「竹内まりやが紅白?」という気持ちがないではない。長い間聞き続けた者のわがままとしては、何も知らないチャラチャラしたガキに「いいなあ」などとわかりもしないで言われたくないような気持ちがあることはあります。でも彼女のしゃべりを聞いていると、そういうことも卒業して、聞いてくれる人がいるなら歌いたい、自分は歌手として無理なく生きてきて、それが多くの人に評価されるというなら、それはそれで受けようという境地に達したのだと思います。
「いのちの歌」の歌詞を聞きながら、実は私は最終講義の時に準備した原稿と通じるものがあることに気づきました。その講義で私は、自分が戦後の平和な時代に生まれ、育ったおかげで好きな生物学を学ぶという人生を送ることができたこと、貧しい引揚者であった両親が私を大学院まで進ませてくれたこと、私を支えてくれた家族や友人に恵まれたこと、その全てに感謝したいと語りました。こちら と こちら
そう振り返れば、竹内まりやは若い時のティーンエイジ・ラブの歌、大人になってからの落ち着いた歌、そして人生を振り返る歌と、人生のそれぞれのときに心を満たしてくれました。その意味で、私の人生において彼女の歌はかなり大きな存在であったように思います。まさに「ありがとう」です。
「いのちの歌」の歌詞を聞きながら、実は私は最終講義の時に準備した原稿と通じるものがあることに気づきました。その講義で私は、自分が戦後の平和な時代に生まれ、育ったおかげで好きな生物学を学ぶという人生を送ることができたこと、貧しい引揚者であった両親が私を大学院まで進ませてくれたこと、私を支えてくれた家族や友人に恵まれたこと、その全てに感謝したいと語りました。こちら と こちら
そう振り返れば、竹内まりやは若い時のティーンエイジ・ラブの歌、大人になってからの落ち着いた歌、そして人生を振り返る歌と、人生のそれぞれのときに心を満たしてくれました。その意味で、私の人生において彼女の歌はかなり大きな存在であったように思います。まさに「ありがとう」です。