後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
反対のご意見やコメントも歓迎します。

心の故郷はカトマンズでしょうか

2008年10月31日 | 日記・エッセイ・コラム

生まれて育ったところを「ふるさと」と言い、懐かしい、楽しい思い出が沢山つまっている。と、信じている人々が多いと思います。でも生まれ育った土地以外にも心引かれる、懐かしい土地が出来てしまうこともあります。

何度も引用させて頂いている「ひかるの」さんの心のふるさとはカトマンズのようです。カトマンズを離れてタイのバンコックに移っても、ブログにはカトマンズのことを懐かしく、いとおしく、思い出しては、書いています。そして現地のカースト制についても詳細に書いています。アジアの社会の一角の複雑さを説明しています。

下記の文章はバンコックへ移ってから書いたものですが、貴重な情報なので転載させて頂くことに致しました。

そして現在、ひかるのさんは東京へ帰っています。しかし落ち着かない様子で、今日はまたカトマンズのことを書いています。(http://asiancloth.blog69.fc2.com/

=====ひかるの様のブログの10月23日掲載記事の前半分======

バンコクの街中の路上を眺めていると、ついついカトマンズのことを考えてしまう。
 ネパール政府が 今週の水曜日までにカトマンズ、ラリトプル、バクタプルの歩道の
 露店を撤去するという決定をし、2,3日前から警察を使って、撤去作業を進め、
 場所によっては、警察とのいざこざも生じていたようだ。
 私が カトマンズ滞在中、よく通った場所はどうなったのだろう。
 皆、他に仕事がないから、路上での商いをしているぎりぎりの生活をしている人たち
 だったが、マオイスト主義政党も政権の中枢に入ると、弱者に眼を向けることから
 遠ざかっていくようである。

 ネパールの政治の中枢にいるのは バウン族(ヒンズー教カーストの最高位に属する
 僧侶階級)、彼らは自分たちの血族にしか興味を示さない。
 自分たちより下のカーストは 自分たちに奉仕するのが当然であると思っている。
 インドのカースト制は基本的には様々のカーストを含んだコミュニティを持っており、
 その中でバランスを保っているところもある。
 この形は、カトマンズの先住民族 ネワール族のカースト社会に近いものだろう。

 ネパールのヒンズー教徒のカースト、特にチェットリ、バウン族のカーストは 
 そうしたコミュニティを持たない。
 4,5百年前から イスラム勢力との戦いに敗れ、ネパールに入り込んできた
 チェットリ、バウン族は ネパールに国境を接するインド側の様々の地域から
 入り込んできているから、バウン族、チェットリ族間の血縁関係はない。
 インドのベンガル州、ビハール州、ウッタル・プラディッシュなどインドの各地から
 ネパールに入り込んでいる。
=============以下省略===============

このように現地の詳細な事情を理解した上で、カトマンズを故郷のように懐かしがっています。このような日本人が存在している。そのことで心が豊かになります。

皆様へも、しみじみとした豊かな気持ちになって頂ければ嬉しく思い、ひかるの様のブログを、またまたご紹介いたします。(終わり)

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秋深い釜無川

2008年10月31日 | 写真

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甲州街道の韮崎市と北杜市の間に「穴山橋」があります。そこからの風景写真です。

上と下段左端は橋から下流の写真、真ん中は上流側で八ヶ岳が遠望されます。右端は地蔵岳を見上げた写真です。(終わり) 撮影日時:10月28日午前10時頃

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秋の山並みの写真

2008年10月31日 | 写真

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上段の写真は甲斐駒ケ岳、下段左端も同じ、下段中央は金峰山、右端は八ヶ岳、最下段左端は大武川の河原のススキ、真ん中は地蔵岳、右端は八ヶ岳です。(終わり)

