自然日誌 たかつき

自然についての問わず語りです。

モンゴル 27 野草4

2022年03月31日 | モンゴル
アブラナ科

シソ科

シソ科
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モンゴル 26 野草3

2022年03月30日 | モンゴル
キュウリグサのような小さな花がありました。果実には永井トゲがあり、動物にくっついて広がるのだと思われます。




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はけ文での実習

2022年03月29日 | イベント
今回の講座のために、1月30日に武蔵野公園のエノキとサワラの木の下に落ちていた種子を拾いました。エノキは鳥が好きな果実をつけるので、鳥が来て果実を食べながら滞在して、不消化の種子を吐き出したものです。当然、母樹のエノキの種子が多いのですが、この木に来る前に食べていた果実の種子も落としているはずです。一方、サワラは鳥が食べるような果実はつけませんが、樹下に種子がたくさん落ちていました。これは止まり木として滞在したときに吐き出したものです。このように、「飛べる動物」である鳥は種子散布という役割を持っており、それが都市緑地でどうなっているかの一端を垣間見てみようというのがこの実習の狙いです。

 その種子をバットに取り出しました。ピンセットと仕分けの容器を配りました。

種子をバットに取り出す(安田)

皆さん、大変熱心に取り出してくださいました。

種子を取り出す

種子を取り出す

種子を取り出す

しばらくすると、かなり出揃ってきました。

シャーレに仕分ける(安田)

今回検出された種子・最下段は風散布種子

集計すると次のようになりました。サワラの樹下にはエノキが174、センダンが18など様々な種子がありましたが、エノキの樹下はほとんどがエノキそのもので、外部から持ち込まれたのはトウネズミモチとナンテンだけでした。

樹下で回収された種子数(2m x  2m)。()は風散布種子



 直径6-8 mmくらいの赤い果実が多いですが、分類学的には遠く離れた植物もあり、花は全然違うものがあります。これは、その大きさのその色が鳥に食べてもらうのにいいからで、中に入っている種子は数も大きさもまちまちです。ということは植物がそうすることで鳥に食べてもらって種子散布に成功して、そのような進化が進んだということです。


記念撮影(安田)

+++++++++

 実習の前に話した、玉川上水での鳥類調査の話は、小平や三鷹のように良い林があるところでは鳥類も豊富だが、小金井のようにサクラ以外を皆伐したところでは鳥類も貧弱になるということでした。これについて、ある人が
「林が貧弱になると鳥も貧弱になるんですよね。そして、鳥がいなければ種子散布がされなくなる。悪循環が始まるということですよね」
と発言しました。
 「そうです。だからどうなんだ。鳥なんかいなくても別に困る訳じゃない、という人はいます。そういう人の方が多いかもしれない。都市というのはそうして発達してきたのだと言えるかもしれません。でも本当にそれでいいのか、ということなんです。レイチェル・カーソンが『沈黙の春』で言ったのは、ある年の春に子供が春を迎えたのに、鳥の鳴き声がしない、そういう世界を作ってはいけない、私たちはその責任があるんだということです。人間の事情だけを考えるのはもうやめようということを初めて指摘した訳です」
この話の流れだったか定かではなく、もしかしたら私がキエフの空中写真を紹介したことを話したことに関連した話の流れだったかもしれませんが、別の人が
「そうして虐殺するようなことをしてきたんですよね」
「そうなんです。都市というのは、人が自分らの利便性のために自然を破壊してきた空間といえます。人が攻撃されたら、相手を非難しますが、動物や植物は何も言わない。それがよけいに辛いですよね。私はそういうもの言わぬ動植物の気持ちがわかるようになりたいと思って日々学んでいるような気がします」

 このことと関連することで午前中に話したことがあります。
「日本列島は大陸と地続きでしたが200万年ほど前に対馬海峡が開いて日本列島が独立しました。その後、日本列島に固有な動植物が進化しますが、人はいませんでした。人が渡来したのはいつ頃だと思いますか?」
「3万年くらい?」
「ああ、いい線です。最古の化石が3万8000年前とされています。そうすると日本列島ができてわずか2%ほど、1日に換算すると夜中の11時半くらいということになります」
「ヘェ〜!」
「そうなんです。そんな新参者がでかいツラをしてやりたいほうだい日本の自然を破壊してきた訳です。そういうことを知るか知らないかは大きな違いだと思います」
 皆さん、肯いていました。そういうことも最後の意見交換の時の発言につながったように思いました。

