後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
反対のご意見やコメントも歓迎します。

歴史の闇に消えた七重の塔

2009年06月30日 | 日記・エッセイ・コラム

武蔵国分寺跡は公園のようになっていて気持の良い場所です。よく車で行ってのんびりしてきます。何度も行っていると国分寺は何時建設され、そして何時焼けて無くなったかが気になります。

建立は741年の聖武天皇の詔に始まり、20年ほど後に完成したようです。大体760年前後です。この時、七重の塔も完成していたようです。しかしこの七重の塔は続日本書紀に明記されているように835年に雷に打たれて焼失します。その10年後、現在の埼玉県のある郡長が朝廷に願出でて再建します。数年かかったとして大体850年頃には完成したと想定されます。

この再建された七重の塔は200年位は立っていたと言い伝えられています。この想定が正しければ、1050年頃までは存在していたに違いありません。しかしこの七重の塔に関する記録は一切見つかっていません。文字通り歴史の闇の中へ消えてしまったのです。現在は下の写真にあるように礎石しか残っていません。このように記録の残っていないお寺の建造物が沢山あるようです。何か不思議な気分になります。

国分寺の伽藍の全てが焼失したのは1333年です。新田義貞が北条氏を府中の分倍河原で破り、鎌倉幕府を倒したときに新田軍に焼かれたと分かっています。新田義貞は1334年に国分寺の跡地に薬師堂をたてたと記録に残っています。

その後、1776年に至る440年間は国分寺は存在していませんでした。江戸中期に現在ある場所に国分寺が再建されたのです。

一つのお寺の歴史を見ると、創建され、焼失され、長い間を置いて再建され、また焼失するという繰り返しが多いようです。お寺の記録は本堂についてが多く、付属の建物の歴史的記録はあまり無いようです。下の写真を見ながら悠久の昔へ思いを馳せ、色々な想像をお楽しみください。(終わり)

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ガンになりました、その検査と手術のこと

2009年06月30日 | うんちく・小ネタ

前立腺ガンになりました。昨日、入院の手続きをしました。8月上旬、手術を受け10日間ぐらい入院の予定です。高齢になると男性がよく罹るガンですのでご参考までに検査の経緯を個条書きにしてご報告いたします。ご参考になれば幸いです。

(1)2年ぐらい前から近所の泌尿器科医院へ行って頻尿のための薬を貰っていました。そこで前立腺ガンを敏感に検出するというPSA血液検査を数回うけました。結果はガン細胞発生とでました。

(2)その病院の紹介状を持ってある総合病院の泌尿器科へ行き、針を体内へいれ生体細胞を前立腺内の10ケ所から採取し、精密検査をしました。生体細胞採取は20分くらいで済みます。

(3)10ケ所のサンプルのうち5ケ所にガン細胞が見つかりました。そこで転移の可能性を詳しく調べることになりました。

(4)骨への転移を調べる「骨シンチ」を全身X線撮影をし、更に他の臓器への転移を調べるために全身のCTスキャンをしました。どちらも30分以下の検査ですが別々の日に行います。

(5)昨日、家内も同席して、全ての検査結果の説明と治療方針の説明がありました。

(6)幸い転移は一切無いと判定されました。そこで手術によって前立腺からガン細胞を摘出する治療を受けることを決めました。

(7)治療方法は手術の他に、放射線照射の方法とホルモン類の注射の方法の2つがありますが、いずれも副作用がひどそうなので手術で取り除く方法を選びました。切るのは痛いのですが、お医者さんも手術の方が一気に治療できるので良いと薦めてくれました。

尚、前立腺ガンの初期なら、小線源の放射性物質を前立腺の中に埋め込むという簡便は方法でも良いそうです。ですからPSA血液検査を早めに受けることが重要になります。

最後に高齢の男性の方へ特に申し上げたいことを書きます。それはPSA血液検査のことです。この検査は前立腺ガンだけに敏感に反応する非常に優れた検査です。近所の泌尿器科医院へ申し出ると簡単にしてくれます。このPSA検査は普通、自治体が高齢者へ行っている健康検査には含まれていません。胃ガンや大腸ガンの血液検査は含まれることが多いのですが、PAS血液検査はあくまでも本人が開業医へ申し出て受けるものです。料金は非常に少ないのですが、申し出ないと検査されませんので是非お受けになることをお薦めいたします。

