竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
初めてのお人でも、それなりのお人でも、楽しめると思います。

万葉集 集歌334から集歌338まで

2020年03月31日 | 新訓 万葉集
集歌三三四 
原文 萱草 吾紐二付 香具山乃 故去之里乎 不忘之為
訓読 萱草(わすれくさ)吾が紐に付く香具山の古(ふ)りにし里を忘れむしため
私訳 美しさに物思いを忘れると云うその忘れ草を私は紐に付けよう。懐かしい香具山の古りにし故郷を忘れないようにするために。
注意 原文の「不忘之為」は、意味不明として標準解釈では「忘之為」に校訂します。

集歌三三五 
原文 吾行者 久者不有 夢乃和太 湍者不成而 淵有毛
訓読 吾が行きは久にはあらじ射目(いめ)のわた湍(せ)にはならずに淵(ふち)にあらぬかも
私訳 私のこの世の寿命は長くはないであろう。御狩りで射目を立てた思い出の吉野下市の川の曲りは、急流の瀬に変わることなく穏やか淵であってほしい。
注意 集歌三三二の歌で「象小河」を秋津の小路川としている関係で、「夢乃和太」を「射目のわた」と訓じ、下市町新住としています。

沙弥満誓詠綿謌一首  造筑紫觀音寺別當俗姓笠朝臣麿也
標訓 沙弥満誓の綿を詠ふ謌一首  造筑紫觀音寺の別当、俗姓は笠朝臣麿(かさのあそみまろ)なり。
集歌三三六 
原文 白縫 筑紫乃綿者 身箸而 未者妓袮杼 暖所見
訓読 しらぬひし筑紫の綿(わた)は身し付けにいまだは着ねど暖(あたた)かそ見ゆ
私訳 「射目のわた」、その言葉のひびきのような、不知火の呼び名を持つ筑紫の名産のの綿(わた)の衣は身に着けて着るものですが、僧侶になったばかりで仏法の修行の段階は端の、箸のように痩せた私は未だに身に着けていませんが、女性のように暖かく見えます。
注意 原文の「未者妓袮杼」の「妓」は標準解釈では「伎」の誤字とします。

山上憶良臣罷宴謌一首
標訓 山上憶良臣の宴(うたげ)を罷(まか)るの謌一首
集歌三三七 
原文 憶良等者 今者将罷 子将哭 其彼母毛 吾乎将待曽
訓読 憶良らは今は罷(まか)らむ子哭(な)くらむそのかの母も吾を待つらむぞ
私訳 私たち憶良一行は、今はもう御暇しましょう。子が私を待って恨めしげに泣いているでしょう。その子の母も私を待っているでしょうから。

大宰帥大伴卿讃酒謌十三首
標訓 大宰帥大伴卿の酒を讃(たた)へる歌十三首
集歌三三八 
原文 験無 物乎不念者 一坏乃 濁酒乎 可飲有良師
訓読 験(しるし)なき物を念(おも)はずは一杯(ひとつき)の濁れる酒を飲むべくあらし
私訳 考えてもせん無いことを物思いせずに一杯の濁り酒を飲むほうが良いのらしい。
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万葉集 集歌329から集歌333まで

2020年03月30日 | 新訓 万葉集
防人司佑大伴四綱謌二首
標訓 防人(さきもりの)司佑(つかさのすけ)大伴四綱(よつな)の謌二首
集歌三二九 
原文 安見知之 吾王乃 敷座在 國中者 京師所念
訓読 やすみしし吾(あ)が王(おほきみ)の敷きませる国し中(うち)には京師(みやこ)しそ念(も)ゆ
私訳 すべからく承知される我々の王が統治される国の中心にある都、その都が偲ばれます。

集歌三三〇 
原文 藤浪之 花者盛尓 成来 平城京乎 御念八君
訓読 葛浪(ふぢなみ)し花は盛りになりにけり平城(なら)し京(みやこ)を念(おも)ほすや君
私訳 今は藤の花が盛りの季節です。そのような華やかで盛りな都が恋しいのですか。貴方達は。
私訳 今は藤原の花が盛りの季節です。そのような藤原が盛りな京を相応しいと想うでしょうか。貴方達は。

帥大伴卿謌五首
標訓 帥大伴卿の謌五首
集歌三三一 
原文 吾盛 復将變八方 殆 寧樂京乎 不見歟将成
訓読 吾が盛りまた変若(をち)めやもほとほとに寧樂(なら)し京(みやこ)を見ずかなりなむ
私訳 私の人生の盛りが再び帰り咲くことがあるでしょうか。ほとんどもう奈良の都を見ることはないでしょう。

集歌三三二 
原文 吾命毛 常有奴可 昔見之 象小河乎 行見為
訓読 吾(おの)が命(よ)も常にあらぬか昔見し象(ころ)し小河を行きて見むため
私訳 私の寿命も長くあるだろうか。昔、御幸に同行して見た秋津野の小路の小川をまた行って見たいために。
注意 原文の「象小河乎」の「象」は、標準解釈では「きさ」と訓じます。

集歌三三三 
原文 淺茅原 曲曲二 物念者 故郷之 所念可聞
訓読 浅茅(あさぢ)原(はら)つばらつばらにもの思(も)へば古(ふ)りにし里しそ念(も)ゆるかも
私訳 浅茅の原をつくづく見て物思いをすると、故郷の明日香の里だけが想い出すだろう
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古今和歌集 原文推定 巻十七

2020年03月29日 | 古今和歌集 原文推定 藤原定家伊達本
止遠末利奈々末幾仁安多留未幾
とをまりななまきにあたるまき
巻十七

久左/\乃宇多宇部
雑哥上
雑哥上

歌番号八六三
多以之良寸
題しらす
題知らず

与三比止之良寸
よみ人しらす
詠み人知らず

原文 和可宇部尓川由曽遠久奈留安万乃加者止和多留舟乃加以乃志徒久可
定家 わかうへに露そをくなるあまの河とわたる舟のかいのしつくか
解釈 我が上に露ぞ置くなる天の河門わたる舟の櫂の雫か

歌番号八六四
原文 於毛不止知万止為世留与者加良尓之幾多々万久於之幾毛乃尓曽安利遣留
定家 思ふとちまとゐせる夜は唐錦たゝまくおしき物にそありける
解釈 思ふどち円居せる夜は唐錦たたまく惜しきものにぞありける

歌番号八六五
原文 宇礼之幾遠奈尓々川々末武加良己呂毛多毛止由多可尓多天止以者万之遠
定家 うれしきをなにゝつゝまむ唐衣たもとゆたかにたてといはましを
解釈 うれしきを何に包まむ唐衣袂豊かに裁てと言はましを

