後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
反対のご意見やコメントも歓迎します。

アウシュビッツのオーケストラと神の沈黙

2011年02月28日 | インポート

テレビや新聞を見てすぐに感情的な文章を書かないようにしています。しかしこの文章だけはお許し下さい。

昨夜、あるBSテレビでアウシュビッツでオーケストラの団員としてヴァイオリンを弾いていた95歳のお婆さんの長い話を聞きました。

当時彼女は20歳前後のユダヤ人のうら若い娘でした。

ナチスは大量虐殺するユダヤ人が怖がって騒動を起こさないように、同じ囚人のユダヤ人で編成したオーケストラにモーツァルトの曲の演奏を聞かせながらガス室へ送り込んでいたのです。

ヴァイオリンを弾いていた彼女の目の前を幽霊のように、人々がガス室へ進んんで行きます。自分は楽器が弾けるだけの理由でこちら側に坐って、死んで行く同じユダヤ人を見ているだけです。モーツアルトの美しい曲を弾きながら。

彼女は現在も叫びます、「何故、神様は沈黙しているのですか!」と。

彼女の神様はユダヤ教の神様です。しかしカトリックの私も全くこのお婆さんと同じ叫びを上げてしまいました。テレビの前でです。

アウシュビッツのナチスドイツの想像を絶する罪悪は同じ人類として私も罪悪感を感じます。ましてや欧米人はもっと強く感じているに違いありません。

何故、このように決定的な時に神様は沈黙しているのでしょうか?何故、お釈迦様がこの世の地獄から人々を助けに行かないのでしょうか?

神や仏を信じたくなくなります。

このように迷いながら神を信じるのが私の信仰の道なのです。そんな感想を持った、昨夜のテレビ番組でした。

どうぞ神様、この世で、これ以上、地獄を見せないようにして下さい。アーメン

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

暗い雨の日なので気分が爽快になる写真をお送り致します

2011年02月28日 | 写真

2月26日、小田原海岸からと、熱海から初島へ渡る船から家内が撮った写真をお送りします。

憂鬱な天気ですが、写真をご覧になり明るい気分になって下さい。いつも明るい気分の方は別ですが。

003 013 016

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

短篇小説、yoko著、「初島での出会い」、その一

2011年02月28日 | インポート

031
昨日、春の小島、初島への小さな旅 という記事を掲載しましたところ、yokoさんという友人からコメントを頂きました。ご自分も初島へ旅した事、そして短い小説を書いた事などをお知らせ下さいました。早速読みましたら素晴らしい短篇です。離れ島で偶然出会った男女の心の揺れ動きが情感豊かに描いてあります。早速転載許可のお願いを致しました。ご承諾頂きましたので3回に分けて連載致します。
=====yoko著、「初島での出会い」=========

恵子は大学生最後のクリスマスを、親友の緑と一緒に初島で過ごすことにした。
お互いに特定の相手もいない淋しいクリスマスを、都心で過ごすのはやめ、どこか静かなところで過ごそうということになったのである。
幸い緑の父親がエクシブ初島クラブの会員なので、利用させてくれるというので迷うことなく初島行きを決めた。
以前からいいクラブであるとは聴いていたが、なかなか行く機会がなく、大学生最後のクリスマスを過ごすにはふさわしいかもしれないと、何時しか楽しみに変わっていた。
 
 初島は熱海から船で25分のところにあり、直ぐ近くに見えるが、やはり島は島なので船で渡るのは自然と心がウキウキとしてくる。
24
日は少し早めに出て、夜はゆっくりと過ごしたいと思う恵子だったが、緑は夕食に間に合うように着けばいいと言ってきかなかった。
たった一泊の旅なので、恵子はなるべく有意義に過ごしたいと思い、一人で早めに行くことに決めた。 
 
 いよいよクリスマスイヴである。
緑と会うまでは恵子の一人旅のようなものなのでそれなりに楽しもうと考え、新幹線に乗ってもいいのだが、品川から東海道線に乗りのんびりと行くことにした。
 東海道線の車窓からは沿線の景色を十分に楽しむことが出来た。
電車に乗っていても車に乗っていても、海が見えた途端に思わず気持ちが解放されるのは何とも不思議である。
今日の天気はあいにく曇りで夕方には雨が降るとの予報である。
それを裏付けるようにあつい雲に覆われているものの、時折射す日の光が海を照らし、恵子は行く手に幸せが待っているような気がした。
 
