ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

柔道が危険なスポーツなのではない、日本の柔道が危険なのだ

2013-09-21 00:00:00 | 書評ほか書籍関係

日本において、学校体育で柔道ほどたくさんの死者が出ているスポーツはほかにありません。ボクシングなども危険なスポーツですが、なんだかんだいってもアマチュア、プロとも競技人口が多いとはいえない。しかし柔道は(だいぶ競技人口は減っているとはいえ)、中学にも普通に部があるスポーツです。そのようなスポーツで、部活動の枠内でこの30年弱で100人を優に超える中学生・高校生らが死亡しているというのはなんとも怖い話です。

いま私は

>部活動の枠内で

と書きました。一般の町道場での事故を入れればこの数ではすまないわけだし、死ななくても意識不明で寝たきりになっている(元)子どももいるわけで、これまたなんともとんでもない話です。

ところがですよ。こういった話はなかなかマスコミも記事にしないし、世間の動きも鈍いわけです。学校に暴漢が押し入って多数の児童が殺害、負傷される事件が起きたら、学校に「監視カメラ」がつけられたりしますが(正直、学校にこんなものを設置したところで、大阪教育大学付属池田小学校のような事件を防ぐのはほとんどできない相談だと私は思います)、学校内における柔道の死亡事故はなかなか世間にその実態も伝わらないし、行政その他動きも鈍すぎるくらい鈍い。

柔道事故


今回書評するのは、教育社会学を専攻する名古屋大学大学院准教授執筆による日本の学校体育における柔道事故の実態や、その対応、被害者家族の思い、識者へのインタビューなどをまとめた本です。本来このような本は、体育学の教員が執筆するのがいいのでしょうが、けっきょく著者のような立場の方が執筆するというのは、やはり業界と一歩はなれた立場の人間でないと難しいのかなと考えます。

この本を読んで驚いたのは、日本の2~3倍の柔道競技人口があるとされるフランスで、子どもの柔道の事故がないという話です。統計からはみ出ている可能性もありますが、個人主義者のフランス人が、このような事件がもしあったとして、それを黙っていて世間から隠匿されるとも思えませんから、やっぱり日本の柔道関係の事故数は非常識に高いということです。柔道がさかんな国ではありませんが、米国でもそのような事故はないとのこと。ていうか、そういう事故があっては困ります。学校の部活動ごときでかわいい自分の息子や娘が死んだらお話にもなりません。しかしとくに柔道の場合、度を越えたしごきや理不尽な体罰(理不尽でない体罰というのがあるとも思いませんけどね)、人間性すらどうかと思うようなたぐいのことがやたらあります。実際部活動で柔道をする子どもたちは激減しています。子どもの絶対数の減少もありますが、2003年と2012年を比較すると、2012年は2003年の競技者数の7割とか6割というひどい数です。これは、柔道における死者の数の多さが世間で明らかになる以前からのトレンドですから、子どもたちばかりでなく保護者からしても「柔道はちょっと…」という考えがあるということじゃないですかね。そしてこの死者数を見れば、それが「偏見」とか「誤解」では済まされないということも十分理解できるというものです。

さすがに最近は、全日本柔道連盟などもこの件を重大視していて以前と比べるとだいぶまともな対応をするようになったようですが、ずいぶん遅いという気がします。以前某相撲部屋で新弟子が死んでしまうリンチ事件がありましたが、柔道界も子どもの命とかいうものにあまりに感心が低すぎたんじゃないんですかね。実際、柔道の一流選手の中にはめちゃくちゃな目にあった人が少なくない。以前私は、内柴正人を評して

>内柴はたしかにどうしようもない人間のクズでしょうが、そのクズぶりをさらに助長したのは、柔道関係者とその周辺じゃないかと思います。もちろん関係者みな「あいつがあそこまで馬鹿とは思わなかった」ということでしょうが、そういった甘い態度、見て見ぬふりをした態度が、あまりにひどい次元にまで彼を暴走させてしまいました。

すいません、内柴正人は1日にしてならず、だと思いますので、このような記事を書きました。

と書きました。実際、彼の人間性が破壊されたのは、もともとの素質の悪さ以外にも柔道界に長く身をおいたせいでもあるんじゃないんですか。内柴の性犯罪は論外ですが、女子ナショナルチーム選手に対する監督(本業は警視庁の警官というのもどうかですが)の暴言なども、女子であれなんだから男子においては推して知るべしのたぐいでしょう。園田氏だって、やっぱり柔道界の「常識」でだいぶ人間性が損なわれたんじゃないんですか。

