波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

木の葉

2019-03-28 23:23:26 | 超短編


子馬が木に繋がれ、
親馬は売られて行った。
そうとは知らない子馬は、
母馬を待って、木を齧る。
子馬の口は、木の皮でいっぱいだ。
木の根元にも、木屑が積もっている。
通りすがりの木つつきが、びっくり仰天。
木をつつくのは、キツツキの仕事なのに、
これはいったい、どうしたというの?
直情径行型のキツツキは、大いに戸惑ってしまい、
そこでキツツキらしくもない、懐疑を取り入れ、パタパタと舞いあがって、てっぺん近くの幹にとりついた。
そして天に届けとばかりに、そこからは天性の
キツツキの本領を発揮して、本能の命ずるままに
木をつついていった
本能のままなのだから、疲れなどしない。
力がなくなれば倒れるだけである。
 そうやってキツツキは木を叩きつづけて力つき、ボロ切れのようになって、幹にぶら下がっていた。しばらくして力が沸いてくると、また木をつついた。そんなことを繰り返していた。
子馬は鳥が何をしているのかは、分からなかった。ただ木屑がパラパラと際限もなく落ちてくるので、そしてその木屑は自分が削り取っている木の屑と全く同じなので、共同作業をしているような気持ちになって、キツツキという鳥に親しみのようなものを感じていた。時々音がやみ、木屑も落ちてこなくなるので、心配もしていた。
 子馬も幹を削る行為が時々やむなく中断することがあった。それは木の周りを巡っているうちに、ロープが短くなっていき、首が締められるように苦しくなって、中断を余儀なくされてしまうのだ。そんなとき、いろいろ打開策を講じてみて、木の周りを逆回りすればいいことに気がついて、そのようなことを幾度となくやっていた。
 子馬は母馬を待つのに耐えられなくて、結果的に木を削るようなことをしていたのだが、キツツキが何のために、幹を削っているのかは分からなかった。キツツキが木をほじくるのに長けた鳥であるとは知っていたが、今キツツキが木をつついているのとは、ちょっと様子が違っているような気がするのである。木をつつく速さといったら、まるで電動ノコギリで木を切っているような振動が鳴り響いて、子馬が木をかじるのの手助けをしている、もしくは一緒になって、ある目的のためにとりつかれてやっている気さえするのである。
 それにしても、子馬がいなくなった母馬が帰ってくるのを待ちかねて、木の周りをぐるぐる廻り、木の皮を削っているなどと、どうして考えが及ぶだろう。まして、子馬を哀れんで、天にも届けとばかり、木を削る作業を開始したなどとはどうして考えられるだろう。力がつきてボロ切れみたいにぶら下がり、力が沸いてくると、また叩きはじめるなんて。
 しかしキツツキは、通り過ぎるわけにはいかなくて、子馬との共同作業にのめりこんでいたのである。
 木には多くの葉っぱが繁っている。その葉っぱに、子馬の幹削りとキツツキの木叩きが、伝わっていないはずはない。もし、葉っぱの一枚一枚が、木に繋がれた子馬が、母馬を待っていることが分かったら、どういうことになるのだろうか。葉の集合体としての意識が、風に乗って飛べば、五キロや十キロの距離は、あっけなく運ばれていくと思えた。事実母馬は何時間か前に、それを体の奥深くで聴いて木削りに着手していたのである。子馬の意志を届けたのは、揺り動かされた多くの木の葉だった。木の葉が母馬の繋がれている木の葉に振動の波を送り、それが母馬に伝わって、木の幹を削ることをはじめたのであった。母馬のつながれた木は、子馬の繋がれた木より細かった。そして母馬の歯は、生まれて間もない子馬の歯よりずっと頑丈だった。
 幹を削られた細木は、まもなく折れて倒れる寸前のところに来ていた。倒れれば、そこでロープは外れて一本の紐になる。日が暮れれば馬は馬小屋に入れられる。そうされる前に、脱出しなければならない。
 木ほじくりに果敢に取り掛かったキツツキは、鳥の目でそれは分かった。目が見えなくなる前に、母馬を脱出させなければならない。とにかく馬小屋にいれられる前に、母馬を逃がさなければならない。
 子馬はロープが幹に巻きついて、それを解くために逆回りに回わって、そんなことを何十回となく繰り返しているうちに、疲れきってしまい、自分が何をしているのか、分からなくなってしまった。
 飼主は母馬を手放して入った大金に、気持ちが大きくなり、村の中心にある酒場に入って、景気よくやっているところだった。木に繋いだ子馬のことなど忘れていた。
 そこへ母馬を手放したばくろうから、携帯が鳴った。
「何、俺が売った馬がいなくなったって? おいおい、俺が盗んだとでも言うのかよ。俺は酒場クローバーに入って、外には一度も出ていないんだぞ。それを保証してくれるものは何人もいるぞ」
「まあ話をよく聞け。あんたが盗んだなんて言っておらんよ。繋いだ細木を、歯で削り倒して逃げやがったんだ。木を削って食うほど、あんたんところじゃ欠乏状態にしておったんか」
「アホらしい。馬喰のくせして、ちゃんと馬体を見て買い取ったんだろうが」
 ばくろうは黙った。馬に逃げられて、その腹いせでケイタイをしてきたらしい。
 飼主はケイタイで酔いも覚めて酒場を出ると、我が家に向かって歩いた。
 馬が二頭いた。母馬と子馬である。木の根元には、木屑が盛り上がって、木の香りがしている。いい匂いだ。
 母馬は白い目で、飼主を睨んだ。
 飼主は子馬のロープを解いてやり、母馬が引きずっているロープを、取り除いて言った。
「おまえはここがよくて、帰って来たんだ。へっ、誰があんなばくろうになんか、返すもんか」
 黙っていられなかった、通りすがりの、あのキツツキはどこへ行ったのだろうか。あたりは静まり返って,木の葉のそよぎもない。

end



最新の画像もっと見る

コメントを投稿