竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
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万葉集 集歌4169から集歌4173まで

2023年02月17日 | 新訓 万葉集
為家婦贈在京尊母所誂作謌一首并短謌
標訓 家婦(かふ)の京(みやこ)に在(いま)す尊母に贈らむが為に、誂(あとら)へて作れる謌一首并せて短謌
集歌4169 霍公鳥 来喧五月尓 咲尓保布 花橘乃 香吉 於夜能御言 朝暮尓 不聞日麻祢久 安麻射可流 夷尓之居者 安之比奇乃 山乃多乎里尓 立雲乎 余曽能未見都追 嘆蘇良 夜須家久奈久尓 念蘇良 苦伎毛能乎 奈呉乃海部之 潜取云 真珠乃 見我保之御面 多太向 将見時麻泥波 松栢乃 佐賀延伊麻佐祢 尊安我吉美 (御面謂之美於毛和)
訓読 霍公鳥(ほととぎす) 来鳴く五月(さつき)に 咲きにほふ 花橘の かぐはしき 親の御言(みこと) 朝暮(あさよひ)に 聞かぬ日まねく 天離る 鄙にし居れば あしひきの 山のたをりに 立つ雲を よそのみ見つつ 嘆くそら 安けくなくに 思ふそら 苦しきものを 奈呉の海人(あま)の 潜き取るといふ 白玉の 見が欲し御面(みとも) 直(ただ)向(むか)ひ 見む時までは 松柏(まつかへ)の 栄えいまさね 貴き吾(あ)が君 (御面は「みとも」と謂ふ)
私訳 ホトトギスが飛び来て鳴く五月に咲きほこる花橘のように芳しい母上の御言葉を、朝夕に聞かない日々が多くなり、都から離れた鄙であるので、足を引くような険しい山の峰の谷間に遠くから見るように、遠くから嘆いても気持ちも休まらず、お慕いしても心苦しいのに、奈呉の海人が潜って取ると云う真珠のように、見てみたいと思う貴女のお顔を、直に向かい合ってお会いできる時までは、松柏のようにお元気で居て下さい。貴き私の貴女。

反謌一首
集歌4170 白玉之 見我保之君乎 不見久尓 夷尓之礼婆 伊家流等毛奈之
訓読 白玉し見が欲し君を見ず久に鄙にし居(を)れば生けるともなし
私訳 真珠の、そのように見てみたい貴女を、お会いできずに久しくなりました。この鄙に居ると生きている心地がしません。

廿四日、應立夏四月節也。因此廿三日之暮、忽思霍公鳥暁喧聲作謌二首
標訓 廿四日は、立夏の四月の節(せつ)に應(あた)れり。此に因りて廿三日の暮に、忽(たちま)ちに霍公鳥(ほととぎす)の暁に喧く聲を思(しの)ひて作れる謌二首
集歌4171 常人毛 起都追聞曽 霍公鳥 此暁尓 来喧始音
訓読 常人(つねひと)も起きつつ聞くぞ霍公鳥(ほととぎす)この暁(あかとき)に来(き)喧(な)く始音(はつこへ)
私訳 世の人々も起き続けて聞くと云うホトトギス。この暁に飛び来て鳴く、その始めての声。

集歌4172 霍公鳥 来鳴響者 草等良牟 花橘乎 屋戸尓波不殖而
訓読 霍公鳥(ほととぎす)来(き)喧(な)き響(とよ)めば草取らむ花橘を屋戸(やと)には植ゑずて
私訳 ホトトギスが飛び来て鳴き、その声を響かせると、草花を折り取ろう。花橘を屋敷に植えなくても。

贈京丹比家謌一首
標訓 京(みやこ)の丹比(たぢひ)の家に贈れる謌一首
集歌4173 妹乎不見 越國敝尓 經年婆 吾情度乃 奈具流日毛無
訓読 妹を見ず越し国辺(くにへ)に年経れば吾(わ)が心(こころ)どの和(な)ぐる日もなし
私訳 愛しい貴女を逢わないままに、越の国に年を経ると、私の気持ちは和む日はありません。

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