 熱海で降りると、雑誌に載っていた安くておいしい海の幸のお店でマグロ丼を食べた。評判通り満足できる味であった。
熱海港までは商店街をぶらぶらと歩いた。
昔立ち寄ったお店の前を通ったり、山の上の方には何年か前に家族で来たホテルが見えたりして、急に懐かしさがこみ上げてきた。
熱海港に着いて船の時間まで近くを散策した。
どんよりとした暗さの中に山々が静かに輝いていた。
直ぐそばの公園の桜の葉はもうすっかり散り冬の到来を物語っていた。
そして目の前の冬の海をながめながら恵子は思わず心の中で
「今年は海に囲まれた島でのクリスマス!楽しまなくっちゃ!」と思った。
  しばらくすると白地にハイビスカスの花が描かれた鮮やかな船が入ってきた。
「さあ、行くわよ!」と恵子は自分自身に号令をかけ、船に乗り込んだ。

お風呂から上がり、脱衣所で涼んでいると、後から入ってきた人が「夕方の船が欠航になったそうよ。」と話す声が聞こえた。
恵子は自分の耳を疑ったが、後から来る緑のことが気になり、あわててフロントに行き欠航が事実であるか確かめてみた。
やはり欠航は間違いなかった。
すぐに緑の携帯にかけた。(続く)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

富士山は781年以降、9回も噴火しています

2011年02月28日 | インポート

62_6w_3

先日、富士山は3つの火山が重なっていますという記事を掲載しました。古富士火山は約8万年前~約1万年前.新富士火山は約1万年前以降に出来た山です。

しかしそれでは大雑把過ぎると思い、少し詳しく調べて見ました。

経済産業省の産業技術総合研究所の一部門の地質調査総合センターが「数値地質図」という題目でCDシリーズを販売しています。そのG-9は富士火山地質図です。

その中にはいろいろな写真や図表や研究論文が収録されています。主な研究者は津屋博士で、その他にいろいろな資料が入っています。

それによると富士山は781年以来、下に示すように9回も爆発しているのです。

781年 7月 噴火:降灰
800-802年 割れ目噴火:北山腹, スコリア降下, 溶岩流
864-866年 割れ目噴火:北西山腹, スコリア降下, 溶岩流(青木ヶ原溶岩),「せの海」を二分して精進湖と西湖を形成
937年 12月 18日 割れ目噴火:北山腹, スコリア降下, 溶岩流
1033年 1月 19日 割れ目噴火:北山腹, スコリア降下, 溶岩流
1083年 4月 17日 噴火
1435年 割れ目噴火:北山腹, スコリア降下, 溶岩流
1511年 8月 噴火
1707年 12月 16日から月末まで プリニー式噴火:南東山腹(宝永火口), 軽石 & スコリア降下。

以上の爆発を見ると全てが主火口からの爆発ではなく山腹からの割れ目噴火である事が分かります。

下に宝永火口が写っている写真と、上に風景写真を転載させて頂きました。

素人の私が調べた結果ですので間違いも多いと思います。しかし専門的な学問を少し勉強するのも興味深いと思っています。お付き合い頂きまして有難う御座いました。

62_2r

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

いろいろな外国体験から得た3つの結論(3)世界の宗教を知っておくと外国生活が楽しくなる

2011年02月28日 | 日記・エッセイ・コラム

日本では宗教を信じていない人々が多いです。しかし外国に住んでみると意外に宗教が信じられている国が多いものです。

私がアメリカやドイツに住んで居た時、よく日本の宗教は何ですかと聞かれたものです。即座に佛教ですと答えられなくて困ったことは再三でした。無宗教国ですとうっかり答えて大変な議論になった事もあります。最後はそれで日本は共産国家と通じているのですねと変な皮肉を言われて不愉快な気分になった事さえあります。

