竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
初めてのお人でも、それなりのお人でも、楽しめると思います。

万葉集 集歌2801から集歌2805まで

2022年01月31日 | 新訓 万葉集
集歌2801 大海之 荒礒之渚鳥 朝名旦名 見巻欲乎 不所見公可聞
訓読 大海(おほうみ)し荒礒(ありそ)し渚鳥(すとり)朝(あさ)な朝(さ)な見まく欲(ほ)しきを見えぬ君かも
私訳 大海の荒磯に居る渚鳥を、毎朝毎朝、眺めたいと思うが、時化ると見ることが出来ない。そのように、毎日毎日、逢いたいと願うが逢えない貴方です。

集歌2802 念友 念毛金津 足桧之 山鳥尾之 永此夜乎
訓読 思へども思ひもかねつあしひきし山鳥の尾し長きこの夜を
私訳 恋い焦がれても、貴女への想いは尽きない。葦や桧の生える山の山鳥の尾のような長いこの夜を。
或本謌云 足日木乃 山鳥之尾乃 四垂尾乃 長永夜乎 一鴨将宿
或る本の謌に云はく、
訓読 あしひきの山鳥し尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む
私訳 葦や桧の生える山の山鳥のしだれ尾のような、長い長い夜を、ただ独りで寝るのでしょう。

集歌2803 里中尓 鳴奈流鶏之 喚立而 甚者不鳴 隠妻羽毛
訓読 里中(さとなか)に鳴くなる鶏(かけ)し呼び立てていたくは鳴かぬ隠(こもり)妻(つま)はも
私訳 人里で鳴いている鶏のように声を張り上げて人が気付くほどには大層には鳴かない。私は、人には秘めた貴方の妻だから。
一云 里動 鳴成鶏
一は云はく、
訓読 里(さと)響(と)め鳴くなる鶏(かけ)の
私訳 里、一体を響かせて鳴いている鶏のように

集歌2804 高山尓 高部左渡 高々尓 余待公乎 待将出可聞
訓読 高山(かくやま)にたかべさ渡り高々に余(あ)が待つ公を待ち出(い)でむかも
私訳 天の香具山にたかべが渡って来て高々と飛ぶように、彼方を見つめるために背を伸ばし高々と私が待っている貴方を、待ち受けることが出来るでしょうか。

集歌2805 伊勢能海従 鳴来鶴乃 音杼侶毛 君之所聞者 吾将戀八方
訓読 伊勢の海ゆ鳴き来(く)る鶴(たづ)の音(おと)どろも君し聞こさば吾(わ)れ恋ひめやも
私訳 伊勢の海から鳴き飛び来る鶴のはっきりした鳴き声のようでなくても、貴方が気付いていただければ、私はこのように忍ぶ恋をするでしょうか。

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万葉集 集歌2796から集歌2800まで

2022年01月29日 | 新訓 万葉集
集歌2796 水泳 玉尓接有 礒貝之 獨戀耳 羊者經管
訓読 水(みな)潜(くく)る玉にまじれる磯貝(いそかひ)し片恋ひのみに遥か経につつ
私訳 水に潜る玉にまじる磯貝の、その「忘れ貝」の「片貝」ではないが、片思いのままで遥かに時が経っていく。

集歌2797 住吉之 濱尓縁云 打背貝 實無言以 余将戀八方
訓読 住吉(すみのへ)し浜に寄るといふうつせ貝(かひ)実(み)なき言(こと)もち余(あ)れ恋ひめやも
私訳 住吉の浜辺に打ち寄せると云う、その「忘れ貝」の「片貝」である「空(うつ)せ貝」のような、実の無い言葉で私が恋を誓うでしょうか。

集歌2798 伊勢乃白水郎之 朝魚夕菜尓 潜云 鰒貝之 獨念荷指天
訓読 伊勢の白水郎(あま)し朝(あさ)な夕(ゆふ)なに潜(かづ)くといふ鰒(あはび)の貝し片思(かたもひ)にして
私訳 伊勢の漁師が朝に夕べに潜ると云う鮑の貝のような、片思いの恋をしている。