多少なりともご参考になれば嬉しく思います。

今日も皆様のご健康と平和をお祈り致します。  藤山杜人

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1970、昭和45年まで小金井市は米の生産地でした

2009年06月29日 | うんちく・小ネタ

小金井市の南半分を西から東へ流れる野川の周辺は広い水田地帯になっていて1970年、昭和45年まで米の生産地でした。下にその頃の水田の写真を示します。そのさらに下の写真は先ほど撮ってきた現在の様子です。水田跡は東京都立武蔵野公園の広場になっています。

昔の写真の出典は、小金井市教育委員会、編集・発行CD「写真でたどる昭和の小金井」 です。

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都会の片隅にある ささやかな しあわせ

2009年06月29日 | 日記・エッセイ・コラム

東京で裕福なカップルは銀座、六本木などで遊びます。しかし質素なカップルが楽しそうにしてる場所があります。JR浜松町駅から竹芝桟橋へ歩き、そこから南隣にある日の出桟橋へ行きます。お台場行きの船にのります。下の写真のような船です。片道460円。レンボーブリッジの下をくぐり、お台場に行きます。30分毎に日の出桟橋とお台場を往復しています。

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30分でお台場です。下の写真にあるように、若いカップルが何組か船の屋上にいます。

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船着き場を上がってところに下の写真のようにショッピングモールが有ります。映画館コンプレックスもあります。2棟の8階建てのビルがお台場の商店街です。

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建物の7階と8階は香港の町並みを再現し、香港料理店が並んでいます。下の2枚の写真がその様子を示しています。

行った時は土曜日の12時頃でしたのでどの店にも若いカップルが沢山いました。皆静かに昼食を食べています。大声を上げる人は居ません。ささやかな しあわせ を見るような光景が広がっていました。(終わり)

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それにしても暗い青春時代だった!

2009年06月29日 | 日記・エッセイ・コラム

18歳 の高校入学から1958年、22歳の大学卒業。そしてさらに2年間の大学院生活の仙台での人生は暗かったのです。前に書いた通り、貧乏暮らし、父親からの圧迫が青春を暗くしました。しかしもう一つの原因は自分の容姿へ対する劣等感が私の青春時代を押し潰し、暗黒の時代にしていたのです。

皆様はご自分の容姿に劣等感を持ったことはありませんか?

戦前の生まれの私は短足、背丈が低く、栄養が悪いので顔色も悪いのです。容貌魁偉と言うほどではありませんが、女性が寄ってくるような顔ではありません。今風に言えばルックスが悪いのです。学校の先生は「人は見かけで有りません。心の持ち方で美しくなるのです!」と力説します。なんと空々しい説教なのか、と思ったものでした。

容姿に劣等感があるから若い女性には普通に話が出来ません。ですから女友達は皆無です。暗い青春です。

24歳の夏、アメリカ留学のため仙台を出発する2ケ月前にお見合いをしました。相手は東京に住んでいる大学を卒業したてのお嬢さんです。お見合いの次の日、結婚を申し込んだら良い返事です。現在冷静になって考えると美人というほどではありませんでしたが、当時はかなりの美形に見えたのです。それよりも両親の育て方が良かったしく素直でのんびりしています。性格が良いのです。すぐに婚約をし、翌年、アメリカへ呼んで結婚式を挙げました。途端に自分の容姿へ対する劣等感が嘘のように消えてしまいました。

この時、しみじみ思ったことは「人間の劣等感は心の迷いに過ぎない!」ということでした。

人並みに子供も2人出来、孫も3人います。

23歳で結婚した家内はすでに72歳。素直でのんびりした性格はお見合いの頃と変わらない。

しかし容姿といえば当然のことながら「元お嬢さん」になってしまった。

よく青春時代は人生で一番楽しい時代といいますが、逆に一番暗く、苦しい時代の人生を送る人もいると思います。皆様の青春時代はいかがでしたか? (終わり)

今日も皆様のご健康と平和をお祈りします。 藤山杜人

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鉄道マニアの気持ちが分かりますか?

