塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

選手に芽生える嫉妬心を思う

2016-12-24 22:43:49 | 日記
 1990年代前半、シカゴ・ブルズが全米に与えた影響は、他チームにも及ぶようになりました。

 「当時」のシャーロット・ホーネッツには、ラリー・ジョンソン、アロンゾ・モーニング、ケンドール・ギルにマグジー・ボーグスという若武者が揃っており、ブルズを破るのも時間の問題と語られました。

 しかし、ジョンソンが12年間で84億円という高額契約をオーナーから与えられると、彼らは仲たがいするようになります。

 彼と同じ、いやそれ以上の練習と試合での結果を自負するアロンゾ・モーニングは、オーナーのジョージ・シンに

 「ラリーと同額かそれ以上の契約」

 を求めますが実現できず、マイアミ・ヒートに移籍します。

 簡単に言えば、NBAがサラリー・キャップを用いている以上、アロンゾに対しても高額契約を提示すると、経営が成立しないのです。

 ラリー・ジョンソンは

 それまでに2度のオールスター出場
 ドリーム・チーム2への招集
 コンバースの顔としても有名であった

 ということで、長期契約を結ぶ価値があった、と思われたのですが、ようは嫉妬心、猜疑心が他の選手に生まれてしまったのです。

 僕は責任者ではありません。

 しかし、自負として責任者以上に間違いなく汗をかき、細部まで気をつけて業務を行っていると自負しています。

 ですから、内心、俺がこれだけ気を使い、懸命に汗を流しているのに、彼らの方が多くの報酬と地位があるのか、と心の中でに皮肉を言うのはしょうっちゅうです。

 サッカーも、メッシのような特別な選手はともかく、

 「ただの良い選手」

 に高い報酬を与えてしまうと、クラブが混乱します。

 ライオラがバロテッリに関しての契約をどこかで悔いている、という話がありますが、バロテッリからは汗のにおいがしないのは確かです。

 マルセイユでもレアルでも、ファンは選手が汗だくになるのを要求しますが、チャンピオンズ・カップ優勝という最高の名誉を得たからには、それ相応の義務が生じると考えるためでしょうか。
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