歌番号八六六
原文 加幾利奈幾幾三可多女尓止於累者那者止幾之毛和可奴毛乃尓曽安利个留
定家 限なき君かためにとおる花はときしもわかぬ物にそ有ける
解釈 限りなき君がためにと折る花は時しも分かぬ毛乃にぞありける

安留比止乃以者久己乃宇多者左幾乃於本以末宇知幾三乃奈利
ある人のいはくこの哥はさきのおほいまうち君の也
ある人の曰はくこの哥は前大臣のなり

歌番号八六七
原文 武良佐幾乃飛止毛止由部尓武左之乃々久左者美奈可良安者礼止曽美留
定家 紫のひともとゆへにむさしのゝ草はみなからあはれとそ見る
解釈 紫の一本ゆゑに武蔵野の草は見ながらあはれとぞ見る

歌番号八六八
女乃於止宇止遠毛天者部利个留比止尓宇部乃幾奴遠々久留止天
めのおとうとをもて侍ける人にうへのきぬをゝくるとて
妻の義弟をもて侍ける人に上の衣を贈るとて

与美天也利个留
よみてやりける
詠みて遣りける

奈利比良乃安曽无
なりひらの朝臣
在原業平朝臣

原文 武良佐幾乃以呂己幾止幾者女毛者留尓野奈留久左幾曽和可礼左利个留
定家 紫の色こき時はめもはるに野なる草木そわかれさりける
解釈 紫の色濃き時は目もはるに野なる草木ぞ別れざりける

歌番号八六九
於保以毛乃末宇寸川加佐布知八良乃久尓川祢乃安曽无乃
大納言ふちはらのくにつねの朝臣の
大納言藤原国経朝臣の

於保末川利古止比止与利奈加乃毛乃末字寸川加佐尓奈利个留止幾
宰相より中納言になりける時
宰相より中納言になりける時

曽女奴宇部乃幾奴安也遠々久留止天与女留
そめぬうへのきぬあやをゝくるとてよめる
染ぬ上の絹綾を贈るとて詠める

己无為无乃美幾乃於保以末宇知幾美
近院右のおほいまうちきみ
近院右大臣

原文 以呂奈之止比止也美留良武武可之与利布可幾己々呂尓曽女天之毛乃遠
定家 色なしと人や見る覧昔よりふかき心にそめてしものを
解釈 色なしと人や見るらむ昔より深き心に染めてしもおのを

歌番号八七〇
以曽乃可美乃奈武末川可美也徒可部毛世天以曽乃加美止以不止己呂尓
いそのかみのなむまつか宮つかへもせていその神といふ所に
石上並松が宮仕へもせで石上といふ所に

己毛利者部利个留遠尓者可尓加宇不利多末者礼利个礼者与呂己日以日
こもり侍けるをにはかにかうふりたまはれりけれはよろこひいひ
籠り侍けるをにはかに被り給はれりけれは喜び云ひ

川可者寸止天与三天川可八之个留
つかはすとてよみてつかはしける
遣はすとて詠みて遣はしける

布留乃以万美知
ふるのいまみち
布留今道

原文 比乃飛可利也布之和可祢八伊曽乃加美布利尓之佐止尓者那毛左幾个利
定家 日のひかりやふしわかねはいその神ふりにしさとに花もさきけり
解釈 日の光薮し分かねば石上古りにし里に花も咲きけり

歌番号八七一
尓天宇乃幾左幾乃末多止宇乃美也乃美也寸无止己呂止
二条のきさきのまた東宮のみやすんところと
二条后のまだ東宮の御息所と

毛布寸个留止幾尓於保者良乃尓末宇天多万日个留比与女留
申ける時におほはらのにまうてたまひける日よめる
申ける時に大原野に参うで給ひける日詠める

奈利比良乃安曽无
なりひらの朝臣
在原業平朝臣

原文 於保者良也遠之保乃夜万毛遣布己曽八加美世乃己止毛於毛日以川良免
定家 おほはらやをしほの山もけふこそは神世の事も思いつらめ
解釈 大原や小塩の山も今日こそは神世の事も思ひ出づらめ

歌番号八七二
己世知乃末比々女遠美天与女留
五節のまひゝめを見てよめる
五節の舞姫を見て詠める

与之三祢乃武祢左多
よしみねのむねさた
良岑宗貞

原文 安満川可世久毛乃可与日知布幾止知与遠止免乃寸可多志波之止々女武
定家 あまつかせ雲のかよひち吹とちよをとめのすかたしはしとゝめむ
解釈 天つ風雲の通路吹き閉ぢよ乙女の姿しばし留めむ

歌番号八七三
己世知乃安之多尓加武左之乃多万能於知多利个留遠美天
五せちのあしたにかむさしのたまのおちたりけるを見て
五節の朝に簪の玉の落ちたりけるを見て

堂可奈良武止々不良日天与女留
たかならむとゝふらひてよめる
誰がならむと問ふらひて詠める

可波良乃飛多利乃於保以末宇知幾美
河原の左のおほいまうちきみ
河原左大臣

原文 奴之也堂礼止部止志良多万以者奈久尓佐良者奈部天也安者礼止於毛八武
定家 ぬしやたれとへとしら玉いはなくにさらはなへてやあはれとおもはむ
解釈 主や誰れ問へど白玉言はなくにさらばなべてやあはれと思はむ

歌番号八七四
可无部以乃於保无止幾宇部乃左不良飛尓者部利个留遠乃己止毛加免遠毛多世天
寛平御時うへのさふらひに侍けるをのこともかめをもたせて
寛平御時殿上の候ひに侍ける男ども甕を持たせて

幾左以乃美也乃於保武可多尓於保美幾乃於呂之止起己衣尓多天万川利多利个留遠
きさいの宮の御方におほみきのおろしときこえにたてまつりたりけるを
后宮の御方に大御酒の下しと聞こえに奉りたりけるを

久良比止止毛和良日天加女遠於末部尓毛天以天々止毛可久毛以者寸奈利
くら人ともわらひてかめをおまへにもていてゝともかくもいはすなり
蔵人ども笑ひて甕を御前に持て出でてともかくも云わずなり

尓个礼者徒可日乃加部利幾天左奈武安利川留止以日个礼八久良比止能
にけれはつかひのかへりきてさなむありつるといひけれはくら人の
逃げれば使ひの帰り来てさなむありつると云ひけれは蔵人の

