながら20分かけて隣駅のホームに滑り込んだ。
車掌曰く、3時間55分遅れて到着だそうだ。
結果的に、列車の中に2時間30分ほど閉じ込められた。
笑ってしまったのは、停電なのに自動改札機だけは、しっかりと動作していた。

当然、列車はこの駅で運行を打ち切った。
会社へ連絡を入れたら、自宅待機と宣言された。
今度は、強烈な風雪を背中に受けながら1時間ほどかけて自宅まで歩いて帰ることになってしまった。
道中は、足元は悪いわ、風雪は吹き付けるわ、車には融けかけた雪をかけられるわで、散々であった。
家にたどり着いたときは、コートと手袋、それに背負っていたリュックから水が滴り落ちていた。

午後早々に勤務先から帰宅命令の出たXと、下校した子供たちが戻ってきて、無事を確認できた。
水とガスは使えるのだが、電気が無いので暖房がまったく使えない状態だ。
午後4時を過ぎて、空が暗くなり始めると、急激に寒さが身にしみてきた。

TVを見ることができないので、中越地震でも発生した、一番情報が必要な被災地が、一番情報を得ることができないと言う状態となった。
ただラジオは電池で動作するので、地元局やNHKの放送で情報は得ることができていた。
新潟市の中心街は電気が回復したようだったが、なかなかこちらは回復してくれない。
今夜は、暖房と明かりの無い状態で一晩を過ごさなければならなくなりそうだと、途方にくれた。

しかし、午後5時を過ぎた頃、近所の家に明かりが点いているのに気がついた。
早速我が家もブレーカーを入れたら、明かりが点いた。
結果的に、寒い夜を過ごすことなく、普通の生活に戻る事ができた。
でも、3万戸の家が電気なしで一晩を過ごすことになった。
ライフラインと言われるものが途切れるのは、どんなに困ることか身をもって体験した一日だった。

この停電は、発電所から変電所へ向かう送電線のトラブルで発生した。
原因は、詳細な調査を待たないと分からない。
ただ、今現在言われているのは、強い風雪が鉄塔と送電線を絶縁している碍子にこびりついてショート(海が近いので雪に強い塩分を含んでいた)したのと、強風にあおられた送電線がお互いに近づいたためのようだ。

新潟県を営業範囲としている電力会社は東北電力だ。
まずは、この強風の中鉄塔へ登って回復作業をした方々に感謝の意を表する。
ライフラインを担当する会社とは言え、命がけの作業だったはずだ。

冒頭に「人災」だと記載した。
今回の強風は、新潟の冬では別に珍しいことではない。
だから、想定外とは言ってもらいたくない。
発電所から変電所へ向かう複数のルートで同時にトラブルが発生したことは、根本的なリスク管理がなされていなかったと言わざるを得ない。
電力業界は、各地域電力会社の独占状態となっている。
限られた部門で競争にはなっているが、各電力会社がお互いのエリアに営業をかけることは決してやらない。
曰く「電力サービスは価格だけではない、安定的な電力供給が一番のサービスである」と。
アメリカで、過度の競争が招いた大停電を引き合いに出して、日本では絶対に発生しないと胸を張って言っていたはずだ。
日本の電力料金は世界一高い。
なのに、こんな根本的なリスク管理を行わないで、何が安定的云々と言えるのか。
冗談じゃない。
高い電力料金は安定供給に使われないで、どこに使われたのだろか?
これを「人災」と言わずにいられない。





これも、12月23日の午前中に撮影。
同じように、一方方向からの風雪を受けたため、木が白い衣装をまとったようになっている。


サンクスフェスタ2005

2005年12月11日 | アルビレックス新潟

<無人のバックスタンドへ広げられたビッグフラッグ&ビッグジャージ>

本日、ビッグスワンで開催された「サンクスフェスタ2005」へ行ってきた。
これは、サポーターに対してクラブが行う今シーズンの報告会である。

アルビは、昨日の天皇杯対ジュビロ戦に破れたので、今日のサンクスフェスタを持って、今シーズンの幕を下ろす事となる。
(最後は疑惑のゴールだったが、何せ主審が例の○沢氏だったのが運の尽きだったのだろう。)

時々青空も見える天候ではあったが、椅子に座っていると足下から冷気が伝わってくる寒い一日だった。
でも、熱いサポーターがメインスタンド1階を埋め尽くして、立ち見まで出る盛況だった。

GK、DF、MF、FWの順番に選手が登場し、一人一人がサポーターへ挨拶を行った。
サポーターへの感謝、残留争いに巻き込まれて波に乗れなかったシーズンの悔しさ、試合に出ることができなかった焦り、そしてクラブを去る者の寂しさ。
それぞれ、悲喜こもごもであった。

