ネコのミモロのJAPAN TRAVEL (Mimoro the cat:JAPAN TRAVEL)

京都在住の旅ジャーナリストとネコのミモロが、京都の伝統と新しさをはじめ、注目のお店などをご紹介。心和む雑誌のようなブログ

誰でも参加できる「粟田神社」の「大燈呂(だいとうろ)」づくり。今日も16時まで境内で…

2015-08-30 | 京都

「今年も始まったね〜。お手伝いに行かなくちゃ〜」とミモロは、1枚のチラシを握りしめて言いました。
そのチラシは、東山の三条通にある「粟田神社」境内で行われる「大燈呂」づくりです。
 
毎年、10月に行われる「粟田神社」の大祭。剣鉾、神輿の巡行と共に、夜、町を巡行するのが、「大燈呂」です。
 
針金で組まれた枠に紙を貼り、中に灯りをともします。青森のねぶたのルーツとも言われるもので、室町時代にすでにその姿が記録に留められている歴史あるもの。しばらく途絶えていた「大燈呂」は、平成20年に、京都造形芸術大学の協力で、180年ぶりに復活。年々、その数や意匠もバージョンアップされ、粟田地区を代表するものとなっています。

ミモロも毎年、氏子町の揃いの法被を着て、参加しています。

スサノウノミコト、出世えびすなど神様や仏様をテーマに製作される大燈呂。毎年、翌年の干支も製作されるようになりました。
「これ、去年作ったヒツジさん…」

そして、この週末、「粟田神社」の境内では、来年の干支の大燈呂の製作が始まりました。
ミモロが到着した時は、すでに町内の方々が、製作に励んでいます。

年々盛んになっている「粟田神社」の大燈呂は、地域力をアップしたその活動から、門川京都市長からも表彰状を授与されています。


「ミモロちゃん、今年もお手伝いに来てくれたの〜」と。「はい、ちょこっとだけですけど…お手伝いさせてください」


「今年は、来年の干支のおサルさん作るんだって〜」
すでに京都造形芸術大学の学生さんが作ったサルをモデルに、学生さんたちの指導の元、地域の人たちが製作してゆきます。

「あの〜なにお手伝いしたら、いいですか?」とミモロ。「針金を紐で固定する作業やってもらえますか?」と学生さんに言われ、ミモロは、さっそくその作業にかかります。
「こんな感じでいいですか?」「上手にできましたね〜その調子で他もやってくださいね〜」

針金で形を作る作業は、その曲げ方で全体のフォルムが変わります。そして、中に光を入れたとき、美しく見えるように、針金が飛びたさないように、しっかり固定します。

みんな真剣に、でも楽しそうに作業を続けます。


紐には、ボンドをつけているので…「わ〜指がボンドだらけになっちゃった〜」ときどき、境内の龍の手水場のお水で、手を洗わせてもらうミモロです。
「きゃ〜冷たくて気持ちいい〜」

ミンミンゼミやツクツクホウシが鳴く晩夏の午後…セミの声がBGM…


週末の作業は、夕方16時ごろまで続きます。


地域の方でなくても、誰でも参加できる「大燈呂」づくり。
13時〜16時まで、「粟田神社」境内でやっています。ぜひ、観光客の方も、ご参加を…。

そして、ここで製作されたサルの大燈呂は、10月11日の夜、夜渡り神事の時に、氏子町を巡行します。

今年の「粟田神社 大祭」は、10月10日、11日、12日。
その前夜祭では、恒例の大ビンゴ大会も開催。「今年は、タコ焼き器狙うんだ〜」と今から楽しみにしているミモロです。

*「粟田神社」の詳しい情報は、ホームページで





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江戸時代から伝わる五穀豊穣と無病息災を祈願する「広河原松上げ」。

2015-08-29 | 祭事・神事・風習

8月24日は、京都の北部の山村、広河原で、恒例の神事「松上げ」が行われます。ミモロは、お友達と出町柳駅から、夕方117時すぎに京都バスにのって出かけることに…。
 
すでに2週間前から予約した京都バス。当日は、5台の大型バスが、「広河原松上げ見学ツアー」のために用意されました。

大型バスは、車とそれ違うのも大変な狭い鞍馬街道を、花背などを抜けて向かいます。約1時間45分、19時過ぎに目的地、広河原に到着したころは、すでに陽も傾き、あたりは薄暗くなっています。