奈可尓遠久利个留
なかにをくりける
中に贈りける

止之由幾乃安曽无
としゆきの朝臣
藤原敏行朝臣

原文 多万堂礼乃己可免也以川良己与呂幾乃以曽乃奈美和計於幾尓以天二个利
定家 玉たれのこかめやいつらこよろきのいその浪わけおきにいてにけり
解釈 玉垂れの小瓶やいづらこよろぎの磯の浪分け沖に出でにけり

歌番号八七五
遠无奈止毛乃美天和良日个礼者与女留
女ともの見てわらひけれはよめる
女どもの見て笑ひければ詠める

遣武个以本宇之
けむけいほうし
兼芸法師

原文 加多知己曽美夜万可久礼乃久知幾奈礼己々呂者者那尓奈左八奈利奈武
定家 かたちこそみ山かくれのくち木なれ心は花になさはなりなむ
解釈 かたちこそ深山隠れの朽木なれ心は花になさばなりなん

歌番号八七六
可多堂可部尓比止乃以部尓万可礼利个留止幾尓安留之乃幾奴遠
方たかへに人の家にまかれりける時にあるしのきぬを
方違えに人の家に招かれりける時に主人の衣を

幾世多利个留遠安之多尓加部寸止天与美个留
きせたりけるをあしたにかへすとてよみける
着せたりけるを朝に返すとて詠みける

幾乃止毛乃利
きのとものり
紀友則

原文 世三乃者乃与留乃己呂毛者宇寸个礼止宇川利加己久毛尓保日奴留可奈
定家 蝉のはのよるの衣はうすけれとうつりかこくもにほひぬる哉
解釈 蝉の羽の夜の衣は薄けれど移り香濃くも匂ひぬるかな

歌番号八七七
多以之良寸
題しらす
題知らず

与美比止之良寸
よみ人しらす
詠み人知らず

原文 遠曽久以徒累川幾尓毛安留可奈安之比幾乃夜万乃安奈多毛於之武部良奈利
定家 をそくいつる月にもある哉葦引の山のあなたもおしむへら也
解釈 遅く出づる月にもあるかなあしひきの山のあなたも惜しむべらなり

歌番号八七八
原文 和可己々呂奈久佐女加祢川佐良之奈也遠者寸天夜万尓天留川幾遠美天
定家 わか心なくさめかねつさらしなやをはすて山にてる月を見て
解釈 我が心慰さめかねつ更級や姨捨山に照る月を見て

歌番号八七九
奈利比良乃安曽无
なりひらの朝臣
在原業平

原文 於保可多者川幾遠毛女天之己礼曽己乃徒毛礼八比止乃於以止奈留毛乃
定家 おほかたは月をもめてしこれそこのつもれは人のおいとなるもの
解釈 おほかたは月をも賞でじこれぞこの積もれば人の老いとなるもの

歌番号八八〇
川幾於毛之呂之止天於保可宇知乃美川祢可末宇天幾多利个留尓与女留
月おもしろしとて凡河内躬恒かまうてきたりけるによめる
月おもしろしとて凡河内躬恒が参うて来たりけるに詠める

幾乃川良由幾
きのつらゆき
紀貫之

原文 加徒美礼盤宇止久毛安留可奈川幾可計乃以多良奴左止毛安良之止於毛部八
定家 かつ見れはうとくもある哉月影のいたらぬさともあらしと思へは
解釈 かつ見れば疎くもあるかな月影のいたらぬ里もあらじと思へば

歌番号八八一
以个尓川幾乃美衣个留遠与免留
池に月の見えけるをよめる
池に月の見えけるを詠める

原文 布多川奈幾毛乃止於毛日之遠美奈曽己尓夜万乃者奈良天以川留川幾可遣
定家 ふたつなき物と思しをみなそこに山のはならていつる月かけ
解釈 二つなき物と思ひしを水底に山の端ならで出づる月影

歌番号八八二
多以之良須
題しらす
題知らず

与三比止之良須
よみ人しらす
詠み人知らず

原文 安満乃加者久毛乃美於尓天者也个礼者飛可利止々女寸川幾曽奈可留々
定家 あまの河雲のみおにてはやけれはひかりとゝめす月そなかるゝ
解釈 天の河雲の水脈にて早ければ光留めず月ぞ流るる

歌番号八八三
原文 阿可寸之天川幾能加久留々夜万毛止八安奈多於毛天曽己日之可利个留
定家 あかすして月のかくるゝ山本はあなたおもてそこひしかりける
解釈 あかずして月の隠るる山本はあなたおもてぞ恋しかりける

歌番号八八四
己礼堂可乃美己乃加利之个留止毛尓末可利天也止利尓可部利天与比止与
これたかのみこのかりしけるともにまかりてやとりにかへりて夜ひとよ
惟喬親王の狩りしける伴に参かりて宿りに帰りて夜一夜

左个遠乃美毛乃可多利遠之个留尓十一比乃川幾毛加久礼奈武止之个留於利尓
さけをのみ物かたりをしけるに十一日の月もかくれなむとしけるをりに
酒を飲み物語をしけるに十一日の月も隠れなむとしける折りに

美己恵日天宇知部以里奈武止之个礼八与三者部利个留
みこゑひてうちへいりなむとしけれはよみ侍ける
親王酔ひて内へ入りなむとしけれは詠み侍ける

奈利比良乃安曽无
なりひらの朝臣
在原業平朝臣

原文 安可那久尓末多幾毛川幾乃加久留々可夜万乃者尓个天以礼寸毛安良奈武
定家 あかなくにまたきも月のかくるゝか山のはにけていれすもあらなむ
解釈 あかなくにまだきも月の隠るるか山の端逃げて入れずもあらなむ

歌番号八八五
多武良乃美可止乃於保无止幾尓以川幾乃為无尓者部利个留
田むらのみかとの御時に斎院に侍ける
田村の帝の御時に斎院に侍ける

安幾良計以己乃美己遠者々安也万知安利止以比天以川幾乃
あきらけいこのみこをはゝあやまちありといひて
慧子内親王を母過ち有りと云ひて

為无遠加部良礼武止之个留遠曽乃己止也見尓个礼八与女留
斎院をかへられむとしけるをそのことやみにけれはよめる
斎院を変へられむとしけるをその事止みにければ詠める

安万幾世之无
あま敬信
尼敬信

原文 於保曽良遠帝里由久川幾之幾与个礼者久毛加久世止毛飛可利遣奈久尓
定家 おほそらをてりゆく月しきよけれは雲かくせともひかりけなくに
解釈 大空を照り行く月し清ければ雲隠せども光消なくに

