ネコのミモロのJAPAN TRAVEL (Mimoro the cat:JAPAN TRAVEL)

京都在住の旅ジャーナリストとネコのミモロが、京都の伝統と新しさをはじめ、注目のお店などをご紹介。心和む雑誌のようなブログ

「祇園祭」の後祭。「南観音山」と「北観音山」でも曳き初めに参加。

2017-07-22 | 祭事・神事・風習

いよいよ24日は、「祇園祭」の後祭の山鉾巡行です。それに先立ち20日は、山鉾の曳き初め、いうなれば試運転が行われます。これには、誰でも参加でき、巡行では触れることができない綱も曳くことができます。
「綱曳くと、厄払いになるんだって~」と、誰からか教えてもらったミモロは、毎年、どこかの山鉾の綱を触りに出かけます。

「大船鉾」での曳き初めをしたミモロは、四条通の北側に並ぶ「南観音山」と「北観音山」の曳き初めにも参加することに。

まずは、「南観音山」へ。
「ヨイショ~」準備が整った綱を握ります。
「南観音山」には、女の観音様がいらして、23日の宵山には、お体を布でグルグル巻きにされ、男たちに担がれて、「北観音山」との間を激しく揺さぶらなら移動する「あばれ観音」が行われます。これは、男の観音様といわれる「北観音山」への恋心を鎮めるためだとか・・・。

「体力使って疲れさせて、恋の興奮を冷ますってこと?1年に一度しか会えないんだから、ゆっくり会わせてあげればいいのにねぇ~」とミモロ。きっとそう簡単なものじゃないのかも…。

「でも、きっと夜、こっそり会ってるよね~」と勝手に想像するミモロでした。

さて、ミモロは、次の曳き初めへ「北観音山」へ向かいます。
「ヨイショ~」ここでもしっかり綱を握ります。「後祭の3基の大きな山鉾、全部曳いちゃった~」
きっとミモロの体には、たくさんのエネルギーがチャージされたことでしょう。

乗り物好きのミモロは、美しく飾られる山鉾の姿と同時に、動かすことに興味を抱いています。 
山鉾は、すべて組み立て式。木材を釘を使わず、縄だけで縛り固定してゆきます。釘で固定するより、振動などの揺れに対応できる微妙なゆとりがあり、走行中の振動などを山鉾全体で吸収できるのです。

縄は、ただ木材を固定するだけでなく、その縛り方は、それぞれの山鉾で異なり、美しく装飾的。ここにも日本人の美意識が感じられます。

「この紙なぁに?」山鉾の土台となる太い木材の先端には、浄めのための紙が貼られます。


大きな車輪は木製。
 車輪を固定する軸には、それぞれの山鉾のしるしが見られます。これは「大船鉾」の「四条町」の「四」が見えます。

「このスプーンみたいの、なにするもの?」鉾のそばに置かれた木材を見て…。
それは運行に使うもの。
運行する鉾の車輪の下に差し入れ、進む方向を微妙に調整する道具です。
舵が付いていない山鉾の進む方向を変えるのは、下に竹を差し入れて、曳き手が力を合わせて行う辻回し。日本の古来の乗り物、牛車、大八車なども舵はなく、車輪は、車体の側面にあります。

さらに進行中の車輪の方向は、側面に当てられる棒でもされます。

そして、屋根にぶつかりそうな時は、屋根に上がっている屋根方が、足でグ~と押したりして、接触を未然に回避することも。

山鉾の走行のスピードは、前の曳き手が調整しますが、坂道などでは、山鉾の後ろにいる人たちが、スピードが上がりすぎないように引っ張っているのです。


そして、車のサイドブレーキのような役割は、車輪の下に置かれる木材。


ギシギシと木材がきしむ音共に進む山鉾。かつては、土の道を走行していた山鉾は、今は硬いアスファルトの路面を走行します。そのため、車輪への負担は相当なもので、時々欠けることも。
「これ、車輪が欠けた、かけらだよ~」

珍しいものを見せてもらったミモロです。

自動車のように振動を吸収するサスペンションのない山鉾。路面の振動は、もろに伝わってきます。
「乗り心地悪そうだけど、やっぱり乗ってみたいなぁ~」と、決して叶うことがない憧れを抱くミモロです。


24日の山鉾巡行は、9時半ごろに、御池通を出発し、河原町通、そして四条通を進み、それぞれの鉾町に戻ります。
そして夜は、四条河原町の御旅から「八坂神社」をめざし、神輿が、町を巡る「還幸祭」が深夜まで続きます。