それ以来、仏教の教義や宗派の違いを簡単に勉強しました。日本にはお寺の数が7万以上ある事や、お釈迦さもの教えも2、3行で言えるようになりました。法然や道元をキリスト教の聖者に例えながら何を教えたかも説明出来るようになりました。

佛教の内容をキリスト教と比べながら分かり易く説明するのです。すると何故かアメリカ人やドイツ人が急に親しくなります。外国人を安心させ、外国生活を幸多いものにするには宗教のことを、浅くても広く知っていることが大変重要と理解出来ました。

もしイスラム教の国に住めば、イスラム教の事を知って置く事が重要になります。

宗教の事を理解し、住んで居る所にの人々の宗教に関心を持ち、敬意を表するのです。

それは外国の人々と深い信頼関係を築けます。その結果、生活が楽しく、幸多いものになります。したがって外国生活で重要な条件に宗教の事を広く知っておくことが重要なのです。

しかしそれは個人的な問題にとどまるものではありません。国家間の平和維持の為に大きな力になるのです。宗教の違いが理由で勃発する不幸な戦争の防止になるのです。誰でも戦争は厭です。宗教が戦争の火だねにならないような効果が期待できるのです。少なくとも私はそのように信じています。

そんな理由でこのブログでは佛教やキリスト教、そしてイスラム教に関する記事を数多く掲載して来ました。その中から佛教とキリスト教に関する5つの記事の題目を下に示します。クリックするとその記事が読めますので、ご参照下さい。

日本が世界に誇れるのは仏教文化

仏教の常識(3)お釈迦様の教え・・・色即是空・空即是色

法然と親鸞の名前は知っているが教えは知らない

教養としてのキリスト教(1)旧教と新教の違い

教養としてのキリスト教(18)あまりにも人間的なイエスのこと

今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。藤山杜人

(下の写真は挿絵代わりによくある佛教的風景をお送りしましたものです)

032_2

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

象さんが人々の心を魅了していた時代、そして小田原城の象さん

2011年02月27日 | 写真

129

この写真の小田原城本丸の下に象さんが飼われていました。いつ行っても愛らしい姿に心が和みました。昨日久しぶりに象さんに会いに行きましたら、空しく荒れ果てた象舎とコンクリート敷きの足場に太い鎖を繋いだ鉄製の輪があるだけです。土産物店のおばさんに聞くと1年半前に 62歳で天寿を全うしたそうです。

戦後貧しい時代にネール首相から贈られた象さんが日本中の人々の心をどんなになごませてくれたでしょうか?今思い出しただけでも私の心が温かくなります。

上野動物園だけでなく次第に全国の動物園に象さんがタイやインドからやって来ました。終いにはアフリカ象さえ来たのです。当時はテレビも無いので動物園が子供の憧れでした。

下の写真は小田原市の公式サイトから転載させて戴いた小田原城の象、ウメ子の元気な頃の写真です。

16168390891381

昨日は小田原城の象さんの死を知り、悲しい気持ちで、三の丸の掘まで降りてきました。悲しい気持ちを写すように掘の水が淋しげに暗く静まり返っています。下の写真です。(ウメ子の死を悲しむブログ多数は、「小田原城の象」で検索すると出てきます)

そしてこの掘の周りを病気の重い友人のGさんと一緒に散歩した事を思い出しました。その時の記事は、思い出、そして小さな旅と題して2年前に掲載しました。

是非、この記事をクリックして5月になると掘に蓮の葉が青々と繁る様子もご覧下さい。自然は年々歳々変わりませんが人間や象さんは変わって行きます。

少しさびしい思いをした小田原城の訪問となりました。

120

そんな時代も遠い昔になってしまいました。(終り)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

陽春の小島、初島への小さな旅

2011年02月27日 | 日記・エッセイ・コラム

太平洋の上に浮かぶ孤島と言えば大げさ過ぎますが、熱海の沖にポツンとある初島は関東地方では数少ない孤島です。暖流が流れている海に浮かんでいるので春が早く来ます。昨日、船で渡り、周囲4kmほどの島を散策しました。初めて訪れた40年前には、一番下の写真のような畑が一面に広がっていた素朴な島でした。