撮影場所:山梨県北杜市武川町柳沢より、撮影日時:10月28日午前11時頃

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現役時代に趣味を持っていると引退後がすごく楽しくなる

2008年10月30日 | うんちく・小ネタ

現役時代に趣味を持っていると引退後がすごく楽しくなる。こんな話をよく聞きます。実際自分が引退して趣味を楽しんでいると、この文章が非常に重要なことが分かります。

誰でも現役のころは仕事が忙しく、趣味どころではありません。しかし老後を大いに楽しむためには趣味を2つ、3つ持っていると良いのです。

現役のころは時間がないかわりお金があります。贅沢をしないで、生活費を切り詰めてでもお金を趣味に投資して置いた方が良いと思います。

例えば別荘用の土地を少し買って置く。趣味の為の電動工具を一式買って置く。中古のヨットやモーターボートを買って置く。釣り道具と釣り用の小舟を買って置く。趣味の山歩きの為の小屋を大きな山の麓に作って置く。絵画や音楽趣味のために良い先生について習って置く。お花や茶道の師匠について習って置く。万葉集や源氏物語の先生について本格的に勉強して置く。どれでもお金を多くかけた方が、一般的には引退後が一層楽しくなります。

そんなお金があるなら老後の生活のために貯金をして置く。間違いでは有りませんが、趣味だけは引退後に始めるより青年や中年の頃に始めたほうがその後の楽しみが倍加するような気がします。

引退後は仕事仲間が居ません。しかし趣味を通じての知人・友人が沢山出来ます。狭い分野の仕事だけの仲間は非常に特殊な視野の方々です。ことの良し悪しは別にして仕事仲間とはそういうものでしょう。引退後は時間が豊富にあり、趣味を楽しむ時間は拡大します。自然に趣味を通しての知人・友人が増えます。視野や生活環境が非常に違う方々です。人間の営みの多種多様さとその華やかさに吃驚します。そのお陰で、自分の生活の巾や視野が広がり、豊かになります。引退後が人生で一番幸せな時代になります。

筆者の趣味は37歳の時に始めた山林の中の小屋と、48歳で始めたクルーザーヨットです。そしてこのブログです。ブログは山林の中で知り合った鬼家雅雄さんに薦められ、手を取り足を取りコンピューターの使い方を教えて貰ったお陰で楽しんでいます。

ブログをしていると誰にでも気軽に声をかけることが出来ます。「田舎暮らしですか?私も小屋を持ってますよ。取材させて下さい」とか話かけます。

ヨットのある現場では、「美しいヨットですね。チョット見せてくれませんか?」と言います。それでキャビンの中へ招じて貰えれば友人になれます。五月蝿そうにしたら次回にまた話しかけます。夢中で修理しているときは声をかけません。

最後に実に恥ずかしい話をして終わりにします。若い頃、欧米の研究者と競いあっていました。ところが彼等はみな別荘やヨット・モーターボートの趣味を持っています。何がなんでも彼等に遅れをとっては口惜しい!どうしてでも勝ってやりたい。趣味の世界でも。こんな浅はかな競争心と見栄で始めたのが山林の中の小屋とヨットの趣味です。決して引退後を楽しむために始めたわけではありません。

現在も軽佻浮薄な人間ですが、若いときの軽佻浮薄ぶりには思い出しただけでも赤面します。ブログに書いて肩の荷が下りて楽になりました。これで明日から一層楽しい日々になります。老人の長話になり申し訳ありません。(終わり)

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完璧な田舎暮らしを発見しました!