 講演会というと、専門家の話を聞くということになりがちですが、この日は午前中の観察会をし、現場の道路計画の場所を見て、その上で午後の講義を聞いてもらい、鳥による種子散布の実習をしたので、それらを総合して都市と自然のあり方について考えてもらえたように思います。
 はけ文のみなさま、ことに横須賀さんには大変お世話になりました。ありがとうございました。




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はけ文での講演

2022年03月28日 | イベント
午後は萌木ホールに移動して室内作業にしました。はじめに私が都市緑地について講演しました。武蔵野公園のことはよく知らないので、玉川上水での鳥類調査の話をしました。
 西から小平、小金井、三鷹(井の頭)、杉並の4ヶ所で同じ日の同じ時刻に調査をしました。

調査した4ヶ所

その結果、鳥類が西から東に少なくなるのではなく、小平、三鷹、杉並、小金井の順で、小金井が最も貧弱でした。しかも樹林に住む鳥が貧弱でした。

鳥類調査の結果

 次に樹木の調査をしたところ、小金井だけが多様性が極端に低いことがわかりました。これはサクラ以外を皆伐したためです。このことから、都市緑地の樹林管理が鳥類をはじめとする生物多様性に大きな影響を与えていることがわかりました。

各地での樹林の多様度指数

 小平には津田塾大学がありますが、珍しいことにここの1929年に空から撮影した写真が残っています。これを見ると大学の周りに家が一軒もなく、畑と雑木林しかないことがわかります。ところが現在は隙間なく宅地が覆っています。大きい変化が起きたのは1960年代、まさに高度成長期です。この時代に緑地が失われ、そこにあった植物や生息していた動物が玉川上水に逃げ込むようにして生き延びてきたと見ることができます。

津田塾大学の上空から撮影した写真。右は現在

次にSLOSSの話をしました。SLOSSとはSingle Large Or Several Smallの頭文字を取ったもので、意味は「一つの大きな<緑地>またはいくつかの小さな<緑地>」ということです。



都市に10%の緑地を残すとして、一つの大きな緑地を残すか、小さい緑地をいくつか残すかということです。その場合、林縁の問題があります。林から5メートルほどは光が入るので林内に生える植物は生えられません。



そうすると直径10メートルの緑地なら林内の植物は生えられないことになります。つまり、several smallになると森林に生きる生物には危機的な状況が生まれるということです。
 武蔵野公園、野川公園、国際キリスト教大学のキャンパスはまとまったかなり大きな緑地で、東京西部を見るとこれほどまとまった緑地は他にありません。

東京

 私は東京の緑地を世界の他の都市と比べてみました。今ロシアによって攻撃を受けているキエフは一辺4kmもある広い平地林があります。小さい緑地も多くあります。緑豊かな都市であることがわかり、ここが破壊されているというのは本当に心が痛むことです。その他アムステルダム、ベルリンなども比べましたが、同様です。



 そこで私は東京より緑が乏しい都市も見たいと思い、北京に目星をつけて調べてみたら、何と意外なことに東京よりははるかに緑が多かったのです。


 私は東京は乏しいとはいってもそこそこ緑はあって、ヨーロッパは別としてもアジアの都市よりはいいだろうと勝手に思い込んでいたのですが、それは見事に打ち砕かれました。東京というのは世界屈指の「緑なし都市」なのです。その意味で、武蔵野公園に道路をつけることの意味は大きいと言わざるを得ません。「ここがなくても他にある」場合とは事情が違うのです。その意味でここを切る形で道路をつけることは見直す必要があります。
 生態学的にはそういう意味がありますが、政治的に言っても問題です。そもそもこの計画は昭和の高度成長期に作られたものです。その時代に社会が求めたのは、より効率的な経済活動であり、都民もそれを歓迎したと思われます。しかし今は社会が大きく変化しました。そんな経済優先よりも、落ち着いた、自然を大切にするような生き方をしたいと思う人は間違いなく増えているはずです。道路があったほうがいいという人もいるでしょう。しかし多様な意見を聞いて、現状ではどういう意見分布になっているかを問い直す必要はあると思います。
 いずれにしても、破壊してしまえば、復元は難しいのですから、十分に調査をし、よく考えて後の世代に引き継ぐ必要があると思います。