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「祇園祭」の後祭。3基の大きな山鉾の曳き初め。まずは、「大船鉾」で綱に触るミモロ

2017-07-21 | 祭事・神事・風習

7月24日の「祇園祭」の後祭。新町通沿いには、「北観音山」「南観音山」そして「大船鉾」が姿を見せ、20日には、その曳き初めが行われました。
毎年、ボランティアで「大船鉾」のお手伝いさせてもらうミモロ。その日は、当番ではありませんが、曳き初めとあって、浴衣姿で出かけます。

曳き初めに先立ち行われる神事と瀧尾神社の剣鉾の奉納。「あ、間に合わなかった~」ミモロは、時間を間違えて、到着したとき、すでに剣鉾の奉納は終わっていました。
 
「あ、ミモロちゃん、今終わったとこ・・・遅いよ~」と、剣鉾の保存会の皆さんに。「え~そうなんだ~」とがっかりするミモロ。「じゃ、記念撮影だけ一緒にしようね~」と言われ、ちゃっかりセンターに。

まだ曳き初めまでに時間が…
 
「大船鉾」は、四条町の鉾。4年前に150年ぶりに巡行が復活し、後祭のしんがりを務めます。
昨年は、船の先頭を飾る「龍頭」が完成。昔の龍頭と共に、今年は会所で祭りを見守ります。
南四条町と北四条町の2つの町が、かつて交互に務めていたことから、船の先頭の飾りも1年ごとに替わるのです。今年は、豪華な大金幣。これは、幕末の動乱の中で、焼け残った貴重なもの。

ミモロは、ご祭神の神功皇后に参拝後、会所の前で準備を見守ることに。
「あ、大河くん~わ~大きくなってビックリ~」。「大船鉾」の囃子方を5年前から務めているミモロのお友達。初めて会ったときは、まだ浴衣も肩上げをした子供だったのに、今は、凛々しさも感じられる少年に成長。「ミモロちゃんは、変わらないね~」「うん…」と、小さいままのミモロです。

「これで叩くの?」
大河くんの担当は、「鉦(かね)」。それを叩くバチは、鯨のひげと鹿の角でできたもの。今や貴重な品で、鉦を担当する先輩から代々受け継いでゆくのです。
「ミモロも男の子だったら、参加できるのに~」と、女性は祭りを蔭で支える役割ですから、どんなに望んでも無理。

「もう行くね~」曳き初めの準備が進みます。
鉾に乗り込む囃子方。そして鉾を浄める塩も用意されました。
 

いよいよ曳き初めがスタート。音頭取りさんたちも鉾の先頭にスタンバイ。
まずは、鉾のお浄めを…
「もう始まるね~」とミモロも鉾のそばにスタンバイ。
いよいよスタートです。
綱を握るミモロの手にも力が入ります。

「エンヤラヤ~」音頭取りの掛け声で、「大船鉾」は、ゆっくりと会所を離れ、新町通へと船出します。

「いよいよ今年も始まりましたね~」と、祭りに関わる方々も笑顔で鉾を見守ります。
  
年に1度のお祭りは、多くの人が力を合わせて行うもの。本当に多くの蔭で支える人たちの力がなくてはなりません。

ギシギシギシ・・・新町通の3基の大きな山鉾は、同時に曳き初めを行い、その車輪の音と、人々の歓声が通りに響きます。









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京都の上菓子仲間が技を披露する、明治から続く「菓匠会」の献茶会

2017-07-20 | 老舗

「祇園祭」が行われている「八坂神社」の常盤新殿で、16日、京都の名だたる和菓子店が集う「菓匠会」の献茶会へ、ミモロはお友達に誘われて出かけました。
 
毎年、行われる献茶会。その年の菓題にそって、各お店が作品を展示します。今年のお題は、「夏の彩」。

 
会場には、夏の菓題にふさわしく、涼やかで美しい和菓子が展示されています。

そもそも「菓匠会」は、禁裏や神社仏閣などに献上する菓子「上菓子」の業者によって、江戸時代に結成された「上菓子屋仲間」に由来します。明治維新に、天皇の東京へのお引越しに伴い、解散を余儀なくされますが、長らく受け継がれた伝統の和菓子の技を守り、また技術の研鑽のために、明治22年に結成されたのが、現在に至る「菓匠会」です。