2008年10月30日 | うんちく・小ネタ

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夕焼けの八ヶ岳や甲斐駒の写真を撮ろうとブラブラしていました。大根を一輪車に満載した男性に出会いました。田舎暮らしをしたくて、定年後、都会生活を引き払いご夫婦で引っ越してきて、10年くらいになるそうです。そうです。

まあ、お茶でもどうぞ、と招じられます。上の写真のように都会風の家です。下の方は広々とした水田になっています。南には地蔵、甲斐駒、北には八ヶ岳、東には金峰山が見えます。下の左の写真は、声楽がご趣味の奥様の作ったカボチャです。奥様はもっぱらガーデニングが趣味で、ロマンチックな洋風の庭を作り上げています。

下の右の写真はご主人のK氏が使っている300坪の水田です。これで毎年7俵(420Kg)のお米が取れるそうです。他に畑も借りて野菜も作っています。米も野菜も完全有機栽培で農薬は使っていません。

 k氏は有名なあるベアリング製造会社の研究所で一生働いて居たそうです。研究所長をしていたような悠揚迫らない雰囲気です。筆者も技術研究をして居ましたので話が合いました。

家の1階の大きな部屋には高級なステレオ装置とピアノがあります。一角には食卓用のテーブルがあり、そこに座れば地蔵岳や金峰山が見えます。手前に目をやると芝生と草花の庭があり、その先には水田が広がっています。陽射しが明るい場所で、昔からの部落の端にあります。

ピアノが置いてあっても狭く感じません。奥様は毎月、何度か都会の声楽の先生の所へ通い、ソロの演奏もしています。田舎でレッスンの合宿もするそうです。近くの花白州というペンションに泊まりながら。(このペンションへも取材のために寄ってみました)

さて、「完璧な田舎暮らし」とは何でしょうか? 「理想的な田舎暮らし」と読み替えても良いです。人それぞれ理想の田舎暮らしの内容は異なります。しかし筆者は以下のように考えてきました。

(1)夫婦揃って田舎暮らしが好き、

(2)夫は稲作が好きで、自給自足以上の米や野菜を作っている。

(3)奥さんもガーデニングが好きで、独自の趣味をしっかり持っている。

(4)自宅の中は完全に都会風で、日常の生活が清潔で便利に出来ている。

(5)日当たりが良くて、近くにスーパーや病院があるような立地条件になっている。

先日、偶然にお会いしたK氏の暮らしは上の条件を完璧に満たしています。

多くの人々は農作業が好きではありません。

しかし、農作業が好きでも野菜作りまでです。稲栽培が出来る都会人は少ないものです。

一般的には奥さんが都会に残り、ご主人だけで田舎に住んでいる人が多いです。

山林の中は日当たりが悪くて、ジメジメしています。土地が高価でも日当たりの良い農地を購入し宅地へ変更申請をしたK氏の慧眼に恐れ入りました。

各種のベアリングは現代技術の根幹技術です。この地味な分野の研究をこつこつ努力してきたK氏だからこそ実行出来た、「完璧な田舎暮らし」ではないでしょうか?

筆者には真似の出来ない「理想的な田舎暮らし」を発見しましたので、ご報告いたします。

(終わり)

撮影日時:10月28日夕方、撮影場所:山梨県北杜市、甲斐駒や八ヶ岳山麓にあるK氏宅にて、

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炎に吸われる70の心

2008年10月30日 | 日記・エッセイ・コラム

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薪ストーブの魅力は炎が直接見えること。炎を見つめていると魂が吸い取られ、陶然とした心地になる。炉辺のテーブルに洒落たおつまみとビールを置き、時々飲む。

薪ストーブの火力は想像以上で、全身が汗ばむ。冷えたビールが美味しい。窓の外には清流の音が小さく聞こえる。いよいよ白樺の幹を燃やす小さな儀式を始める頃になる。白樺の皮がパチパチとはじけて、良い香りが漏れてくる。

今度設置した薪ストーブには小さいながら耐熱ガラスの窓がついている。窓を通して白樺の燃える炎をみる。何も考えないで夜更けまで薪をくべて時を過ごす。

小生の薪ストーブの趣味とはそういうものです。(終わり)