岡山選手曰く「新潟の寒さは嫌いだ。だが、熱いサポーターに会って新潟が好きになった。来年は残留争いはしたくない。優勝は無理でも、優勝争いをしたい。」
そう、来シーズンは「優勝争い」をしたい。
私も同じ願いだ。

最後に、サポーターをビッグスワン内へ招いて、2組に分かれた選手とハイタッチをして終わった。


<県知事から感謝状をもらって挨拶をする反町監督>
<昨日の記者会見で魅せた涙には本当に感激した。


<サポーターの前で、最後の挨拶を行う直樹。何か吹っ切れた表情だった>
<契約満了の通告を受けた選手で、ただ一人フェスタへ参加してくれた>
<会場からは、ひときわ大きな声援が飛んでいた---ありがとう直樹>


<来年はどこのチームでサッカーをするか決まっていないと挨拶をした菊池>
<かなり迷っている様子だった>
<それに対して会場から熱烈な声援が飛んでいた---待っているよ 菊池!!>




アルビレックス新潟vs浦和レッドダイヤモンズ

2005年12月03日 | アルビレックス新潟

<ホーム最終戦、ゴール裏に広げられたビッグジャージ>

アルビレックス新潟vs浦和レッドダイヤモンズ

新潟スタジアム(ビッグスワン)

結果 0:4

後半、ロスタイムに入るかどうかの時間帯。
浦和のベンチに走り寄るレッズのスタッフ。
スタッフは、エンゲルスコーチに一言、二言何かを伝える。
エンゲルスコーチはかすかにうなずいて、その内容ブッフバルト監督へ伝えた。
その表情に歓喜の様子は無かった。
その瞬間、アルビレックスのサポーターであれば絶対に見たくない他チームの優勝胴上げが無くなった。

今日の試合について、コメントする事は何もない。
完敗、その一言につきる。
目の前で、相手の胴上げを見なくて済んだだけ、それだけだった。
浦和の強力な攻撃力、そしてリーグ一の鉄壁を誇るDFライン、アルビレックスはサッカーをする事ができなかった。
お金のかかったチームと言ってしまえばそれっきりだが、実力の差は歴然としていた。
優勝の懸かった大一番、浦和の凄まじいパワーに圧倒され続けて終わった。

今日の試合を持って2005年のリーグ戦が終わると共に、5年間の反町サッカーが終演を迎えた。
さらに、J1昇格を目指した選手、J1の厳しい戦いを一緒に戦った選手が、ホームで最後の勇姿を見せた。
できれば、有終の美を飾って欲しかったが、勝負の世界は本当に非情である。

来シーズン、次の監督、次の選手達が、どんな新しいアルビサッカーを魅せてくれるのか期待をして私のリーグ戦を終わる。


<セレモニーで挨拶をする反町監督---穏やかな表情だった>
<後ろには、今季でアルビを去る木寺、丸山、末岡選手の顔も見える>


<直樹は途中出場 試合が終わってエジから労いを受けていた>


<リマ最後の勇姿 今日は自慢のキックがヒットしなかった>
<何故か泣いている藤井を慰めていた>


2005年12月3日

2005年12月02日 | アルビレックス新潟
明日は、ホーム最終戦。
最終戦を控えたビッグスワンの前を午後仕事で通過した。
流石に前日からの場所取りは御法度なので、閑散とした落ち着いたたたずまいを見せていた。

名古屋戦以後、色々な出来事が合った。
名古屋戦では、来期アルビへ加入する田中亜土夢が衝撃的なJ1デビューを果たした。
さらに、DF藤井が初先発で落ち着いたプレーを魅せてくれた。
若武者達の活躍が、次世代のアルビの姿をかいま見た感じがした。

続いて、反町監督の退団発表。
チームの若返りをはかるために、ベテラン勢が戦力外通告を受けた。
チーム生え抜きの木寺、直樹、末岡が去り、J1昇格に多大な貢献をした丸山が去り、堅実なプレーで魅せた桑原が去る。
さらに、シンガポールへレンタル移籍していた新井、中島、山田も去る。
今日のニュースでは世界規格のキッカー、アンデルソン・リマがブラジルに戻ってしまうというニュースを放映していた。
この時期は、本当に複雑な心境となってしまう。
が、そんな感慨に耽っていられない。
明日12月3日はホーム最終戦。
昨年は、セレッソの入れ替え戦がかかり、今年は浦和の優勝がかかる。
消化試合どころか、大勝負がかかる試合となった。
昨年のように、アウェーチームの歓喜を目の前で絶対に見たくない。
「ひたむきな」「あきらめない」新潟サッカーの集大成な試合で終わりたい。

今年のホーム開幕戦は雪が舞う試合だった。
そして、明日の天気予報も雪だ。
白い雪が、新潟の雪が、ホーム開幕戦と同じに、アルビレックスを勝利に導いてくれるはずだ。