マリヤンカ mariyanka

日常のつれづれ、身の回りの自然や風景写真。音楽や映画や読書日記。手づくり作品の展示など。

最も簡単な「騙し図?」を書く

2021-01-30 | Weblog
目の錯覚は珍しいことではなく、
木の葉が虫に見えたり、、
木がオバケに見えたり・・・
丸の中に小さな丸が二つあれば顔に見えます。
人は「錯視画」や「だまし絵」を描いたり作ったりして遊びます。
ネットをみると、たくさん出てきます。
こんなのがありました。

(工作用の方眼紙がどこかにあるはずなのだけど見つからないので、
画用紙の切れ端に、薄い鉛筆で5ミリ方眼を書いて、
その上から、太い線(2B鉛筆)で書きました)

1 鉛筆で線を引いて、

 真ん中でしっかり折って、

2 少しずつ開くと




3 直方体に!

見る角度、折る角度によって、違う立体が見えてきます。
自分で、白い紙に線を引いただけで作れるのがいいです。


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真冬の草

2021-01-27 | 自然
このところよく雨が降ります。
雨が止んで、弱々しい光が差すと、
たちまち草が輝きはじめます。




もう1ケ月もすれば、
「ぺったんこ」の草もぐんぐん伸び始めるのでしょう。


スイバの冬葉の赤色はとても鮮やか。


もう花を咲かせ始めているせっかちな草もあります。








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「蓬パン」と「マーマレード」

2021-01-25 | グルメ

気分が鬱鬱とした時は、人それぞれ、気分転換を工夫していると思います。
私は自転車で走るとか、
草花を摘んだり、種を撒いたり、土をいじっていると頭の中のもやもやが晴れる気がします。
雨で外に出られない時は、ひたすら本を読む、料理を作る、刺繍をする・・・好きなことが沢山あってよかった!
掃除をするとか、洗濯をするとすっきりする、という人もいます、
何かやっている、ということが大事なのかなと思います。

マーマレードを作りました。
夏ミカン4個、
皮を一晩水につけて、何回か水を替えて、煮沸して、水にさらしておきます。



上の写真はその時の状態。
それから水を切って、鍋に移して、きれいに剥いた4個分の実も入れ、砂糖を入れて、
じっくり約2時間煮ました。
今回は、種もお茶のパックに入れて一緒に煮てみました。
とろみが出るということなので・・・でもよくわかりませんでした。



4瓶半できました。もう少し煮詰めた方が良かったかな。

蓬(よもぎ)パンも良い感じにできました。



蓬がしっかり主張しているので、
このパンにはマーマレードより
バターだけ、あるいは蜂蜜をちょっとつけるくらいが一番おいしい!



蓬(よもぎ)は、先日行った道の駅「飯高駅」で購入したものを使いました。
とてもいい蓬粉です。


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雨の朝

2021-01-23 | Weblog
昨日の朝も、今朝も、霧のような雨が降っている。



濡れた木や草も美しいけれど、
空が低くて、暗くて寂しい・・・

ふと窓の外を見たら
雨の中で、イタチが1匹遊んでいた。
思わず見とれて、写真を撮り損ねた。
食べるものを探しているのかもしれないけれど、
全身、好奇心の塊り、のように見える。
プランターを覗き込み、
ドラム缶に手をかけて立ち上がったり、
木の下を潜り抜け、
大きな石の横をすり抜け、
あっという間に庭を横切って見えなくなってしまった。
イタチにはどんな世界が見えているのだろう。

傘を差して新聞を取りに行く。



見出しだけ見てげっそりする。
一言で言えば日本の今の政治は「いじわる」「弱い者いじめ」だと思う。
意地悪は伝染して、日本中に蔓延している。
金のない奴、稼げない奴、動けなくなった年寄り、弱い奴は死ねばいい・・・という声が通奏低音のように聞こえる。


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やっとわかった!木の名前

2021-01-22 | 自然
実の付き方が奇妙で、ずっと気になっていましたが、
やっと「ミミズバイ・蚯蚓灰」という名前だということが判りました。
変な名前です。