撮影日時:10月28日夜、撮影場所:山梨県北杜市柳沢の山林の中の小屋にて

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人間が好きだから旅をする(4)中国の多民族性を知る

2008年10月28日 | 旅行記

◎中国の回族と食習慣

日本ではグルメブームで食物の話題がよく出るが、他民族の食習慣と比較するのも面白い。北京の大学へ行ったのは1981年から数年。観光客の行かない学生食堂で学生と一緒によく食事をした。中国の大学は原則として全員寮生活で、朝昼晩の三食は大きな学生食堂で摂る。料理の品数は少ないが、北京料理だ。食器は自分が寮から持ってくる琺瑯引きの鉄製のドンブリである。食べ終わったらまた寮へ持ち帰り自分で洗う。

よく見ると、隣にもう一つ学生食堂がある。回族学生専用の食堂である。回族は豚肉を一切食べない。ラードで炒めた料理もいけない。回教の定めに従った方法で殺した羊を食べる。一方、豚肉抜きの北京料理は考えられないから、異なるメニューの学生食堂が二つ必要になる。

北京の街には回族食堂という看板を掲げた店が多い。白い布で髪の毛を隠した女や丸い帽子をかぶった男の回教徒が大勢歩いている。あるとき、中心街に近い大通りを埋め尽くして羊の群れが悠々と流れていた。独特の帽子をかぶった回族の羊飼いを、だれも非難がましく見ない。ある季節になると羊の市が立つという。羊の群れは北京の風物詩でもある。高層ビルが林立する現在では見られない中国の風景であった。

こんな風景に刺激されて、街の回族食堂に入ってみた。串に刺して焼いた羊肉は香料が効き、肉は柔らかで美味である。肉質がよいのか、北海道の羊の焼肉より数段うまい。彼らの食習慣は回教の戒律に従っているから、豚肉を使う料理は一切食べない。

宗教的戒律のない漢民族は、北京料理に飽きると回族食堂にはいる。漢族は羊に違和感を持たない。北京料理にも羊肉のシャブシャブがある。真ん中に炎抜きの煙突がついた火鍋を用いた卓上鍋料理である。

共産党独裁の中国でも回族はその伝統的食習慣を守りながら悠々と生きている。 回族だけでない。朝鮮自治区では朝鮮料理を食べている。

他民族の混っている中国では食習慣が民族のアイデンティティーになっている。

@政権へ楯つかない限り宗教は自由な中国

北京の北に承徳という町がある。清朝時代に王が避暑山荘として使った町だ。丘の上に壮大な規模の廟が立っている。同じ大きさの4区画に分かれ、それぞれが全く異なる建築様式である。仏教と、ラマ教(チベット仏教)、道教、そして回教の4つの宗教を歴代の清朝が保護、支援して、政治的反乱を抑えたのだ。

1981年当時に、中国では天主教(カトリック)の教会へも行った。共産政権は、ローマ法王が台湾のカトリック教会と縁を切るなら、中国大陸の天主教がローマ法王の傘下になることを承認すると主張している。ローマ法王は、それば出来ないので未だに中国のカトリックは独立した存在だ。

チベットを占領している中国は間違っている。しかし、ダライ・ラマの指導通りガンジーのような非暴力主義を通している限り中国政府は武力を使わないだろう。一部の者でも宗教を利用して中央政権へ楯つこうとすると武力弾圧をするのが中国5000年の伝統的統治法なのだ。もちろん例外的な王朝や政権があったことも事実だが。例えば、1966年から1976年の間の文化大革命では全ての宗教施設を破壊した。(終わり)(この稿の一部は外国体験のいろいろ(23)で掲載済み、2007年12月13日掲載)

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驚異的なブログの働き

2008年10月27日 | 日記・エッセイ・コラム

筆者はブログの可能性を確かめるために色々なネットワークに同時に加入しています。ブログ専用では「にほんブログ村」と「みんなの足跡@」です。また社会的なネットワークとしては「趣味人倶楽部」と「中高年のコミュニティSNS]です。後の二つはブログには関係なく、日記や写真、趣味の情報の交換をしています。そこへ小生は毎日、こんな概要のブログを書きましたという日記を掲載しています。したがって日記とブログの両方を読んでくださって日記への感想を下さる方が居ます。その中から自分のこちらの「ブログのコメント欄」へ転載させて頂く場合もあります。広く読んで頂くと、ご参考になるような内容のものを転載しています。