そう考えると、本の後半に収録されているバルセロナ五輪銀メダリスト溝口紀子氏へのインタビューが興味深い。彼女は、柔道強豪校への推薦入学を断り一般の高校に入学したので、その報復でしょうか、立ち技では一本を取れなかったというのです。審判が取ってくれない。しごかなくても世界で戦える選手がでてきては都合が悪いというのです。彼女は大学も埼玉大学にすすんでいますので、つまり大学も強豪校ではない。そのような女性だからこそ柔道界にもの申せる部分もあるわけです。そして著者は指摘してませんが、たぶん彼女が柔道強豪の大学の教員ではないこともその理由でしょう。強豪大学の教員でしたら、なかなか全柔連にもの申すことは難しいのでは。

溝口氏の指摘ですと、柔道選手の進学→就職→(ことによったら)柔道界での幹部になるというコースによって、多くの柔道関係者が柔道のマイナス面に口を閉ざすことになるのだそうです。それはそうなわけで、逆にそのアンチテーゼとしての存在である溝口氏のような方が動いてくれればだいぶよいのではないかと思います。すくなくとも柔道界も、上村春樹氏がトップから辞任せざるを得ない状況にはなったわけですから。

溝口氏は、話題になった全柔連理事による女子選手への性的事件でも、表に立って告発しています。いやはや、頭が下がります。

では最後に、この本の中で印象に残ったくだりを引用して記事を終えます。何人かの柔道家が著者に語った言葉です。

>日本では試合で負けたらもちろん殴られるけど、勝ったとしても勝ち方が悪かったと殴られる(p.207)

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7 コメント

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耳を疑う山下泰裕の発言 (bogus-simotukare)
2013-10-08 21:54:17
http://sankei.jp.msn.com/sports/news/131008/mrt13100820340002-n1.htm
全日本柔道連盟の山下泰裕副会長は8日、指導者登録停止処分を受けた園田隆二前女子代表監督に対し、異例ともいえるエールを送った。
 園田前監督の手腕を評価し「熱血漢で成果を挙げていた。やり方を間違っていたことを大いに反省し、処分が解けたら、ぜひとももう一度現場に復帰して指導してもらいたい。まだまだこれからの人材だ」と述べた。


あれだけの問題をおこした園田を現場に指導者として戻せるとか戻すべきとか、戻して、世間や指導を受けるであろう選手が納得するとかとても思えないので山下には呆れますね。だから産経記事も「異例の発言」と書く。
仮に「処分がすんだら園田を指導者として現場に戻すべき」だとしてもそんなのはずっと先の話だし、そんなことをする前に、やらないといけない「信頼を取り戻すためにすべき改革」はまだ始まってもいないわけです。「山下は暴力容認派で改革なんかする気ないんだ」と疑われる発言ですよね。
 前執行部が総退陣して新たに副会長になった山下がこれでは先が思いやられます。
 本当に「GHQによる日本統治」のような形で「国際柔道連盟による全柔連管理」をやるしかないんじゃないかという気にさせられます。
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>bogus-simotukareさん (Bill McCreary)
2013-10-09 19:29:32
これはひどいですね。たぶん大学の後輩で山下自身が園田を指導したということ、および警察との関係をおもばかったということでしょうが、現段階はきわめて厳しい言葉を投げつけるのが筋だし常識じゃないですかねえ。

まあこのあたりは、園田に対してきっちりした態度を見せることで全柔連の姿勢を世間に明らかにしてもらわないと困ります。
返信する
溝口紀子の新刊紹介(赤旗) (bogus-simotukatre)
2013-11-30 17:09:18
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-11-30/2013113001_05_0.html
『本屋をのぞいて、目にとびこんできたタイトルがありました。
 『性と柔』(河出ブックス)。バルセロナ五輪柔道銀メダリストで、スポーツ社会学者の溝口紀子さんが、病んだ柔道界の背景に切り込んでいます▼さまざまな不祥事が発覚した柔道界。1月、15人の女子選手が、指導者の暴力、ハラスメントに抗議し、世に訴え出たことが、改革の“のろし”となりました▼柔道界は、女性が冷遇されてきた歴史があります。講道館の創始者、嘉納治五郎氏が、「女子の試合禁止」を打ち出し、1970年代まで続きました。帯も女子は、白線の入った黒帯しか認められず、昇段に差があり、理事も長きにわたり女性がいなかったなど、枚挙にいとまがありません▼その間に柔道界は、勝利至上主義に冒され、高段者や実力者に意見できない上下関係、派閥争いや利権など、「男のムラ社会」が組織をむしばんでいった、と溝口さんは指摘します▼女性たちは、そのムラの外にいたからこそ、しがらみなく告発できたと。選手たちに「本当の意味でのスポーツの民主化、オリンピズムが浸透してきた何よりの証左」とも評します▼行間からあふれるのは柔道界を変えたいという溝口さんの思いです。体罰・暴力問題に揺れる日本のスポーツ界。改革の道は緒についたばかりです。今後も紆(う)余(よ)曲折があるはず。しかし、それを乗り越え、壁を破るのは、正しい方向を見据え、進もうとする人々の情熱です。そこに男女の違いはありません。』