歌番号八八六
多以之良寸
題しらす
題知らず

与三比止之良須
よみ人しらす
詠み人知らず

原文 以曽乃加美布累可良遠乃々毛止可之波毛止乃己々呂者和寸良礼奈久尓
定家 いその神ふるからをのゝもとかしは本の心はわすられなくに
解釈 石上ふるから小野のもと柏本の心は忘られなくに

歌番号八八七
原文 伊尓之部乃野中乃志美川奴留个礼止毛止乃己々呂遠志留比止曽久武
定家 いにしへの野中のし水ぬるけれと本の心をしる人そくむ
解釈 いにしへの野中の清水ぬるけれど本の心を知る人ぞ汲む

歌番号八八八
原文 以仁志部能志徒乃遠多末幾以也之幾毛与幾毛左可利八安利之毛乃奈利
定家 いにしへのしつのをたまきいやしきもよきもさかりは有し物也
解釈 いにしへの倭文の苧環卑しきも良きも盛りはありしものなり

歌番号八八九
原文 以万己曽安礼和礼毛武可之者於止己夜万左可由久止幾毛安利己之毛乃遠
定家 今こそあれ我も昔はおとこ山さかゆく時も有こしものを
解釈 今こそあれ我も昔は男山栄行く時もありこしものを

歌番号八九〇
原文 与乃奈可尓布利奴留毛乃者徒乃久尓乃奈可良乃波之乃和礼止奈利个利
定家 世中にふりぬる物はつのくにのなからのはしと我となりけり
解釈 世の中にふりぬる物は津国の長柄の橋と我となりけり

歌番号八九一
原文 佐々乃者尓布利川武由幾乃宇礼遠々毛美毛止久多知由久和可左可利者毛
定家 さゝのはにふりつむ雪のうれをゝもみ本くたちゆくわかさかりはも
解釈 笹の葉に降り積む雪の末を重み本くたち行く我が盛りはも

歌番号八九二
原文 於保安良幾乃毛利乃志多久左於以奴礼者駒毛寸左女寸加留比止毛奈之
定家 おほあらきのもりのした草おいぬれは駒もすさめすかる人もなし
解釈 大荒木の森の下草老いぬれば駒もすさめず刈る人もなし

万多八左久良安左乃遠不乃之多久左於以奴礼八
又はさくらあさのをふのしたくさおいぬれは
または桜麻の麻生の下草老いぬれは

歌番号八九三
原文 加曽布礼者止万良奴毛乃遠止之止以日天己止之者以多久於以曽之尓个留
定家 かそふれはとまらぬ物を年といひてことしはいたくおいそしにける
解釈 数ふれば止まらぬものを年と言ひて今年はいたく老いぞしにける

歌番号八九四
原文 遠之天留也奈尓八乃美川尓也久之本乃加良久毛和礼者於以尓个留可奈
定家 をしてるやなにはの水にやくしほのからくも我はおいにける哉
解釈 おしてるや難波の水にやく塩のからくも我は老いにけるかな

万多者於本止毛乃美川乃者万部尓
又はおほとものみつのはまへに
または大伴の御津の浜辺に

歌番号八九五
原文 於以良久乃己武止志利世八加止佐之天奈之止己多部天安者左良万之遠
定家 おいらくのこむとしりせはかとさしてなしとこたへてあはさらましを
解釈 老いらくの来むと知りせば門さしてなしと答へて逢はざらましを

己乃美川乃宇多八武可之安利个留美多利乃於幾奈乃与女留止奈武
このみつの哥は昔ありけるみたりのおきなのよめるとなむ
この御津の哥は昔ありける三たりの翁の詠めるとなむ

歌番号八九六
原文 佐可左満尓止之毛由可奈武止利毛安部寸々久留与者日也止毛尓加部留止
定家 さかさまに年もゆかなむとりもあへすゝくるよはひやともにかへると
解釈 さかさまに年も行かなん取りもあへず過ぐる齢やともに帰ると

歌番号八九七
原文 止利止武累毛乃尓之安良祢八止之川幾遠安八礼安奈宇止寸久之川留可奈
定家 とりとむる物にしあらねは年月をあはれあなうとすくしつる哉
解釈 取りとむる物にしあらねば年月をあはれあな憂と過ぐしつるかな

歌番号八九八
原文 止々女安部寸武部毛止之止者以者礼个利志可毛川礼奈久寸久留与八日可
定家 とゝめあへすむへもとしとはいはれけりしかもつれなくすくるよはひか
解釈 留めあへずむべも年とは言はれけりしかもつれなく過ぐる齢か

歌番号八九九
原文 可々美夜万以左多知与利天美天由可武止之部奴留三八於以也之奴留止
定家 鏡山いさ立よりて見てゆかむ年へぬる身はおいやしぬると
解釈 鏡山いざ立ち寄りて見て行かむ年経ぬる身は老いやしぬると

己乃宇多八安留比止乃以者久於保止毛乃久呂奴之可也
この哥はある人のいはくおほとものくろぬしか也
この哥はある人の曰はく大伴黒主がなり

歌番号九〇〇
奈利比良安曽无乃者々乃美己奈可遠可尓寸見者部利个留止幾尓奈利比良
業平朝臣のはゝのみこ長岡にすみ侍ける時になりひら
業平朝臣の母の内親王長岡に住み侍ける時に業平

美也川可部寸止天止幾/\毛衣万可利止不良者寸者部利个礼者志者寸
宮つかへすとて時/\もえまかりとふらはす侍けれはしはす
宮仕えへすとて時々もえ参かり訪ふらはす侍ければ師走

者可利尓者々乃美己乃毛止与利止美乃己止止天布美遠毛天末宇天幾多利
許にはゝのみこのもとよりとみの事とてふみをもてまうてきたり
ばかりに母の内親王の許より急みの事とて文を持て参うて来たり

安遣天美礼者己止八々奈久天安利个留宇多
あけて見れはことはゝなくてありけるうた
開けて見れば言葉はなくてありける哥

原文 老奴礼者佐良奴別毛安利止以部者以与/\美万久保之幾幾三可奈
定家 老ぬれはさらぬ別もありといへはいよ/\見まくほしき君哉
解釈 老いぬればさらぬ別れもありと言へばいよいよ見まくほしき君かな

歌番号九〇一
可部之
返し
返し

奈利比良乃安曽无
なりひらの朝臣
在原業平朝臣

原文 与乃奈可尓左良奴別乃奈久毛可奈知世毛止奈个久比止乃己乃多女
定家 世中にさらぬ別のなくも哉千世もとなけく人のこのため
解釈 世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もと嘆く人の子のため

歌番号九〇二
可无部以乃於保无止幾々左以乃美也乃宇多安者世乃宇多
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
寛平御時后宮の哥合の哥