すでに、松上げ会場には、大勢の人たちが、見学にいい場所に陣取っています。ミモロたちも、なんとかその隙間に入れていただき、見学場所を確保。

「松上げ」が始まるのは、20時30分。「今のうちにお弁当食べとかなくちゃ…。真っ暗になったら、何食べてるかわかんないもの…」ということで、まずは、持参した鳥の唐揚げといなり鮨で腹ごしらえ。


会場には、地元の方々が産品を販売するテントや、そこでおむすびなども販売されていますが、ミモロたちは、しっかりお弁当を用意しました。

「まだ、始まるまで時間がある〜あの鐘の音なんだろ?」ということで、少し離れたお堂へと向かいました。
 
「あ、お念仏あげてるんだ〜」地元の方々が、鐘を撞きながら、お念仏を唱えます。

周囲の静けさのなかに、響く念仏の声…心鎮まるようです。

さて、「松上げ」というのは、京都洛北の山村で、江戸時代から行われる神事のひとつ。火伏の神様、愛宕明神に献灯し、五穀豊穣、無病息災、家内安全などを祈願する火の祭典です。

ここ広河原以外にも、花背、久多、雲が畑などでも、8月の下旬に行われるもの。ミモロも、昨年は、「花背の松上げ」を雨の中見学しました。

「松上げ」は、開けた河原などに、「燈籠木」という高さ20メートルの桧の大木の先端に設置された直径2メートルほどのカゴめがけ、下から、火のついた「放上松」(ほりあげまつ)を、村の男たちが放り上げ、そこに点火し祈願します。
「これに火をつけて投げるんだよ〜」
一番最初に先端のカゴに投げ淹れる「一番点火」を男たちが競います。

「もうすぐかな?」すでにすっかり暗くなった村。
消防車の待機も万全

点火する火は、山の中にお祀りしている愛宕大明神の祠から授かり、その火を「地松」という地面に立てた竹の先に灯す松明に点火し、さらに「放火松」により、燈籠木の先端へと移されるのです。
地松の点火がスタート
みるみる内に、あたりは、1000を超える松明が…「わ〜幻想的〜」とミモロたちは、ただ見とれるばかり。

いよいよ燈籠木に向かい、放火松が投げられました。「なかなか籠に入らないね〜」
運動会の玉入れのように、次々投げられる放火松…入りそうになるたびに、見物人から歓声がわき起こります。
「あ、やった〜!」ついに1番点火が達成。大きな拍手が…。
「よく燃えるね〜」
先端のカゴに入った火は、次第に大きく燃え上がり、夜空を照らします。

火が籠を燃えつくさんばかりの時、燈籠木は、張っていた綱を切り、地面へと倒されます。

その倒れる瞬間も、ひとつの見どころ…。「わ〜写真間に合わなかったね〜」とミモロ。一瞬のことで、カメラを用意した時は、すでに倒れてしまった後…。

「松上げが終わった後が、面白いんですよ」と、周囲で話す人の声…「なにやるんだろ?盆踊りでもあるのかな?」とミモロは興味津々。でも、「燈籠木」が倒れたら、バスに戻ってください〜」と言われているミモロたち。ちょっと心を残しながら、バスに乗車し、出町柳に向かい、再び、鞍馬街道を進むことに。

出町柳には、23時前に到着。
「これで、京都の夏も終わるね〜」と。
松上げが済んだ頃から、めっきり朝晩は涼しくなった京都…。ヒグラシも鳴きはじめ、いよいよ秋の足音が近づいてきました。

*ミモロが利用したのは、「京都バス」の観賞バスで、京阪出町柳駅から広河原までの往復バス代2700円。毎年、8月初旬から申し込めます。




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「あだしの念仏寺」の「千灯供養」。同じ時期に開催される「愛宕古道街道灯し」

