後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
反対のご意見やコメントも歓迎します。

J182 さんからのコメントに従って、記事を書き直しました

2011年04月30日 | 日記・エッセイ・コラム

J182 さんから以下の記事に対してコメントを頂きました。

今回の地震・大津波は絶対に天罰ではないと考え・・・死者の鎮魂を強く祈れ!

私の言いたい事は2つだけでした。

(1)石原氏の天罰発言は震災直後で被災者が落ち込んでいる時には不必要な発言と思います。こういう発言は皆が落ち着いてから、慎重にするべき性質のものです。天罰と感じるのをいけないと主張しようとしていません。しかしその発言のタイミングを考えないと人々へ不快感を与える可能性があります。

2)震災で被害を受けた人々は震災を天罰と考えないで、元気を取り戻して元の生活を一日でも早く取り戻すのが良いと思います。そして不幸にして亡くなられた方々の鎮魂を祈るようにしましょう。

J182 さんのコメントは私の書き方が悪くて、上の2つの主張をご理解頂けなかったと思います。石原氏を悪者と決めつけるような表現が2、3ケ所にありました。その点でJ182 さんは失望されたものと思います。私の書き方は公平を欠いていて、その上、石原氏の人格を傷つけるような箇所があった事を深くお詫び申し上げます。J182 さんはこのブログの他の記事も丁寧にお読みになった上で、石原氏に関する記事だけを非難されています。ごもっともなコメントの内容なので、4月26日の記事を下記のように訂正いたします。

======訂正後の記事の文章=============

今回の大災害が起きてすぐの頃、東京都の知事の石原慎太郎氏がこの大きな天災は天罰だと言いました。日本人があまりにも驕っていたから天誅が下ったという意味でした。その感じ方には賛成出来ます。

しかし大津波で家族を失った直後の人々にとって誤解しやすい発言でないでしょうか?タイミングを考えて発言すべきだと感じたのは私だけだったでしょうか?

家族を失っただけでなく田畑や漁船などを津波に襲われ、生活のすべも無くなり、目の前が真っ暗になっている被災者へ「天罰がくだった」という言葉だけが伝わったとしたら、それは心穏やかではありません。

正しい事なら何時言っても良いというものではありません。心に大きな傷を負った人間が落ちついてから言っても良い事だったと残念に思います。

東日本の漁師や農民は真面目に毎日えいえいと働いていたのです。家族を愛し、少しずつ貯金をして車を買ったり、質素な家を作ってきたのです。決して驕り高ぶるような人々ではないのです。そのような人々が不運にも天災に襲われたのです。その不運、不幸に同情し、心を寄せるのが人間らしい態度です。そして全ての亡くなった人々の鎮魂を強く、強く祈るべきと思います。特に人生の途中だった人々や、亡くなった子供たちはさぞ残念だったことでしょう。心からの鎮魂の祈りを捧げます。

不幸な天災や事故がこれ以上起きないように神様に祈るのは正しい行為です。

神様へ亡くなった人への慈しみを願い、祈るのは正しい事です。被災者の健康と立ち上がる勇気を祈るのは正しい事です。神様を恨んではいけません。神は人間を大切に思い、愛しているのです。

今日は亡くなった全ての人々の鎮魂をお祈りいたします。そして被害者が一刻も早く将来の生活について前向きの気持ちになれますように神様へ強くお祈り申し上げます。福島原発の事故の故に故郷を離れた人々の為にも強くお祈り申し上げます。藤山杜人

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変わった色のチューリップの花の写真です

2011年04月30日 | インポート

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孤独が好きな方々へヨット趣味をお薦めします

2011年04月30日 | 写真

ヨットに仲間と一緒に集まり、ワイワイ騒ぎながら帆走するのも楽しいものです。しかし一人で静かに帆走すると、何故か孤独感が大切に感じます。人間は時々孤独になることが良いのではないかと思います。

桟橋に係留して12年間も一緒遊んだヨットをしみじみと見て、楽しみます。相棒という感じです。買ったときはあんなに真っ白で美しかったのに、年老いてシミやシワが出て来たようです。

そして湖上で、微風を一枚の帆に受けて走っていると自分の人生のあれこれを思い出して楽しいものです。悲しい思い出も出てきます。静かな孤独な時間です。

そんな写真を2枚示します。孤独が好きな方々へヨット趣味をお薦めします。

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日本は原子力発電を止められるか否か(5)結論は  止められない!