現在の会員は、14店。それが一堂に会し、日ごろの技を披露する和菓子を展示するのが、この献茶会です。

   
和菓子が大好きなミモロ。「わ~キレイ~涼やかで美しい~」といいながら、展示をひとつひとつ見て回ります。
ミモロ、あんまり近づいちゃダメ~涎が…これは食べちゃダメなの~。「うん、わかってるけど、美味しそう…」と見つめる目がちょっと危険・・・。

小さな和菓子には、実にさまざまな技が施され、和菓子にめちゃくちゃ詳しいお友達の解説と共に見る和菓子は、いっそう興味深いもの。

 
和菓子に使われる素材は、洋菓子に比べ、数は限られていますが、それを匠に使い、表現される世界は広いのです。
日本の自然や四季の移り変わりなどを表現する和菓子の世界。自然の姿に心を寄せる日本人ならではの文化のひとつです。

五感で楽しむのが、上菓子。自然を映した姿を目で愛で、菓子に触れる感覚を楽しみ、口にいれてその味わいや香りに酔い、そして菓子の銘の響きを耳で楽しみます。小さな和菓子がもたらす世界は、それを作る人と味わう人の間で大きく広がってゆくのです。


「こちら、京都のおもてなしリーダーのミモロちゃん。ブログで京都の文化などをいろいろ紹介してるネコなんですよ」と紹介するお友達。「あ、そうなんですか?初めまして」と、西陣の老舗「塩芳軒」さん。
 
「初めまして~ミモロ、和菓子大好きです。すごく美しいお菓子ですね~」と笑顔でお返事。「清涼」の銘をもつ菓子は、見るからに涼やか。三角の形は、祇園祭の山鉾をイメージしているそう。

いろいろなご店主の方に紹介されたミモロ。

四条通にある「亀屋良長」さんは、「水の音」というお菓子。
   
「お水がキラキラ光ってる感じ~」微妙な色具合などに、その店の個性が光ります。

さて、会場では、お茶とお菓子が味わえます。
「どれにしようかな~」
こちらは食べてもいいお菓子。好みのお菓子を選びます。
「いただきま~す」

「こっちもちょっと頂戴~」とそばのお友達のお菓子も…。


京都では、お茶会も多く、上菓子をいただく機会にも恵まれるミモロ。

茶道の発展と共に、上菓子もいっそう発展してゆきました。しかし、時代の移り変わり、人々の嗜好も変わり、若い人の上菓子離れが進んでいるのも事実です。その変化に対応し、京都の老舗和菓子店も、洋菓子の技術を取り入れた新たな菓子の開発などや観光客がその場で味わえるイートインスペースなどを設けるケースも増えています。

代々の暖簾を守り続ける店主たちは、時代の流れを見つめ、その中で次世代へと受け継ぐ技を磨きます。
京都に来たら、ぜひ、味わいたい雅な上菓子・・・京都が誇る日本の文化のひとつですから。







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「祇園祭」の神幸祭。3基の大きな神輿が氏子町を巡る熱い夜

2017-07-19 | 祭事・神事・風習

7月17日は、午前中、祇園祭の「山鉾巡行」の後、夕方には、「八坂神社」から3基の神輿が、四条河原町の御旅へお出ましになる「神幸祭」が行われます。

「祇園祭の中心は、実は、お神輿なんだよね~」とミモロ。華やかな「山鉾巡行」は、お神輿が町にお出ましになる前に、町を浄める役割を担っているのです。

一度、家に戻り、お昼寝をしたミモロは、夕方、再び町へ出かけました。
ちょうど三条大橋に来たとき、3基の神輿のひとつご祭神の素戔嗚尊を祀る「中御座」が到着。
東海道の京都の出発点となる三条大橋の上で、神輿を高く差し上げて、橋を浄めます。
「ホイットー、ホイットー」という掛け声が響く橋の上。祭り好きのミモロの血も騒ぎます。

神輿といっしょに橋を渡り、高瀬川沿いに北上する神輿に、しばし同行。ミモロも担ぎ手の気分・・・女の子は、担ぎ手にはなれず、また神輿に触れないのですが…。気分だけ~
 

夕方、「八坂神社」での神事の後、3基の神輿は、神社の西側の「石段下」から、それぞれ別のコースを巡り、夜21時ごろに、御旅所に到着。その後、後祭の24日まで、御旅所に鎮座し、町を見守るのです。

