波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

つくしんぼう

2015-04-21 17:43:42 | 掌編小説



◇つくしんぼう



 三太は小学校最後の春の遠足に出かけて、丘の上に三本の土筆を見つけた。
 はしゃいでいると、担任の先生がやって来て、
「三太が三本のツクシとは、いい記念になるな。ツクシというのは、土の筆と書くんだ。頭のところがひょこんとふくらんでいて、筆みたいだろう」
 と教えてくれた。
 三太はツクシを摘み、大切にビニールの袋に入れて帰った。なるほど筆とよく似ていた。書き味を試してみるつもりで、硯に墨汁を滴らせ、いざツクシの頭に墨を吸わせようとして、急に可愛そうになってやめた。花ではないから、花のように花瓶に飾るわけにもいかない。
 どうしたら、萎れさせずに傍に置いておけるか考えた。思いつかない。担任の先生は、「つくしんぼう」とも言う、と話していた。そう呼んでみると、愛着も湧いてきた。自分も昔、さんぼう、さんぼうと呼ばれていた時期があった。
 結局長く傍に置いておく方法が思いつかず、湯がいて塩を振りかけて食べてしまった。そうするのが、一番ツクシを大切にすることだと考えたのだ。
 
 ツクシを食べてから、三太のなかにちょっとした異変が起こった。三太に、野原に遊びに行こうなどと誘ったりするのだ。そうしないでいると、廊下を歩いていて、いきなり、でんぐり返しをさせたりするのだ。
 そのときもつくしんぼうに言われて、廊下ででんぐり返しをすると、前から来た担任の先生に見つかってしまった。
「三太、おまえ何やってるんだ。廊下でいきなり」
 先生は心配顔でそう言った。
「つくしんぼうが、そう言うから」
「ああ三太、おまえ、あのツクシどうした?」
「湯がいて塩をかけて食べたよ」
「何! 湯がいて食べたって?」
 先生は、驚きを口にしてから、「まあいいさ、毒ではないんだし、つくしんぼうにしてみれば、それが本望かもしれん」
 そう納得するように言って、歩き出した。その背後から、三太は声を浴びせた。
「本望じゃないよ。つくしんぼうの本望は野遊びだよ」
 先生は振り返らず、そのまま廊下を歩いていきながら、ぶつぶつ言っていた。
「野遊び、野遊びか。俺も都会に赴任してから、野遊びをしてないなあ」

                                  了









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