安利八良乃武祢也奈
在原むねやな
在原棟梁

原文 之良由幾乃也部布利志个留加部留夜万加部累/\毛於以尓个留可奈
定家 白雪のやへふりしけるかへる山かへる/\もおいにける哉
解釈 白雪の八重降りしけるかへる山かへるがへるも老いにけるかな

歌番号九〇三
於奈之於保无止幾乃宇部乃左不良比尓天遠乃己止毛尓於本美幾多万日天
おなし御時のうへのさふらひにてをのこともにおほみきたまひて
同じ御時の殿上の候ひにて男どもに大御酒賜ひて

於本見安曽比安利个留徒以天尓川可宇万川礼留
おほみあそひありけるついてにつかうまつれる
御遊ありけるついでにつかう奉れる

止之由幾乃安曽无
としゆきの朝臣
藤原敏行朝臣

原文 於以奴止天奈止可和可三遠世女幾个武於以寸八个不尓安者万之毛乃可
定家 おいぬとてなとかわか身をせめきけむおいすはけふにあはましものか
解釈 老いぬとてなどか我が身を責めきけむ老いずは今日に逢はましものか

歌番号九〇四
多以之良寸
題しらす
題知らず

与三比止之良須
よみ人しらす
詠み人知らず

原文 知者也布留宇知乃者之毛利奈礼遠之曽安八礼止八於毛不止之乃部奴礼八
定家 ちはやふる宇治の橋守なれをしそあはれとは思年のへぬれは
解釈 ちはやぶる宇治の橋守なれをしぞあはれとは思ふ年の経ぬれば

歌番号九〇五
原文 和礼美天毛飛左之久成奴寸三乃衣乃幾之乃飛女末川以久与部奴良武
定家 我見てもひさしく成ぬ住の江の岸の姫松いくよへぬ覧
解釈 我見ても久しくなりぬ住の江の岸の姫松いく世経らん

歌番号九〇六
原文 寸三与之乃幾之乃飛女末川比止奈良波以久世可部之止々八末之毛乃遠
定家 住吉の岸のひめ松人ならはいく世かへしとゝはまし物を
解釈 住吉の岸の姫松人ならばいく世か経しと問はましものを

歌番号九〇七
原文 安徒左由美以曽部乃己末川堂可世尓可与呂川世可祢天多祢遠万幾个武
定家 梓弓いそへのこ松たか世にかよろつ世かねてたねをまきけむ
解釈 梓弓磯辺の小松誰が世にかよろづ世かねて種をまきけむ

己乃宇多八安留比止乃以者久加幾乃毛止比止万呂可奈利
この哥はある人のいはく柿本人麿か也
この哥はある人の曰く柿本人麿がなり

歌番号九〇八
原文 加久之徒々世遠也川久佐武堂加左己乃於乃部尓多天留末川奈良奈久二
定家 かくしつゝ世をやつくさむ高砂のおのへにたてる松ならなくに
解釈 かくしつつ世をや尽くさむ高砂の尾上に立てる松ならなくに

歌番号九〇九
布知八良乃於幾可世
藤原おきかせ
藤原興風

原文 多礼遠可毛志留比止尓世武堂加左己乃末川毛武可之乃友奈良奈久二
定家 誰をかもしる人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに
解釈 誰れをかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに

歌番号九一〇
与三比止之良寸
よみ人しらす
詠み人知らず

原文 和多川宇美乃於幾川之本安日尓宇可不安和乃幾衣奴毛乃可良与留可多毛奈之
定家 わたつ海のおきつしほあひにうかふあわのきえぬ物からよる方もなし
解釈 わたつ海の沖つ潮合に浮かぶ泡の消えぬものから寄る方もなし

歌番号九一一
原文 王堂徒宇美乃加左之尓左世留之良寸奈乃奈美毛天由部流安波之々万夜万
定家 わたつ海のかさしにさせる白砂の浪もてゆへる淡路しま山
解釈 わたつ海のかざしにさせる白砂の浪もて結へる淡路島山

歌番号九一二
原文 和太乃者良与世久累奈美乃志者/\毛美末久乃本之幾多万川之万可毛
定家 わたの原よせくる浪のしは/\も見まくのほしき玉津島かも
解釈 わたの原寄せ来る浪のしばしばも見まくのほしき玉津島かも

歌番号九一三
原文 奈尓者可多志本見知久良之安万己呂毛堂美乃々之万尓堂川奈幾和多留
定家 なにはかたしほみちくらしあま衣たみのゝ島にたつなき渡
解釈 難波潟潮満ち来らし海人衣田蓑の島に田鶴鳴きわたる

歌番号九一四
川良由幾可以川美乃久尓々者部利个留止幾尓也末止与利己衣末宇天幾天
貫之かいつみのくにゝ侍ける時にやまとよりこえまうてきて
貫之が和泉の国に侍ける時に大和より越え参うて来て

与美天川可八之个留
よみてつかはしける
詠みて遣はしける

布知八良乃堂々不左
藤原たゝふさ
藤原忠房

原文 幾三遠於毛日於幾川乃者万尓奈久多川乃多川祢久礼者曽安利止多尓幾久
定家 君を思ひおきつのはまになくたつの尋くれはそありとたにきく
解釈 君を思ひおきつの浜に鳴く田鶴の尋ね来ればぞありとだに聞く

歌番号九一五
可部之
返し
返し

川良由幾
つらゆき
紀貫之

原文 於幾川奈美堂可之乃者万乃者未々川乃奈尓己曽幾三遠万知和多利川礼
定家 おきつ浪たかしのはまの浜松の名にこそ君をまちわたりつれ
解釈 沖つ浪高しの浜の浜松の名にこそ君を待ちわたりつれ

歌番号九一六
奈尓者尓万可礼利个留止幾与女留
なにはにまかれりける時よめる
難波に任かれりける時詠める

原文 奈尓者可多於不留多万毛遠加利曽女乃安万止曽和礼者奈利奴部良奈留
定家 なにはかたおふるたまもをかりそめのあまとそ我はなりぬへらなる
解釈 難波潟生ふる玉藻をかりそめの海人とぞ我はなりぬべらなる

歌番号九一七
安飛之礼利个留比止乃寸三与之尓末宇天个留仁与美天徒可八之个留
あひしれりける人の住吉にまうてけるによみてつかはしける
相知れりける人の住吉に参うてけるに詠みて遣はしける

美不乃多々美祢
みふのたゝみね
壬生忠岑

原文 寸見与之止安満者川久止毛奈可為寸奈比止和寸礼久左於不止以不奈利
定家 すみよしとあまはつくともなかゐすな人忘草おふといふなり
解釈 住吉と海人は告ぐとも長居すな人忘草生ふと言ふなり