神輿を先導する神職などの行列が、河原町通に到着しました。
 

「へぇ~この行列、初めて見る~」と、河原町通に立って、じっと行列を見つめるミモロ。
 
神輿を先導する、久世稚児さんも馬に乗って、夜の町を巡ります。

行列に見惚れていたとき、「ミモロ~」と突然声が…「え?誰?あ、香月さん・・・」
八坂の塔の近くでゆば店を営み、祇園祭では、大船鉾などでもご奉仕なさっているお友達です。
「息子の大河もご奉仕してるんですよ~」と、ミモロが初めて見た裃姿でちょっと立ち止まりました。
「わ~かっこいい~」とその姿に思わず声が…。

「祇園祭」をはじめ、京都で行われるさまざまな祭りは、親子で奉仕していることが多く、子供は、父親の姿を尊敬のまなざしで見つめる場面によく出会います。祭りは、古くからの文化を次世代に継承するだけでなく、父親の心意気などを、息子に伝える、素晴らしい機会でもあることを実感します。もちろん、親子三代で奉仕する家族も多いのです。
子どもたちは、家族以外の大人の中で、祭りのことを学ぶと共に、厳しい規則なども教え込まれます。小さいときに祭りに奉仕した子どもたちは、成長しても、当時指導してくれた人との強いつながりがあり、生涯、そのつながりが続くのです。観光客では入り込めない、一種の強い京都人の結びつきは、子供のころから形成されているといえます。

「ミモロちゃん、そろそろ子供神輿が通りますよ~」とお友達に言われ、慌ててお友達のお家へ戻ります。
「これ着てみる?」
河原町通と高瀬川を結ぶ龍馬通に面した「酢屋」は、江戸時代から続く材木店。京都の町に潜伏する龍馬をかくまった店として歴史にも登場します。

「あ、来たよ~」
店の前で待っていたミモロは、お友達を大きな声で呼びます。子供神輿が唯一あるのは、素戔嗚尊の奥さんの櫛稲田姫命を祀る「東御座」で、子供神輿は「東若御座」といわれます。

 
お店の前で、毎年、神輿を拝む「酢屋」の皆さん。神輿は、神様が乗られているもの。「今年もおいでいただき、ありがたいこと…」と手を合わせます。

ミモロはちょっと神輿に随行。
そんなに神輿が好きなんだ~。

子供神輿が進み河原町通へと抜けると、三条通では、別の歓声が上がります。「ミモロちゃん、ダッシュ!」と、お友達が。「え?なに~」よく訳もわからず三条通に抜ける路地を猛ダッシュすると、そこには、櫛稲田姫命を祀る「東御座」の神輿が…。
 
ここでも行われた差し上げ。ミモロは、ただ見惚れるばかりです。

「え~とまだ見てないのが、「西御座」のお神輿だね~どこにいるんだろ?」と、巡行マップを確認。もうすぐ寺町通に来るということで、お友達とそちらへ向かいます。
「あ、来たよ~」
 
「錦」と書かれた半被姿の担ぎ手が、寺町のアーケードを進んでいます。

「お友達が担いでいるんだけど・・・どこかなぁ~」と、神輿に同行しながらお友達を探します。


「あ、いた~」「ミモロも来てたんだ~」と、京都でさまざま文化企画をする田村さん。
「ミモロもホントは、担ぎたいんでしょ」
「うん、でも小さいし、女の子だし、ネコだから…」「そうだね~。替わりに頑張ってくるね~」「うん、よろしく~」

神輿を見送るミモロです。


神輿は、夜の町を巡り、やがて御旅所へ。

そして24日夜「八坂神社」へ戻る還幸祭で、再び町を巡ります。



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[祇園祭」の前祭、山鉾巡行。今年は、河原町通で見物。人の流れがある見物の穴場

2017-07-18 | 京都

いよいよ「祇園祭」の「前祭」での「山鉾巡行」を迎えました。
今年、ミモロは、お友達に誘われて、河原町三条近くで見物することに・・・。
到着したのは、9時。「あれ~誰もいない~」がらんとした感じの河原町通です。

山鉾がスタート前に建ち並ぶ四条通。また、観覧席のある御池通は、人気の見物場所。そこを結ぶ河原町通は、比較的、見物人が少ない場所なのです。もちろん、通り沿いには、ずらりと人が立ちますが、長時間、そこにとどまる人は実は少なく、みんな途中でどこかに移動して、いつも最前列で見ることが、ほかに比べて容易です。

この日、ミモロは、河原町通のそばに住むお友達に「これ持って行きましょう」と、椅子を通り沿いに運びました。
「ここミモロの特等席!」
最前列に椅子をおいて、山鉾巡行が始まるのをのんびり待つことに・・・。