つづく
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はけ文での観察会

2022年03月27日 | イベント
3月27日、小金井の武蔵野公園で観察会をし、午後、室内で講義と実習をしました。


 はじめに武蔵野公園と隣接する野川公園に行って自然観察園の植物を観察することにしました。ただしそこに直行したのではなく、歩きながら解説をしました。ハコベがあったので、花弁が10枚に見えるけど実は5枚で、1枚が深く切れ込んでいるという説明をしてルーペで見てもらったりました。


ハコベ

ハコベの花の説明(安田)

カラスノエンドウもあったので、マメ科の花の構造を説明し、複葉であることを説明しました。
 複葉の説明の流れで、スイバとタンポポがあったので、葉脈と葉の切れ込みの説明をし、質問しました。
「タンポポは英語で何て言いますか?」
「ダンデライオン」
「そうですね、ユーミンの歌にありますね。どういう意味ですか?」
「・・・」
「dandelionはフランス語から来ていてDents de lionです。dentsは?」
「歯だ。dentistというもん」
「そうですね。deは英語のofですから・・・」
「ライオンの歯」
「そうです。このギザギザがライオンの歯みたいだということです。そう聞けばなるほどと思いますが、この植物を見て花ではなく葉に注目するというところが面白いですね。ユリを漢字で書くと?」
「百合」
「はい、何で百と合ですか?」
「・・・」
ボードに「百合の根」を描きました。
「日本語のユリは花がユラユラと揺れるということです。見た目のことから名付けた訳です。でも中国では食べる部分に注目した。地下部がたくさん重なっているということに注目した訳です。中国文化は動物でも植物でも食べられるかどうかが重要だと考えます。文化によって着目点が違うということですね。」
という具合に横道に逸れるので、時間を気にした人が
「この調子だと入り口に行くまでに11時になってしまって戻れなくなります」
と言いましたが、そうかなと思いました。観察会で急ぐ必要はなくて、忙しい人は参加しなければいいのですから。

タチツボスミレ(安田)


オオイヌノフグリ(安田)

参加者

 観察園は湿地で板の歩道がありました。ニリンソウ、ザゼンソウ、クリンソウなどがありました。

クリンソウ(安田)

ニリンソウのいい群落があったので、
「ニリンというけど、花が二つあることはあまりなくて、一つの花が咲いている時に、付け根のほうに次の花が待っていることが多いです。これが丸くてかわいいです。お姉さんと妹という感じですね。アネモネの仲間です」

ニリンソウ群落

ニリンソウの説明(安田)

「これは何ですか?」
「はい、セツブンソウです」
「これを見てください。ニリンソウとセツブンソウの葉は基本的には5枚からできていますが、セツブンソウの方は切れ込みが深いんですね」

ニリンソウとセツブンソウの葉(安田)

「ほんとだ、そういうわけか」
「もう一つ見て欲しいのは、同じ緑色の葉と言っても、緑が違うことです。ほらセツブンソウの方は水色が入ってるんですよ。こういうのはスケッチする時、難しくて、薄く水色を重ねます」

セツブンソウ(安田)

「はあ、確かにそうだ。目の付け所が違うな」
といった具合で雑談しながら歩きました。
 その後、武蔵野公園の方に行って道路予定地で説明をしてもらいました。

道路予定地の説明を聞く

それから川沿いを歩くなどしてお昼にしました。陽がさして気持ちの良い天気になりました。

サクラの下でお弁当(安田)

 その前に少し話をしました。
「公園ってparkですよね。parkは駐車場でしょう?何で?」
「そうか・・・」
「昔のイギリスには街角に公共の広場があって馬をとめました。それがparkです。そういう場所には木が生えていることが多く、そういう景観をpark-like view と言います。この景観はサバンナの景観であり、林を出たホモサピエンスが長い時間を過ごした場所なのでDNAにこういう景観をこのむように刷り込まれているという説があります。日本庭園もそうだと言われます。
 近代化を進めた明治政府はこのparkを作りましたが、parkをどう訳すかは議論があったそうです。庭はあったのだが、それは採用せず、これをpublic spaceという意味で公園と訳した。歴史を考えればイギリス人は馬をとめる場所の発展形とみなしたが、日本では国が用意した公共の空間としてスタートしたという違いがあります。
 サバンナの景観だから木はあっても低木などはありません。それが快適だからですが、日本の林はこうではありません。だから下刈りをして管理します。快適ではありますが、こういう場所ではさっき見たようなニリンソウなどはなく、日本の林に多い、ササや低木もありません。だから自然好きからするとあまり面白くなく、観察会向きではないわけです(笑)」
 安田さんが武蔵野公園を生物多様性が高い場所にしようという声があるという話をしましたが、私は、話はそう単純ではないことを話しました。本当に日本の多様な自然を戻すなら不快な藪があって昆虫がたくさんいることを覚悟しないといけません、果たしてそういう公園が多数派に支持されるでしょうか。その理解を得るのは広範な努力、教育が不可欠です。それだけの覚悟がいります。その覚悟なしに、言葉だけで生物多様性の復元というのはあやういと思います。それでイエローストーン国立公園の「オオカミお帰りなさい計画」の話をしましたが、長くなるのでここでは省略します。