2009年06月28日 | 日記・エッセイ・コラム

昔、全国の国鉄の路線で蒸気機関車が大いに活躍していた記憶をお持ちでしょうか? 70歳以上の高齢者ならきっとあの石炭の煙の匂い、悲しげな汽笛の響きとともに懐かしく回想されると思います。それが高じて鉄道マニアになり、カメラスポットに三脚をたて列車を待つ趣味になる人もいます。しかし昔の体験のない若い人々にも鉄道マニアが多いのです。写真を撮る、模型を作る、鉄道グッズを蒐集する。いろいろな楽しみ方があります。私は鉄道マニアではありませんが気持が理解できます。船のマニアだからです。船なら機会がありさえすればどんな船にも乗ります。帆船日本丸、豪華客船日本丸、川崎ー九州の快速フェリー、名古屋ー北海道の豪華フェリーの木曾、伊豆諸島通いの かめりあ丸、快速の水中翼船、河口湖や山中湖の子供向き遊覧船、なんでも乗りました。乗ってエンジンの調子や船の重量配分や揺れ方などを考えながら楽しみます。

写真も撮ります。最近撮った写真を5枚掲載します。始めの2枚はいつもレンボーブリッジを車で通るとき見える白い船体の写真です。独立行政法人航海訓練所の練習船の青雲丸(後)と大成丸(前)のです。その次の写真は伊豆七島通いの水中翼船です。4枚目の写真はシンホニィークラシカ号で最後の写真はヴァンデアン号です。夕方の観光クルーズの様子です。最後にもう一枚、独立行政法人航海訓練所の帆船日本丸の優雅な写真を付けます。1999年博多港での写真です。同じ型の帆船、海王丸も航海訓練所にあります。 (出典:http://www.yado.co.jp/ship/nipponmaru/nipponmaru.htm )

このような何の変哲も無い船の写真を見ているだけで幸福感につつまれるのです。気持ちが元気になるのです。ご覧になって幸福を感じて頂ければ嬉しく思います。

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教養としてのキリスト教(16)信者と信者でない人の違いを知っていますか?

2009年06月28日 | うんちく・小ネタ

私達の周りには仏教的な習慣が沢山あります。ですから日本は仏教国です。しかし人々へ仏教徒ですか?と聞くと、違います。私は無宗教ですと答えます。

キリスト教の信者とそうでない人の違いはあまりありません。信者になると人格円満になるというのは真っ赤なウソです(これは私に限ったことですが、、、)。

信仰を持っていなくても高潔で、人格が良く、誰にでも優しい人が多くいます。

それでは信者と信者でない人の違いを判断できるものはあるのでしょうか?

今日の福音書の朗読ではイエスが起こした2つの奇蹟のことでした。12年も出血が止まらないで困っていた女の病を一瞬のうちに治してしまったのです。もう一つは息絶え、死んだ少女を、「少女を、起て!」と命じて生き返らせた奇蹟です。

この奇蹟を信じますか?と、信者に聞いてみます。「信じています」とか「信じようとしています」という具合に肯定的な返事があれば信者と判定してほぼ間違いがありません。信者でない人は奇蹟に関心も有りませんし、もちろん100%信じでいません。

カトリック信者と自称している私は半信半疑です。本当に起きたことと思うときもあるし、偶然治ったと思う時もあります。しかし一瞬でも信じたのなら信者と判定してよいのです。

ダーウインの種の起源も真理なら、旧約聖書の創世記も真理なのです。節操がないと目くじら立てるから人間の間に争いや戦争が起きるのです。

今日のマルコの福音書にはイエスと弟子たちの人間らしい会話も書いてあります。出血の病に苦しんでいた女は群衆の混雑にまぎれてイエスの後ろから服の裾に触ります。そうすれば病が治ると信じていたからです。イエスが振り向いて、「私の服に触ったのは誰だ?」と聞きます。