その後、10年おきくらいに家内と2回行きました。島は一面に大根畑が広がり、タクアン漬けの桶が畑の中に散在していました。そして夏ミカンの木が多く、熟れた夏ミカンが大根畑の周りに沢山落ちています。タクアンの強烈な臭いとミカンの甘美な香りが混じって変な感じでした。

最後に行ったのは大学時代の同級生のOT君と一緒でした。葉山マリーナから古い巡視艇で数人で航海して行きました。島ではOT君と民宿に泊り、宿の主人に船を出して貰いサバを釣りました。夜にそのサバを刺身にして貰い、ビールを飲みましたが、サバは不味かったのが印象に残りました。新鮮過ぎるサバは不味いそうです。

そんな事で、初島へは4回行きましたが、だんだん開発され、ホテルや南アジアの植物を植えた公園も出来て、島の内部はすっかり観光地化しています。

しかし港のそばには昔通りの民宿や食堂が沢山あり、地魚の美味しい昼食が食べられます。

久しぶりに訪れた島には、陽春の花々が咲き、南国の植物を植えた公園もあり一層暖かく感じました。私にとっては懐かしい思い出の沢山詰まった小さな島です。

写真はその初島の春の風景です。写真は家内が撮りました。

それはそれとして、

今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。藤山杜人

023_3

087 084 100 110

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

富士山は3つの火山が重なって出来ています

2011年02月26日 | うんちく・小ネタ

富士山は8万年位前から3つの大きな火山爆発で出来た山です。ですから三つの山が重なって居ます。古富士火山は約8万年前~約1万年前.新富士火山は約1万年前以降に爆発しています。

富士山の溶岩には流れにくくするSiO2 の含有量が少ないので、溶岩がサラサラと麓まで流れて美しい流線型の山になりました。そして爆発後の陥没も非常に少ないのが特徴です。

日本には、このような条件をそなえた火山は非常に少ないのです。多くは箱根山のように陥没していまい複雑な形をしたカルデラ地形になっています。

下の写真の青色、ピンク、褐色の3つの色に塗り分けて示してあります。つくば市にある地質標本館で撮ってきました。

023

なお、隣の箱根はずうっと古く、16万年前の火山で出来ました。

富士山のように高い山でしたが、爆発のあと地下がガランドウになって山が陥没してしまい、カルデラ湖の芦の湖だけになったそうです。詰まらない話でしたなら御免下さい。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

海底の堆積岩(水成岩)が湾曲して隆起して高い山々になる

2011年02月26日 | 写真

海底の堆積岩(水成岩)が湾曲して隆起して高い山々になる様子を説明した3枚の写真をお送りいたします。

まず一番上の写真の説明文を熟読してから、2枚目の写真をご覧下さい。湾曲した岩の上に生えている樹木と真ん中に立っている人間と比較して下さい。岩の大きさが分かりますね。

この岩を砕かないように慎重に切り取って、つくば研究学園都市の地質標本館へ運んで、展示してあるのです。3枚目の写真がそうですが、あまりにも大きくてその一部しか写せませんでした。

日本の北アルプスや南アルプスはこうして出来あがったのですね。しかしそれと同時に火山も多数爆発しますから火成岩も混じって複雑な地質構成になっています。ご興味を持って頂ければ嬉しく思います。

028 027 024_2

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

いろいろな外国体験から得た3つの結論(2)現地の人々と親しくなるのが鉄則

2011年02月26日 | 日記・エッセイ・コラム

外国に暮らす場合に、幸多い日々を過ごすための鉄則が3つあります。その2番目のものは現地の人々と親しくなることです。

しかし日本人には生まれつき社交的でない人も居ます。近所の人々と仲良くする方法を知らない人もいます。職場でも仕事以外の趣味の話はしてはいけないと思っている人も居ます。

趣味の事を現地の人々と話しあうのは必要が無い・・・仕事さえ出来れば良いと思っている人も居ます。大会社から外国へ派遣された「仕事の出来る人」にしばしば見られる態度です。