2015-08-28 | 祭事・神事・風習

東京から来たお友達と一緒に、奥嵯峨野を訪れているミモロ。鮎で知られる江戸時代からつづく老舗の「鮎茶屋 平野屋」で、ゆっくりお食事。陽も落ちて、あたりが暗くなり始めたころ、愛宕神社の一の鳥居から二尊院、清凉寺までの街道沿いに灯りがともりはじめます。

ミモロたちが食事をしていたとき、愛宕神社の一の鳥居の前に、大勢の人が集まりはじめました。



鳥居のそばでは、和太鼓の音が…。


これは、「愛宕古道街道灯し「(あたごふるみちかいどうとぼし)という、毎年、「あだしの念仏寺」で行われる「千灯供養」に合わせ行われるもの。以前も、ミモロは、訪れたことがありますが、その時より、規模が大きくなっているよう。


手に手に、提灯を下げた子供たち…ここから、愛宕古道沿いに、用意された提灯に灯りをともしにゆくのです。
ミモロもちょっと提灯を持たせてもらいました。
「いってらっしゃい〜」ミモロは、みんなを見送ります。


古い家並みが続く愛宕街道…その家の軒下に設置された提灯は、地元の子供たちにより、さまざまな絵が描かれています。その数およそ800個にもおよぶそう。また、京都嵯峨芸術大学の学生さんたちも、大きな提灯を製作しています。

ロウソクのやさしい光が照らす道の風情は、いっそう。「なんかすごく京都らしい感じ…」

提灯のあかりは、嵐山駅への道しるべにもなっています。

ミモロたちは、「鮎茶屋 平野屋」で食事を終えると、いただいた提灯をもって、「あだしの念仏寺」へと向かいました。


提灯を下げて歩いていると、観光客が、「それ、どこでもらえるんですか?」と…。
その様子を見ていた地元の方が、「その提灯は、『平野屋』さんで食事した人だけもらえるんですよ」と替わって答えてくれました。
「なんか特別感あるね〜」とミモロは、お友達に…。
「この提灯もったまま、念仏寺入れるのかな?」とちょっと心配になるミモロ。

「あだしの念仏寺」の階段…「わ〜灯りが続いてる〜」。

「平野屋」の提灯は、ここでも有名で、「あの子は、平野屋さんで食事したんだよ」と、ミモロの提灯を見て、係の方たち。
「この提灯、みんな知ってるんだ〜」

さて、「あだしの念仏寺」の「千灯供養」は、境内に置かれたたくさんの石仏や墓石に灯りを奉納し、供養するもの。

平安時代、葬送の地である、ここ化野(あだしの)、東山の鳥辺野、北の蓮台野などに放置された無名の遺骸を、弘法大師さまが埋葬し、その菩提を弔ったことが、ここ「あだしの念仏寺」のはじまりと伝えられます。

開創した当時は、如来寺という真言宗のお寺でしたが、法然が念仏道場にしたことから、浄土宗の念仏寺となりました。ご本尊は、阿弥陀如来さま。

境内には約8000体の無縁仏の石仏、墓石などが並びます。そこに灯されるロウソクの灯り…なんとも幻想的…。

ミモロも入口でいただいたロウソクを石仏のそばに灯します。
「南無〜」と手を合わせるミモロです。
「無縁仏さまたちも、みんなでいっしょだから、さびしくないね…」平安時代に無縁仏になった人たちも、平成になって大勢の人たちにお詣りされるのですから、今は、きっと幸せに…。



8月…京都は、ご先祖様の供養の月。今、自分たちがいるのは、いかなる時代をも生き抜いたご先祖さまがいらしたから。
「江戸時代も、戦国時代も、平安時代も…どの時代にもご先祖様がいらしたんだよね〜。きっとすごく大変なときもあったよね…。そう思うと、今、こんな平和な時代に生まれられて幸せだよね」としみじみ思うミモロです。

さぁ、そろそろ帰りましょ・・

「わ〜提灯が続いてる〜これをたどると駅にいけるんでしょ…迷子にならないし、さびしくないね」

人通りも少なくなった街道には、この日は、参拝者を見送るように提灯がともっていました。

*「あだしの念仏寺」の詳しい情報はホームページで

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奥嵯峨野、江戸時代から続く、有名な「鮎茶屋 平野屋」で味わう夏の鮎づくしを堪能