集歌2799 人事乎 繁跡君乎 鶉鳴 人之古家尓 相誥而遣都
訓読 人(ひと)事(こと)を繁みと君を鶉(うづら)鳴く人し古家(ふるへ)に相告ぎて遣(や)りつ
私訳 世の出来事が多いと忙しくする貴方を、「鶉鳴く」故事のようにすっかり世から忘れられてしまった人の古家に、事前に話をして貴方を遣りました。

集歌2800 旭時等 鶏鳴成 縦恵也思 獨宿夜者 開者雖明
訓読 暁(あかとき)と鶏(かけ)は鳴くなりよしゑやしひとり寝(ぬ)る夜は明(あ)けば明けぬとも
私訳 もう、暁だと鶏は鳴き出した。えい、構わない。独り寝の夜は明けるなら明けたとしても。
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万葉集 集歌2791から集歌2795まで

2022年01月28日 | 新訓 万葉集
集歌2791 片絲用 貫有玉之 緒乎弱 乱哉為南 人之可知
訓読 片糸(かたいと)もち貫(ぬ)きたる玉し緒を弱(よわ)み乱(みだ)れやしなむ人し知るべく
私訳 一本撚りの糸で貫き通した玉の緒が弱いので糸が切れ玉が乱れるように、私の心緒が弱く貴方への想いで心が乱れてしまうでしょう。人が気付くほどに。

集歌2792 玉緒之 嶋意哉 年月乃 行易及 妹尓不逢将有
訓読 玉し緒し島(しま)の心や年月の行き易(かは)るまで妹に逢はずあらむ
私訳 玉を貫く二本の紐の緒が形造る「輪」の気分でしょうか。最初は別れていても後で遇うような、年月の時が過ぎ行き替わるほど愛しい貴女に逢わないままでは居られない。
注意 原文の「嶋意哉」の「嶋」では歌意が通じないとして、江戸時代から「寫」の誤字説が唱えられています。ここでは「嶋」の「周辺が水で囲まれた陸地・周囲が区切られた地域」の語意から、二本の紐の緒で作る円形を「嶋」と解釈しています。

集歌2793 玉緒之 間毛不置 欲見 吾思妹者 家遠在而
訓読 玉し緒し間(あひだ)も置かず見まく欲(ほ)り吾が思ふ妹は家(いへ)遠(とほ)くありて
私訳 玉とそれを貫く緒との隙間がないほどに、間を置かず、常に逢いたいと思う。私が恋い慕う愛しい貴女の家は遠くにあるので。

集歌2794 隠津之 澤立見尓有 石根従毛 達而念 君尓相巻者
訓読 隠(こもり)津(つ)し沢たつみなる石根(いはね)ゆも通してぞ思ふ君に逢はまくは
私訳 人目に付かない谷間の沢の泉にある巨石でも、通すほどに恋い焦がれる。貴女に逢いたいことを。

集歌2795 木國之 飽等濱之 礒貝之 我者不忘 羊者雖歴
訓読 紀(き)の国し飽等(あくら)の浜し磯貝(いそかい)し我れは忘れじ遥か経ぬとも
私訳 紀の国にある飽等の浜の磯の貝。その「忘れ貝」ではないが、私は貴女を忘れることはありません。遥かに時が経っても。
注意 原文の「羊者雖歴」の「羊」では歌意が通じないとして、一般には「年」の誤字説が採用されています。ここでは漢語において「羊」は「遥」であるとの説文から私訳を行っています。

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万葉集 集歌2786から集歌2790まで

2022年01月27日 | 新訓 万葉集
集歌2786 山振之 尓保敝流妹之 翼酢色乃 赤裳之為形 夢所見管
訓読 山吹しにほへる妹し朱華色(はねづいろ)の赤裳(あかも)し姿夢(いめ)に見えつつ
私訳 山吹のように彩る愛しい貴女が朱華色の赤い裳を着けた、その姿を夢に見ています。