10月26日掲載の「人間が好きだから旅をする(3)隠れた人につかまる(続き)」へたいしてオカブさん、るりさん、MR383さんの3人の方から重要なコメントを頂きました。オカブさんは「推薦したいブログ」の「昼のガスパール」のオーナーの方です。るりさんとMR383さんは「中高年のコミュニティSNS]の会員で、小生の日記へコメントを下さいました。そのコメントをご了解を得ながら此方のコメント欄へ転載しました。

るりさんは教会へ通ったことがあるが、クリスチャンではない方です。オカブさんとMR383さんは宗派の違うクリスチャンです。小生はカトリックです。

キリスト教というものに多少なりともご関心のある方々は「人間が好きだから旅をする(3)隠れた人につかまる(続き)」のコメント欄をご覧下さい。

信者でない方、キリスト教徒ではあるが宗派の違う3人、合計4人の人々の問答があります。ブログの驚異的な働き、とは宗派を越えて、宗教について、気楽に、でも真面目に話し合えることです。そして話し合いの内容を公開出来るのです。

どんな宗教でも公開が必要と思います。秘密にすれば腐敗が起きかねません。

それを気楽に、自分の手で実行出来るのですからブログの働きは驚異的と思っています。可能なら宗派の違う仏教徒やイスラム教徒からもコメントを頂きたいと思っています。

ブログの驚異的な働きは他にも沢山あります。一つだけ挙げれば、素晴らしい人に会えることです。推薦したい他のブログの鬼家さん、mugiさん、木内さん、mikaさん、オカブさん、ちひろさん、玲さん、トリフォリューム レベンスさんなどです。その欄が狭いので書いていませんが、   machanさん、ひかるのさん、ゆきさん、乾燥芋のおにいちゃん、など多くの素晴らしい方々と知り合いになれれました。このような驚きはブログを始める前は想像も出来ませんでした。鬼家さんに薦められて何気なく始めたのですが、毎日楽しく過ごせます。鬼家さんへ感謝しています。(終わり)

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日本に住み着く白鳥達

2008年10月27日 | 写真

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春になるとシベリアへ帰る白鳥も、人が餌を撒いていると住み着いてしまうらしい。

霞ヶ浦では夏も居た。子供も生まれたらしく数が増えている。少し小さめで純白の羽のものが子供のようだ。

先日、いつも居るところへよったら16羽も居た。今年生まれた子供もいるようだ。

東京でもカモ類が北国に帰らず住み着いているのをよく見かける。

渡り鳥が帰らないのを見ると環境変化が起きているようで不安になる。それで野鳥へ人間が餌をやるのを厳しく禁止しているところが多い。

白鳥が住み着くほど平和な国になったという嬉しい感じもするが、なにか喜んでばかりいられない複雑な思いがする。

皆様の今日のご健康をお祈り致します。(終わり)

撮影日時:10月24日、撮影場所:霞ヶ浦、西岸、国民宿舎水郷の北湖畔にて

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まだ使っている茅葺の屋根

2008年10月26日 | 写真

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この一つ前の記事は「白魚の刺身の写真 」ですが、それを出している「うなぎの山中」という店をご紹介しました。

蓮根栽培の水田に囲まれた茅葺屋根の家です。この写真は家の裏から撮りました。ウナギを焼く煙を出す風洞が大きくて殺風景です。しかし、茅葺屋根だけを見ていると、江戸時代の景色を見ているような気分になります。(終わり)