ウキペディアによれば、シイやカシなどと同様に照葉樹林帯(日本では主に西日本)を構成する重要な木の一つらしいです。
照葉樹林帯では、人の手が入らずに、自然にまかせて放置し、遷移が進めば、
やがては常緑広葉樹が生い茂る暗い森になってしまうそうです。
かつて、里の村が山を利用していた時は、様々な雑木が育っていました。
京都の東山は、木を伐りすぎて、江戸時代には「はげ山」になったそうですが、
そこに、松が生え、マツタケが育ち、たくさん穫れたそうです。

ミミズバイは伊勢地方ではトクラベと呼ばれ、 
伊勢神宮ではトクラベの葉をお供物を供える際に下敷きにするそうです。
葉を土器の大きさに合わせて切り、野菜や果物、海草、白米などをのせ、魚や鶏の生肉などには多数の葉を敷き詰めるそうです。
殺菌効果があると言われ食物が腐りにくいのだそうです。
そんな記述を読んで、へ~と感心しましたが、
小高木とは言え10メートルくらいになるそうで、ちょっと困る!



ミミズバイの名はハイノキ科で、
種子が蚯蚓の頭に似ているからだそうです?
似てるのかなー?



ハイノキ科の木は染色の際に、
この木の灰(アルミニウムが含まれている)を使うことによって色をしっかり定着させることが出来るのだそうです。
名を知って、この木を見る眼が少し変わりました。




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午後の散歩

2021-01-20 | 自然
冬のありふれた午後、

傾きかけた日差しに竹林のシルエットが浮かびあがります。



田んぼの縁の草が燃えるように赤い。

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『古文書返却の旅』

2021-01-18 | book

この本はフィクションではなく、
副題の通り、歴史の一齣に過ぎないのですが、
ダイナミックでロマンティックな一齣です。


『古文書返却の旅・戦後史学史の一齣』
網野善彦(1928-2004) 著
中公新書・1999

戦後すぐに、各地の漁村に残る古文書を集めた文書館を作ろうという計画(水産庁)がたちあげられ、
当時としては破格の予算が付いたそうです。
若き日の網野善彦(まだ古文書も読めなかった、何も知らなかった、と書いている)らも加わり、
日本各地に散って倉などに眠る古文書を集めたそうです。
預かった古文書や、あるいは寄贈された古文書が、
各地からリンゴ箱に詰められ、続々と集まったそうです。(おそらく100万点を超す文書、と著者は書いている。)
しかし、虫食いや湿気で板のように張り付いている文書を竹べらなどで丁寧に剥がし、
あるいは、紐のようになった紙を集めて並べて、解読し、書き写し、目録を作るなどの
作業は気が遠くなるほど大変で、時間がかかるものでした。
やがて返却の約束の時が過ぎ、「どうなっているのか」という問い合わせが相次ぎます。
焦って、整理を進めて返却を急ぎますが、予算は打ち切られ、
膨大な古文書が、複数の大学の倉庫や、個人の家や納屋にまで積み上げられたまま残されました。
さらにすべての計画を構想し、取り仕切っていた主宰者が病気で亡くなってしまいます。

残された研究者たちの中の一人、網野善彦は、何としても、きちんと返却しなければと、
他の仕事の傍ら、文書の整理をこつこつと始めます。
それらの文書を丁寧に読む中で、
自分の思考がいかに観念的であったか気が付いていった、と書いています。
そしてついに、教職を辞し、解読に専念し、マイクロフイルムに記録し、きちんと製本し直した古文書を携え、
網野は、返却とお詫びの旅に出ます。その時、既に20年の月日が経っていました。
辛い旅を予想していた網野は、各地で、叱責どころか、きちんと返してくれたことに安堵し、
さらに、他にも文書があると言って、新たに探して渡してくれたりする人たちに出会います。
寄贈を申し出てくれる人もあり、お詫びと返却の旅は、
多くの善意の心に触れる旅でもあり、新たな知見の旅でした。
網野の誠実な心と行動が、次の舞台へと網野を導いていったのです。

かつて、海岸沿いに(日本海、瀬戸内海、太平洋)活躍していた人々の実相が
古文書やふすまの下張りの中から浮かび上がってきました。
今では小さな漁船が係留されている港に、かつては都市が形成されていたことが分かったり、
ありとあらゆる経済活動(漁業、海賊、金融、海運業・・・など)を行っていただろう
田畑を持たない所謂「水吞百姓」(各地で様々な呼び名がある)の姿も次第に浮かび上がっていきました。
従来の百姓のイメージは覆り、
百姓=農民ではない、ことを網野は明らかにします。