しかしそれでは幸多い、心豊かな外国生活が出来ません。

外国の人々と親しくなる上で一番重要な事はその国の文化を尊敬し、人々を大切に思う心です。

もっとキザな言葉で言えば、外国人を心から愛する事が一番重要な事なのです。その気持ちと熱い愛を持っていれば外国人はそれを察し、あなたへ対して好意的になります。

必要以上に社交的に振る舞う必要はありません。

朝夕の挨拶を心を込めてするのです。そして少しだけ天気の話や趣味の話しをします。特に職場の外国人は、夫婦揃って自宅に招き簡単な料理とビールを供します。

その折、その国の歴史や文化が好きですと言います。そしてその国の文化について教えて貰います。

趣味の話も良いです。例えば下の写真のような日本の帆舟の写真を見せます。相手が帆船に興味があれば話が弾みます。ヨットの趣味の話になるかも知れません。

73h842hoc63h8421000goc631g842101

それから郷に入れば郷に従いたいと思う心が重要です。例えば貸家を探す時は現地の人々の忠告を良く聞くべきです。何処に住んだら安全かとか周りの住民が嫌がらないかとかいろいろ聞きます。その話が進むと、「それでは私が丁度良い貸家を探して上げましょう」という話しになります。外国人を信頼し、全てを任せてしまうと良いのです。私はドイツで家を探し、中古車を買った時、すべて職場のドイツ人がしてくれました。車の登録やナンバープレートも取ってくれました。

全てを任せます。信頼しています。尊敬しています。ドイツの音楽が好きです。そんな気持ちを最初に持つことが一番重要なのです。お世辞は逆効果です。知らない事は何でもドイツ人に聞きました。

この時、もう一つ大切な事があります。それは自分の国の歴史や文化を自分で誇りに思っている事です。簡単な説明も出来なければなりません。日本の文化とドイツの文化には優劣がないと信じている事が重要なのです。そうでないと外国人は貴方を卑屈な人間と思い、親しくなってくれません。

現地の人々と親しくなる事は友情を厚くし、国際友好も増進し、温かい平和な世界を作ります。しかしそのような善い効果の他に、自分や家族が急病になったり交通事故に会ったときに現実的なアドバイスや支援をしてくれます。そして人間は国の違いを超越出来るのです。人種の違いを超越出来るのです。

これこそが幸多い日々を支える精神的バックボーンとなって貴方を何時も支えてくれます。この境地こそは外国に住んでいて始めて体験する事の出来る至福の境地なのです。

それはそれとして、

今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。藤山杜人

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

今日の散歩・・・稲荷山を越えて高尾山に登る

2011年02月25日 | インポート

今日は春のような暖かい晴天の日でした。朝10時に車で家を出て、家内と一緒に高尾山へ登ってきました。最近足が弱って来たのでトレーニングのつもりで稲荷山の急坂を登りました。稲荷山頂上のあずま屋で持参のオニギリの昼食をとりました。2時間ほどで山頂へ行き、薬王院飯縄大権現の社を通ってリフト乗り場へ降りてきました。そのまま麓まで歩いて下りる事も出来ましたが、明日早くから熱海の沖の初島へ行く旅行なのでそれ以上歩くのは止しました。リフトに坐って降りて来ました。一日中、春風が山の林の中を吹きぬけていて爽快な散策でした。帰宅は午後4時でした。つまらない写真ですがお送り致します。

015

016 031 047

稲荷山の麓に大きな土木工事をして圏央道のトンネルとインターチェンジの立体交差道を作っていました。完成すれば便利になりますが、自然破壊も凄まじく、考え込んでしまいました。下の左端がその写真です。

011 024 037 039 051

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

何故地震を予知できないか?・・・日本とニュージーランドは地震多発地域

2011年02月25日 | 日記・エッセイ・コラム

地震は大陸の地殻(大陸プレート)の下に大洋の底の地殻(海底のプレート)がもぐりこんだために起きると分かっています。堅い海底の地殻が堅い大陸の地殻の下に滑り込むのですから界面はギザギザに割れ、ストレスがある部分に溜まります。それが大きくなり過ぎて突然破壊と断層滑りが地下深くで起きます。当然大きな揺れが起き、それが地表へ伝わって地震となります。