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白魚の生の刺身

2008年10月26日 | 食・レシピ

このブログの8月23日に、「伝統の帆引き網漁の写真」と記事を掲載しました。その末尾に、白魚の生の刺身は蓮田の中の「うなぎの山中」(電話0298-28-0804)で食べることが出来ます。川海老の天麩羅や釜揚げもあります。うなぎは焼きの濃い昔風の蒲焼です。と書きました。そこで先日(10月24日昼)に食べたときの写真を掲載します。多量のシラウオのサシミは酢味噌で食べます。(一皿1000円)

うなぎの山中はHPも有りませんので、電話で場所をよく聞いて、地図で確かめた上で行かないと大変です。土浦駅東口から数キロ離れた交通不便な田舎にあります。

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人間が好きだから旅をする(3)隠れた人につかまる(続き)

2008年10月26日 | 旅行記

ブログを書くのは楽しい作業です。それを投げ打って教会のミサへ行くのは、そのほうが何十倍も楽しいからです。別に真面目に教会へ通えば天国へ行けるからではありません。困った時にイエス様が助けてくれる訳でもありません。

神様の側にいること、イエス様の話を聞くことが嬉しいと感じるからです。生きている充実感を深く味わえるからです。このような種類の喜びが存在するのです。でもそれを楽しむためにはある程度の宗教的訓練が必要です。

西洋の油絵を見て楽しむためには数多くの美術館を訪問し、「自分が好きな絵」を探す努力をしなければならばない」とよく言われます。決して上手な絵を探すのでは有りません。すると油絵の側へ行っただけで楽しくなります。そして好きな絵が有ればもっと楽しくなります。

ですから教会へ行くのも一種の趣味のような側面もあります。しかしその喜びはもっと深く、根源的なものであります。

自由と平等な社会が欧米の社会の理想と言われています。貧富の差が無く、職業に貴賎の無い社会です。現実の欧米の社会はそうなっていません。

人間は神の前でしか自由で平等になれない哀れな存在なのです。ですから教会にいる間だけ真の平等感や自由な感じを実感出来るのです。

教会では自由に、もっと分かりやすく言えば、勝手に色々考えます。今日は唐時代の三蔵法師のことを考えていました。部族戦争の激しいシルクロードを通って無事インドへ行ったのです。道中、全ての部族に尊敬され大切にされました。インドでも10年以上も滞在し、言葉を覚え全ての経典を唐に持って帰りました。現在、日本で読まれているお経のほとんどは三蔵法師が長安で漢語へ翻訳したものです。

宇宙飛行士の幾人かは、遠方から青く光る地球を見て神の存在を実感したと聞きます。突拍子が無いようですが、時々三蔵法師のことを考えて神の存在を考えています。仏と神は別物でしょう。そんな考え方は小賢しくて、本当は愚かな人間が考えたことですから心配有りません。発想法の自由は教会で時々感じています。それも一つの精神的な深い楽しみです。

日本には260年間の禁教の時代に隠れて信仰を守った人々も居たのです。彼らの心の中を想像するのは困難です。しかし日本人は一度信じたものを絶対に捨てない節操を持っている証拠です。貴重な文化遺産と信じています。それが自分の信仰を支えているような気がします。

(続く)

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人間が好きだから旅をする(3)隠れた人につかまる

2008年10月26日 | 旅行記

子供の遊びに隠れん坊というものがありますね。鬼が隠れた子供を捜し、捕まえる遊びです。今日は隠れた人に筆者がつかまった話を少し書きます。

隠れた人とは隠れキリシタンのことで、その人々を探しまわっていたら信仰へ導かれカトリック信者になってしまいましたという筋書きです。

若い頃、世界各地の民族の生き方に興味があり色々手当たり次第に雑然と本を読んでいました。その雑多な本の中に、片岡弥吉の「長崎の殉教者」という本が混じっていました。昭和45年3月30日初版発行の「角川選書33」です。

隠れキリシタンはもちろん日本人ですが、何か別の種族のようで、興味本位に読んでいました。でも何か感動し、長崎市本原町35番地に住んでいた著者の片岡弥吉氏へ手紙を出しました。丁寧な御返事をいただきました。その返事に誘われて片岡氏の他の本を読み、その後で遠藤周作の「沈黙」を読みました。読む順序が偶然良かったので沈黙の意味がよく理解出来ました。戦国時代や江戸幕府の初期に捕まったキリシタンや外国人の神父を棄教させるために拷問にかけるのです。いくら長い間拷問を受けても神は助けに来ません。イエス様もマリア様も慰めに来てくれません。殉教して死が訪れるまで神は沈黙を守ります。これがカトリックの信仰です。どうしますか?