全てを返却し終わった時、当初の計画が立ち上げられてから、45年の月日が過ぎていました。

ふすまの下張りに、文字の練習や日記など私的な記録があり、
正式な文書とは違う、驚くべき事実が明らかになったりすることがあります。
著者らが興奮してそれらに取り組む様子が目に浮かびます。

紙屑にしか見えないような古い文書を大切に保管する人々がいること。
そしてそこから、生き生きとした当時の人々の暮らしを読み取る、網野らの仕事も、全部すごいです。




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冬に飛ぶ蝶

2021-01-16 | 自然
真冬でも、日差しが穏やかな日には、
どこからか、キチョウやたまにシロチョウも現れて、ヒラヒラ飛んでいます。
庭の中の通路の真ん中に、タンポポが咲いています。
キチョウはそこで、ちょっと休憩。
そしてまたどこかへ飛んでいきました。
キチョウがヒラヒラ飛ぶと、あたりの空気が柔らかくなる気がします。



昨日はテングチョウを見かけました。
テングチョウは茶色い枯葉で一休み、
飛んでいなければ気が付かなかったでしょう。



こんな風に成虫の姿で冬を越す蝶が何種類かいるそうです。









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『狸の腹鼓』

2021-01-15 | book
「宇江敏勝」は熊野の山奥の生活などを書いた随筆の他に、
小説も書いています。
『宇江敏勝・民族伝奇小説集』と題して、
なんと、73歳から83歳まで毎年1冊刊行、
去年の11月にこの『狸の腹鼓』の10冊目が出て、全10巻が完結しました。
著者自身が見聞きした事、あるいは著者自身の体験をもとに創作した「短編集」です。
最後の一篇は恋物語で、自伝的なものではないかと感じました。
宇江利勝は、どこへ行っても、何をしても、原点がぶれない人だと思いました。
宇江利勝の母親は字が読めなかったそうです。(山奥の義務教育免除地で生まれ育ったため)
その母に、いつか読んでもらいたいと、いつも、カタカナ語は使わず平易な言葉で書いていたそうです。
残念ながらその願いはかなわなかったそうですが。
この本も、瑞々しい読みやすい文章なのでどんどん読めます。
でも、あんまり早く読み終わるのはもったいない、
ゆっくり、山の風景の中に入り込んで、炭の焼ける匂いや、獣の気配や、虫の動きや、
川の流れや、風の音に耳を澄ませながら、読みたい本です。



(目次です)

『狸の腹鼓』

宇江敏勝 著   2020年  新宿書房
<既刊>
①山人伝 ②幽鬼伝 ③鹿笛 ④鬼の哭く山 ⑤黄金色の夜
⑥流れ施餓鬼 ⑦熊野木遣節 ⑧呪い釘 ⑨牛鬼の滝











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柴刈り

2021-01-14 | Weblog
椿と槙と梅と茶と樒などの木を、バッサリ切りました。
脚立に乗って、太い幹や枝をノコギリで切り落とすのは夫、
私は、細かい枝を枝切りバサミでショキジョキ、バキバキ切りました。
「おばあさんは柴刈り」です。
太くても意外と切りやすいマキ(槙)、
それで、生け垣などに使われているのかもしれない、と一人で納得。
ツバキ(椿)は蕾が一杯ついていて可哀そうだけど、
大きくなりすぎて、込み合い過ぎて、日当たりも悪くなってしまっているので、
やはりバッサリ切りました。
蕾を生けておいたら、膨らんできました。



ウメ(梅)は、去年実が成っているのに手が届かず、落ちてダメになってしまうので、やはりバッサリ。
今年は多分実がならないけれど、来年に期待して。



それにしてもすごい容積です。
植物は太陽光と水で栄養を作って体を作り、
全ての動物を養っています。
人は未だ光合成する葉っぱ一枚も作り出すことができません。

植物が動物を操っているとも考えられます。
さまざまな方法で動物に種を運ばせています。
特に人は、その植物が元々生息できないようなところにまで、
運んで、育てて、増やしてくれます。
進化の頂点に立っているのは植物だな。

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