2011年04月30日 | 日記・エッセイ・コラム

今までこのブログでは、「日本は原子力発電を止められるか否か」という4回の連載記事を掲載してきました。以下の通りです。

日本は原子力発電を止められるか否か(1)国民一人当たりのGDPと国別の原子力発電施設の数を比較してみる

日本は原子力発電を止められるか否か(2)科学技術覇権主義と原子力発電技術

日本は原子力発電を止められるか否か(3)日本の石炭火力発電所を見直そう!

日本は原子力発電を止められるか否か(4)原発のお陰で福島へ7000億円が流れた 

これらの記事をお読み頂けると原子力発電はいろいろな理由で日本の国策として1970年頃から40年間の長きにわたって推進されてきた事情がある程度理解できると存じます。

そして原発は過疎に悩む地方の経済活性化に大きな貢献もして来たのです。そのように重大な国策として推進してきた原子力発電を急に廃止する事は日本人の力では不可能な事と思います。ですから結論は明らかです。

大事故を起こさないで残った50基ほどの原子力発電所はそのまま数十年稼働を続行するでしょう。勿論安全対策は格段に向上するでしょう。寿命の来た部品の交換と、発電設備の改良は加速的に進むでしょう。

しかし原発の新設は世論に配慮して、これから5年位は止まるでしょう。その間の電力需要の増加は石炭火力発電所を2つ位作れば充分な筈です。

喉元すぎれば熱さ忘れるというコトワザ通り、5年も経過すると「格段に安全な原子力発電所」として、また2基ほどの原子力発電所が建設されるでしょう。

これが私の結論です。

現実はこのように進行しますが、私の信念は変わりません。

「これから10年位かけて原子力発電所を次第に石炭火力発電所や天然ガス火力発電所へ置き換えて行くべし」というのが私の変わらぬ意見です。そうすべきという信念を堅持しています。

その結果、日本の経済力が国際的に多少不利になっても、それを甘んじて受け入れる覚悟もすべきと信じています。放射能への恐怖を抱えた多くの人々が住んでいる国は絶対に幸せな国ではありません。

国民全員が多少貧乏になっても、放射能の不安や原発による経済的不平等を無くし、皆が幸せに暮らせる国を作った方が良いと信じています。こんな考えを持つ人が少しでも多くなりますようにと祈っています。

それはそれとして、

今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。藤山杜人

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藤の花のお好きな方々へ送る写真です

2011年04月29日 | 写真

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ドイツパンの店・・・つくば市のモルゲン

2011年04月29日 | 写真

ドイツに昔住んだことがあるので、ドイツのパンを時々無性に懐かしく思います。

ヨットをしに霞ヶ浦へ行った折に、時々つくば市のモルゲンに寄ります。ドイツから輸入した黒いライ麦のパンをまず買います。それからドイツ風のブリュートヘンを何個か籠にいれ、ついでにクーヘンも籠に入れます。

帰りの車の中は懐かしいドイツの香りでいっぱいです。

モルゲンの隣はSieger、ジーガーというコンデトライで濃厚なタルトや菓子を売っている喫茶店です。ダイエットに注意しているので、甘いお菓子はめったに買いません。

モルゲンはつくば市の洞峰公園の東端に隣接していて、店の裏へ出ると池や林が広がっています。モルゲンでパンやサンドウィッチを買って裏の公園で食べるのも楽しいものです。下に写真をしめします。近所の方は一度お出掛け下さい。

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日本は原子力発電を止められるか否か(4)原発のお陰で福島へ7000億円が流れた

2011年04月29日 | 日記・エッセイ・コラム

今回の統一地方選挙で福井県と新潟県の原発のある市町村では原発容認・支持者が数多く当選して地方議会では原発支持派が圧倒的に多数を占める事になりました。その事情は、原発は絶対に無くならない・・・原発地元民の投票結果は原発支持なのです! という記事で紹介しました。

また高速増殖炉「もんじゅ」のある敦賀市に在住している人の原発支持の本音を書いた文章も、危険と分かっていても高速増殖炉「もんじゅ」の魅力・・そして他の原発の魅力 という題目の記事でご紹介致しました。