歌番号九一八
奈尓者部万可利个留止幾堂美乃々之満尓天安免尓安日天与女留
なにはへまかりける時たみのゝしまにて雨にあひてよめる
難波へ任かりける時田蓑の島にて雨に遇ひて詠める

徒良由幾
つらゆき
紀貫之

原文 安免尓与利堂美乃々志末遠个不由个止奈尓八加久礼奴毛乃尓曽安利个留
定家 あめによりたみのゝ島をけふゆけと名にはかくれぬ物にそ有ける
解釈 雨により田蓑島を今日行けど名には隠れぬ物にぞありける

歌番号九一九
保宇於宇仁之加者尓於者之末之多利个留比徒留寸尓堂天利止以不己止遠
法皇にし河におはしましたりける日つるすにたてりといふことを
法皇西川におはしましたりける日鶴洲に立てりと云ふことを

多以尓天与万世多万日个留
題にてよませたまひける
題にて詠ませ給ひける

原文 安之多川乃堂天留加者部遠布久可世尓与世天可部良奴奈美可止曽美留
定家 あしたつのたてる河辺を吹風によせてかへらぬ浪かとそ見る
解釈 葦田鶴の立てる河辺を吹く風に寄せて帰らぬ浪かとぞ見る

歌番号九二〇
奈加乃万川利己止乃美己乃以部乃以个尓舟遠川久利天於呂之
中務のみこの家の池に舟をつくりておろしはしめてあそひける日
中務親王の家の池に舟を作りて降ろし

者之女天安曽比个留比保宇於宇於保武美波之尓於波之末之多利个利
はしめてあそひける日法皇御覧しにおはしましたりけり
初めて遊びける日法皇御覧しにおはしましたりけり

由不左利川可多加部利於者之万左武止之个留於利尓与三天多天万川利个留
ゆふさりつかたかへりおはしまさむとしけるおりによみてたてまつりける
夕ふ去りつかた帰へりおはしまさむとしけるおりに詠みて奉りける

以世
伊勢
伊勢

原文 美川乃宇部尓宇可部留布祢乃幾三奈良八己々曽止万利止以者万之毛乃遠
定家 水のうへにうかへる舟の君ならはこゝそとまりといはまし物を
解釈 水の上に浮かべる舟の君ならばここぞ泊りと言はましものを

歌番号九二一
加良己止々以不止己呂尓天与女留
からことゝいふ所にてよめる
唐琴と云ふ所にて詠める

志无世以本宇之
真せいほうし
真静法師

原文 美也己万天飛々幾加与部留加良己止八奈美乃遠寸个天可世曽比幾个留
定家 宮こまてひゝきかよへるからことは浪のをすけて風そひきける
解釈 都まで響き通へるからことは浪の緒すげて風ぞ弾きける

歌番号九二二
奴乃比幾乃堂幾尓天与女留
ぬのひきのたきにてよめる
布引の瀧にて詠める

安利八良乃由幾比良安曽无
在原行平朝臣
在原行平朝臣

原文 己幾知良寸多幾乃之良多万飛呂日遠幾天世乃宇幾止幾乃奈美多尓曽可累
定家 こきちらす瀧の白玉ひろひをきて世のうき時の涙にそかる
解釈 こき散らす滝の白玉拾ひ置きて世の憂き時の涙にぞかる

歌番号九二三
奴乃比幾乃多幾乃毛止尓天比止/\安川万利天宇多与美个留止幾尓与免留
布引の瀧の本にて人/\あつまりて哥よみける時によめる
布引の瀧の許にて人々集まりて哥詠みける時に詠める

奈利比良乃安曽无
なりひらの朝臣
在原業平朝臣

原文 奴幾美多累比止己曽安留良之之良多万乃末奈久毛知留可曽天乃世八幾尓
定家 ぬきみたる人こそあるらし白玉のまなくもちるか袖のせはきに
解釈 抜き見たる人こそあるらし白玉のまなくも散るか袖の狭きに

歌番号九二四
与之乃々多幾遠美天与女留
よしのゝたきを見てよめる
吉野の瀧を見て詠める

曽宇久保宇之
承均法師
承均法師

原文 堂可多女尓飛幾天佐良世留安免奴乃奈礼也世遠部天美礼止々留比止毛奈幾
定家 たかためにひきてさらせる雨ぬのなれや世をへて見れとゝる人もなき
解釈 誰がために引きてさらせる布なれや世を経て見れど取る人もなき

歌番号九二五
多以之良寸
題しらす
題知らず

加美多以保宇之
神たい法し
神退法師

原文 幾与多幾乃世々乃之良以止久利多女天夜万和个己呂毛遠和天幾万之遠
定家 きよたきのせゝのしらいとくりためて山わけ衣をりてきましを
解釈 清滝の瀬々の白糸繰りためて山わけ衣織りて着ましを

歌番号九二六
利由宇毛无尓末宇天々多幾乃毛止尓天与女留
龍門にまうてゝたきのもとにてよめる
龍門に参うでて瀧の下にて詠める

以世
伊勢
伊勢

原文 堂知奴者奴幾奴幾之比止毛奈幾毛乃遠奈尓夜万比免乃奴乃左良寸良武
定家 たちぬはぬきぬきし人もなき物をなに山姫のぬのさらすらむ
解釈 裁ち縫はぬ衣着し人もなきものを何山姫の布晒すらむ

歌番号九二七
寸左久為无乃美可止奴乃比幾乃多幾於保武美波世武止天
朱雀院のみかとぬのひきのたき御覧せむとて
朱雀院の帝布引の瀧御覧せむとて

布无川幾乃奈奴可乃比於八之末之天安利个留止幾尓左布良布比止/\尓
ふん月のなぬかの日おはしましてありける時にさふらふ人/\に
文月の七日の日おはしましてありける時に候ふ人々に

宇多与万世多万日个留尓与女留
哥よませたまひけるによめる
哥詠ませ給ひけるに詠める

堂知八奈乃奈可毛利
たちはなのなかもり
橘長盛

原文 奴之奈久天佐良世留奴乃遠多奈者多尓和可己々呂止也个不八可左末之
定家 ぬしなくてさらせるぬのをたなはたにわか心とやけふはかさまし
解釈 主なくて晒せる布を棚機に我が心とや今日はかさまし

