記憶の総体は生き物であって、
絶えず個々の成分の比重を変えている。
現在に生きることが過去の重みを変える。
──中井久夫『徴候・記憶・外傷』115
忘れたくなくても忘れることがある
忘れたくても忘れることができないことがある
内なる〝記憶係り〟のいとなみは意識の希望を斟酌しない
ある記憶の一角をきれいに消去できればどうなるのか
この仮構された空白の展開をたしかめるすべはない
記憶係りは絶えまなく経験を編集しつづけている
ときどき編みながら編み直すかのように
召喚を命じて、突然こみ上げることもある
一つだけ明らかなことがある
編集作業に直接手を入れて操作することはできない
ただ新しい経験のアイテムが書き加わえられるとき
記憶の全体は意味と配列をみずから変化させていく