今回の福島の原発の大事故の後でも敦賀市の人は高速増殖炉を支持しているのです。 何故でしょうか?答えは簡単明瞭です。お金が魅力なのです。

週刊新潮の5月5・12日特大号の35ページから37ページにわたって「原発10基で7000億円が福島へ降ったカラクリ」という題目の記事があります。原発が出来るまでは過疎だった浜通りの大熊町、双葉町、楢葉町、富岡町の4つの町が原発の建設で大いに賑わった様子が具体的に書いてあります。建設に従事するGE社のアメリカ人、東京から行った電力会社や東芝や日立の人々が地元で使うお金が町を大変潤したのです。そして町民も雇用され年収が一挙に増大したのです。

それだけではありません。福島県へは国庫から「電源三法交付金」で2700億円が行きました。

その他に地元の4つの町へは東京電力から原発施設の固定資産税が合計、約2000億円が入ったそうです。その他、核燃料税が1065億円以上、そして東京電力としての法人町民税が2000億円も入ったのです。これらを合計すうると4つの町へは5065億円が流れた事になります。その他に、漁業補償金や種々の寄付金も合算すると4つの町へ流れた総金額は7000億円位になると書いてあります。

この7000億円と福島県へ行った2700億円を合算すると9700億円となり、題目の7000億円と矛盾します。その辺が週刊誌の不正確さで、上に上げた数字も100%信用出来ないと思います。しがし1970頃の原発完成以来、現在までに、この過疎地帯だった浜通りの大熊町、双葉町、楢葉町、富岡町の4つの町へ流れたお金の総額は数千億円であったことは間違いありません。この数千億円というお金は、4つの小さな町の年間予算に比較すると莫大な金額だったと考えられます。

まったく原発さまさまだったのです。この4つの町の住民は20km以内で強制避難地域になりました。かつて、住民は原発と共存共栄と信じて暮らして来ました。それが今回の大事故で共同消滅になったのです。怨んでは居ません。ただ残念がっているだけだそうです。

他の50基ほどの原発の地元の人々は福島県だけが運が悪かったと思っているのかも知れません。福島県だけが非運だったのです。福島県以外はは大丈夫だと信じながら原発推進派へ投票をしたのです。

これが日本の過疎に悩む地方の現実なのです。過疎の恐ろしさ、悲惨さを知らない都会の人々が賢げに原発は止めろと叫んでも仕方の無いことです。

解答は唯一つしかありません。国家が本格的に過疎対策を推進して、原発を止めればよいのです。しかしそれは日本にとっては不可能です。原発はいろいろな理由であまりにも魅力的なのかも知れません。

それはそれとして、

今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。藤山杜人

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春の花々の写真です

2011年04月28日 | 写真

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今日の散歩・・・世田谷美術館での白洲正子展へ

2011年04月28日 | 日記・エッセイ・コラム

世田谷区の環状8号線沿いに広大な都立砧(きぬた)公園があります。その北端に世田谷美術館があり、生誕100年記念・白洲正子展が5月8日まで開催されています。公園の南端の東名高速入口下に世田谷美術館専用の無料駐車場があります。若葉の公園を散策しながら北端まで行くと、そこは美術館です。

白洲正子の夫は白洲次郎です。彼は吉田首相の大物秘書としてマッカーサーと対等にわたりあった事で有名になりました。マッカーサーが白洲だけは言いなりにならない日本人だと言っていたそうです。次郎も個性的で魅力的な男でしたが、正子も同じように教養豊かで魅力的な女性でした。1910年に樺山伯爵家の次女として生まれ、4歳から能を始め、14歳で初めて女性として能舞台に立ちました。米国留学の後に白洲次郎と結婚し、その後は才筆を振るって文化評論や随筆を数多く出版しました。

今日、見た展覧会は、40歳代から88歳で死ぬまでの彼女の宗教生活に関連した仏像、神像、宗教的絵画、宗教的祭具などなどが西日本の寺や神社から借り出して来て、展示してあります。

白洲正子は43歳の時、能面や仏像を見るため西国へ旅立ちます。長い巡礼のような旅でした。それは彼女にとって宗教的覚生の旅になりました。神仏習合の神と釈迦を信仰し、その向こう側に日本古来の自然崇拝を体得したのです。そして神仏習合と自然信仰こそが日本の宗教と高らかに宣言し、それを深く信じたのです。その過程で西日本で見た仏像や神像や宗教的美術品について数多くの随筆を書いて出版していました。今日の展覧会はその随筆文の展示と共に、そこに書いてある宗教的美術品が集めて、展示してあるのです。いろいろなお寺や神社からよくぞこんなに貴重な品々を借り出して来たと感心します。学芸員の努力に感動します。