弟子達はイエスが怒っていると誤解して、なだめます。こんなに群衆がひしめいているのですから、触ったくらいで怒らないでください!と。しかしイエスは触った女の病を治して上げたかっただけでした。前に回ってひれ伏した女に、「貴方の信仰があなたを救った。安心なさい。もうその病気は治ります。元気に暮らしなさい」と言ったのです。

キリスト教の聖書にはこのような弟子たちとキリストの、実際にあったような人間的な会話が沢山出てきます。ですから分かりやすい、そして面白い読み物になっています。

宴会の場合、お客が酔う前は良い葡萄酒を出して、酔ってきたら悪い葡萄酒を出すという文章もあります。2000年前の人間が現在の私達と同じことをしていると思うと途端に親近感が湧いてきます。そうして奇蹟の紹介があります。ですから私は半信半疑ながら全ての奇蹟物語を信じています。私の場合は一つの例でしかありません。もっともっと立派な信者が沢山居ます。

しかし、教養としてのキリスト教を書く以上は、真実の知識を提供すべきと思います。恥ずかしいからといって事実を曲げて書くのはいけないと思っています。多少でもご参考になれば嬉しく思います。(続く)

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あなたは日米安保条約とNATO条約の違いを知っていますか?

2009年06月28日 | 国際・政治

2000年頃、アメリカ国防省の仕事をほんの少し手伝っていた。ある時、海軍研究所の有名な研究者の W博士が日本の基礎研究の状況を視察に来た。同行して全国の大学や研究所を回った。2人だけの旅の間に親しくなり、いろいろな話をした。その中で、彼が日米安保条約とNATO条約の違いを説明してくれた。皆様はその違いを一言で説明できますか?

日米安保は相互軍事的義務の無いが、NATOの方は軍事義務があるという。分かりやすく言えば、アメリカが北朝鮮に攻撃されても日本の自衛隊は北朝鮮を攻撃する必要がない。しかしNATOは加盟国の一国がある国から攻撃されたら加盟国すべてが攻撃しかえす義務があるという。例えばポーランドがロシアに攻撃されたらアメリカは勿論、ドイツ、イギリス、など全ての加盟国がロシヤを攻撃する義務がある。

日本人はこの違いを分かっていないが、アメリカ人は重大な違いと思っていると、W博士が言う。これを日本人はどのようにするかによって日本の将来へ大きな影響が出るとも言う。

イラクへ自衛隊を駐留させた。インド洋で海上自衛隊の船がアメリカ海軍の船へ給油をした。ソマリア沖での海賊の取り締まりもした。なぜ海上保安庁の巡視船ではいけないのか?あなたはお分かりでしょうか?最近では日本政府がアフガニスタンの安定のために外務省の文官を派遣したと報じられている。

日本の政治家の多くは安保条約の改定なして、事実上はNATO条約と同じように格上げしようとしているのだ。その事実を国民へ一切説明していない。これこそ日本の政治権力者の民主主義無視の態度と思える。

アフガニスタンを確保するためにアメリカは「地方復興チーム」(PRT)をNATO加盟国参加のもとで展開しはじめた。そのための特殊任務の軍隊を送っている国々は、アメリカ、ドイツ、スウェーデン、ノルウエイ、リトワニア、スペイン、イタリー、チェコ、ハンガリー、トルコなどなど。日本の政治権力者の多くは遅れては損をするとばかり外務省の文官4人を派遣した。

6月26日読売新聞3ページ目に「アフガン復興 文民の出番」 外国軍に守られ 学校建設支援、という題目でPRTへ日本がどのように協力するか詳しく報じている。しかしその報道ぶりは貧困国支援のボランティア活動という雰囲気で書いている。そうではない。NATOの軍事行動へ協力しているのだ。日本のマスコミが過酷な事実をやんわりと報道する何時ものやり方なのです。

さて皆様は日米安保を改定した方が良いとおもいますか?するとしたらどのように変えることをお望みでしょうか?