歌番号九二八
飛衣乃夜万奈留遠止八乃多幾遠美天与女留
ひえの山なるをとはのたきを見てよめる
比叡の山なる音羽の瀧を見て詠める

太々美祢
たゝみね
壬生忠岑

原文 於知多幾川多幾乃美奈可美止之川毛利於以尓个良之奈久呂幾寸知奈之
定家 おちたきつたきのみなかみとしつもりおいにけらしなくろきすちなし
解釈 落ちたぎつ滝の水神年積もり老いにけらしな黒き筋なし

歌番号九二九
於奈之多幾遠与女留
おなしたきをよめる
同じ瀧を詠める

美川祢
みつね
凡河内躬恒

原文 可世布遣止止己呂毛佐良奴之良久毛者与遠部天於川留美川尓曽安利个留
定家 風ふけと所もさらぬ白雲はよをへておつる水にそ有ける
解釈 風吹けど所もさらぬ白雲は世を経て落つる水にぞありける

歌番号九三〇
多武良乃於保无止幾尓々由布保宇乃左不良日尓天美飛也宇布乃恵
田むらの御時に女房のさふらひにて御屏風のゑ
田村の御時に女房の候ひにて御屏風の絵

於保武美波之个留尓太幾於知多利个留止己呂於毛之呂之己礼遠
御覧しけるにたきおちたりける所おもしろしこれを
御覧しけるに瀧落ちたりける所おもしろしこれを

多以尓天宇多与免止左布良不比止尓於保世良礼个礼八与女累
題にてうたよめとさふらふ人におほせられけれはよめる
題にて哥詠めと候ふ人におほせられけれは詠める

左无天宇乃万知
三条の町
三条町

原文 於毛比世久己々呂乃宇知乃多幾奈礼也於川止八美礼止遠止乃幾己衣奴
定家 おもひせく心の内のたきなれやおつとは見れとをとのきこえ江ぬ
解釈 思ひせく心の内の滝なれや落つとは見れど音の聞こえぬ

歌番号九三一
飛也宇布乃恵奈留者那遠与女留
屏風のゑなる花をよめる
屏風の絵なる花を詠める  紀貫之

徒良由幾
つらゆき
紀貫之

原文 佐幾曽免之止幾与利乃知者宇知波部天世者々留奈礼也以呂乃川祢奈留
定家 さきそめし時よりのちはうちはへて世は春なれや色のつねなる
解釈 咲きそめし時より後はうちはへて世は春なれや色の常なる

歌番号九三二
飛也宇布乃恵尓与美安八世天加幾个留
屏風のゑによみあはせてかきける
屏風の絵に詠み合せて書きける

佐可乃宇部乃己礼乃利
坂上これのり
坂上是則

原文 加利天保寸夜万多乃以祢乃己幾多礼天奈幾己曽和多礼安幾乃宇个礼盤
定家 かりてほす山田のいねのこきたれてなきこそわたれ秋のうけれは
解釈 刈りて干す山田の稲のこきたれて鳴きこそわたれ秋の憂ければ
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万葉集 集歌324から集歌328まで

2020年03月27日 | 新訓 万葉集
登神岳山部宿祢赤人作謌一首并短謌
標訓 神岳(かむをか)に登りて山部宿祢赤人の作れる謌一首并せて短謌
集歌三二四 
原文 三諸乃 神名備山尓 五百枝刺 繁生有 都賀乃樹乃 弥継飼尓 玉葛 絶事無 在管裳 不止将通 明日香能 舊京師者 山高三 河登保志呂之 春日者 山四見容之 秋夜者 河四清之 且雲二 多頭羽乱 夕霧丹 河津者驟 毎見 哭耳所泣 古思者
訓読 三諸(みもろ)の 神名備(かむなび)山(やま)に 五百枝(いほえ)さし 繁(しじ)に生(お)ひたる 栂(つが)の木の いや継ぎ飼(か)ひに 玉(たま)葛(かづら) 絶ゆることなく ありつつも 止(や)まず通(かよ)はむ 明日香の 旧(ふる)き都は 山高み 河雄大(とほしろ)し 春し日は 山し見がほし 秋し夜は 河し清(さや)けし 且(また)雲に 鶴(たづ)は乱れ 夕霧に かはづは騒く 見るごとに 哭(ね)のみし泣かゆ 古(いにしへ)思へば
私訳 神降る三諸の神名備山に、たくさんの枝を広げて繁って生えている栂の木が、ますます世代に継ぎ育ち山を養うように、美しい葛のツルが絶えることがなく、このようにありますように、次ぎ次ぎと止むことなく通って来ましょうと、明日香の旧い都は、山は高く、河は雄大で、春の昼間は山を見たく思い、秋の夜は河の流れが清々しい、さらに空の雲には鶴が乱れ飛び、夕霧の中で蛙が鳴き騒ぐ、これらを見ること毎に、恨み泣けてしまう。昔の繁栄した都の様子を想像すると。
注意 原文の「弥継飼尓」を標準解釈では「飼」は「嗣」の誤字として「弥継嗣尓」に校訂し、「いや継ぎ嗣ぎに」と訓じます。また、「且雲二」の「且」は「旦」の誤字として「旦雲二」に直し「朝雲に」と訓じます。

反謌
集歌三二五 
原文 明日香河 川余藤不去 立霧乃 念應過 孤悲尓不有國
訓読 明日香河川淀さらず立つ霧の念(おも)ひ過ぐべき恋にあらなくに
私訳 明日香河の川淀を流れ去らずに立ち込める霧のように、昔の思い出を流れ過ぎさすような慕情ではないでしょう。

門部王在難波見漁父燭光作歌一首  後賜姓大原真人氏也
標訓 門部王の難波に在(あ)りて、漁父(あま)の燭光(ともしび)を見て作れる歌一首  後に姓(かばね)、大原真人の氏(うぢ)を賜へる。
集歌三二六 
原文 見渡者 明石之浦尓 焼火乃 保尓曽出流 妹尓戀久
訓読 見渡せば明石し浦に焼(とも)す火の秀(ほ)にぞ出(い)でぬる妹に恋ふらく
私訳 見渡すと明るい明石よ、その明石にある浦に燈す火が目に映るように、人目に判るように想いが表れたしまった。貴女に恋している。

或娘子等賜裹乾鰒戯請通觀僧之咒願時通觀作歌一首
標訓 或(あ)る娘子等(をとめら)の、裹(つつ)める乾鰒(ほしあはび)を賜(たまは)して戯(たわむ)れに通觀(つうかん)僧(ほふし)の咒願(しゅがん)を請(こ)ひし時に、通觀の作れる歌一首
集歌三二七 
原文 海若之 奥尓持行而 雖放 宇礼牟曽此之 将死還生
訓読 海神(わたつみ)し沖に持ち来(き)に放(は)つともうれむぞこれしよみがへりなむ
私訳 海神が宿る沖合い遥かに持っていって海に放ち放生回向をしたとしても、どうしてこれが生き返るでしょうか。(それと同じように、貴女方が願っても年老い涸れた女陰を若返らすことは出来ません)
注意 標題の「賜裹乾鰒」の「賜」は、標準解釈では「贈」の誤字としますが、律令時代の身分制度を考えると「或娘子等」が官位を持つ官女の場合は「賜」の字が正しい表記になります。