それはそれとして、カトリックの私はいつも神仏習合のいい加減さをなんとなく軽蔑していました。それが白洲正子ほどの知性溢れる人が、億面もなく、私は神仏習合こそ安らかに信じる事が出来ると宣言しているのです。そしてそれこそが日本古来の自然崇拝を受け継ぐ信仰なのですと言うのです。展覧会を見ながら私の単純な頭が痛みます。痛いと言えば言い過ぎです。居心地が良くないのです。

しかし帰り道で、車を運転しながら、案外自分の信仰も神仏とキリスト教の習合なのかも知れないと思い始めました。自然崇拝も混じっているのです。

日本人の昔、昔からの宗教世界はそのようなものだったのかも知れません。それも良いと思います。肩意地はって私はカトリックだと大声を上げる必要などないのです。信仰生活は、自然な気持ちで、大らかで、自由な境地であった方が良いのです。まあ美術展というよりは宗教展と言うべきような展覧会でした。神仏習合にご興味のある方へ是非お勧めしたい素晴らしい展覧会です。下に世田谷美術館の風景写真を示します。

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現在、福島原発で何が起きているか?ー多量の放射能汚染水が地下や海へ

2011年04月28日 | 日記・エッセイ・コラム

毎日、福島原発の原子炉から漏れている汚染水の対策について、いろいろ分かりにくい発表があります。何が何やら分からなくて戸惑うばかりです。

そこで私は現在の放射能汚染水の漏れの様子を大げさに描いた図面を作ってみました。

下の図のギザギザの醜い上下の線が、汚染水の漏れの様子をマンガ的に描いたものです。

勿論、全くの憶測で描いた概念図ですので漏れの個所や汚染水の量は間違っていると思います。しかし現在何が起きているかを概念的に理解するのには大変分かり易い図面と自負しています。

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水漏れは、3月11日の大地震とその後の水素爆発で、あちこちに出来た割れ目や小さな穴から起きています。

このような状況ですから、すべての割れ目や小さな穴を溶接して密閉する事は殆ど不可能に近いと思います。

従って、毎日、毎日、「3つの原子炉の炉心圧力容器内」と「1つの核燃料貯蔵プール」へ注水している合計500トンの水が、あちこちから漏れ出しているのです。

その大部分は地下へ沁み込んだり、海へ流れ出たりしていると推定出来ます。何故推定できるのですか?簡単な理屈です。毎日500トンもの水を炉心へ注水しても地上へ溢れ出て来ないからです。もちろん毎日500トンのうちの一部の水は蒸発して放射性物質を空中へ飛散させています。

現在、トレンチと呼ばれる配管用のトンネルに溜まった汚染水を汲み出してみましたが、水位が一向に下がりません。汲み出しを止めると水位は同じ所へ戻ります。それ以上、水が溜まると地下へ沁み込んだり、海へ流れ出るからバランスが取れているのです。

このような状態にもかかわらず、東京電力は汚染水が地下や海へ出ていないと想定し、全ての汚染水は原発工場内に溜まっていると仮定し、総合計87,500トンと発表しています。これは自分に有利になるような発表の仕方で、あまりにも我田引水的過ぎた情報公開の仕方なので、怒りさえを覚えます。

それが証拠には、今朝の読売新聞の2ページ目には、地下に沁み込んだ汚染水が海に出ないようにする為に、地下40m深さまで垂直なコンクリート壁を作って、原発敷地を囲む土木工事の計画も発表されています。

こんな状況では何が出来るのでしょうか?昨日、現実的で非常に良い対策が発表されました。

汲み上げることの出来る汚染水をあちこちからポンプで汲み上げて、吸着剤のゼオライトで浄化し、熱交換器で冷温にします。そしてその水をまた炉心へ注入する装置の設計が発表されました。

今度はアメリカ、フランスの技術者も加わって設計しているので、現実的な開放型循環系統が数ケ月先には出来あがると信じることが出来ます。

これが現実的な最良な方法な理由は、全ての装置を原子炉建屋から離れた外に作る事です。作業が現実的に可能な計画です。

それが完成するまでの数ケ月間は相変わらず放射性物質が炉心から漏れ出して空中へ、地中へ、そして海中へ放出され続けます。しかし最近の原発付近の放射線量はゆっくりではありますが、確実に減少しています。炉心への真水の注水が現在の条件で続くかぎり収束の方向へむかっていると言えます。

