波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

詩の先生

2014-12-02 23:47:13 | 掌編小説

   ◇

 ストレート


まっすぐ伝わるのは
ストレートな思いだけだよ
曲がって書けてもストレート
曲げて書いてもストレート
それが今あることのすべて

書いたのか 書かされたのかも
しれないけれど
今をさらけたら 明日死んでもかまわない
そうしたら
明後日生きているかもしれないさ
まだ行ったこともない天国でね




 いいものを書こうなんて気を起こさないで、
単刀直入に綴ったよ。
 そしたら生まれて初めて、詩が書けた。
 それがこれだよ。
 詩かな、詩でないかな。
 詩だよ、と僕でない声がした。
 あそこに出そうかな、やめようかな。
 そう呟いたら、出せ出せと声がした。
 隣で寝ている寮生で同じ学年の飯田直助の寝言かな。
 そう思って、布団から出ている直助の手を抓ってみた。
 むにゃむにゃと口を動かしただけだったから、こいつの寝言ではないと分かった。
それなら誰が言ったのか、気になるところだけど、
僕は深夜にせかせかとインターネットの投稿サイトに、これを投入したよ。
 投入してしまったから、僕の中には何もない。空っぽだ。空の空の空だ。

 明日ネットを開いて、びっくり仰天する直助の顔が見ものだよ。
 僕の詩が載っているなんて、夢にも思わなかっただろうからね。
 僕が詩を書けるなんて。猫の毛ほども思っていなかったさ。
 そのくせ、いつも言っていたんだ。
詩を書け、詩を書け、とね。
そしたら、あそこに連れて行くと、口癖のように言っていたんだ。
あそこって、どこかな。
決まってるさ、直助の彼女がいるといつも自慢しているコーヒーカフェのスズランだよ。
詩人気取りで、奴が彼女にもてるのは、詩人だからなんて、驕っていたけど、
この僕の詩が、インターネットに載ったなんて知ったら、
直助のみならず、彼女も慌てふためくさ。
まるきり詩のセンスなんかない、鈍の上にアホのつくのろまだと
決め込んでいたんだから。
とにかく明日になって、隣の相棒の慌てようを見るのが楽しみだ。
ということで、寝ようするのに、興奮の度が過ぎて、眠れなくなったぞ。
頭の冴えというのは、こんなときに訪れるものなのか。これは困った。
 僕が教える先に、直助に見つけられたら、困るんだっちゃ。
僕をへこませる文句を、いろいろ練るからだよ。奴のことだから、
こんなことも言い出しかねない。
まぐれ、まぐれ、まぐれに浮かんできた、まぐそに過ぎない。
おい、まぐそとまぐれが、どう違うかわかるか? それそれ、そが、れに、なっただけだ。 ドレミファソレシド
言わせておけば、図に乗って攻撃してくるから、
ソレシドじゃなく、ソラシド と訂正してやる。すると奴は、僕の訂正まで攻撃の材料に組み込んで、そうだそうだ、空空、何もない、空、詩の言葉も、エスプリも、新しさも 何もない空疎な空。
 こんな敵人と化した直助と、空想上の闘いをしているうちに、疲れて寝てしまったようだ。
 目が覚めると、彼が机を前にしょぼくれている。見つけたな、と思ったが、僕はやんわりと、
「どうかした?」
 と探りを入れる。
「小島のレポートの提出期限が、今日なんだよな。明日までと思い込んでいた」
 と直助は当ての外れたことをぬかす。
「おまえが授業を受けていれば、ノートを見せて貰えるところだけど、あいにく受けていないし」
 と彼はぼやきつづける。
 僕はたまらず、直接攻めることにする。
「僕の詩、見てくれた?」
「何だって! おまえの詩だって?」
「昨日、読んで、出せ出せって、言っただろう」
「おまえ、本気で思ったのかよ」
 彼は言って、ノートパソコンを引き寄せ、例の詩のサイトを開いた。
「ないじゃないか、おまえの詩なんか、どこにも」
「ないって?」 
 びっくりするのは、僕のほうだった。
 僕は自分のノートパソコンを開いて、確認するが、直助の言うとおり、どこにも載っていないのだ。昨夜あんなに苦心して投稿したのに、それが出ていないとはどうしたことだ。入力に際し、なれない手続きを踏んでいき、最後のボタンを押し忘れたというのか。
 もう一つ、これは考えたくないが、僕のパスワードの置き場所を知っているのは、直助だけなのだ。それは夜遅いこともあり、整理もしないまま机の上に書き散らしたままになっている。
 直助への疑いを晴らすためにも、もう一度最初から入力してみなければならないだろう。「詩は根気だ」
 とも彼は語っていた。まぐれではない詩が生まれるように、書いてみようと、僕は自らに言い聞かせていた。直助は僕の詩の先生かもしれないぞ。

                 了

  ◇



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