ネコのミモロのJAPAN TRAVEL (Mimoro the cat:JAPAN TRAVEL)

「京都観光おもてなし大使」のライターとネコのミモロが、京都の情報や暮らし、グルメなどをご紹介。心和む雑誌のようなブログ

奈良へと続く街道沿い、京都、山城、上狛地区の古き街並み「茶問屋ストリート」。歴史あふれる町歩き

2015-03-08 | 歴史・史跡

「京都府山城広域振興局」が主催する、宇治茶の普及と、地域の観光促進を目的に企画された「日本最古のてん茶工場と山城の茶畑をめぐる旅」に参加しているミモロ。

美味しい昼ご飯を頂いた後、向かったのは、木津川沿いのお茶の道です。
「わ~風情ある建物があるところ…」
倉をもつ立派な建物が、道沿いに連なっています。「すごく雰囲気がある~。観光化されてないところがいいね~」といいながら、狭い路地歩きを楽しみます。


ここ木津川市の山城町は、古くからお茶の集散地。周囲の茶畑から収穫された茶葉を精製加工して、木津川の上狛浜から、船で、淀川を経て、大阪・神戸へと運ばれ、そこからアメリカやイギリスに輸出していた歴史を持ちます。かつて、賑わったこの地は、「東神戸」と呼ばれたほど…。茶葉が、明治以降、日本の大切な輸出品になっていたことがうかがえます。

「山城茶業之碑」。これは、山城茶業組合創立120周年記念に立てられた山城茶の歴史を示す記念碑です。

その石碑の周辺は、「山城茶問屋ストリート」と呼ばれ、立派な構えの茶問屋が、今も、その面影を留めています。
 
現存する茶問屋の建物は、幕末から、昭和初期に建設されたもの。
京都の町中では、目にすることが少ない、広い間口の長屋門の構え、そして、中央の中庭を囲むように、茶工場と住まい家屋が立っています。


「ホント、立派な建物ばかり…昔は、さぞや賑わっていたんだろうね~」と。
 

ここ山城は、今や全国にその名が知られる「福寿園」創業の地。町の一角には、ひときわ目立つ大きな工場。
 
お茶の歴史がわかる資料館もあります。でも、この日は、休館日…「残念…」
「ここも大きな門…」
「開門~」とその前で、叫ぶミモロ。もちろんなんの返事もありませんでした。

宇治茶の郷である山城地区。

古い町並みが残る景観は、日本らしい風情がいっぱい。
 
「ここって、町歩き楽しいね~。外国人観光客がすごく喜びそう…」とミモロ。
京都の観光化された町並みは、それはそれで素敵なのですが、外国人観光客、特にヨーロッパのゲストは、観光化された場所より、古き日本の景観を求めているよう。

「ここって、そういう人たちに教えてあげたいね~」とミモロ。

町の中ほどにある「泉橋寺」は、天平12年(740)に行基が建てた寺院のひとつ。
 
その前に鎮座する大きなお地蔵様。

山城大仏と呼ばれる高さ5メートルほどの石仏で、徳治3年(1308)建立されたものだそう。応仁の乱で、地蔵堂を焼失。その折、石仏にも被害が・・・。しかしそのまま200年以上もそのままにされ、元禄年間に復元修復されたのだとか。
お顔と手が江戸時代の修復された部分だそうで、なんとなく胴とのバランスが取れていません。
「日本一の石地蔵なんですよ」と、説明…。「へぇそうなんだ~」と、改めて見上げるミモロでした。

古い町並みを歩くひととき…「こういう町歩き大好き…」


京都からは、JR奈良線で、「上狛駅」か「木津駅」から、のんびり歩いて20分ほど。
ぜひ、古き町並みを楽しみに…。







人気ブログランキングへ
ブログを見たら、金魚をクリックお願いします。ミモロより

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 自然豊かな山城の食材をふん... | トップ | 南山城の見渡す限り広がる、... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

歴史・史跡」カテゴリの最新記事