遠藤周作はこのような信仰のあり方に疑問を感じたからこそこの小説を書いたと想像できます。でも興味が倍加しました。神が困ったときに助けに来なくても良い。

そんな考え方を少し体験してみよう。一生続けるつもりは無く、気軽に洗礼を受けました。後で考えると「隠れキリシタン」に捕まってしまったようなものですね。

これからミサへ行きますので続きは帰ってきてから書きます。

片岡弥吉や隠れキリシタンは遠藤周作などの言葉をキーワードにして検索すると多くの情報が得られます(続く)

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10年後の日本(6)離婚の増加と趣味

2008年10月25日 | うんちく・小ネタ

10年後の日本の社会がどのように変わるか?その答えは?アメリカの現在のようになるとよく言われる。しかしこれは如何になんでも雑すぎる。アメリカのようになる部分もあれば絶対にならない部分もある。例えば、日本がアメリカ流のキリスト教社会へは絶対にならない。

しかし、日本の離婚はもっともっと増加する筈と思う。この部分はアメリカ流になる典型的なものです。原因は複雑だ。しかし、原因を議論するのは無益なので、離婚の悲劇を最小にするアメリカのやり方を2つだけご紹介いたします。

(1)離婚の原因を話題にしたり追究しない。

結婚している人にとって離婚は悲劇です。それで自分の何処が悪かったか?とか、相手の何処が悪いのか?と考え込んだり、言い合いをしがちです。これをすればするほど自分が傷つくし、相手にも深傷を負わせます。悲劇がますます深刻になります。アメリカ人では、離婚の時に相談するカウンセラーが居るという。アドバイスは決まって、「離婚の原因を自分や相手に求めたり、反省したりしないこと。離婚したくなったら離婚届を出すだけにして論争をしない」そして「慰謝料などについては弁護士や民事裁判に任せなさい。自分ですると感情的になって傷を深めますよ」

ようするにサッパリと気軽に、事務的に事を進めるのが良いとされている。両親や親しい友人の禁句は、離婚の原因を聞くこととされている。起きたことは起きたこととして将来のことのみ相談に乗ることが重要とされている。離婚した元夫婦の両方と友人として付き合ったいたなら従来通うり付き合いなさい。でも双方へ相手の現状などを報告しないことです。そんなことはお互いに聞きたくないのですから。

(2)離婚したら新しい趣味を始める。

人生のスウィッチを入れ替えるのを社会が支援する。過去は問わないアメリカ文化が精神的な支えになる。心機一転、人生をまた明るく始めるために新しい趣味をはじめる人もいる。

1988年にオハイオ州立大学で働いていたとき職場に中年の女性がいた。夏に職場の全員を家族連で郊外にある自分の馬小屋でのバーベキューへ招待した。行ってみると大きな馬小屋の中心の廊下に面して左右に8頭のサラブレットを飼っている。馬小屋の通路も清潔に掃除が行き届いている。馬小屋の前の芝生でバーベキューを楽しんだ後、8頭の馬を引き出して子供を乗せて引いてやる。馬を引いているのはアルバイトの学生だという。

サラブレット8頭と瀟洒な馬小屋とは随分お金のかかる趣味です。女主人に聞いたところ、「幸か不幸か、離婚の慰謝料を貰ったので、心機一転新しい趣味を始めました。馬8頭を飼ってみると人間以上に素晴らしく、お陰で元気がでました」という。人間以上に素晴らしく!というときに片目でウインクをして、離婚をユーモアで流している様子を見せてくれた。来年は他の州へ引っ越して、新しい人生を楽しむとも言っていました。