2015-08-27 | グルメ

東京から遊びに来たお友達の「京都らしいところで御食事がしたい〜」というリクエストで、ミモロたちは、奥嵯峨野にある「平野屋」に行くことに。


ここは、ミモロたちが7月31日の夜に「千日詣」で訪れた火伏の神様「愛宕神社」に登る入口にあります。

江戸時代から、ここで、参拝者のもてなしをしていた「鮎茶屋 平野屋」。茅葺屋根の建物は、400年ほど前の江戸時代初期に建てられたもので、今も、昔の風情そのまま…まるでタイムスリップした感じです。

「いらっしゃいませ〜。ご予約のミモロ様ですね。どうぞ上がってくださいませ」とお店の人に言われ中へ。
  
「わ〜雰囲気あるお店〜」と、ミモロたちは感激。「江戸時代の匂いがする〜」とミモロは、鼻をピクピク…

お座敷は、山側に開け、そこにはいけすがあります。
 「あ、お魚〜」
いけすには、大きな鯉が泳いでいました。

「その脇のところに、保津川水系の清流で獲れた鮎がいるんですよ」とお店の方。昔は、ここから、京都の町中の料亭に鮎を卸していたそうです。
ここの自慢は、夏の味覚の鮎・・・「鮎がいっぱい食べられるね〜」と楽しみにするミモロたち。

夜は、おまかせの1万5000円からのコースのみ。
まず登場したのは、名物の「志んこ」という米粉をつかった素朴なお菓子。
ねじった形は、愛宕山の山道を表しているそう。昔から、愛宕神社への参拝者に愛され続けている味です。
「黒糖の味が、もちもちしたしんこによく合うね〜美味しい!」と、お皿に残った黒糖をなめています。

「はい、これお膝に…」ナフキン代わりに特製の手ぬぐいが。「これ持って帰っていいの?」「はい、どうぞ〜」


夏の料理は、鮎づくし。毎日漁師さんが届ける新鮮な鮎は、1晩あのいけすで休ませ、ほどよい食べごろに…。
 
「わ〜鮎のお造り…そんな目でにらまないでよ〜」とミモロ。プリプリした食感がたまりません。

もちろん、鮎料理の定番塩焼きも

「美味しそう…家で鮎焼くと、こんな風にならないんだよね〜」とミモロ。そうこの泳いでいるような姿…日本料理らしい風情です。

次々に登場する料理…
  
おもわず日本酒も進みます。

「これなんだろ?」とミモロが覗きこんでいるのは、鮎の御粥です。
 「こんなの初めて食べた〜」ともちろん、あっという間に完食。

「わ〜鮎の天ぷら〜」丸ごと、ガブリといただきます。

そして最後は、大好物のメロン。


2時間以上、のんびりと過ごしました。

ここの女将は、現在14代目。赤い前垂れが女将の印。「いかがでした?」「はい、すごく鮎美味しかったし、ここの雰囲気が本当に素敵…なんか、お泊りしたくなっちゃいます」と、お腹がいっぱいのミモロは、眠くなってしまったよう。

「さぁ、行かなくちゃ〜」
実は、この日、嵯峨野を訪れたのは、「あだしの念仏寺」での「千灯供養」のため…「これ、持って行ってください…」と女将がミモロたちに、「平野屋」特製の提灯に火を入れてくれました。

「わ〜素敵〜」と、東京からのお友達は、大感激…。ミモロたちは、提灯を下げながら、「あだしの念仏寺」へと向かいました。

*「平野屋」の詳しい情報は、ホームページで



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嵯峨野にひっそりと建つ「祇王寺」。明治28年に、元京都府知事北垣国道が寄付した建物。