前祭の山鉾は、23基。9時半ごろに、先頭の長刀鉾が動きだし、最後尾の船鉾まで、約2時間半ほどかかるので、ずっと立っているのはなかなか大変。しかも炎天下で待つのは、かなりの体力を要します。

「河原町通は、アーケードがあるから、陽射しを避けることもできるし、もし雨が降っても大丈夫…」と、いいことずくめの感じです。でも、そこにちょっとした落とし穴がありました。

すでに10時近く。「う~やっと長刀鉾見えたよ~」
「来た来た~」
予定通過時間をすでに遅れています。「辻回し、うまくいかなかったんじゃないの~」とお友達。「そうかもね~」とミモロ。

御稚児さんが乗った長刀鉾。ときどき、御稚児さんが身を乗り出して、舞を披露してくれます。

続いて、くじ1番の「占出山」、「孟宗山」「霰天神山」という小ぶりな山が続きます。
 

河原町通に面した「アサヒビール」のお店では、訪れる山鉾にビールの贈り物。そのお礼に厄除け粽を受け取ります。



「わ~キレイな色の段通~」

目の前を美しい段通が次々に現れ、まるで動く美術館のよう。

「あれ~次の鉾、来ないね~」と身を乗り出して通りの先を見つめます。


河原町通の見物は、鉾の姿が見えるまで、かなり時間がかかるという、落とし穴がありました。
四条河原町と河原町御池の交差点で、行われる山鉾の方向を変える辻回しが、全く見えないことと、時間がかかる辻回しで、山鉾の間が、かなり空いてしまいます。「大きな山鉾、交差点にたまってるから、間の道には、なんにもない~」とミモロ。

四条通や御池通では、いくつかの山鉾を見ることができるのでした。

 
やっと待ちに待った山鉾がミモロの前を通ります。『函谷鉾」
可愛い踊りが見られる「四条綾傘」


ミモロの好きなライオンの段通がかかる「芦刈山」の姿も。

しばらく間が空いて、やっと次の「月鉾」の姿が・・


それからまた、つぎつぎに山が姿を見せます。カマキリの乗った「蟷螂山」「太子山」もやってきました。
 

「あ、谷口さん~」宇治田原で茶園をなさり、お茶の文化を広める活動をなさっている谷口さんも行列に参加していました。
「ふ~なかなか暑いですね~でも、がんばりますよ~」と汗びっしょりながら笑顔で。「はい、どうぞ気を気を付けて~がんばってくださいね~」と、応えるミモロも汗まみれですが…。

 その後も次々に・・・なんせ、23基あるんですから・・・。

すでに12時を回っています。
「もう少し~がんばれ~」後半に登場する山鉾の人たちは、出発まで、かなりの時間を四条通で待機状態が続きます。気温35度近くの炎天下・・・日蔭のない道を、ひたすら重い鉾を曳くのは、本当に大変。

まぁ、見物する人たちも、もちろん大変ですが…。ミモロ、日蔭にはいりなさい・・・日射病になっちゃうよ・・・。
「う~ん、でも鉾見えないから…」と、河原町通のアーケードで日蔭になっているミモロの特等席の椅子に座らず、道に立とうとするミモロです。


河原町通では、熱中症なのか、倒れられ救護の人たちに搬送される人も…。
ミモロも多くの時間を日蔭の椅子に座って、団扇で風を送り、水を頻繁に摂取。

「あ、岩戸山が来たよ~」と、今年、曳き初めに参加した山がやってきました。
「あ、ミモロちゃん~」とそのとき、顔見知りになった音頭取りさん。「お疲れ様で~す。かっこいい~」とミモロ。「どうも~」と笑顔で、挨拶。

そして、いよいよ巡行の〆を担う船鉾の登場です。

神功皇后をご祭神に河原町通を進む姿は、まるで通りが海原になったよう。「すごいよね~」と感激するミモロです。

「これで前祭の山鉾巡行納めだね~」
12時半を超え、3時間半、河原町にい続けたミモロ。「椅子あったから、それほど疲れなかった~」「そうでしょ」とお友達。さすが、ご近所の方、巡行馴れしています。

後祭の山鉾巡行は、24日。全部で10基なので、前祭より、見学は楽かもしれません。
「今度は、御池通で見物しよう~」とミモロ。

さて、17日の夕方は、神輿が町を巡る「神幸祭」が行われます。
「そっちも見物しなくちゃ~」と、一度、家に戻りお昼寝して、再び町に出かけるつもりのミモロでした。






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