日本でも離婚が間違いなく増加します。周囲の人々が小賢しい説教をしたり、相談に乗ってはいけません。将来のことだけ話題にしましょう。

新しい趣味を薦めるのも良い方法です。別にサラブレット8頭なんかでなくて良い趣味がいっぱいあります。猫でも犬でも良いし。読書でも音楽でもよいのです。

女性だったら源氏物語や万葉集の購読会へ入会するのも良いでしょう。

趣味は人生のスウィッチの入れ替えの手助けをします。

ブログの趣味も使い方によっては良いかも知れません。(続く)

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怖い体験の連続でした

2008年10月25日 | 日記・エッセイ・コラム

10月23日の霞が浦は強風で波荒く、雨空に暗い雲が低く流れている。72歳から74歳の5人の男がヨットに揃った。シャンペンの瓶を3本を持って、福島から遠路やって来た Hさんは筋金入りのヨットマン。少し雨が降っているが、事も無げに、「出航しましょう!皆、救命ジャケットを着て!」と言う。嫌だ、嫌だ。雨の中のセーリングなんて。第一、東風が強すぎて、危険なセイリングになる。怖い。20年前もこういう経験をした。横浜からきた Nさんがザーザー降りのキャビンの中で毅然として言った、「昔の帆船は雨でも雪でも、風さえ良ければ必ず出航したのです」と。2枚のセールを目いっぱい揚げて豪雨の中を帆走した。メインセールがトタン屋根のように雨水を集め、下端の横桁を雨樋のようにして、舵を握った筆者の体へ容赦なく注いている。

その情景を思い出しながら小雨の中を出航した。エンジンで沖に出ると波が一層荒くなり船体へドスン、ドスンと当たる。波頭が強風で砕け、白い牙を剥いている。幸い雨は止んだ。ベテランの Hさんはキャビンの屋根に悠然と座って立ち騒ぐ波の様子を眺めやっている。

4Kmくらい沖へ出たところで私は船首を港の方へ返して、エンジンを止め、「前の帆を半分だけ揚げて帰りましょう」と言った。すると Hさんが、「いや、かなり広いところへ出たからセールを2枚揚げましょう」「でも危険すぎますよ」「風が弱まってきたから大丈夫です」。

2枚のセイルを目いっぱい揚げた。走る、走る。船体を20度から25度傾けて7ノット以上で走る。怖い。傾き過ぎないように、風と船首の方向の関係に神経を集中し、細かに調整しながら走る。荒波が船体をザワザワと洗い過ぎて行く。エンジンが止まっているので風がワイヤーを唸らせ、きしむ音があちこちでしている。舵棒を握る手が張り付いたように離れない。怖くて舵を離して、他の人々と交代出来ない。昨年は荒天でなかったので全員で舵持ちを交代し、セイリングの楽しみを体験して貰った。今回は Hさん 以外は素人なので交代出来ない。自分で舵を握っていたほうが安心なのだ。沖に向かって2時間近く風を上り、1時間の追手で帰って来た。係留場では船中パーティーに参加して翌日の帆走に参加する Oさんが待っていた。

いつもは舵を操舵装置へ固定し、写真を撮るが、今回はそんな余裕がない。下の2枚の写真は夜のヨットの様子とキャビンの中で6人の男がシャンペンやワインを飲んでいる様子です。メインディッシュは家内が前夜に作ってくれたトマト味のチキンシチュウです。やっと沖から持ち帰った恐怖心から解放された。

パーティ後は近くのホテルに泊まり、翌日はまたセーリングする予定だ。でも朝起きてみたら、大雨になっていたので中止にした。

20年前の大雨の中のセイリングが楽しい思い出になったように、今回のセイリングの忘れられない思い出になるに違いない。(終わり)

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