今日も皆様のご健康と平和をお祈り致します。   藤山杜人

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これでは日本人は自立のための戦争に勝てません

2009年06月27日 | 日記・エッセイ・コラム

藤山さんへ、

懐かしいお写真をありがとうございました。「日本人の発想では戦争に勝てません」と題する記事のことですが・・・
当時は、今の北朝鮮と同じで (もっと自由はあったと思いますが・・・)、一般国民には世界の情報が遮断されていて、都合の良い情報だけ流し、悪い情報には蓋をしていました。
精神教育だけでした。
しかし、やはり『今の日本人でも戦争に勝てません』と思います。
なぜならば、自由で個人の権利が満たされていて、飢餓に苦しむことなどありません。
権利は主張しますが、義務を果たさず、ハングリー精神に欠けていると思います。
これだけは人間として何かに、欠けているように思います。
当時の方が、純粋で精神的にはもっと充実しているように思いますが・・・・どのようなものでしょうか?

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toshyさんへ、

小生の言いたいことを見抜いて下さいまして有難うございました。
そうです。現在の日本人も戦争に勝てないと言いたかったのです。
この場合の戦争とはもっと広い意味での、経済競争も、外交も武力も含めた「自立のための戦い」を意味します。アメリカに防衛して貰っている間に日本人は自立の精神を失ったのでしょうか?
コメント有難う御座いました。
敬具、藤山杜人

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東京の豪華観光船3隻、シンフォニー2隻とヴァンデアン号の写真

2009年06月27日 | 写真

今日はヨットに行く予定がありませんでした。しかし朝から晴天。一番近い海を見に行きました。

車で1時間。日の出桟橋前の駐車場に車を停め、お台場行きの船に乗りました。

その目的は豪華観光船、シンフォニー・クラシカ号とシンフォニー・モデルナ号(株式会社シーライン東京運行)とヴァンデアン号(東海汽船運行)の美しい写真を海側から撮影することでした。

横浜港にも神戸港にも豪華な観光船が運行しています。料理のレベルで乗船料は3000円から12000円程度です。毎日、昼、午後、晩といろいろな内容で東京港をクルージングしていますので気軽に何時でも乗船出来ます。その上、非常に良いことは車の駐車場が広く、無料なことです。東京都観光汽船株式会社運航のお台場行きや、浅草行きの船に乗っても無料なのです。(会社名で検索すると出発する日の出桟橋の場所、運行時間や料金が詳細に分かります)

下の写真の前の船がシンフォニークラシカで後ろの船がシンフォニーモデレナです。その下の白い客船の写真がヴァンデアン号です。写真をお楽しみ頂ければ嬉しく思います。(終わり)

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日本人の発想では戦争は勝てません!

2009年06月27日 | 写真

以下の写真は第二次対戦中の小金井の防空演習の様子です。発炎筒から煙をだして、バケツリレーで焼夷弾の火を消そうという演習です。しかしB29の焼夷弾は束になって降り注がれたのです。一軒の家へ数本の焼夷弾が落ちたのですからバケツリレーなど間に合いません。焼け死なないように走り出すのがやっとでした。

(終わり)

今日も皆様のご健康をお祈りします。そしてこのような事が二度と起きないようにお祈り致します。  藤山杜人

(写真の出典は、小金井市教育委員会、編集・発行CD「写真でたどる昭和の小金井」です)

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貴方はどちらの船がお好きですか?二者択一の世界

2009年06月26日 | うんちく・小ネタ

長さ43フィートのハンスクリスチャン43の大型ヨットと長さ26フィートのアメリカ設計のジョイラック26と、どちらがお好きです?下の写真の43フィートの大型艇は東京ベイヨットクラブのBambino号で、写真に写っているHootaさんが船長です。その下の写真の26フィート艇は私がいつも独りで帆走している進水後28年の古いヨットです。私はHootaさんと一緒に大型艇に乗るのも好きですが、独りで気ままに霞が浦を帆走するのも好きです。インターネットのお陰で、Hootaさんと知り合い、東京ベイヨットクラブの公開帆走にも参加出来るようになりました。インターネットのお陰で趣味のヨットの世界も霞が浦から駿河湾、相模湾、東京湾へと広がりました。(終わり)