さすが溝口紀子というべきなんでしょうね。
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>bogus-simotukareさん (Bill McCreary)
2013-11-30 18:51:07
どうもご紹介ありがとうございます。これは面白そうですね。私がこの記事で書評した本も、正直後半は、溝口氏へのインタビューがすごかったわけで、同じ会社から出る本だということもあり、これはすごく面白そうですね。Amazonの書評を読んだ限りでは、かなり本格的に柔道の歴史に突っ込んだ本のようで、なかなか読みごたえがありそうです。
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Unknown (TOSHI)
2015-07-24 14:06:00
こんにちは。また今年事故が2件報道されていますね。死亡と重体です。この何年か事故がなかったように記憶していますが、やはり、これだけ教育しても漏れがあるというのは、柔道が本質的に危険だからではないでしょうか?それか、危険な技である大外と背負いを教育課程の柔道においては全面禁止するくらいの徹底でない限り、絶対また事故は起きます。
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森山・元法相死去で『息子の柔道事故死』を知る (bogus-simotukare)
2021-10-19 06:25:48
拙記事https://bogus-simotukare.hatenadiary.jp/entry/2021/10/18/191305の流用ですがコメントしておきます。

https://www.sankei.com/article/20211018-BZJCWNEJ2FMTPNOBNSRRPFHSYM/
長男を柔道の試合中に事故で亡くしたことについて「私が生きていることが息子への何よりの供養」と語っていた森山氏。
(引用終わり)

 ということで「森山真弓、息子、柔道、事故死」でググってヒットした記事(実はこれ一つしかヒットしませんでした)を紹介しておきます。
https://densuke.hateblo.jp/entry/2013/07/09/222556
 真弓先生は、太郎氏が亡くなった後、約350ページの「太郎」という著書を自ら編集・出版している。それによると、横浜市の桐蔭学園高校1年生の時、横浜地区高等学校柔道新人戦大会に出場、試合中の事故のために死去、在世16年4か月との事。
 更に、本文では、「昭和48年1月28日、横浜の無段者柔道大会で技を競っておりますとき、朝日新聞の記事によりますと、相手に大外刈をかけて、そのときに返しわざをかけられ、畳にまっさかさまに落ちたと書かれております。まことに瞬間的なできごとであったとしか考えられません。あとで遺体を診られました医師は、首の骨折で瞬間に絶命されたであろうと言われたということであり、いま私たちの前にあります棺の中にある太郎君の顔は、まことに満足そうで、いつもと変わらないほほえみを浮かべております。太郎君は16才の人生を終わって天に帰られたのです」と書かれている。誠に悲しい文面で、国語力の乏しい自分には、これ以上の言葉は出てこない。
(引用終わり)

 柔道も本当に危険なスポーツであり、事故防止の徹底が必要だと改めて思います。
 今ですら事故防止は不十分(と思います)なのに、1973年と言えば「全然遅れていた時代」でしょうね。
 なお、「昭和48年(1973年)」といえば、森山氏(1927年生まれ)が46歳、夫・欽司代議士(1917年生まれ)が56歳。まさか「息子(1973年で16歳と言うことは1957年生まれ)の死」を看取ることになるとは思っておらず、その悲嘆やいかほどのものであったかと確かに「これ以上の言葉は出てこない」。
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>bogus-simotukareさん (Bill McCreary)
2021-10-19 21:37:33
私もそれを知って驚きました。そう考えると彼女には、この件ももう少しいろいろ動いてくれればよかったなと思います。当事者の親の彼女が動いてくれれば、これは相当に強力な運動になったでしょう。本日は、この記事もかなりのアクセスがありました。
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