原因がこれほどはっきり分かっているのに地震の予知は殆ど不可能です。大陸プレートと海底のプレートの界面は地下数十キロ以上と深いので局部的なストレスの溜まった場所を探すことが不可能なのです。下の写真の真ん中近辺に横長の四角を描いた所が3ケ所あります。そこが地震の発生源になり易い大陸プレートと海底プレートの境目です。素人の私が描き込んだので正確ではありませんが大体正しいと思います。

Subductionzonej1

この3ケ所の四角形の下に線が引いてあります。この場所が地震発生場所と示す為の線です。

海底の地殻(海底プレート)がゆっくり動くのは地球の内部で熔けているマントルが流れ動いているからです。太平洋プレートは毎年10cm位西へ動くそうです。

下の写真は太平洋海底プレートとフィリッピン海プレートが西方向へ動いてユーラシア大陸プレートの下に潜りこんでい様子を示しています。潜り込むとき、海底が削り取られ日本列島が出来あがっている様子をご理解下さい。019

ニュージーランドで大きな地震があり、悲しい事態になりました。昨日、つくば市のそばへ行きましたので地質標本館によってニュージーランド近辺の地質模型を見て来ました。地形が複雑で写真では示しにくいのですが、基本的にはオーストラリア大陸プレートの下へ南太平洋の海底プレートが潜り込んで出来たのがニュージーランド列島のようです。海底が剥ぎ取られたり、隆起して出来た島々がニュージーランド列島です。その生成の様子が日本列島と非常に良く似ています。ああ、不運な類似だなあ、と暗い気持ちで地質標本館の専門家の説明を聞いていました。なお、上の文章では地質学の専門用語を分かり易い言葉に変えています。専門家が、お許し下さいますようにお願い致します。

人間は莫大なお金を使って広い宇宙へロケットや宇宙船を飛ばせています。そんなお金があればもっと、もっと足元の地面の下を研究して地震災害の防止技術を確立したほうが良いと誰でも思います。しかしそれが出来ないのが人間の悲しいところです。続編でその理由を少し説明したいと思います。

今日はまだ救出されて居ない日本人と、瓦礫の下に閉じ込められている全ての人々が無事助け出されることをお祈り申し上げます。藤山杜人

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

戦後、日本へ初めて現れた軽自動車・・・スバル360、マツダクーペ

2011年02月24日 | 日記・エッセイ・コラム

日本で車の展示数が一番多いのは石川県、小松市にある日本自動車博物館です。そこには戦後、国産車として初めて現れたスバル360やマツダクーペ、そしてあのトヨペットクラウンも展示してあります。

下にWikipedeaの1960年発売のマツダクーと1958年発売のスバル360の項目にある写真を転載させて頂きました。最後のトヨペットクラウンは日本自動車博物館のHP:http://mmj-car.com/ から写真を転載させて頂きました。

昔、アメリカ留学中に中古のダッチ・コルネットという大型車に乗っていて、1962年に帰国し、いきなり小さな、小さなマツダ・クーペを買いました。初めての子供を後席にのせ妻と3人で甲府の奥の夜叉人峠まで登り、芦安温泉に泊って来たこともあります。懐かしい車です。当時は道路が車で混んでいなくて、このように小さい車でも安全に走れたのです。360cc空冷4サイクル2気筒のエンジンが後部座席の後についていてオートマチックギアでした。そのうちパブリカやサニーやカローラが出て来て車が一気に普及したのです。日本の経済の高度成長の初めの頃の話です。ご高齢の方々にお送りする昔話でした。失礼します。

Mazda_r360_coupe_0021 1958_subaru_360_011 Toyota_0011

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

今日の散歩・・・ヨットの点検、つくばの地質標本館、パンの店・モルゲンとアンデルセン

2011年02月24日 | 写真

今朝は小雨でしたが、暫くヨットへ行ってませんので、舫い綱の点検へ行きました。異常ありませんでした。小雨の中、キャビンを小型ガスストーブで温めて昼食を食べました。航海日記に「あちこちの点検しましたが、すべて異常なし」と記入しました。