上に書いた事が現在の福島原発で起きている現象です。兎に角、根気良く努力して一歩、一歩と完全解決へ向けて現実的な対策を進めている事が一番重要です。

今日はマスコミに名前が出ないが、福島原発の現場で危険な作業をしている全ての人々のご健康をお祈り申し上げます。貴方達は英雄なのです。感謝しています。藤山杜人

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今日の散歩・・・藤の花を撮りに行く

2011年04月27日 | 写真

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近所の金蔵院というお寺の藤棚が咲く頃と思い、出かけました。

藤棚の下に僧形の西洋人が坐っていました。挨拶をして話を聞きました。聞いたことを書き留めておきます。

「輪廻転生を信じていないお坊さんは仏教徒ではありません」

「私はイギリス人です。ですから私の仏教はキリスト教の影響を受けています」

「中世は狂信の時代でカトリック派が何百人も火あぶりにしたのです。怖いです」

「イエス様と御釈迦様がお会いになれば話が合ったと思います」

「キリスト教には哲学がありません。ただ信じるだけです。仏教には哲学があります」

「キリスト教とイスラム教と佛教の3つが世界の争いの原因になっています。イエス様はそんな事を教えてはいないのに人々は争っています」

「日本にはいろいろな宗教が存在していて、まるで「宗教の博物館」のようですね」

「5月15日午前8時30分からこのお寺の住職さんのお話が聞けます。いらっしゃいませんか?」(そのつもりになりましたが、15日は日曜日なのでミサがあります。行けないと思います)

春風の中でそんな話をしてから、彼は自転車に乗って、瓢々と消えて行きました。(終り)

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原発反対のいろいろなご意見を紹介します

2011年04月27日 | 日記・エッセイ・コラム

4月24日に、

原発は絶対に無くならない・・・原発地元民の投票結果は原発支持なのです!

 という記事を掲載しました。それに対して趣味人倶楽部で以下のようなご意見を頂きましたので、ここにご紹介致します。

リタさん

原発に対する地元の思いは複雑でしょう。
今回の福島においても導入の経緯はいろいろあったでしょうが、導入によって地元で原発の恩恵を受けてきた人も大勢いることでしょう。
まさかこんな事態になるとは思わなかったという前提はあったとしても、そのリスクは0ではない。
一旦得た既得権を手放すことの難しさです。
いままでの原子力政策を見直すことは、結局は日本の経済構造、社会構造を見直すことで、原発のみの議論では解決しないということです。
果たしてこの命題にどう取り組むか政治家にとって今後重要な争点になるでしょう。
つまり国民の決断がこの国の命運を決めるのです

賛成派と反対派のしのぎ合いは原発に限らず、存在しますが、沖縄の基地問題でも、相反する二つの選択で別れているのです。
しかし、原子力利用に限り、それが一地方問題とできるものではありません。TVで、新聞でこの賛成派が多くを占める現象はショックでした。
金のないのは首のないのに・・・と昔から言われる戯言とだけ意識してきましたが、金銭至上主義が益々日本を支配する時代になったことに驚きと危惧を覚えました。
原発は地方、国の問題ではなく地球上の問題です。日本ではなく世界に反対運動が起きているのに、目の前で被害の日本でこの現象は、世界に驚きを与えるこでしょう。
民主政権を国民が選択したとき、これで良いのかと疑った時と同じ気持が今の私の心境です。

「金で買えないものは無い」。
正に日本国民の本質を語る代表的な名言ではないですか。
借金に借金を重ね箱物を造る政治を何十年も容認支持してきた性は変わりようもないということですね。

私に出てくるのは皮肉だけで知恵も提言もございません。

原発は麻薬と一緒です。幸せなのは今だけ。
そして出来上がるのは廃人です。
原発地元の方たちはだまされて、中毒させられたに過ぎません。
目をしっかり、中毒患者にした人たちに向けなければおかしいです。
結果と原因を見誤っています。
麻薬中毒患者は「麻薬廃絶!!」などと叫びません。麻薬に触れることのなかったラッキーな人々は、ちゃんとその悪を正していけるチャンスも持っていることを自覚しなければなりません。
「地方に押し付けて、都会で電気を使いまくっていた」から、「地方が原発から利益を得ることを非難できない」ことにはなりません。知らなかったなら、知った以上、これ以上迷惑をかけないようにすればよいのです。
そして、誤った道を正しい道に正すために、たくさんの汗をかくべきです。
放射性廃棄物の処理能力ももう、いっぱいいいっぱいです。
パラダイスは消えうせたのを認めなければいけないと思います。
高速増殖炉も×、プルサーマルの3号機も爆発、原発開発は完全に袋小路です。断末魔の原子村の住民と無理心中することはありません。