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Mainにしますか?Jibだけにしますか?二者択一の世界

2009年06月26日 | 写真

老人が独り帆走をするとき迷うことがあります。体力が無くなったので2枚のセイルのどちらだけしか揚げられません。Main Sail かJib Sail の二者択一です。今日は久し振りのセイリングなので車の中からMain Sail を揚げるぞ!と決心していました。今日の霞ヶ浦は弱い南風。

舵を固定して、キャビンの中でゆっくり持参のの弁当を食べました。他に船がいないので、前方不注意でも大丈夫なのです。(実は時々キャビンの窓からキョロキョロしていました)

もう夏ですね。汗が滝のように流れました。そんな梅雨の合間の一日でした。(終わり)

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さわやかな孤独死

2009年06月26日 | 日記・エッセイ・コラム

近所の孤独な老人が亡くなった。しばらく姿が見えなかったが入院していて2週間ほどでなくなったという。子供がいない。奥さんも数年前に亡くなり、奥さんの母の介護をしていた。その義母も亡くなった。この3年ほどは全く孤独に暮らしていた。白いフサフサした毛の大きな犬を飼っていた。そのうち犬も老いて歩けなくなる。しかし、特注の3輪車へ乗せて毎日病院へ注射に連れて行く。ここ20年位は相当広い範囲の近所の道路の落ち葉を毎日朝夕掃き清めていた。

昔の日本人だが足が長くて、背が高く、細面の上品な顔で、いつもニコニコして道路のごみを一年中掃いていた。それで気がついたが、落ち葉は秋だけではない。何時も少しずつ木々の梢から落ちてくるものなのだ。

近所の人々が白い犬を連れた老人に会うと、落ち葉掃きをありがとうと声をかける。よく楽しげに近所の人と立ち話をしている姿を見た。

感謝した家人がちょっとした贈り物を届ける。素直に受け取ってはくれるが顔が「気を使わないで下さい」と、言っていたそうだ。しょっちゅうだと却って失礼になると思い、間をおいて時々お礼の食物を届けた。

ささやかなお葬式は遠方に住んでいる姪の家族が来て自宅で済ませた。出席した家内によると近所の人々数人だけだったそうだ。私自身は2日後に、静かな雰囲気でお焼香をしようと数珠を手に独り訪れた。呼び鈴を押したが姪ごさんも帰ってしまった後で家には誰もいない。門前で合掌して故人の冥福を祈る。長い間の落ち葉掃きも感謝する。

すると庭師のような人が出てくる。もう後かたづけとは早すぎると思い訳を聞いてみた。すると庭師が言うには、亡くなった人が病院から電話をよこしたそうだ。そしてこういう話をしたという「自分間もなく死ぬから、例年と同じように庭木の剪定と雑草取りをして下さい。代金は銀行振込みをしてあります」

それでお葬式の日からこうして庭の手入れを、毎年と同じようにしてるのです。ここのご主人様は心の優しい良い方でした。庭師は静かにそれだけを話すと私に頭を丁寧に下げて庭の奥に消えてゆきました。(終わり)

今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。  藤山杜人

(写真の出典は、あとみん様の富良野健康生活:http://furano2008.blog95.fc2.com/ です。)

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立ち騒ぐ海原と白波の写真

2009年06月25日 | 写真

梅雨の間は日差しが見えても空には雲が多く、気圧も低いのでどうしても気分がスッキリしません。なにかスッキリするような写真でもブログへ掲載しようとあれこれ探しました。

5月14日に城ケ島のそばの三崎港から東京湾を縦断して浜離宮まで帆走したおりの海のたたずまいの写真を見つけました。南風の強い一日で大型ヨットが船体を傾け、狂ったように疾走しました。梅雨の鬱陶しさをお忘れ頂ければ嬉しく思います。(終わり)

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