食器とお米(1)
三つの持病:その(3)の前に軽い話題をひとつ。「さいら」の健康の話ではない。
妻の健康の話である。今まで台所に出入りすることは全くなかった。とは言え、結婚した当初魚の三枚と五枚の下ろし方を妻に伝授したことがある。また、単身赴任の時代は別であるが。
台所に出入りしないのは妻の城であるとの敬意の故である。或いは敵の城に入るには
それなりの覚悟がいるからでもある。ところが、最近妻は時々手が痛くなるらしい。医者に診て貰っているが、どうもはっきりとその原因が未だ分からない。それで使い過ぎだと言う妻なりの結論を出した。
2011年12月4日
食器とお米(2)
その結果、食器を洗うこと及び米を研ぐことが私の仕事として回って来た。そう言われると長い連れ合いでもあるし、「さいら」と言えば、年金生活で家でゴロゴロとしているだけである。従って、嫌とは云えない。
それに、決して食器を洗うのが嫌でも無いし、米を研ぐのも嫌ではない。水が冷たい冬には妻はお湯を使うが、私は冷水をそのままを使う。合成洗剤は避けて、そして、時には石鹸も可能な限り使わないように心がけている。
米を研ぐのはどちらかと言うと正に昔流の「研ぐ」スタイルではあるが、勿論米粒を破壊しないように丁寧に研ぐ。
2011年12月5日
食器とお米(3)
しかし、これがほぼ日課となると、少々考えるところがある。食器は食器洗い機を導入して、米は無洗米にした方が良いのではないかと思案している。どちらも使用する水量が少なくなるだけでなく、富栄養化防止の一助になる。その結果、環境に良いのではないかともっともらしいことを考えるからである。重ねて言っておくが、決して食器洗いと米研ぎ が嫌な訳ではない。
三つの持病:その(3)の前に軽い話題をひとつ。「さいら」の健康の話ではない。
妻の健康の話である。今まで台所に出入りすることは全くなかった。とは言え、結婚した当初魚の三枚と五枚の下ろし方を妻に伝授したことがある。また、単身赴任の時代は別であるが。
台所に出入りしないのは妻の城であるとの敬意の故である。或いは敵の城に入るには
それなりの覚悟がいるからでもある。ところが、最近妻は時々手が痛くなるらしい。医者に診て貰っているが、どうもはっきりとその原因が未だ分からない。それで使い過ぎだと言う妻なりの結論を出した。
2011年12月4日
食器とお米(2)
その結果、食器を洗うこと及び米を研ぐことが私の仕事として回って来た。そう言われると長い連れ合いでもあるし、「さいら」と言えば、年金生活で家でゴロゴロとしているだけである。従って、嫌とは云えない。
それに、決して食器を洗うのが嫌でも無いし、米を研ぐのも嫌ではない。水が冷たい冬には妻はお湯を使うが、私は冷水をそのままを使う。合成洗剤は避けて、そして、時には石鹸も可能な限り使わないように心がけている。
米を研ぐのはどちらかと言うと正に昔流の「研ぐ」スタイルではあるが、勿論米粒を破壊しないように丁寧に研ぐ。
2011年12月5日
食器とお米(3)
しかし、これがほぼ日課となると、少々考えるところがある。食器は食器洗い機を導入して、米は無洗米にした方が良いのではないかと思案している。どちらも使用する水量が少なくなるだけでなく、富栄養化防止の一助になる。その結果、環境に良いのではないかともっともらしいことを考えるからである。重ねて言っておくが、決して食器洗いと米研ぎ が嫌な訳ではない。