原発容認・推進派という言い方は妥当ではないと思います。敢えて言うなら原発依存派ではないでしょうか。日本政府はこれまで、原発にしろ米軍基地にしろ財政の厳しい自治体を狙い撃ちしてきました。そういう国策によって潤ってきた自治体は、依存体質に染まっています。どなたかも仰っていましたが麻薬のようなものです。麻薬は、それを商売としている人でない限り反対の立場をとるでしょう。原発も同じことです。麻薬と違う点はそれを利用する人と、それを作る場所が異なる点です。
人は危機に瀕すれば知恵を出します。今回の福島原発の教訓を得て必ずや安心できるエネルギーを生み出してくれるものと思います。

 
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大地震・大津波、原発事故以来毎日流れる涙の原因はいろいろ

2011年04月27日 | 日記・エッセイ・コラム

3月11日以来、毎日、胸がせつなくなって自然に涙がながれます。テレビや新聞の報道によって感動します。悲しみます。怒ります。

原発はいけないと信じていても、50基の発電所は存続します。地元民がそれを支持しているのですから、どうしようもありません。悲しい現実です。

しかし目を転じて、被災地を支援するボランティアの多彩な活動ぶりを見ると感動します。胸が熱くなります。特に学生や若者の活動に心強さを感じ、日本の将来に安堵します。心が明るくなりました。

ボランティアの活動は組織だっていて被災者のニーズに合わせてタイムリーに助けているのです。ボランティアが行っても被災者へ絶対に迷惑をかけないように細心の注意をしています。

大学生はお金が無くて交通費や現地での宿泊費がありません。しかし労働力はあります。そこでお金のある社会人のボランティア組織と共同して労働力だけをニーズに合わせて提供しています。そのチームワークに感動しています。

ある学生ボランティアグループは被災地で家族のアルバムや故人の遺影を探し、持ち主へ手渡す作業だけをしています。あるいは行方不明になったペットだけを専門に探すグループもいます。

石原軍団が大掛かりな炊き出しをしました。東京のラーメン屋さん達が結集して温かいラーメンを現地で作り、何千食も提供しました。

このような感動的な支援の話を書いて居たら何枚もの原稿用紙が必要になります。しかしもっと感動した事はボランティアへ行った若者が言っていたことです。「助けに行った我々がいつの間にか逆に励まされていた」という言葉です。苦しい重労働に負けて暗い顔をしていたら、被災者に温かい飲みものを貰って涙が流れたという体験を語っていました。家族を失った被災者でも他人を思いやる優しさを持っているのです。底知れぬ勇気を持っているのです。人間の凄さ、良い意味での凄さに感動します。

そして世界中の人々からの支援で私の心を熱くなります。一つだけ書いて終わりにします。宮城県の女川町のある工場で働いていた20名の中国人をその会社の常務だった佐藤 充さんが高台へ誘導して助けたのです。そしてもっと多くの人々を助けようとして低い町へ降りていって津波に流され死んでしまったのです。女川町では合計9つの会社で54名の中国人が働いていました。しかし全員が無事に、帰国したのです。

佐藤 充さんは中国の新聞に大きく「英雄」として報道されたそうです。

そして54人の中国人を派遣した大連の中国の会社の代表者、王 軍さんら5人が昨日女川町を訪問したのです。感謝の言葉を話し、54名の中国人の働いていた9つの会社全てに義捐金を渡したのです。

それはそれとして、

今日は東日本の被災地で多彩なボランティア活動をしている全ての人々のご健康をお祈り申し上げます。藤山杜人

下の写真は被災地の現状と、ボランティア活動をしている人々の写真です。

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今日の散歩は船でブラブラ・・・霞ヶ浦を少しだけクルージング

2011年04月26日 | 写真

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大震災の前日に撮った早春の墨田川下りの写真をお送りします

2011年04月26日 | 写真

東日本大震災の起きる前の3月10日に撮った隅田川下りの写真をお送りします。このような水の写っている風景写真を掲載するのはいけないと思い今まで掲載しませんでした。まだ避難所で苦しい生活をしている人々が居るのに気楽な風景写真など掲載すべきでない。謹むべきたと思い、11日の地震発生以来、風景写真は控えていました。

しかし平穏な生活感覚を取り戻すのも復興の為になるかも知れないと思います。そんな願いもあって掲載いたします。

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