大宰少貳小野老朝臣謌一首
標訓 大宰少貳小野(おのの)老(おゆ)朝臣の謌一首
集歌三二八 
原文 青丹吉 寧樂乃京師者 咲花乃 薫如 今盛有
訓読 青(あを)丹(に)よし寧樂(なら)の京師(みやこ)は咲く花の薫(にほふ)がごとく今盛りなり
私訳 青葉が輝くように美しい奈良の都は桜花が咲くように輝くばかりに今が盛時です。
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万葉集 集歌319から集歌323まで

2020年03月26日 | 新訓 万葉集
詠不盡山謌一首并短謌
標訓 不尽山を詠める歌一首并びに短歌
集歌三一九 
原文 奈麻余美乃 甲斐乃國 打縁流 駿河能國与 己知其智乃 國之三中従 出之有 不盡能高嶺者 天雲毛 伊去波伐加利 飛鳥母 翔毛不上 燎火乎 雪以滅 落雪乎 火用消通都 言不得 名不知 霊母 座神香 石花海跡 名付而有毛 彼山之 堤有海曽 不盡河跡 人乃渡毛 其山之 水乃當焉 日本之 山跡國乃 鎮十方 座祇可間 寳十方 成有山可聞 駿河有 不盡能高峯者 雖見不飽香聞
訓読 なまよみの 甲斐(かひ)の国 うち寄する 駿河(するが)の国と こちごちの 国しみ中ゆ 出(い)ずしあり 不尽(ふじ)の高嶺(たかね)は 天雲も い行きはばかり 飛ぶ鳥も 飛びも上(のぼ)らず 燃ゆる火を 雪もち消(け)ち 降る雪を 火もち消(け)ちつつ 言ひも得ず 名付けも知らず 霊(くす)しくも 座(いま)す神か 石花(せ)し海と 名付けてあるも その山し つつめる海ぞ 不尽河(ふぢかわ)と 人の渡るも その山し 水の激(たぎ)ちぞ 日し本し 大和し国の 鎮(しづめ)とも 座(いま)す神かも 宝とも 生(な)れる山かも 駿河なる 不尽の高嶺は 見れど飽かぬかも
私訳 吾妻の名を呼ぶ甲斐の国と、浪打ち寄せる駿河の国と、あちこちの国の真ん中にそびえたつ富士の高峰は、天雲も流れ行くのをはばかり、空飛ぶ鳥も山を飛び越えることもせず、山頂に燃える火を雪で消し、また、降る雪を燃える火で溶かし消し、どう表現したらよいのか、名の付け方も知らず、貴くいらっしゃる神のようです。石花の海と名付けているのも、その山を取り巻く海だよ。富士川として人が渡る川も、その山の水の激しい流れだよ。日の本の大和の国の鎮めといらっしゃる神とも、国の宝ともなる山でしょうか。駿河にある富士の高嶺は見ても見飽きることはないでしょう。

反謌
集歌三二〇 
原文 不盡嶺尓 零置雪者 六月 十五日消者 其夜布里家利
訓読 不尽(ふぢ)し嶺(ね)に降り置く雪は六月(みなつき)し十五日(もち)に消(き)ぬればその夜(よ)降りけり
私訳 富士の嶺に降り積もる雪は、夏の終わりの六月の十五日に消えるのだが、その夜には新しい年の雪が降ってくる。

集歌三二一 
原文 布士能嶺乎 高見恐見 天雲毛 伊去羽斤 田菜引物緒
訓読 布士(ふぢ)の嶺(ね)を高み恐(かしこ)み天雲もい行きはばかりたなびくものを
私訳 富士の嶺の高さに恐縮して、天空の雲も流れ去ることをはばかって棚引くようです。
左注 右一首、高橋連蟲麿之謌中出焉。以類載此
注訓 右の一首は、高橋連蟲麿の謌の中(うち)に出づ。類(たぐひ)を以って此に載す。

山部宿祢赤人至伊豫温泉作謌一首并短謌
標訓 山部宿祢赤人の伊豫の温泉(ゆ)の至りて作れる謌一首并せて短謌
集歌三二二 
原文 皇神祖之 神乃御言 敷座 國之盡 湯者霜 左波尓雖在 嶋山之 宣國跡 極是凝 伊豫能高嶺乃 射狭庭乃 崗尓立而 謌思 辞思為師 三湯之上乃 樹村乎見者 臣木毛 生継尓家里 鳴鳥之 音毛不更 遐代尓 神左備将徃 行幸處
訓読 皇神祖(すめろぎ)し 神の命(みこと)し 敷きませる 国しことごと 湯(ゆ)はしも 多(さわ)にあれども 島山し 宣(よろ)しき国と 極(きは)みこぎ 伊予(いよ)の高嶺(たかね)の 射狭庭(いさには)の 岡に立ちて 謌(うた)思(しの)ひ 辞(こと)思(しの)ひせし み湯(ゆ)し上(へ)の 樹群(こむら)を見れば 臣(おみ)し木も 生(お)ひ継ぎにけり 鳴く鳥し 声も変らず 遠き代(よ)に 神さびゆかむ 行幸(いでまし)処(ところ)
私訳 天皇の皇祖である神が宣言なされた、神に継ながる天皇が治めなさる大和の国中に温泉はたくさんあるけれど、島山の立派な国とここにかき集めたような伊予の高き嶺の、神を祭る射狭庭の岡に立って、昔に詠われた謌を懐かしみ、述べられた詞を懐かしむと、温泉の上に差し掛ける樹群を見ると樅の木も育ちその世代を継ぎ、鳴く鳥も昔も今も声は変わらない。遠い時代に天皇が神として御出でになられた、御幸された場所です。
注意 原文の「謌思」を、標準解釈では「敲思」と校訂して「うち思ひ」と訓じます。

反謌
集歌三二三 
原文 百式紀乃 大宮人之 飽田津尓 船乗将為 年之不知久
訓読 ももしきの大宮人し飽田津(にぎたつ)に船乗りしけむ年し知らなく
私訳 多くの岩を積み上げて作る宮の大宮人が飽田津で船乗りしたでしょうその年は、遥かもう判らない。

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