記念撮影(安田)

写真は安田さん撮影のものも使わせてもらいました。
つづく



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小平の「イーレ構想」の発表

2022年03月26日 | イベント
 3月26日、小平市小川公民館で「鷹の台のまちと新公園を語る会」(ひとえん会主催)という講演会がありました。

 中央大学の辻野五郎丸先生が「玉川上水・分水網の今後の活用と課題」という話をされました。江戸時代の江戸の水路網が玉川上水を軸としていたこと、作られた時点で玉川上水の深さは1メートルほどに過ぎないこと、玉川上水を世界遺産にすることを目標とするなら通水しなければならないこと、かつては水の話はしにくかったが、最近はその動きが活発化して、行政も動くようになったというような点が印象的でした。

 私は「玉川上水イーレ構想」という話をしました。これは以前にこの会に呼ばれた時、玉川上水に行く前に立ち寄れる「博物館のようなもの」があったらいい、ただしお金にはならない、という話をして、公園で街を活性化するという目的の会だから、多分却下されると思っていたのですが、どういうわけか取り上げられてもう一度話して欲しいということになりました。それで講演では鳥類調査も紹介して、その施設を「イーレ」と呼ぶことを提案しました。イーレとはギリシア語で「行く」「歩く」などの意味で、「玉川上水を歩くための入り口」という意味です。私がこの提案をしたのは鷹の台には以下の好条件があるからです。
1)小平は玉川上水の真ん中にある
2)この場所は玉川上水にも鷹の台駅にも近い
3)鷹の台には大学が多いので、イーレで玉川上水の解説をする学生が確保できる
4)イーレで展示する内容は動植物については十分あり、今後、玉川上水の水、土木工事、歴史などについて情報を確保できる
そしてイーレができれば、次のような利点があると話しました。
1)魅力ある展示ができる
2)老人から昔の玉川上水や生活の話を聞くなどすることで、老人の活躍の場を作れる
3)これらが機能すれば、子供から老人までのコミュニケーションが生まれ、玉川上水の価値を次世代に引き継ぐことができる

 3番目にひとえん会の相馬一郎さんが鷹の台全体の活性化について非常に総合的、かつ具体的な話をされました。注目されるのは建築家の隈研吾さんが小平市の仕事をされることになり、相馬さんはこれまでにも隈氏と交流があり、この仕事の中で隈氏も玉川上水の重要性を強調しておられたということで、これは小平市を動かす非常に大きな力になると思いました。それでイーレが実現したら、私は博物館を作った経験が活かせると思います。花マップの蓄積情報が活かされると思うと楽しみです。


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モンゴル 25 野草2

2022年03月25日 | 標本
これはミズギクInulaに近いと思います。



これはラショウモンカズラに近いと思いました。

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モンゴル 24 野草1

2022年03月24日 | 標本
野草を紹介します。


Astragalus

Potentilla

Saussurea
Saussurea群落

Gentiana

日本にも共通の属です。


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モンゴル 23 父子

2022年03月23日 | 標本
草原で馬に乗ったお父さんと息子とすれ違いました。家族が一緒に乳絞るをすることを書きましたが、父と子の関係もまた日本のものとは違うような気がします。このお父さんは銃を持っていましたから、タルバガン(マーモット)でも獲っていたのかもしれません。お父さんと一緒に馬で何時間も一緒にいて、お父さんが猟をするのを見て尊敬する気持ちを持つはずです。

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モンゴル 22 馬

2022年03月22日 | 標本
ウマは基本的に群れでいますが、この時は1頭だけでいました。

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