集歌2787 天地之 依相極 玉緒之 不絶常念 妹之當見津
訓読 天地し寄り合ひの極(きはみ)玉の緒し絶えじと思ふ妹しあたり見つ
私訳 天空と地平線が寄り合う極み、その遥かな、玉の緒のように縁が切れることなくと願う愛しい貴女の居るあたりを眺めました。

集歌2788 生緒尓 念者苦 玉緒乃 絶天乱名 知者知友
訓読 生(いき)の緒に思へば苦し玉の緒の絶えて乱れな知らば知るとも
私訳 ため息とともに恋い慕うと辛い。玉の緒が切れて乱れるように、心乱して思いが表に顕れ、人が気付くなら気付いても良い。

集歌2789 玉緒之 絶而有戀之 乱者 死巻耳其 又毛不相為而
訓読 玉の緒し絶えたる恋し乱れなば死なまくのみぞまたも逢はずして
私訳 玉の緒が切れたような、切れた恋に気持ちが乱れるのならば、ただ死ぬだけです。二度と逢うことなく。

集歌2790 玉緒之 久栗縁乍 末終 去者不別 同緒将有
訓読 玉の緒しくくり撚(よ)りつつ末(すへ)終(つひ)に行きは別れず同じ緒にあらむ
私訳 玉の緒の両端を括りよじるように、しまいには、別れ別れにならずに同じ緒のようにつながる仲になりましょう。

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万葉集 集歌2781から集歌2785まで

2022年01月26日 | 新訓 万葉集
集歌2781 海底 奥乎深目手 生藻之 最今社 戀者為便無寸
訓読 海(わた)の底(そこ)沖を深めて生(お)ふる藻のもとも今こそ恋はすべなき
私訳 海の底の沖合深く生える藻のように、この言葉の響きではないが、もっとも今こそ、恋の行方はどうしようもない。

集歌2782 左寐蟹齒 孰共毛宿常 奥藻之 名延之君之 言待吾乎
訓読 さ寝(に)蟹(かに)は誰れとも寝(ね)めど沖つ藻し靡きし君し言(こと)待つ吾(われ)を
私訳 磯の蟹は皆が寄り添い誰とも共に夜を過ごすが、沖に生える藻のように心が靡いた貴方の愛の誓いを待つ私を(知っていますか、貴方)。

集歌2783 吾妹子之 奈何跡裳吾 不思者 含花之 穂應咲
訓読 吾妹子(わぎもこ)し何とも吾(あ)れを思はねば含(ふふ)める花し穂に咲きぬべし
私訳 私の愛しい貴女が、私のことを何とも思ってくれないのなら、つぼみの花がいきなり咲き出すように、ひそめた貴女を恋い焦がれる思いが私の顔に出てしまうでしょう。

集歌2784 隠庭 戀而死鞆 三苑原之 鶏冠草花乃 色二出目八目
訓読 隠(こも)りには恋ひて死ぬとも御苑(みその)生(ふ)し鶏冠(かへる)草の花の色に出(い)でめやも
私訳 恋の想いを隠すことで恋い焦がれて死んでしまっても、庭園の朱に色づく草紅葉のように、私が貴方を恋い焦がれる想いを顔色に出すでしょうか。
注意 原文の「鶏冠草花乃」は、一般に「韓藍(ケイトウ)」のことになっています。なお「鶏冠木」と記すと「かへるで」と戯訓し、楓(カエデ)を示します。ここでは草紅葉を想像しました。

集歌2785 開花者 雖過時有 我戀流 心中者 止時毛梨
訓読 咲く花は過(す)ぐる時あれど我が恋ふる心のうちは止(や)む時もなし
私訳 咲く花には散り過ぎる時はありますが、私が恋い焦がれる心の内は止む時はありません。
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