001_2 004

昼食後、つくば学園都市へ行って産業技術総合研究所内の地質標本館へ行き、また勉強してきました。何度も来ると、だんだん理解が深まります。整理してブログの記事として、ご紹介して行きたいと思います。下に地質標本館の建物の写真を示します。

009

つくば研究学園都市にはパンの美味しい店が多いのです。以前、少しの間働いていたある研究センターのそばの2つの店に寄って見ました。下の写真の黄色い建物の店がドイツの黒パンを売っているモルゲンという店です。パン類の他にドイツ風のケーキも美味しいです。

このモルゲンの斜め前にあるアンデルセンという店にも以前何度か行きました。最後の写真がアンデルセンです。

長い棒状のフランスパンが美味です。どちらも店内でゆっくり食べられるスペースがあります。隣接して洞峯公園という広い公園もあります。季節の良い折には公園で美味しいサンドウィッチなどを楽しむのも一興です。広い駐車場もあります。

今日は久しぶりにヨットとつくば研究学園都市を車で回って来ました。歩かなかったので厳密に言えば散歩ではありませんが、散歩のようにゆったりした気分になりました。つまらない話で恐縮です。

032 033

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

いろいろな外国体験から得た3つの結論(1)暴力の横行する外国で身の安全を守る方法

2011年02月24日 | インポート

001

この写真は高幡不動の五重塔に静かに陽が射している風景です。平和です。安心します。我々の住む日本はこのように安心して住める平穏な社会なのです。

しかし外国へ行くと暴力的な犯罪が多く、南米のある国々では警官さえも注意しないとお金を巻き上げられます。

国際社会も軍事力と狂信的な宗教がせめぎ合い、暴力的な社会です。国際社会は平和な民主的な社会ではないのです。一部の暴力行為で南極海の捕鯨を日本が止めざるを得ないのもその実例です。

平和なそして犯罪の殆ど無いに等しい日本から外国へ行くと、しばしば泥棒に入られたり、強盗に襲われたりします。一歩外国へ行ったら自分の身の安全は自分で守らないと不愉快な犯罪に巻き込まれます。なにせ警察は頼りになりません。日本と違って交番があちこちに無いのです。

今回、ニュージーランドで起きた地震のような不運な自然災害は防ぎようもありませんが、その他の犯罪を避けるのは個人の配慮で出来ることです。

自分の安全を守る鉄則の第一は安全な住宅地に住む事です。借りようとする家を見に行った時、近所の家々や庭の様子を仔細に観察するのが重要です。自分が借りる家より近所一帯の家々を丁寧に観察して、庭や道路が清潔でゴミなど落ちていない住宅地ならまず安全です。泥棒も強盗も来ません。住宅地の一帯をレンガ塀で囲んであって、入口に門がある所ならもっと安全です。

生活していると買い物をしたり、観光旅行に行きます。その場合は薄汚れた道路へ車を乗り入れてはいけません。不潔なバスや怖い地下鉄には乗らないようにします。街を歩く人々の服装や人相を観察します。清潔そうな服装と意欲的な表情をしている人が多い街では犯罪は起きません。

夜に飲みに行く時は現地の友人と一緒に行きます。外国での生活は、「君子危うきに近よらず」がモットーです。しかし人間は退屈すると危ない所へも行きたくなります。その時は現地の友人と行きます。店の従業員と親しくなれば独りで行っても安全です。

外国では自分が注意して暮らしていると犯罪に巻き込まれません。これが4年余の外国体験で得た一つの結論です。

ついでに新しい発見をしました。実は日本も外国と同じように暴力が横行している社会なのです。昔は侠客と言い、現在は組織暴力団と言いますが、彼等が堂々と生活し、特等席で相撲見物もしていたのです。

しかし我々にとって日本が至極安全です。その理由は簡単です。生まれ落ちた時から何処へ行ったら危険か良く知らされているからです。暴力団を避ける方法も自然に分かっています。その上、公平に言えば日本の犯罪率の少なさが世界一に近いことも事実です。こういう国に生まれ落ちた幸運に感謝せざるを得ません。

それはそれとして、

今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。藤山杜人

コメント
この記事をはてなブックマークに追加