2015-08-26 | 寺社仏閣

嵯峨野に、お友達を案内してやってきたミモロ。「落柿舎」の次は、さらに奥にある「祇王寺」へと向かいました。

まだ強い陽射しが注ぐ午後…でも、ここに来ると、空気もヒンヤリ、「嵯峨野って涼しいね〜」と。

「わ〜苔がきれい〜」
夏は、緑の世界が広がるお庭。みずみずしい苔が、一面を覆い、まるで緑の絨毯のよう…。

林を渡る風も爽やか…。ミモロの顔をやさしく吹き抜けてゆきます。

さて、「祇王寺」は、現在、真言宗大覚寺派のお寺で、ご本尊は、大日如来さまをお祀りしています。
ここは、法然上人の弟子、念仏房良鎮が、平安時代に創建した往生院というお寺の跡にあたります。そして、「平家物語」にも登場する祇王などが出家し、生涯を過ごした寺と言われ、現在も、寺の一角に、苔むしたお墓が残ります。かつて栄えた往生院は、時の流れの中、衰退し、ささやかな尼寺として残りますが、明治初年に廃寺になります。

廃寺となった寺には、墓と仏像が残され、大覚寺に保管されることに。
その後、その寺の再建を願った大覚寺門跡の思いが叶い、明治28年に再建されることに。現在、ここにある建物は、祇王寺再建計画に心動かされた、元京都府知事北垣国道が、嵯峨野にあった別荘を寄付したものです。

「ということは、建物と「平家物語」の祇王の話は、関係ないってこと?」とミモロ。まぁ、建物は、明治のものですから、もちろん祇王が住んだことはありません。でも、この地に暮らしたことは確かです。

さて、この寺の名前にもなっている祇王は、平安時代、平清盛に寵愛された白拍子。その妹と共に、舞や歌の上手が評判だった美人姉妹です。清盛の寵愛を受け、幸せに暮らしていた祇王と妹の祇女、そしてその母親、刀自(とじ)ですが、ある日、同じく白拍子の仏御前が、清盛に舞を披露したいと訪れます。でも清盛の心は、祇王にあり、興味を示さず、門前払いを。そこで、祇王が、とりなして、仏御前を清盛に会わせます。このやさしさが悲劇の始まり。なんと清盛は、仏御前が気に入り、寵愛は、彼女へ移ってしまい、祇王は館を追い出されてしまいます。世の無常を感じた、祇王。そして妹、祇女と母親も、共に剃髪し、仏門へ入ります。その3人が、庵を結び暮らしたのが、この地と言われます。

しばらくして、なんと仏御前も、自分を世話してくれた祇王の悲劇を知り、館を出て、剃髪。以来、4人が、この地でしばらく一緒に暮らすことになったといわれていますが、ある説では、祇王と仏御前は、二人の年齢からして、実は、会ってはいないとも…。まぁ、昔のことですから…

「それにしても、清盛ってヒドイよね〜プンプン」と、ムッとするミモロ。まぁ、心変わりは責められないこと…。ちゃんとしたフォローしないで、それまで愛した祇王を追い出すようなことをしたのが、男としていかがなものか…とは思います。結局、仏御前にも出て行かれてしまった清盛。二人があった時、清盛は、50代、仏御前は、16歳くらいですから・・・去られた清盛は、さぞやがっかりしたことでしょう。

さて、「祇王寺」の建物の中には、祇王、祇女、刀自、仏御前の像と共に、清盛の像もありますが、彼だけ、柱の蔭に置かれています。鎌倉時代の作といわれる尼僧像と清盛の像。誰が作ったのか、いずれも作者不明の像です。



お庭の中を歩き回るミモロ。「祇王寺のお庭って、静か…」
「気持ちいいね〜」

今は、緑の世界ですが、秋になると、紅葉が美しく…緑の苔の上に、散る紅葉の美しさはいっそうです。


「あ、ここにも双葉葵が植わってる…」

「いいなぁ、すごく元気そうで…」青々としげった双葉葵。
「どうして、ミモロの双葉葵元気ないんだろ?もっとお水あげなくちゃダメかな〜」とミモロ。ちゃんとお世話してるのに、元気がないミモロの双葉葵です。それが、今、ミモロの悩み…

「わ〜お水冷たい〜」


静かな時間をゆっくり過ごしたミモロ。

「さぁ、そろそろ夕ご飯食べに行こうね〜」とお友達と、念仏寺方向へと進みます。

*「祇王寺」の詳しい情報は、ホームページで





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