自然日誌 たかつき

自然についての問わず語りです。

大学女性協会守田科学研究奨励賞

2019年06月02日 | 研究など research
守田科学研究奨励賞というものがあり、優れた若手女性研究者を讃えるものだそうです(こちら)。その栄誉に、私が東大時代に指導していた久保麦野さんが選ばれて、2日に招かれて贈呈式に行ってきました(こちら)。

 私はこういう晴れ晴れしい席には縁がないのですが、立場上、一言挨拶をすることになりました。記憶を辿りながらその話を書いてみます。

 麦野さんが大学院に入ってきたとき、私が指導者で彼女が学生という関係ではあったのですが、その頃から、なんとなく敬意を抱かせる存在だったように思います。落ち着いていて自分のペースを保っている人です。今日の発表もわかりやすく、「相変わらず上手だな」と思いました。でも、発表が終わってご家族の話をするときは、いつもの堂々とした麦野さんではなく、声の調子が違いましたね(会場、笑い)。ああいう麦野さんは初めて見ました。
 さて、発表ではシカの標本作りの様子が紹介されましたが、野外でシカの死体の前にいる麦野さんの写真を撮ったのは私です(笑い)。想像力のある人ならお分かりですが、あれはひどい匂いがします(笑い)。そのように野外調査には実験室にはない大変さがあります。
 発表の中で、シカの歯の磨滅の話があり、その中で日本列島の南北でシカの食べ物が違い、それが歯の磨滅に関係し、進化にも影響しているということが紹介されました。シカの食べ物について私の研究が紹介されましたが、あれを調べるには要するにシカのウンチを拾って来るんです(笑い)。それも大変ですが、私は最近はタヌキの食べ物も調べており、タヌキの糞がまた実にくさいんです(笑い)。
 ところで、ここ(市ヶ谷)は皇居に近いですが、実は皇居にもタヌキが住んでいて、その糞を集めて論文を書いた人がおられます。明仁上皇その人で、2016年に発表されました。その論文は私にとっては感動的とも言えるものでした。野生動物の食性分析というのはほとんどが春夏秋冬を一巡りして終わりですが、上皇さまは実に5年も継続されました。ご自身で糞を拾われたそうです。しかも、その結果は、「皇居のタヌキの食性は5年間ほぼ同じ季節変化をした」というものでした。私たちは2年調べて同じだったら、大抵それで打ち切ります。しかし上皇さまはそうではなかった。
 その論文を丁寧に読むと、糞を拾った日だけでなく、拾わなかった日も書いてあります。それが2011年の3月以降、少なくなるんです。これは東北の震災の激励に行かれたからです。私はそういう記述に、上皇さまの誠実なお人柄を読み取りました。

 さて、今日のお二人の発表を聞き、この皇居のタヌキの研究を思い出しながら、私は次のように思いました。今、日本中に吹き荒れている「役に立つ研究」とは一体何でしょう。直接人の役に立つ、たとえば健康にプラスになるとか、生活が便利になるというのを「役に立つ」と言うとすれば、麦野さんのシカの歯の磨滅の研究や、横田さんの物質の境界についての研究はそう言うものではありません。明仁上皇のタヌキの食性もしかりです。しかし、人の浅知恵で何が役に立つか立たないかなど、簡単にわかるはずなどありません。私が思うのは、少女が「知りたい」「見てみたい」と言う好奇心の赴くままに調べること、その純粋さそのものが素晴らしいということです。今日のお二人の研究は、まさにそういうものだったのではないでしょうか。

 そのことをお祝いとして言いたいと思いました。これからも活躍されることを期待しています。

コメント
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